思い出袋 (岩波新書)

著者 :
  • 岩波書店
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レビュー : 41
  • Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004312345

感想・レビュー・書評

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  • 重いキーノートをバックに美しく複雑な音楽を聴いたような読後感。凄まじい知性と感受性。受けとる側(私)が未熟なため受け止めきれていない感があるが。

  • 80歳を超えた思想家が、自らの人生を振り返るエッセイといっていいのだろうか。雑誌の短い連載をまとめたものということもあってか、少し断片的な感じがあり、同じ話が何度か出てくるものだから、思想家の人生を問わず語りに聞かされているような、恍惚の人、夢うつつな感覚もなくはない。それでもしっかりと芯を感じさせるのは、やはり著者の生きざまゆえだと思う。

  • 吉本隆明「追悼私記」
    「中井英夫戦中日記」
    「おだんごぱん」
    「いっしょうけんめい生きましょう」
    内山節

  • 不良少年として生きる……国家と個人との関係を思考し続けてきた鶴見俊輔氏の力強い回想録。

     「くに」にしても「かぞく」にしても、それは現象として仮象的に存在するものにすぎず、モノとしての実体として存在するわけではない。しかし、誰もが一度は「くに」や「かぞく」を巡って「引き裂かれてしまう」のが世の常だろう。戦後思想史に独自の軌跡をしるす哲学者・鶴見俊輔さんは「不良少年」としてその歩みを始めた。名家・後藤新平の孫として生まれるが「不良少年」は日本を追われるように15歳で単身渡米、ハーバード大学へ進学して哲学を学ぶ。日米開戦とFBIによる逮捕、そして交換船での帰国と軍属の日々……。
     本書を著した時点で氏は88歳、自身の経験した出来事や人々との交流、そして印象的な書物の思い出を率直に綴っている。
     鋭利な知性と人間味溢れる感性が光る多彩な回想のなかでも、北米体験と戦争経験は、著者の思想的原点を鮮やかに示している。そしてみじんも変節がないことには驚くばかりだ。
     戦前、友人と日米開戦はあり得るのかと議論になったという。そのとき氏は次のようにいう。「日本の国について、その困ったところをはっきり見る。そのことをはっきり書いてゆく。日本の国だからすべてよいという考え方をとらない。しかし、日本と日本人を自分の所属とすることを続ける」。国家と個人の関係を正視眼で思考し続けてきた氏ならではの重みある言葉だ。

     しなやかな知性とは、神の眼をもつことではない。たえず揺れのなかで自己を鍛え上げていく事なのではないだろうか。そのために必要なのは「私は、自分の内部の不良少年に絶えず水をやって、枯死しないようにしている」ことだろう。
     社会の不条理に苛立つことは避けられない。そんなとき本書をゆっくり読むことをお勧めする。読むごとに目を閉じ、その言葉を噛みしめることで、もう一度歩み出す勇気をもらうことができる。

  • 言葉が、心にしみいる感覚がたまらない
    一気に読んでしまいました。あふれでる言葉が少しの抵抗もなく、心にしみいる感覚が好きです。ほんとうに文章を読むことの心地よさを充分に味わいました。この一年間に何度も読み返しています。たしかになによりも名文ですね。知人、友人に幾度となく一読することを進めています。ひとつのエッセイに千文字ほどの文字からあふれる言葉から、文章に含まれた普通の人生哲学が、ふっと湧き上がるのを感じます。疲れた気持ちを解きほぐすエネルギーが、かすかに力強く満ちてくる息遣いを感じ取るのです。戦前戦後の日本と世界について、良きも悪いもすべてをはっきりと見据えた個人としての思考が著者の八十年におよぶ経験と行動において、静かなうちにも脈々とわきでる生命力にあふれんばかりです。淡々とつづられた言葉をまたあらためて読みなおしています。今日もまた、先輩の知人に一読するようにうっかりつぶやいてしまったしだいです。

  • 著者、鶴見俊輔が80代で連載していたエッセイを纏めた本。著者は、ハーバード大の哲学科卒の哲学者であるが、文章は平易で読みやすい。
    青年の頃にアメリカに留学(放逐された?)した経験もあり、日本への視点も鋭い。その主義・主張・軸は加藤周一に通じるものがある。
    この主義・主張・軸は明治を知り、戦前、戦中、戦後を知る者の感性から生まれてくるものであり、現代社会の我々も心に留めておきたい。

    (引用)
    ・ベネディクトが日本文化を「恥の文化」としておおざっぱに規定したのに対して、作田啓一は、日本文化の流れに恥とは別に「はじらい」の感覚があることを、太宰治の作品の分析をとおしてくり広げた。

    ・「〇〇は古い」は、明治以来百五十年で最も長持ちしている文化遺産かもしれない。・・・文明はエスカレーターに乗っているように二階三階と進んでゆく、というまぼろしが日本の近代史にはあり、それは敗戦をはさんで復活した。・・・・温故知新は、新知識の学習とともに、私たちの目標としてあらわれる時がくる。

    ・なぜ、日本では、「国家社会のため」と、一息に言う言い回しが普通になったのか。社会のためと国家のためとは同じであると、どうして言えるのか。国家をつくるのが社会であり、さらに国家の中にはいくつもの小社会があり、それら小社会が国家を支え、国家を批判し、国家を進めてゆくと考えないのか。

    ・心は自分以外のものを見ていないと、正気を失う。アウシュビッツの強制収容所に閉じ込められたフランクルは、おなじ仲間の老女がいきいきと毎日を過ごしているので、どうしてかとたずねた。すると、彼女は道に見える一本の樹を指して、「あの木が私だ」と言う。

    ・日本の大学は、日本の国家ができてから国家がつくったもので、国家が決めたことを正しく正当化する傾向を共有し、世界各国の大学もまたそのようにつくられていて、世界の知識人は日本と同じ性格をもつ、と信じている。しかし、そうではない。若い国家であるアメリカ合衆国においても、ハーバード大学は1636年創立、アメリカ合衆国の建国は1776年で、そのあいだのしばらくの年月は、米国の知識人の性格に影響を与えてきた。

    ・2百年前の渡辺崋山、高野長英、百五十年前の横井小楠、勝海舟、坂本龍馬、高杉晋作、百年前の児玉源太郎、高橋是清、さらに夏目漱石、森鴎外、幸田露伴たちは、大づかみにする力を、その後の人たちにくらべてもっていた。

    ・日本の国について、その困ったところははっきりと見る。そのことをはっきり書いてゆく。日本の国だからすべてよいという考え方をとらない。しかし、日本と日本人を自分の所属とすることを続ける。

    以上

  • 同じエピソードが繰り返されるものの知的思考と温かい人としての温もりを感じる

  • やんちゃな少年時代を過ごした作者。楽しく読ませていただいた。
    思い出に「2・26事件」や「安部定」があり感慨深かった。

  • その時代(戦中)を生きたインテリの方の思い出で、
    とってもリアルな感じでよかったです。
    著者と年の近い実家の父(数年前に死去)に読ませてあげたら、
    さぞ面白がったことでしょう。

著者プロフィール

1922年東京生まれ。哲学者。15歳で渡米、ハーヴァード大学でプラグマティズムを学ぶ。アナキスト容疑で逮捕されたが、留置場で論文を書きあげ卒業。交換船で帰国、海外バタビア在勤部官府に軍属として勤務。戦後、渡辺慧、都留重人、丸山眞男、武谷三男、武田清子、鶴見和子と『思想の科学』を創刊。アメリカ哲学の紹介や大衆文化研究などのサークル活動を行う。京都大学、東京工業大学、同志社大学で教鞭をとる。60年安保改定に反対、市民グループ「声なき声の会」をつくる。六五年、ベ平連に参加。アメリカの脱走兵を支援する運動に加わる。70年、警官隊導入に反対して同志社大学教授を辞任。著書に『鶴見俊輔集』(全17巻、筑摩書房)『鶴見俊輔座談』(全10巻、晶文社)『鶴見俊輔書評集成』(全3巻、みすず書房)『戦後日本の大衆文化史』『戦後日本の精神史』(岩波書店)『アメノウズメ伝』(平凡社)ほか。

「2015年 『昭和を語る 鶴見俊輔座談』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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