清朝と近代世界――19世紀〈シリーズ 中国近現代史 1〉 (岩波新書)

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  • 岩波書店
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レビュー : 23
  • Amazon.co.jp ・本 (272ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004312499

作品紹介・あらすじ

いったんは存亡の危機に直面しながらも、近代世界のなかで自己変革を遂げていった一九世紀の清朝。そこにあった苦しみや迷い、努力や挑戦とはいかなるものだったか。何が体制の立て直しを可能にしたのか。その矛盾に満ち、しかも創造的な過程について、統治や社会の動向、周辺部の状況などもみながら、多面的な世界を生き生きと描く。

感想・レビュー・書評

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  • 後書きに「清朝の後半期について、その生き生きとした時代像を描き出したいというのが、本書執筆の最大の動機だった。ともすれば単に衰亡の過程とみなされがちな歴史をとらえ直したい。」(231頁)とあるように、康煕・雍正・乾隆3代の聖君の時代が終わり、白蓮教の乱とともに18世紀を終えた清朝は、まさに坂を転げ落ちるように19世紀を通過したような印象を持ちます。アヘン戦争と南京条約、虎門寨追加条約に望夏条約・黄埔条約、アロー戦争(第2次アヘン戦争)と天津条約・北京条約でヨーロッパ勢に蚕食され、頼みのロシアもアイグン条約・北京条約で東北地方に進出してきます。同治の中興・洋務運動と入っても後人からみれば不徹底な改革で清朝の限界を感じ、西太后が政治の混乱に拍車をかけ、極めつけは日清戦争による敗北とその後の列強による中国分割。高校世界史に登場するこの頃の中国の事項を並べたら、まさに19世紀の清朝は「衰亡の過程」です。しかし、中央政府の混迷は必ずしも国全体の衰退というわけではありません。この時期の中国における「地方分権」的性格は溝口雄三先生が『中国の衝撃』(東京大学出版会 2004年)などで述べているところですが、会館・公所や郷勇など地方による自助・自衛など地方の動きはむしろ活発な動きをしています。さまざまな立場の人が、それぞれの状況に応じてヨーロッパの「近代」と対峙または適応しようとし、そして激しく移りゆく流れにのまれ、逆らおうとする、19世紀の中国とはそんな時代だったのでしょう。
    それにしても、この時期における世界の一体化は近年授業でも必ず取り上げられるテーマですが、この本を読みそれをつくづく感じました。フランス革命に対し対仏大同盟を提唱したイギリスのピット首相は実はマカートニーを清朝に派遣した人物であったり、アメリカの黒人奴隷使用によるプランテーションで栽培された綿花を購入する際の決済として発行された手形が巡り巡って中国貿易を行っているイギリス地方貿易商人の本国への送金手形になっていました。アヘン戦争には自由党の大人物グラッドストンが反対し、アロー戦争には穀物法廃止で授業でも登場するコブデンが反対しています。同治の中興の背景に、オーストラリアやカリフォルニアで金鉱が発見されたことによる銀余りがあったことも目からウロコでした。

  • 清朝末期というと、国難よりも自己の利益を優先させたとされる西太后を思い浮かべる人もいるかもしれない。しかし、清朝は、近代西洋に立ち向かうために、さまざまな努力をした。本書からは、これまでの清朝観をうちやぶろうとする姿勢が感じ取れる。版図の拡大と民族問題、海外へ向かった華僑、海外労働力となった苦力、四方の隣国との関係等現代中国がかかえるさまざまな問題の源流がここにはある。その中で大きくなっていく日本の存在等、アジアのみでなく世界史の中で清朝をとらえようとする意欲的な著書である。

  • 2010年初版の岩波新書。
    中国の近現代史をざっくりと把握し直したい、というときに、
    大変に意外なことに手軽な本というのがなかなか見つからなかった。
    あったとしても初版が1960年代だったりすると、ちょっと躊躇ってしまう。旧社会主義国家の歩みというのは、ソ連崩壊を機に価値観そのものがひっくり返ってしまっているので。
    色々物色して、結局岩波新書の「シリーズ中国近現代史」を手に取ることに。その第1巻。吉澤誠一郎さんという学者さんは全く知りませんが、巻末のプロフィールを見ると1968年生、若い。毛沢東中国への憧憬と無縁の世代であることは悪くないのでは、と。あとは矢張り、「岩波」という編集機関への信頼感。
    #
    「清朝と近代世界」というタイトル。
    なんとなく清朝が安泰な時代の雰囲気から語って、日清戦争手前くらいまで。
    読んだ僕の理解で言うと。
    もともとは、満州地域の民族であり勢力であった人々が、明国が崩壊した間隙を突いて南下。いわゆる「中国全域」に王朝を築いたのが「清朝」。1616年の成立なので、大まかは江戸時代の始まり時期です。関が原が1600、江戸幕府開始が1603、大阪の陣豊臣滅亡が1615、徳川家康没が1616。
    もともと、他民族が漢民族を征服した国家。
    そこに上乗せとして儒教朱子学で体裁を整えた。
    科挙による官僚制度で国の仕組みを作っていた。科挙の背骨は儒学である。
    更に琉球や朝鮮など、「清の属国なのか、只の隣国なのか」みたいな微妙な周辺地域を抱えていた。
    そして、日本と大まか同じような限定地域で、外国との交流貿易を行っていた。
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    もう、1700年代には外国からアヘンが入ってきています。
    産業革命を経て、国家的簒奪事業として貿易と威嚇を行っていたイギリスを筆頭とする「列強」は、膨張の必然としてインドに続いて清の領土に徐々に侵略してきます。
    清朝は早い段階でアヘンを非合法指定していましたが、貿易現場での腐敗収賄などによって、どんどん流入してきます。
    ちなみに列強は中国でお茶や綿織物などを買っていきます。
    この清が経験した、「国家的規模の麻薬汚染」というのは恐ろしいものです。
    善悪は別として、大規模な腐敗収賄などを含めて、列強のような「近代国民国家」という仕組みや意識を作れていなかったことが最大の原因なんだと思います。
    一方で日本では、この清の阿片漬けの悲惨を見聞したことで、「こりゃ近代国民国家にならんと、うちもやられてまうで」という危機感が出来たんだと思います。
    アヘン戦争以前、で言いますと、膨張する列強の冒険的商人や政治家からすると、中国は旨味がある市場なのだけど、とにかく儒教がんじがらめの社会の仕組みが邪魔くさかった。よそ者には習慣が分からないし、行政も社会の仕組みもとっかかりが悪い。
    その上、清朝全体に「俺達が世界でいちばんだもんね」という高慢さがあるわけです。礼儀問題だけで、まともな外交がはじまらない。
    でも一方で、どうみても近代国民国家に程遠い社会の仕組み。
    軍隊兵士が、清朝を守るために本当に必死で戦うのか、というとそうではないでしょう、と。
    さらに、自国第一主義で工業化以前のために、兵器や科学の分野で遅れている。
    どこかで、実力で圧倒して貪る機会を狙っていたのでしょうね。
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    結局はアヘンを持ってくるのは列強なんです。(ただ、儲かる、となると、清国人も多くがその事業に加担したのですが)
    些細な個人同士の喧嘩殺し合いに等しい事件から、「アヘンの没収禁止」に奮闘努力していた林則徐の勢力とイギリスの間に武力衝突が。
    これに、イギリス議会でぎりぎり過半数で派兵が決定されて、1940年アヘン戦争。1942年には清が敗北を認めて条約を結びます。
    つまりこの戦争は、まあ簡単に言うとどんな理由でもいいから一度武力でマウンティングをして、いいなりの都合の良い条約を結ばせて、アヘン貿易もやりやすくすることが目的だったんですね。「アヘン戦争」というのは極めて妥当なネーミング。ひどい話です。
    なにしろ、様々な不平等条約の中には、「林則徐が没収して焼却したアヘンの賠償」まで含まれています。焼却したときには、アヘンは中国では違法薬物だったんです。無茶苦茶ですね。このときに香港も割譲します。
    もう、ここからはアレヨアレヨと諸外国に同じような不平等条約です。
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    長年鎖国の国が、圧力で開国する。不平等条約の中で貿易が始まる。まず外交面において、政府が無能を見せてしまう。一方で旧態依然の内政制度で、18世紀に膨張した人口のお陰で地方の格差などの問題が堆積されている。
    というわけで、いろんな種類の反乱が各地で起こります。
    1851−1864の「太平天国の乱」が有名ですが、インド方面の国境地帯でイスラム教徒による反乱がやはり20年位続いていたのは知らなかったです。杜文秀の乱。
    こういう戦乱が各地で起こります。長引きます。
    もうこうなると、中央の「朝廷」がどうこうよりも、各方面で「うまくやることができる」実力者が台頭します。例えば李鴻章。
    このあたりはみんな、「列強は強いから精神論じゃ勝てないよ」ということを知った上で、利害の合うところは列強も巻き込んで、その軍事力を利用して反乱を鎮圧します。たくましいものです。
    1857年には、またしてもいちゃもん近い「アロー号事件」で第二次アヘン戦争と呼ばれる、列強vs清朝の戦争が起こります。
    ほぼ北京近くまで攻め込まれて、また降参です。ここでもはや完全に武力に脅されて、アヘンの貿易を合法にさせられます。痛ましい。
    そんなこんなで国内は無茶苦茶です。さすがに清朝も政治改革を迫られます。一部では仕組みなど改革が行われます。
    なんだけどそんな時期に皇帝が死んで、次の皇帝が幼かったので、生母である西太后さんの時代がやってきます。これが1861年。不幸でしたね。
    西太后さんがどれだけ「悪い人」だったのかは知りませんが、ともあれ「西洋科学文明にある程度リスペクトを払わないともうあきまへんで」という時代に、相変わらずの「清朝がナンバーワンで、大事なのは儒教の礼節です」という価値観で立ちはだかったのは確かなようですね。朝廷の中枢は現実への対応能力をほぼ失ったまま漂うことになります。
    そうこうしているうちに、1868年には日本で明治維新が起こって、泥縄ですがとにかくアジアで先進的な「近代的国民国家」が発生。言ってみれば老舗のお隣のヤクザが代替わりして、仁義もクソも無い近代経済を踏まえた暴力団に生まれ変わって、義理人情関係なく縄張りに襲い掛かってきます。台湾に色気を見せて出兵。琉球を二重所属から日本だけの領土に編成。朝鮮にも食指を伸ばします。国内では工業化をがむしゃらにすすめます。
    無論、同時代の清朝でも、それを全て理解して、清朝もやらねば、という発言はありました。あったけど、行政の仕組みに乗り切れず。もはやどこに主権があるのかすら、たがが緩み始めています。ほとんど、李鴻章が清朝を体現しているかのよう。
    李鴻章は、どんどん清朝も近代化しなくちゃ、と、列強から軍艦を買って配備したり、いろいろと進めています。
    明治日本政府と清朝、という二項対立で言うと、やはり朝鮮ですね。朝鮮は複雑な時代で。清朝の属国のような、でも自主国家のような。。。という漂い方で何百年もやってきました。そして清朝以上に儒学朱子学に絡め取られて国家を運営していました。
    この「朝鮮」という土地を、「明治日本」という振興ヤクザが、善悪も仁義も関係なく、列強の真似をして自分の縄張りにしたかった、というのがどうやら日清戦争の動機と言えるようですが、その辺からが次の巻になるのでしょう。第1巻終わり。
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    全体としてはディティールが豊富なのはありがたいのだけど、若干多すぎて混乱もしました(笑)。もうちょっと、「解釈」「まとめ」的な語り口が多いほうが、読み進む上では面白かったかも知れません。
    あと、アヘンを持ち込んで売る、ということに列強が恐ろしくこだわったのに、それが末端の消費者の生活にどのような様相と意味を持ったのか、というあたりの記述がゼロ。そこは読みたかった。
    と、言うような不満はありますが、ともあれこの中国近現代史っていうのを客観的に通史としてざっくり見せてくれるライトな本がなかなか無い中では、実にありがたかったし、落ち着いた大人の語り口であることには安心しました。さすが岩波さんです。

  • 読了。

  • とてと読みやすい。徹夜して読んでしまう面白い歴史新書。取り上げられているエピソードが本当に面白い。

  • 中国の近現代史を勉強しようと思っていたところ、ネットで岩波のシリーズが比較的よくまとまっているということで挑戦。

    この本は清朝末期の状況についての概観。列強の進出に加え、内部でも反乱が起こる。国ってこうやって崩れていくんだ。

    とはいえ、ただ崩れるに任せていただけではない。清朝も洋務運動・変法運動など近代化の模索を続けていく。ただいずれも支持基盤は盤石ではなく、成功することはなかった。

  • 中国近現代史の起点として、19世紀の清朝を多面的に描いている。混乱と没落というイメージで捉えられがちの清末だが、自己変革の試みがいろいろ展開されていたことが述べられている。清朝曾国藩の日本観が興味深かった。沖縄県の成立を巡る過程についても記述されていて、沖縄問題を考えるうえで参考になった。新書ということもあり読みやすく、非常に水準の高い清末史の概説書である。

  • 19世紀、近代という時代の中で、清朝は欧米列強ひいては日本の圧力、国内では各地での氾濫と対面することになる。圧力に対して毅然と立ち向かうことと、近代的国家を成立させることの板挟みのなかで自己変革を迫られる清朝の政治、経済、社会を概観していく。

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