「分かち合い」の経済学 (岩波新書) (岩波新書 新赤版 1239)

著者 :
  • 岩波書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004312390

作品紹介・あらすじ

深刻な経済危機が世界を覆っている。不況にあえぐ日本でも失業者が増大し、貧困や格差は広がるばかり。この「危機の時代」を克服するには、「痛み」や「幸福」を社会全体で分かち合う、新しい経済システムの構築が急務だ。日本の産業構造や社会保障のあり方を検証し、誰もが人間らしく働き、生活できる社会を具体的に提案する。

感想・レビュー・書評

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  • 同じ著者の『財政のしくみがわかる本』に続いて読んだ。
    上記本は、「おおやけ」の説明から始まる、財政=民主主義を説く内容。一方本書は、「オムソーリ」という「社会サービス」を意味するスウェーデン語の原義が「悲しみの分かち合い」であるという説明から始まる、新自由主義批判と、それを超えた社会のありよう=分かち合いを基本とした社会であるべきでは、と筆者の思い描く理想を説く内容。
    「幸せのおすそ分け」ではなく、「悲しみ」という負の感情の分かち合いが社会の存在意義であるという考え方は、地に足の着いた、人間の善い本性を照らす考え方と思う。

    具体的には、下記のような構造。
    (1)新自由主義の成立の歴史
    (2)現在の日本社会への影響
    (3)この先の社会がどのようにあるべきか

    新自由主義の問題点についてはすでにわかったつもりでいたため、あまり興味を持てなかった。そのため、その歴史をうまくまとめているはずの第2章は、斜め読みで終わってしまった。ではそれを何も参照せずに具体的に説明できるかというと自信がない。また別の本(もしかしたら中高の教科書レベルからやり直したほうがいいのかも?)を参照しながら、興味が向いたタイミングで学び直したい。

    新自由主義が社会の分断を招いているということは、いち生活者としての実感としてもある。資源そのものには限りはあるけれども、「幸せ」はパイの奪い合いでは決してない。私たち市民一人一人は、隣の人のことを「仲間」と思えるか、「わたし」ではなく「われわれ」という気持ちを持つことができるのか、そしてその「仲間」や「われわれ」という範囲に含まれる人をどこまで広げていけるのか。まず、「私は」できると思うし、実際にそうしたい、と思う。それぞれが孤独であるというそのかけがえのなさは大切にしつつも、一人で生きていけるわけではないという人間らしさを手放したくない。

    スウェーデン社会を礼賛しすぎのような気もするが、おかげで興味も沸いた。社会福祉国家と呼ばれるその国の負の側面と合わせて、その実態を知りたい。
    また、新自由主義社会の中での「無賃労働」はケアの倫理という概念とつながるところかと想像しているので、その辺りも少しずつ学んでいきたい。

    最後に、私は「知の分かち合い」は学者や専門家の特権ではないと考えている。本書の中では、それは主に大学の果たす役割として述べられていたように思うが、生活者誰もが経験し、思考し、本を手に取り、そして他者と話し合い、知を分かち合うことができる。それは、万人に開かれた喜びであると信じている。もし今がそうでないなら、そのようなことができる「余裕」が私たちには必要で、それが私にとっては理想の社会である。

  • 網膜剥離を45歳から15年患いながら、日本を熟れう稀有な東京大学名誉教授・元民主党政権下の元税制調査会座長の著書。

    スウェーデンを引き合いにしながら、我が国に欠けてる精神や行動様式・振る舞いを、「分かち合い(スウェーデンではオムソーリと表現されている)」、という分かりやすいレトロなキャッチフレーズで読み解く、素人でも解りやすい名著。

    オムソーリ=『悲しみの分かち合い(具体例:失業・親族友人の氏・経済的精神的貧困の経費分担)』であるという前提から、社会全体を包みこむ、セーフティーネットのある制度設計が、結果、経済成長を促すという政策論まで言及。
    また、著者が網膜剥離であって、社会的に成功しながらも、本人自身が社会的弱者であることも共感でき説得力あり。

    知り合いの教授いわく、著者は頭の構造が一般人とは違うらしいとのことが、だからこそ、庶民にも分かりやすく書けるのだと納得。

    文系大学生のネタ本にもあるし、比較的安いし、興味あるかたはぜひ一読を。学者にも神野氏のようなマトモな人もいる。

  • 【感想】
    著者は財政学者。世間一般の感覚と正統派経済学的な見方を両立させている。岩波新書にしては珍しい。版元の内容紹介ほどのスウェーデン要素は無い。


    【目次 】
    はじめに

    第1章 なぜ、いま「分かち合い」なのか 
    格差、貧困の広がる日本/意図された雇用破壊/破壊される人的環境/人間の絆としての「社会資本」/「オムソーリ」と「ラーゴム」/「「分かち合い」の経済」の二つの側面/「コモンズの悲劇」をどうみるか/財政民主主義の原則/市場経済の拡大と無償労働の減少/新自由主義が家族・コミュニティの復権を説く矛盾/

    第2章 「危機の時代」が意味すること――歴史の教訓に学ぶ 
    「分かれ路」としての「危機」/恐慌が起きるメカニズム/産業構造の行き詰まりと大不況/「パクス・ブリタニカ」の終焉/「パクス・アメリカーナ」の形成と「ブレトンウッズ体制」/重化学工業を基盤として/所得税・法人税を基幹税として/再分配と経済成長の「幸福な結婚」/ケインズ的福祉国家へ/1973年の「9.11」/石油ショックの勃発/「パクス・アメリカーナ」の解体へ/新自由主義の拡大/福祉国家から「小さな政府」へ/「無慈悲な企業」の限界/必要なのは知識社会へ向けた技術革新/いま新しい産業構造を形成するとき

    第3章 失われる人間らしい暮らし――格差・貧困に苦悩する日本  
    「小さな政府」でよいのか/「企業は大きく、労働者は小さく」の結末/日本は「大きな政府」だったのか/擬似共同体としての日本企業/家族・共同体が担っていた生活保障機能/「日本型福祉国家」の内実/日本は平等だったのか/現金給付型からサービス提供型の社会保障へ/日本の社会保障をどうみるか/二極化する労働市場―改善されない女性の労働・生活/貧困な教育サービス/格差・貧困を克服できない現状

    第4章 「分かち合い」という発想――新しい社会をどう構想するか 
    新しい社会ヴィジョンを描くために/知識の「分かち合い」/生産と生活の分離/間違った大学改革のゆくえ/競争原理ではなく協力原理/家族内での「分かち合い」/コミュニティでの「分かち合い」/人間の再生産としての社会システム/「国民の家」としての国家/競争と「分かち合い」の適切なバランス/再分配のパラドックス/垂直的分配と水平的分配/いま、「分かち合い」を再編すべきとき

    第5章 いま財政の使命を問う 
    財政の使命とは/創り出された財政収支の赤字/「均衡財政」「小さな政府」というドグマ/否定される二つのドグマ/「小さな政府」で経済成長が実現できるのか/「小さな政府」でも財政支出は抑制できない/「経済的中立性」のドグマ/増税への抵抗感の内実/日本の税制の矛盾

    第6章 人間として、人間のために働くこと 
    労働規制をどうみるか/市場原理主義の神話/市場原理と民主主義の相違/自己の利益と他者の利益/分断される正規従業員と非正規従業員/労働市場の二極化を克服する三つの同権化/同一労働、同一賃金の確立/フレキシキュリティ戦略に学ぶ/スウェーデンにみる積極的労働市場政策/ワークフェア国家への転換/経済成長の進展と格差・貧困の抑制を両立

    第7章 新しき「分かち合い」の時代へ――知識社会へ向けて 
    ポスト工業化への動き/知識社会への転換/大量生産・大量消費からの脱却/知識社会の産業構造/知識社会のエネルギー/人間的能力向上戦略/生命活動の保障戦略/社会資本培養戦略/ネットの張替え/予言の自己成就

    あとがき 
    参考文献

  • 市場経済を優先する新自由主義が人間自体を消費し、ひいては人口減少を引き起こしていると思えてならなない。
    人口が10倍も違うスウェーデンの仕組みが、そのまま日本で通用するか疑問はあるが、新自由主義・「強盗文化」を克服しないと、日本という国も社会も成立しなくなる。
    ”そこで新自由主義は「小さな政府」を目指すけれども、民主主義を弾圧する「強い政府」を主張することとなる(P54)”→まさに、現在進行形の状況である。

  • 日本は岐路に立っている。どこに向かうべきなのか?
    我々は様々の情報を得て、判断しなければならない。
    新聞、テレビでは教えてくれない。

  • 高校の現代社会の先生に、福祉関係の本でお勧めのものありませんか、と訪ねたところ、勧められたのがこの本です。


    この本で語られているのは、「分かち合いの大切さ」ですね。
    分かち合わないからこうなっちゃうんだ、みんな分かち合おう!!みたいな反復命題文章(←出口先生の現代文ターム・笑)が多かったです。


    歴史の話があったので、自分用にちょっとメモ。
    ・国が、自分一国が良ければいい、
     と「近隣窮乏化政策」をとるから、
     第一次世界大戦が起きてしまった
     (ブロック経済、植民地拡大、とか、あのへんの話)。
    ・第二次世界大戦の総力戦体制を構築するには、
     国民が苦難を分かち合うことが重要だった。
     故に高率の法人税と、高い累進性の所得税を基幹税とした。
     戦後社会もそれを継承し、スタートした。
    ・第二次世界大戦後の
     混合経済と福祉国家が機能する前提条件は、
     資本逃避が生じないよう資本統制を行う権限が
     国民国家に付与されていたこと。
    ・1973年は、「パックス=アメリカーナ」解体期の象徴の年。
     三つの事件が起きた。
     ①CIAが関与したらしい、チリ大統領の惨殺。
      →新自由主義の押しつけの結果、
       アメリカ自身が「民主守護」を引き裂いた。
     ②オイル=ショック
      →中東というパクス=アメリカーナの火薬庫が
    火を吹いたという政治抗争のドラマだけではない。
    これまでパクス=アメリカーナを支えてきた、
    重化学工業を基軸とした産業構造の行き詰まりの露呈。
     ③ブレトン=ウッズ体制の崩壊

    上の歴史の話ですが。
    政治経済の授業を聞く前は、何書いてあるのかさっぱりで投げましたが、やっと分かるようになりました。
    私ってば18才なのに恥ずかしい、と思いつつ、これがすんなり頭に入るようになった自分の成長に感動した(笑)
    お勉強って、やっぱり楽しい!!


    分かち合いの大切さを謳うってことは、切り捨てに反対するってことでもある。
    「技術革新にチャレンジせず、人間を無慈悲に切り捨てる企業は、次世代の担い手になり得ない」みたいなことも述べています。
    知識社会にシフトするため、それに適合した技術革新の必要性も説かれていますね。
    それから、知識社会になり、女性も社会進出できるようになり、彼女らがこれまで強いられてきた家庭内労働(家事、介護、子育て)ができなくなった分、それらを補強する必要性があるのも述べられています。

    小さな政府への批判が展開されます。
    小さな政府は、「大きな企業」の権力をより大きくすることで、労働者を小さくしてしまう。
    上記の、これまで女性に求められていたものを補完する、対人サービスが整備できない。
    アメリカのカリフォルニア州のように、社会的秩序機能を強化する羽目になり、治安維持費が教育費を上回る(=「分かち合い」経費は少なくなっても、財政支出は抑制できない)。

    で、その話の流れを受けて、市場主義を批判しています。
    市場原理は民主主義に反する。
    なぜなら、民主主義は一人一票が与えられているのに対し、市場では貨幣に応じて権力が与えられるからだ、と。
    わかりやすくて上手な説明だな、と思います。

    で、たしかに日本は増税に対する反発が強いけれども、それは「分かち合い」に使われないからなんだ、と述べている。
    よって、増税反対機運が強い日本では「分かち合い」は不可能だと主張する新自由主義派の主張は成り立たない、という話にもっていく。
    なるほどですね。


    で、神野先生は、この危機の時代に求められているのは、スピードのある決断ではなく、慎重な判断だとおっしゃっている。
    そして、次の社会のヴィジョンを明確に描くことが必要――「予言の自己成就」と。
    ……いや、でも、ねぇ。
    私にはいまいち、よくわかりません。
    実現可能なの?みたいな。
    垂直的より、水平的な社会福祉がいい(スウェーデンを代表とした、スカンジナビア=モデルを参照しつつ。)
    知識社会には、型にはまった応用性のない「盆栽型教育」より、伸びたいよう伸ばしていく「栽培型教育」のほうがいい。
    一生学び続けることが大事。
    ……でも、そんなこと、できるの?

    私は今受験生だけれども、大学受験は、知識の詰め込みが求められている。
    応用なっていったって、予備校や参考書が提供するテクニック。
    大学は重箱の隅をつついて叩き壊すような悪問を出す。
    そんな中で、のびのびとした教育なんて無理だと思う。
    私の学校は対象自由教育の伝統(悪習?)を引き継いでいる学校で、受験に役立たない授業も大量にある。
    楽しいけれども、受験生にとっては大変。
    外界(受験)に適応するため、死にかけている生徒もいる。
    どんなに理想を振りかざしても、それを社会は許さない。
    ひとたび流行ったAOも、「受かった子が怠けて英語力低下」「就職率が悪い」と雑誌が書きまくったおかげで、発展の芽が摘まれた。
    大学だって、教授が自分の思想に偏った授業をして、意に合わないと「不可」にする。
    社会に出ると、慣習に従わされる。
    そして、日本の社会構造からして、一度レールを外れると(ex.もう一回学校で学びたい)、もう戻れない。
    一生その企業に勤める、「擬似共同体としての日本企業」神話や、安定志向。
    新しい社会、新しい思想にシフトしていくのは、出来るのだろうか?
    どうやればいいのか。

    そういった点で、この本は理想論に終わっちゃっているような気もする。
    ……私みたいな子どもが、何偉そうに言ってんだ、という気がしないでもない。


    以下は、個人的に気になったこと。

    プルトニウムは「プルート」(=冥界の神)から来ている。
    原子力も再生不能エネルギーである。
    死の世界の神を人間は弄ぼうとしているが、危険。
    ……といったことが書いてありました。
    東日本大震災から半年以上たった今でも、原子力の話に触れると、考えさせられます。
    神野先生は風力発電など、再生利用エネルギーの尊さを説いていらっしゃるが、実現は難しい。
    さっきから先生、それ実現できるの?といった所が多いけれども、いろいろ案を出すのが社会科学なのかな。

    垂直的より、水平的な社会福祉がいい、のくだりで出てきた生活保護の話。
    皆一律のサービスが受けられるが、所得の高い人々から金を徴収することで機能する。
    で、みながハッピーという話。
    そう、確かに生活保護のシステムは、機能不完全に陥るのだ。
    受給しているか否かで雲泥の差が生じる、
    故に受給へのバッシングが起き、水準が引き下げられる。
    或いは、条件が厳しくなっていき、受給のために「擬態」する人が出て、バッシングされて……の悪循環。


    いい社会って、どうすれば作れるんだろう。
    つくづく考えさせられます。

  • A

  • 2010年に出版された本ですが、2023年の今でも為になります。
    新自由主義の経済学ではなくて、分かち合いの経済学を進めて行くべきです。

  • 知識社会の行き着く先はIT&AIに支配された社会にはならないと思いたい...。人間的能力が不要になることもないと願いたい...。

  • レビュー省略

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著者プロフィール

神野直彦(じんの・なおひこ)
日本社会事業大学学長、東京大学名誉教授(財政学・地方財政論)
『システム改革の政治経済学』(岩波書店、1998年、1999年度エコノミスト賞受賞)、『地域再生の経済学』(中央公論新社、2002年、2003年度石橋湛山賞受賞)、『「分かち合い」の経済学』(岩波書店、2010年)、『「人間国家」への改革 参加保障型の福祉社会をつくる』(NHK出版、2015年)、『経済学は悲しみを分かち合うために―私の原点』(岩波書店、2018年)
1946年、東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得満期退学



「2019年 『貧困プログラム 行財政計画の視点から』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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