疑似科学入門 (岩波新書)

著者 :
  • 岩波書店
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レビュー : 78
  • Amazon.co.jp ・本 (202ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004311317

作品紹介・あらすじ

占い、超能力、怪しい健康食品など、社会にまかり通る疑似科学。そのワナにはまらないためにどうしたらよいか。また地球環境問題など、科学の不得手とする問題に正しく対処するにはどうしたらよいか。さまざまな疑似科学の手口とそれがはびこる社会的背景を論じ、一人ひとりが自ら考えることの大切さを説く。

感想・レビュー・書評

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  • [ 内容 ]
    占い、超能力、怪しい健康食品など、社会にまかり通る疑似科学。
    そのワナにはまらないためにどうしたらよいか。
    また地球環境問題など、科学の不得手とする問題に正しく対処するにはどうしたらよいか。
    さまざまな疑似科学の手口とそれがはびこる社会的背景を論じ、一人ひとりが自ら考えることの大切さを説く。

    [ 目次 ]
    第1章 科学の時代の非合理主義?第一種疑似科学(占い、超能力・超科学、疑似宗教 第一種疑似科学の特徴 超常現象の心理学-なぜ信じてしまうのか)
    第2章 科学の悪用・乱用-第二種疑似科学(科学を装う手口 第二種疑似科学の内幕)
    第3章 疑似科学はなぜはびこるか(科学へのさまざまな視線 自己流科学 科学と非合理主義)
    第4章 科学が不得手とする問題-第三種疑似科学(複雑系とは何か 地球環境問題の諸相 複雑系との付き合い方 予防措置原則の応用)
    終章 疑似科学の処方箋(疑似科学は廃れない 正しく疑う心 疑似科学を教える 予防措置原則の重要さ 科学者の見分け方)

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    [ 参考となる書評 ]

  • 科学という言葉は一種の仮定である。だから「科学的」と誰かが言ったところでそれが何を意味するのかということは本当のところわからない。

    この本で疑似科学と分類されている物は、宗教や占いといったもの、あるいは化学物質の名前が出てきてその効用がうたわれてる、しかしその科学的根拠があいまいなもの。あるいは極端な曲解を起こす様に科学的説明を用いている物である。

    そういうのは世の中に溢れかえっている。特に商品やサービスを売る「広告」というものにはその広告の規模を問わず疑似科学的なものがまじっている割合は結構高い。

    もちろん科学そのものが万能ではない。しかし騙されて後悔しないためには一定の科学的見方というのは必要である。

    そう言った意味でこの本からどのような「疑似科学」があるのか。科学というものの限界性というものを知るのがよいではないだろうか。

  • 虐待する母親の例
    虐待する母親の実数の3分の2は実母で、継母は1しかいなかった。→実母のほうが危険 
    と書いた新聞記者がいた。※児相の数の比を参考
    しかし、虐待してない母親の数を比べると圧倒的に実母のほうが多い。すると割合から言えば継母の方が虐待確率は高い。実数と割合を区別せず、事実を逆様に報道した。

    こういった数字のマジックにひっかかってることは多々あるな、と反省させられた。
    ひとつひとつの項目で具体例をだしてくれているのでとても納得しながら読み進められた。
    正論につぐ正論が清々しいくらいだった。
    科学という厳しい世界に身をおかれる筆者だからこその説得力である。

  • フォトリーディング&高速リーディング。

    まえがきにおいて著者は、えせ科学に人々が引きつけられる理由を「不合理なものを受け入れて、むしろ楽しむ傾向」と警戒している。考えることを他人任せにしているというのは考えさせられた。

    地球環境問題やリサイクルに対しての賛否両論の極端を指摘している箇所(P148)は、私自身の考えが極端であったとの気付いた。

    星四つ。

  • 2017/11/26 読了

  • 胡散臭い、という言葉がそのまま
    ぴつたり当てはまる
    「血液型性格診断」
    「水からの伝言」
    本当のところは、どうなんだろう
    「オゾン層の減少」
    「地球温暖化」
    いったいどうしていくことが
    「地震の予知」
    「遺伝子組み換え作物」
    あれやこれやを
    科学的な見地から
    きちんと検証し、考証していく
    一冊

    でも、最後には
    じゃあ、どう考えるかはあなたが
    決断すること

    当たり前のことですが
    自分の足で歩き
    自分の目で見て
    自分の耳で聞いて
    自分の頭で考える
    そのことの 大切さを
    改めて再認識させてもらいました

  • 三葛館新書 404||IK

    和医大図書館ではココ → http://opac.wakayama-med.ac.jp/mylimedio/search/book.do?target=local&bibid=51566

  • 3種類に分けて考えることはなるほどと思ったが、このように論理的に考えるのはかなり難しい。

  • 疑似科学を3種類に分けて、それにまつわる問題について考察している本です。

    「第一種疑似科学」とは、人間の心理や欲望につけ込むもので、占い系、超能力やスピリチュアル、疑似宗教などが含まれます。「第二種疑似科学」は、科学を乱用・誤用・悪用したもので、「ゲーム脳」やマイナス・イオン、さらに統計の処理に誤りのあるものなどを指します。著者は、これらの疑似科学を信じてしまう心理などを明らかにしています。

    これに加えて本書では、地球環境問題や地震予知など、まだ理論や手法が確立しておらずデータの集積も十分でない分野で一面的な断定を下すような言説を、「第三種疑似科学」としています。その上で、こうした問題への対処として「予防措置原則」を導入するべきだと著者は主張します。

    予防措置原則そのものの倫理的な意義については、それなりに納得のいくものではあるのですが、地球環境問題は、生命倫理にまつわる問題と同様に、「科学が問うことができるけれども、科学が答えることのできない問題」なのではないでしょうか。こうした問題は、倫理学はもちろん、社会的、政治的な問題が複雑に絡み合っており、それらの観点を総合することで取り組んでいくことが求められているように思います。

    したがって、こうした問題に対して、科学的に十分な根拠がないにもかかわらずさまざまな立場からの主張が展開されて百家争鳴の様相を呈するのは、それぞれの論者の社会的、政治的立場に基づいてなされていると考えるべきです。ところが、それらの言説をひとしなみに「疑似科学」と呼ぶことは、問題の倫理的、社会的、政治的な次元を覆い隠し、科学的技術的な次元で問題の解決が可能だとする、技術的決定論に陥る危険性があると判断せざるを得ません。

    著者自身「あとがき」で、「第三種疑似科学」という名称を用いたことに対する疑義を提出していますが、やはりここには無視することのできない問題が残されているように思います。

  • 「血液型は何型?へえ、B型なんだ。でもそうだと思った、だって変わってるもんね」ありふれた会話だけれど、血液型と性格の関係は科学的に証明されたものではない。そして、このような疑似科学は世の中に多くはびこっている。個人レベルでの娯楽としてなら特に問題はないかも知れないけれど、疑似科学には明白な危険もある。でもなぜ巷には疑似科学があふれているのだろう。そして、疑似科学にはまらないためにはどうしたらよいのか。本書は、天文学の専門家である著者がこれらの点について解説した本だ。

    疑似科学や似非科学についての警鐘を鳴らしている本としてはカール・セーガンによる『悪霊にさいなまれる世界』が有名だろう(そう言えばセーガンも天文学が専門だ)。本書もその類書なのだが、疑似科学の中に「現在の科学では明白な結論を打ち出せない問題についての議論」を含めている点に特徴がある。例えば、地震予知や地球温暖化にかんする因果関係を明らかにすることは現在の科学ではとても難しい。それは地震や地球環境が複雑系と言われる系に属しているからだ。このような問題に対して、異なる立場から都合の良い主張を繰り返すことを著者は「第三種疑似科学」と呼んでいる。

    著者は疑似科学を三つに分類している。「第一種疑似科学」は占いや超能力などの「科学的根拠のない言説によって人に暗示を与えるもの」である(v頁)。「第二種疑似科学」はゲーム脳や健康食品などの「科学的装いをしていながらその実態がないもの」を指す(v頁)。

    これらの疑似科学には大きな特徴がある。それは、広く言えば、社会に悪影響を与えているということである。世の中に疑似科学があふれることで、科学と疑似科学の区別が付かなくなって人々が社会の諸々の問題に正しい判断を下せなくなってしまうかもしれない、と著者は懸念する(22頁)。

    人々が広く疑似科学(特に第一種と第二種)を受け入れてしまう要因の一つとして著者は、世の中がどんどん便利になる中で、人々が物事をなんでも「お任せ」で済ませようとする風潮を挙げている。自分の頭で考えずに、テレビで言っていたから、という理由でなんの批判もなく話を受け入れてしまう。思い当たる節があるのではないだろうか。疑似科学が世の中からなくなることは無いだろうと悲観的に予測しながらも、疑似科学の蔓延を防ぐために小さい頃から懐疑精神を育てることが大事であると著者は主張する(178頁)。

    本書は疑似科学を論じているが、一人ひとりが自分の頭で考えることがいかに大切なのかについて、本書を読むと改めて気づかされる。その意味で、疑似科学に特に興味を持っていない人にも読んでもらいたい良書である。疑似科学の内容については、第三種疑似科学が本当に疑似科学と言えるのかどうか、少ししっくりこないところもある(著者自身もあとがきで述べているけれど)。しかし、その点も含めて自分の頭でよく考えてみるべきということなのだろう。

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著者プロフィール

総合研究大学院大学名誉教授。
1944年兵庫県姫路市生まれ。京都大学理学部卒、理学博士。天文学者、宇宙物理学者

「2018年 『30の発明からよむ日本史』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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