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Amazon.co.jp ・本 (240ページ) / ISBN・EAN: 9784004311317
感想・レビュー・書評
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科学の装いをした何か。それは私たちの心の拠り所であると同時に危険性を孕んでいる。それらを「疑似科学」と名付け、それについてどのようなものがあるのか、なぜ信じてしまうのか、どのような態度で対応するべきなのかを記している。
中々に興味深く面白い点がいくつもあった。
世の中が便利になり、考えることなくさまざまなサービスを受けられる時代になった。それは「お任せ」の精神を育んでいると筆者は言う。信用して「お任せ」すれば、細かなことには煩わされずに済むのが普通になっている。便利な世の中しか知らない、Z世代やα世代は考えることが少なくなっているのは事実そうだと感じる。分からないことがあればすぐ調べ、それは多くの場合信用できるが、信用してよいものかを考えることはどの程度行なっているのか。そして、考えることをしなくなるところに疑似科学が入り込んでくる。
信じる行為のみを行うひとは面倒な考えることを放棄している。知識を詰め込む現代の教育は疑う余地はどの程度あるのか。子どもの頃から考えることを無視されているのかもしれない。「疑う」という行為がいかに大切か、子どもの頃からその機会が与えられていなければならない。
人間は合理性を自然のうちに学ぶのだが、非合理性は矛盾と向き合うことによってのみ会得できるからだ。178
また本書の結びに
「疑似科学と断じる私の方が疑似科学だと言われかねないと覚悟している。」200
とある。疑似科学を論じるからこそ、この言葉がなければ本書は読む価値がある。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
科学でない事物をまるで科学であるかのように見せる、いわゆる「疑似科学」を概説した新書。
多岐に渡る得体の知れない疑似科学をざっと分類・体系化し、分かりやすくまとめている。大きくは下記の3種。
第一種
科学的根拠のない言説によって人に暗示を与えるもの。
占い系、超能力・超科学系、疑似宗教系など。
第二種
科学的装いをしているが実体がないもの。
永久機関、ゲーム脳・スマホ脳、マイナスイオン、健康食品、クラスター水、波動など。
第三種
科学的証明が困難な複雑系で、疑似科学と真正科学のグレーゾーンに位置するもの。
地球温暖化への温室効果ガスの寄与、電磁波公害など。
感想として、情報が氾濫する現代において、人は「科学っぽいもの」を熟慮・検証なしに信じてしまうリスクが高いことを再認識しました。
情報提供側の責任も当然ありますが、とくに環境、健康、美容関係において、一部の企業や専門家から出される情報に、安易な専門用語が濫用され、何となくで鵜呑みにしていることが多いのだと思います。
また、筆者(池内)は、専門家・評論家の意見について、部分的には正しくとも、専門外の範囲が含まれる問題では曖昧になってしまうことを述べています。「評論家の言うことは信用すべきではないと、評論家の池内が言った」という締めの言葉には皮肉も含めたユーモアセンスを感じました。
教育の現場で問題になった「水からの伝言」、そもそも科学用語でもない「マイナスイオン」など、世の中に多くのニセモノが氾濫していることを前提に、見極める目を持ちたいものです。
ただ、一方で現実的な話としては、たとえ効果との因果関係が不明であっても相関関係さえ明確であれば、世の中では受け入れられるという面もあります。
ちなみに、過去、「特許出願済み」が謳われた某商品で、公報を調べると、中身はお粗末でとても特許審査に適う科学技術ではなかったということがありました。今は何でも簡単に調べがつくので、消費者も賢くなって騙されにくいはずと信じたいです。 -
地球温暖化などの複雑系はなかなか判断がつかない、微妙なところがあ有る。
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魅力の薄い本
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2008年4月に発行された本です。私が手にしたのは2018年に印刷された第17刷でした。
筆者は疑似科学を3つに分類しています。
第一種疑似科学は、人の欲望や悩みにつけ込み、科学的根拠のない言説によって人に暗示を与えるもの。
第二種疑似科学は、科学を援用・乱用・誤用・悪用したもので、科学的装いをしていながらその実体がないもの。
第三種疑似科学は、「複雑系」であるがゆえに科学的に証明しづらい問題について、真の原因の所在を曖昧にする言説で、疑似科学と真正科学のグレーゾーンに属するもの。
何事も自分でしっかりと考えて、人の話を鵜呑みにしないことが大切だと思いました。
カール・ポパーは、科学が有するべき要件として「反証可能である」ことが第一、「こうやれば仮説や法則が成立していないと証明できる」方法の提案が必要だ、と主張しているそうです。
まさしく、このことがとても大切だと思いました。 -
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今なお存在しているのが「相対性理論は間違っている」とする人 たちである。研究会を組織し(会誌まで発行されている)、アインシュ タインの特殊相対性理論を否定し続ける人たちの集団だ。おそらく 世界中で1000人はいると思われるが、自分たち自身が問違って いる(論理の誤解、計算間違い、思い違いなど)にもかかわらず、飽きず に主張し続けている。
実際には、各社ともマイナスイ オン効果を厳密に実証しておらず、根拠は至って薄弱であった。 イナスイオンという言葉が客の気を惹きつけられることに目を付け て、こぞって売り出したのが真相だろう。事実、マイナスイオン効 果はあっても微々たるものでしかなく、本質的に意味がないことが 判明している"。そのことが科学者によって明らかにされるにつれ マイナスイオンを謳った商品は減少してきたようだ。
例えば、最近宝くじの一億円以上の当選者が五〇〇〇人を突破し たという宣伝があった。ちょっと聞くと、実に多くの人が幸運に恵 まれたと錯覚するから、自分も宝くじを買おうという気になってし まう。しかし、これは戦後六〇年の間の全ての宝くじの当選者数を 足したもので、数だけ聞かされると大きいが、長い期間の積分なの である。その間に恐らく何十億という人が宝くじを買ったであろう ことは省かれている。あるいはまた、人生を一〇〇年と言うか、 万六五〇〇日と言うか、三一億五〇〇〇万秒と言うか、さてどれが 一番短く感じられるだろうか。
実数を比較するだけでは間違うことになる。同じような例で、子ど もを虐待する母親の実数の三分の二は実母で、継母は三分の一しか いなかったというデータを発表し、「実母の方が危険」と書いた新 聞記者がいた。児童相談所に届けのあった数の比がそうであったた めだ。しかし、虐待をしていない母親の数を比べると圧倒的に実母 の方が多い。すると、割合から言えば継母の方が虐待確率は高いの である。実数と割合を区別せず、事実を逆様に報道したのだ。
日本の一年間の自殺者が三万人を越えていて、実に深刻な事態に なっている。しかし、せっぱ詰まった感じを与えないのはなぜなの だろうか。これを、小さな都市の全人口が消えてしまうとか、東大 の全学生がいなくなるとか、東京ドームの観客がすべて死んだとい うふうに表現すれば、その深刻さが少しは実感できるかもしれな い
情報を得るにしても「お任せ」の態度ではないだろうか。テレビや新聞、そして今や インターネットから情報を得ることが多くなっている。しかし、果たしてその情報が正 しいと言えるのだろうか。むろん、私たちは独力ですべての情報を収集して真偽を確か めることができないから、それらのメディアに頼らざるを得ない。であるからこそ、 いっそうメディアの言うことは眉に唾をつけて受け取らねばならないのだ。複数のメ ディアを比較したり、メディアでは報じられない事実を探ったりする努力が必要なので ある。
最近、親の小中学校への見方も変わりつつあると言われる。家庭ですべき躾や日常 生活で獲得すべき知恵も、全て学校で教えることを要求する親が増えているようなの だ。教育の「お任せ」化である。果ては、親の勝手な都合を先生に押し付けて平然とし ているらしい。それでは先生の身体がいくつあっても足りないだろう。事実、家庭から の無理難題に耐えられず心身のバランスを崩す先生が続出している。普通、学校と地域 と家庭が力を合わせて子どもを見守らないと教育効果が上がらないと言われる。しか し、地域は都会化の進行で分断されて機能しなくなり、今や家庭も学校に「お任せ」し てしまう体質になって、学校だけが教育の場になってしまった。それでは学校も悲鳴を あげるしかない。
科学の修練には積み上げが必要であり、それには長い訓練の時間を要する。基礎的な 学習から自立まで、数年間の訓練を経なければならないからだ。ところが、インター ネットによって「瞬間」で世界とつながることに馴れると、時間を使う営みが時代遅れ に見えてしまう。疑いを持ち、考え得るすべての可能性を検討する時間を無駄とみな し、直ちにシロ・クロの決着を明確につける方を高く評価する。そうでなければチャッ トができないこともある。それは疑似科学との相性が良いことを意味している。インタ ーネットが現代科学の粋でありながら、科学の否定ともつながっているのは皮肉なこと である。 -
【貸出状況・配架場所はこちらから確認できます】
https://lib-opac.bunri-u.ac.jp/opac/volume/705732 -
近代の科学は今ここの現実にしか興味を持たない。科学の誕生前には現実には変えることが有ると信じられていた仮想がいつの間にか変わって、現実が変わると信じていた世界全てが否定されている。科学が進歩し続ける以上、昔のように待っている時間を仮想には使わず現実化していってしまうのだろう。
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前半は楽しい
後半には疑似科学に騙されないための心構えが書いてあるが結局は、反証例を考えるクセをつけることだろう -
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これはナンだ、大槻センセの「最終抗議」の系譜だなあ。もう少し冷静でアップツーデートではあるけれど。
スピリチュアル系のあれこれや、「水素水」などの科学の意図的な誤用、科学的知見のグレーゾーンを決めつけて乱用・悪用する、といった、現代社会に蔓延する「疑似科学」を分類し、それぞれをあげつらう本。
カルト教団やサプリまがいなど実害の発生しそうなものへの警告は分かるが、それらの担い手(送り手・受け手両方)はこういう本には目を向けないだろうし、目を向ける人にとってはいささか世知辛い議論になっている。 -
娘の高校入学前の課題図書
せっかくなんで、読んでみた。
娘は何を信じればよいか、疑い深くなったとの感想。
p67 ホーソン実験の延長で、社長の命令で成績アップみたいなのも、命令すれば成功するみたいに、ワンマン社長に起こりやすいとあり、あらま、それはそうかもと。社長に限らず、オーダーしてお仕舞い、という勘違いは、根強く蔓延るのだなあと。
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世の中にはびこる様々な疑似科学について解説し、そこに嵌らないための対策を紹介している。
疑似科学とは、一見科学的な装いをしていながら非科学的なものやそれを利用した手口を意味している。本書では疑似科学を大きく3つに分類して、説明している。
《第一種疑似科学》
精神的、心理的なもの。占い、超能力、スピリチュアル、「疑似」宗教など。
《第二種疑似科学》
科学を悪用・誤用したり、科学的な装いをしていながら実体のないもの。「水の記憶」、「マイナスイオン」、統計の操作など。
《第三種疑似科学》
「複雑系」であるために現代科学では完全に説明が付かないものへの対応。環境問題での地球温暖化と二酸化酸素の話など。
それぞれについて、どういうものか、特徴、成り立ち、陥るポイントなどを解説している。そして、疑似科学に嵌らないためには、正しく疑う心を持って、自ら考えることが重要であるとしている。
特に否定すべき内容はないのだが、インパクトが弱い。「疑似科学とはこういうものです。皆さん、気をつけましょう」的な感じで終わってしまっている。 -
【要約】
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【ノート】
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▼福島大学附属図書館の貸出状況
https://www.lib.fukushima-u.ac.jp/opac/opac_link/bibid/TB90186039
例えば福島第一原発事故後の健康を巡る「科学的(とされる)」言説のような,科学の問題ではあるものの,科学だけの問題ではない類の問題に係る言説を読み解くにあたり,一つの重要な視点を与えてくれる良書。もし,この本が原発事故前にベストセラーになっていたら,事故後に「科学的」言説が引き起こした混乱のうち,かなりの程度は生じなかったことであろう。「学問の府」であり「科学の砦」である福島大学が事故後に学長名で発信したメッセージの「疑似科学性」も,即座に看破されていたはずだ。今からでも遅くない。この本を,まずは,福大生必読の書としよう。同種の事件は,おそらく,また起こるだろうから。
(推薦者:共生システム理工学類 永幡 幸司先生) -
科学という言葉は一種の仮定である。だから「科学的」と誰かが言ったところでそれが何を意味するのかということは本当のところわからない。
この本で疑似科学と分類されている物は、宗教や占いといったもの、あるいは化学物質の名前が出てきてその効用がうたわれてる、しかしその科学的根拠があいまいなもの。あるいは極端な曲解を起こす様に科学的説明を用いている物である。
そういうのは世の中に溢れかえっている。特に商品やサービスを売る「広告」というものにはその広告の規模を問わず疑似科学的なものがまじっている割合は結構高い。
もちろん科学そのものが万能ではない。しかし騙されて後悔しないためには一定の科学的見方というのは必要である。
そう言った意味でこの本からどのような「疑似科学」があるのか。科学というものの限界性というものを知るのがよいではないだろうか。 -
2017/11/26 読了
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胡散臭い、という言葉がそのまま
ぴつたり当てはまる
「血液型性格診断」
「水からの伝言」
本当のところは、どうなんだろう
「オゾン層の減少」
「地球温暖化」
いったいどうしていくことが
「地震の予知」
「遺伝子組み換え作物」
あれやこれやを
科学的な見地から
きちんと検証し、考証していく
一冊
でも、最後には
じゃあ、どう考えるかはあなたが
決断すること
当たり前のことですが
自分の足で歩き
自分の目で見て
自分の耳で聞いて
自分の頭で考える
そのことの 大切さを
改めて再認識させてもらえました
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