空爆の歴史―終わらない大量虐殺 (岩波新書)

著者 : 荒井信一
  • 岩波書店 (2008年8月20日発売)
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  • Amazon.co.jp ・本 (258ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004311447

作品紹介

ヨーロッパ諸国による植民地制圧の手段として登場した空爆は、現代にいたるまで、戦争の中心的な役割を果たし、その"負の発展"を支えてきた。加害の側の力の圧倒的な優位性を背景に、とめどなく繰り返されてきた破壊と虐殺の実態を追究。「早期に戦争が終結できる」など、脈々と受け継がれてきた正当化論の虚構を浮き彫りにする。

空爆の歴史―終わらない大量虐殺 (岩波新書)の感想・レビュー・書評

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  • タイトルの通り、空爆の歴史を通史的に追った著作。「戦争と空爆問題研究会」の議長となったのが空爆研究に取り組むきっかけになったという。

    戦略爆撃に関する本を読んだことがあったせいか、あるいは自分の勉強不足のせいか、空爆といえば錦州爆撃やゲルニカ爆撃からという印象が強かったが、伊土戦争まで遡ることを知れたのが新たな収穫だった。

    『新華日報』の「時評」を引いて、「大量殺戮の手段の進化を、大型爆弾→細菌爆弾→原子爆弾としてとらえていることに注目したい」と記している。また、筆者の論述に即して戦略爆撃の進化のラインを描くとすれば、錦州やゲルニカや東京が入っていないのがいささか疑問だが「モロッコ→エチオピア→常徳→重慶→広島」になると指摘している。

    日中戦争や第二次世界大戦でも一般市民をターゲットにした戦略爆撃が行なわれているが、結果はいずれも継戦意思を挫くものにはならなかったという主張が一貫してなされている。また、「多様な地域の民衆が同一の苦難を受けた結果として、「近代的国家観念」が生じた」という一節があり、これは近代国民国家が「想像の共同体」の産物であることを示すものであって興味深かった。

    選択爆撃に傾斜する局面があっても、すでに述べたように、一般市民の戦意の崩壊には繋がらないにも関わらず戦略爆撃としての無差別爆撃は根強く残った。「だいたい一九四〇年春ころまで各国は、主義としては軍事目標以外の爆撃について抑制的な態度を公表していた。しかし戦争が進行するにつれて、各国ともに軍事目標主義を骨抜きにして、実質的に無差別爆撃を意味する地域爆撃に傾斜してゆく」とある。

    米空軍の対独的な事情としては第一に総力戦、第二に報復を望む世論、第三に早期終戦論、第四に軍指導者の態度が挙げられている。実際はテロ爆撃ながら建前は合法的人道的爆撃と説明するダブルスタンダードだったとあり、「第二次大戦は、第一次大戦以上に総力戦として戦われ」「住民の戦意を破壊することが戦争遂行の不可欠な一部を崩壊させる要因と考えられた」。都市焼夷攻撃は「戦争を終わらせるため」とされた。

    対日的には「日本のちいさな住宅は居住のためばかりでなく、戦争資材の供給に貢献している仕事場でもある」と説明され爆撃が正当化された。また、「都市焼夷攻撃は、労働者とその家族、近隣――すなわち生活圏そのものを直接のターゲットとした爆撃であり、住民の戦意以上に戦力基盤としての住民の殺傷自体が目的だったといわざるをえない」とまとめている。ただし、戦中につくられたアメリカ戦略爆撃調査団は「戦意攻撃は日本人の行動にほとんど影響しないであろう」と強調したという。また、戦後東京に滞在した戦略爆撃調査団の一員が記した回想記によると、「日本本土に対する戦略爆撃ではなく、石油・ボーキサイト・鉄およびその他の原料の剥奪が日本敗北の主要な要因だった」とされ、筆者は「日本の諸都市に対する空爆が数十万の市民を殺しながらそれだけでは日本の戦力破壊という大目的に、あまり貢献しなかったと主張しているのである」としている。太平洋戦争末期の都市無差別爆撃といえばルメイという印象だったが、実は彼が指揮官になる前から計画・実行が進められていたことや精密爆撃のための技術改良に力を注いでいたことを知った。

    冷戦が終わった1990年代以来の戦争を見ると戦力や死傷者に「非対称性」が見られるという。「死傷が非対称になったのは、戦争の主役が飛行機、ミサイルなどであり、空からの一方的な戦争にあったことにある」としている。また、クラスター爆弾の非人道性についてもページを割いている。

    1923年の「空戦に関する規則」により爆撃の対象は軍事目標に限ると決まったのにも関わらず一般住民に対する爆撃は終わらなかった。「一般住民をターゲットとする空爆の非人道性と不法性の認識が国境を越えて共有され、平和で安全な東アジアの未来をひらくことが共通の課題になりつつある」との言葉で締めくくられている。


    本書は空爆の歴史ということで、帝国主義の時代から冷戦終結後の世界までをカバーしている。爆撃が伊土戦争にはじまることや、同一の苦難を経験したことにより「近代的国家観念」が生まれたこと、ルメイが精密爆撃のために力を注いでいたことを知れたのは興味深かった。結局、民衆の継戦意思を挫くという戦略爆撃の目的は、戦略爆撃としての形は進化し完成しながら達成することができなかったと位置づけることができるのではないだろうか。本書では国内外の多くの史料が使われていて比較的手堅い印象。ただ、時期がいったりきたりする場面があって少々読みにくかった。本書でも話題に上っていたように、前田哲男『戦略爆撃の思想』を合わせて読むとよいかもしれない。

  •  アフガニスタンにおける国境なき医師団の施設の誤爆問題で、アメリカ軍はけしからんと思っている人たちに是非読んでいただきたい。
    空爆とは、プロペラ機から手榴弾を投げることから始まった第一次世界大戦当時から、一般市民をも標的に含んだテロ的側面が想定されていたことがよくわかる。
    つまり、軍事施設だけをねらって攻撃を行うが、不本意ながら、稀には民間人への被害が起こることもあるという嘘に100年間だまされ続けている愚民=俺たちってこと。
    自分の頭で考えるクセをつけなきゃ、いつまでも時代や、いわゆる指導者に翻弄されますよ。

  • 空爆の歴史を追う。日本以外のことも詳しく
    あるが・・・ただ筆者はひどく偏向ががかってる。

  • 感想未記入

  • [ 内容 ]
    ヨーロッパ諸国による植民地制圧の手段として登場した空爆は、現代にいたるまで、戦争の中心的な役割を果たし、その“負の発展”を支えてきた。
    加害の側の力の圧倒的な優位性を背景に、とめどなく繰り返されてきた破壊と虐殺の実態を追究。
    「早期に戦争が終結できる」など、脈々と受け継がれてきた正当化論の虚構を浮き彫りにする。

    [ 目次 ]
    第1章 二〇世紀の開幕と空爆の登場―幻惑された植民地主義
    第2章 「ファシズム時代」と空爆―無差別爆撃を許す「文明世界」
    第3章 総力戦の主役は空戦―骨抜きにされた軍事目標主義
    第4章 大量焼夷攻撃と原爆投下―「都市と人間を焼きつくせ」
    第5章 民族の抵抗と空戦テクノロジー―「脱植民地」時代の空爆
    第6章 「対テロ戦争」の影―世界の現実と空爆の規制

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  • 分類=戦争・空爆。08年8月。人殺しをするのに何でもありになってしまった、人間のたがが外れた1コマです。

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