和辻哲郎―文人哲学者の軌跡 (岩波新書)

著者 :
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  • Amazon.co.jp ・本 (246ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004312062

作品紹介・あらすじ

『古寺巡礼』『風土』等、流麗な文体により、かつて青年の熱狂をかきたてたことで知られる和辻哲郎。彼は同時に、日本近代が生んだ最大の体系的哲学書、『倫理学』の著者でもある。日清戦争前夜に生まれ第二次大戦後におよんだその生と思考の軌跡は、いかなる可能性と限界とをはらむものだったのか。同時代の思想状況を参照しつつ辿る。

感想・レビュー・書評

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  • 基本的にはヨイショ本。著者は東大哲学・倫理の後継者的立場なので、あまり悪くも書けないのだろう。和辻は右寄批判もあるので都合の悪い所は説明を誤魔化しているように思える。とは言え、内部関係者ならではの水準はキープしており、入門書としての出来は悪くはないので、諸々の事情を割り引いて読めばよいのかと。

  • 2009年刊。著者は東京大学教授。「鎖国」「風土」等で著名な倫理学者に関する人物評伝。読みにくい。理由は①和辻の文章(個人的には哲学者と称される人物全般に妥当するように思うが)が多義的かつ具体化困難な点。特に「時間が自我の中に…」「自我が時間の中にある場合…」の時に頭が?になった。前者は兎も角、後者が人間の認識外の時間、つまり客観的な時間(ただし、空間での重力の違いで相対的なもの)を意味するのかが判然としない。なのに明晰との評。②前後の矛盾(よりも判りにくさか)。例えば、和辻の仏教解釈を論理主義的とする。
    その返す刀で「ひどく細密な感覚的な次元の様相をめぐる…分析」とし、さらに「感覚の元に降り立って経験の襞に内在するところから経験そのものの常識的解釈を解体して、経験自体のひろがりとその彩りとを回復しようとする手つづきは…和辻の基本的な哲学的方法ともなる」とあるが、これ、理解可能?。また、後者の方法論・感覚的な次元が経験の常識的解釈を解体することが、万人に妥当する説得力を持ち得る方法論?。③恐竜時代・ファーストスター生成時等、人間が存在しない時空間が現実にある中、国家のみに結びつく時間論が普遍性を持つ?等。
    読んではつんのめり、さらに読んでは???になることの繰り返しで、読了に凄く時間がかかってしまった。抽象的な文言から具体的事象を想像・創造する訓練にはなったかも…。

  • 哲学者や思想家の全貌をテクストとして丁寧に読み解くスタイルで名高い熊野純彦氏の和辻哲郎論。岩波文庫に収録された和辻の『倫理学』の「解説」を元に、書き下ろしされた一冊が本書だ。

    「和辻批判」はその同時代から近年に至るまで、水準の高いものが多々ある。現代思想はナショナリズム批判を必然するから当然といえば当然だが、和辻の「日本回帰」の問題は単なるナショナリズム批判で説明できないところもある。
    そう違和感を覚えたとき、本書はそのからくりを丁寧に教えてくれることになるだろう。

    熊野氏の所論では、もちろん和辻批判の系譜の要所を押さえている。本文の中でも随時紹介し、一定の同意も示している。しかしナショナリストだから悪として切り捨てる手法は取らない。

    和辻「倫理学」の誕生とは何か……。

    明治維新以降、日本の「学問」史とは、先進の西洋からそれを受け容れるのがその歴史であっと言っても過言ではない(そして、それは今なおそうであろう)。しかし明治・大正・昭和を生き抜き、戦前日本において初めて「体系的」倫理学の構想に一応成功した和辻「倫理学」の誕生とは、受容から咀嚼、そして自己定位と発信というひとつのプロセスの完成であったことも忘れてはならないだろう。

    しかし「完成」とは「陥穽」のはじまりである。そこに問題も潜在する。

    本書を読みながら、改めて気が付いたことは、やはり和辻は偉大な哲学者であったということ。問題は多々ある。そして批判すべき哲学者であったことも承知だ。

    しかし、その功罪の両側面を検討しない限り、「相対化」して理解したという錯覚に陥ってしまうことは否定できない。

    2000年代中盤より、相次いで和辻の主著が岩波文庫に収録されるようになったが、あわせて読みたい一冊である。

    「和辻の作品の魅力は、その錯誤と分かちがたい。煌めく散文の美のあいまで、立ちどまるべきことがらのいくつかが忘れられ、過ぎ去られてしまうこともある。和辻の著作は、そして最後まで、そのような魅惑を失わず、他方ではそうした危険から逃れることもなかったといってよい」。

    最後に蛇足。

    「日本語で思索する哲学者」の自己言及という循環論。これはどの言語に起こりうる。

    そして、和辻の最良の部分は流麗な日本語による日本文化論へと生成されていくわけだが、ここにどれだけ自覚的であることができるか。考えさせられる問題である。

    「哲学することが、ギリシア以来の普遍的な思考の水準に参与することであるなら、日本語で哲学することは日本語の固有性をむしろ「抹消」する。日本語による哲学のこころみ自体に過剰な重量をかけることは、かえってドイツ語によるギリシア思考の「反復」という、ヘーゲル的/ハイデガー的な志向を「模倣」することになるだろう。港道隆が周到に腑分けしてみせたそうしたことの消息に対して、和辻はどのていど自覚的であっただろうか」。

  • [ 内容 ]
    『古寺巡礼』『風土』等、流麗な文体により、かつて青年の熱狂をかきたてたことで知られる和辻哲郎。
    彼は同時に、日本近代が生んだ最大の体系的哲学書、『倫理学』の著者でもある。
    日清戦争前夜に生まれ第二次大戦後におよんだその生と思考の軌跡は、いかなる可能性と限界とをはらむものだったのか。
    同時代の思想状況を参照しつつ辿る。

    [ 目次 ]
    序章 絶筆
    第1章 ふたつの風景(故郷 離郷 帝都)
    第2章 回帰する倫理(回帰 渡航 倫理)
    第3章 時代のなかで(時代 国家 戦後)
    終章 文人

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