ぼんやりの時間 (岩波新書)

著者 :
  • 岩波書店
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本棚登録 : 196
レビュー : 25
  • Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004312383

作品紹介・あらすじ

常に時間に追われ、効率を追い求める生き方が、現代人の心を破壊しつつある。今こそ、ぼんやりと過ごす時間の価値が見直されてよいのではないか。では、そうした時間を充実させるために何が必要であり、そこにどんな豊かさが生まれるか。さまざまな書物にヒントを求め、自らの体験もまじえながらつづる思索的エッセイ。

感想・レビュー・書評

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  • せわしない時代に、ぼんやり過ごすことの大切さを、様々な書物をひきながら綴ったエッセイ。バブルが弾けてからは、こうしたスローな価値観が珍しい言い分ではなくなったが、肩肘張らず、それでいて共感できる論説(?)の執筆者は、元「天声人語」のコラム子。どうやら、僕自身が受験勉強の題材に毎日天声人語を書き取っていた頃に、この人が書いていたらしい。親近感を得た。

  • なんとなくいい本。

    言わんとする事は、共感できるし。

  • いろいろな事例・書物・故事からぼんやりを記すエッセイ。多分そうなんだろうな、と思いますが、きっと実現するのはむつかしい。今の自分は時間の虜だから。ただ、少しでも取り込んでみたいなぁ、自分を守るためにも。

  • 「時間を大切に」みたいな書籍に触れる機会が多くなると、どうしても刺激的で密度の濃い時間を求めてしまう。そうしないと、貴重な時間の浪費という「大罪」を犯したことによる陰鬱とした気分に駆られてしまう。なんとか挽回しようと色々試みてみるものの、気持ちとは裏腹に、何も思い浮かばず、何も身に入らずで、今度は悪循環に苛まれる...。
    本書は、そんな時はいっそぼんやりすることが有意義だと背中を押してくれます。しかし、それは決して時間を「有効」に使うことへの諦めではなく、それはそれで「有効」だとしているのが心強い。
    「ぼんやり」に価値があるなんて、正直なところ半信半疑だったが、著者の「新幹線に乗っていると、草や木を詳しく見ることができないのと同様に、無駄な時間を切り捨てている人は、忙しい忙しいといいながら暮らしの周辺の細密な変化に気づくのが難しい。」という文章がヒントになり、ナルホド確かにと納得。では、「ぼんやり」の価値はどこにあるのか。
    私たちは「動(頑張る)→静(休息)」の順序こそ当然だと考えてしまいます。が、著者はこの方向性は一度疑ってみるべきだとしています。「いい静があるからこそ、いい動がうまれるのではないか。」と。それらは一対の関係であり、両者は共存しうる。その観点で見ると、「静→動」も同等の価値がある。とすれば、一生懸命仕事を頑張ったから、ゆっくり休むという順序でなく、まず静かに休んでみることを起点にしてみたらどうだろうかと提言されていますが、この発想は目から鱗でした。
    各々の方向性が同じくらい大事なんだと知ると、「動⇆静」のバランスの取れたギアチェンジが重要だと気付けたし、一端を担う「ぼんやり」にも立派な価値があると認識できました。何より、今後ダラダラする言い訳に説得力を持たせてくれた本書には非常に感謝。

  • みなさんのなかに、記憶力を高めたいと思っている人はたくさんいると思います。では、忘れっぽいということは短所なのでしょうか?
    いいえ、それは長所でもあるんです。嫌なことを忘れることは、心に平穏をもたらします。
    ゴミは捨てるものです。“ぼんやり”することで心に余白をつくれば、新たな力が生まれます。

    少しの時間でいいので、ぼんやりする時間を設けてみてはいかがでしょう?

  • ぼんやりしよう

  • 図書館でタイトルが気になったので借りてみました。
    読んでいるうちにボーっとしてくる一冊。

    短気は損気、生き急いでる、と日頃から言われている自分。なんかいつも苦しいんですよね。心が壊れないためには、ぼんやりする時間も必要だよなぁと思いました。

    「懶惰(らんだ)」という言葉をこの本で知りました。

  • 瞑想。結論的な言い方を言えばそうだが、そこまで高尚なものでもない。
    怠惰でもない。
    自然のなかで漂う空気、流れる時間にゆらり身を任せる感覚。

    喧騒から外れてゼロリセットする大切さはよく解る。
    人は気づかないうちに社会の渦に、価値観に、時間に巻き込まれ、およそ、その個人が持っていた本来の時間、空間的絶対感覚を失くして行く。
    其れを取り戻す大切さ。

    シナリオのテーマが見えてきた。

  •  まあいやな予感はしたけど、その通りだった。あるブログで話題にされていたので手に取る気になったけれど、しょうもない。こんなもので本1冊になるのか。もっとも買う阿呆がここにいるのだからな。
     ブログに引用されていた朝永振一郎の逸話。「教授時代、大学へ行く途中、ふつうは御茶ノ水駅で地下鉄に乗り換えるのだが、ふと気を変えて御茶ノ水駅から千葉行きの電車に乗ってしまうことがあった。房総の海辺をぶらぶらしたうえ、千葉の町に引き返し、名物「焼きはまぐり」をさかなに一杯やるという具合で、一日を気ままに過ごす。」というくだりに妙に惹かれた。かと思えば朝永は、京都の学会のときに神戸に泊っていて、朝気が変わって学会をさぼり、明石から淡路島へ渡って一日ふらついたりもしている。
     いいなあ、こんなで務まるなら大学教授も悪くないな。ぼくならさしずめ朝桑園9時2分発の2149M711系6連にふらりと乗って旭川へ行ってしまうな。もっとこういう逸話がたくさん載っているのかと思ったら、まったく期待外れ。大半は著者自身の個人的な思い入れの押し売りに終始している。そんなに急いでどこへ行く、スローライフ、等々さんざん言われ続けていることをよくも臆面もなく今頃本にするものだ。静岡の山奥のあばら家を買ってなどという暮らしが、定職をもつ大半の勤め人にできるわけもない。かといって、仕事の合間にコーヒーを飲んでぼんやりするくらいのことは誰しもがやっていることだろうし。要するに読んでも何の役にも立たない本だった。

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  • 「ぼんやり」と過ごす時間を豊かに生きた人達の書物をたどるエッセイ。試してみたいことがいっぱい!

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