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Amazon.co.jp ・本 (224ページ) / ISBN・EAN: 9784004312598
みんなの感想まとめ
国家神道に関する深い考察が展開されており、その理解が近代日本の宗教史や思想史を紐解く鍵となることが強調されています。歴史的経過を辿りながら、国家神道がどのように形成され、広まり、そして解体していったの...
感想・レビュー・書評
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国家神道は祭祀や教育、社会秩序に関わるものに限定され、その他の「宗教」と共存してきた。
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神道というと、本書でもとりわけ5章で述べられているように、祈願の成就のために向かう各種神社の管理をし、日本の神への祈祷祭祀を行っている人たち、またその関連信仰体系という印象を持っていた。
それだけに、神道には政治として神道を利用した国家神道、庶民における土着の自然崇拝・祖先崇拝、そしてそれらの間に位置するともいえる神社神道があり複雑な世界を構成していることは目から鱗で興味深い内容だった。
これまで理屈を知らず認識が不明瞭になっていた皇室、神社の立ち位置であったり、教育勅語での洗脳の如き教育などの点の知識が具体的な流れを持って繋がり、腑に落ちる部分が多くあった。
帝国主義の時代において、なぜ日本が戦争に突き進んでいったのか、その精神性を理解する上で本書の知識は欠かせないものと思う。
列強の圧力から開国を迫られ、大政奉還、明治維新へと進んで行った中で、日本の中枢や知識人は欧米の強さの理由と近代化への道筋を見つけて早急に進化する必要があった。
そんな歴史背景と、武士に根付いていた儒教の考え方、とりわけ考や仁を元に生み出された一つの方法が、神道と皇室崇敬を元にして国家を団結するというアイデア。
しかし結果的に民衆を抑えきれなくなって軍国主義へと進んでしまう大きな失敗は、政治としての皇室や神道という捉え方をエリートが生み出し、以て国民を操作するのに対して、国民には神話的な神聖性を植え付け、日常に信仰を沁みつけたこと、即ち本音と建て前のような二重性、言い換えれば支配・被支配関係を知識・思想の面で明確に分けてしまったことにあると思う。
民衆が政治や国家関係に口を出すのは非効率であることは確かである。それぞれがそれぞれの目の前の持ち分に集中して働くことには意義がある。
一方で、ベースとしての知見、考える力は国民全体で持っておくべきだろう。現代の義務教育の意義は大きい。
戦前までの支配層・被支配層という二重性を繋げていたのは、儒教的な、強引な上下関係だった。「君主には従う、目上の者には従う」というもの。理由などないに等しい。
これでは信頼は生まれない。全体がある程度の知的水準を持ち、情報の透明性を持つことこそ、信頼に足る関係性を形作るものだと私は信じている。物事を理解できる度合は人によって異なるが、正しい情報にアクセスできる平等性であったり政治の透明性であったり言論の自由といったものは、国家として一体性を持つには、神話を用いるよりよっぽど有効に思う。
まだ私は日本史の知識が弱いので、肉付けを厚くして理解を深めていきたい。 -
初詣に行った時に感じたこと
これだけの人が神社を訪れているが、果たしてこの行為は何を指していて、いつから始まったのだろうか
その疑問の答えを確かめるべくこの本を手に取った
国家神道と宗教の二重構造という観点が、無宗教と言われる日本を体現していると感じた -
【貸出状況・配架場所はこちらから確認できます】
https://lib-opac.bunri-u.ac.jp/opac/volume/705880 -
神道司令後、国家機関としての地位を失った神社神道ではあるが、神社本庁の活動を追っていくと、国家と天皇を主要主題として掲げている事がみえ、天皇崇敬の強化を目指していることが分かる。
国家神道は大別して形成期(祭政一致)、確立期(大教宣布の詔)、浸透期(教育勅語)、ファシズム期があるが、徐々に段階を上げて、江戸末期のバラバラたった国民を天皇や国体思想を用いて統御するはずが、時間を掛けて育った下からの圧力が強くなり、コントロールし切れず戦争へ突入していく。
この歴史を踏まえると皇室祭祀は未だ続いているし、神社本庁の本義も第二次世界大戦下と変わっていない、下火にはなっているが、絶えず涵養されている国体思想、天皇崇拝というのは危険じゃないかと筆者は述べている。筆者の言う通り、先の大戦を省みるならば、天皇崇拝を標榜する神社神道及び、天皇制は完全に解体されるべきであったと思った。 -
国家神道について書かれたもの。詳細な分析を基に学術的に書かれており、特に出展が明確に示され説得力がある。国家神道の経緯についてよく理解できた。ただし、著者は国家神道のあり方に反対しており、随所に国家神道を推し進めた政府に反対するような言い回しがあり客観性に欠け違和感を感じた。最期に「空虚な中心」と書いているが、著者は実は空虚ではないとし国家神道の復活を危惧しているが、私は国家神道を失ったからこそ現在の日本が空虚になってしまったと感じるのだが。
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●「政教分離」と「祭政一致」の共存をしてきた国家神道の在り方は興味深い。
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著者:島薗進(しまぞのすすむ)
【版元】
https://www.iwanami.co.jp/hensyu/sin/sin_kkn/kkn1007/sin_k540.html
※ルビは適宜、全括弧[ ]の中に示しておきました。
【目次】
はじめに――国家神道が問題なのか? [i-ix]
国家神道の唱和を覚えた日本人
神道と神社は同一ではない
国家神道の教えから日本人論へ
国家神道の構造と骨格を描く
国家神道の解明が重要であるわけ
付記 [x]
目次 [xi-xiv]
第一章 国家神道はどのような位置にあったのか?――宗教地形 001
1 「公」と「私」の二重構造 002
真宗僧侶、暁烏敏[あけがらす はや]の日本精神論
皇道・臣道と真宗信仰の関係
庶民と高学歴の人々の違い
「政教分離」と「祭政一致」の共存
2 「日本型政教分離」の実態 009
「神道国教化政策」で突き進む
非現実的な政策からの軌道修正
「政教分離」の内実
諸宗教集団と国家祭祀機関としての神社
国家機関としての性格を強める神社
3 皇室祭祀と「祭政一致」体制の創出 018
祭政一致国家構想の組み替え
皇室祭祀への国民参加の展望
新しい皇室祭祀システムの創出
皇室祭祀の中心施設としての宮中三殿
新たな皇室祭祀の体系――定期的な祭祀
国民の天皇崇敬を鼓舞する皇室祭祀
近代国家の儀礼システムの日本的展開
近代国家儀礼と「古代的」皇室祭祀
4 宗教史から見た帝国憲法と教育勅語 030
天皇崇敬と国体論――国家神道の新しさ
仏教優位の体制から神道が自立していく過程
大日本帝国憲法と「公」の秩序の神聖性
教育勅語の語っていること
教育勅語の枠構造
5 信教の自由、思想・良心の自由の限界 040
国家神道に反する考え方の排除
内村鑑三不敬事件と信教の自由、思想・良心の自由の限界
不敬事件の余波
久米邦武事件と批判的歴史認識の限界
久米への批判と言論弾圧
天理教の発生・展開とその抑圧
公認運動と妥協による教義変更
精神の二重構造を生きる
ナショナリズムの他の形態との相違
第二章 国家神道はどのように捉えられてきたか――用語法 055
1 国家神道の構成要素 056
国家神道の用語法をめぐる混乱
国家神道とは何か
思想内容から見た国家神道
国家神道は神社神道という考え方
国体論と日本国家の神聖性
国体論と国家神道の関係
2 戦時中をモデルとする国家神道論 065
天皇崇敬と現人神[あらひとがみ]信仰
明治後期・大正期の天皇崇敬
修身教科書の中の天皇崇敬
国家神道は現人神の観念を前提としない
神社神道を国教の基体とする見方
3 神道指令が国家神道と捉えたもの 074
GHQが目指した国家神道の解体とは?
アメリカ的な宗教観に基づく神道指令
神道指令の「国家神道」概念
制度上の用語としての国家神道
「神社神道」即「国家神道」説の欠点
4 皇室祭祀を排除した国家神道論を超えて 084
国家神道と神社神道を等置しようとする傾向
神社神道の立場からの狭い定義
皇室祭祀にふれない国家神道論
国家神道と民間運動の重要性
皇室はを排除した国家神道論は成り立たない
「天皇制イデオロギー」という概念
個々の要素を切り離さない神道理解
皇室祭祀、神社神道、国体論
第三章 国家神道はどのように生み出されたか?――幕末維新期 097
1 皇室祭祀と神社神道の一体性 098
維新期に構想された国家神道
伊勢神宮と宮中三殿という二つの聖所
新皇室祭祀体系の創出
皇室祭祀と神社神道との一体性の強化
2 基軸としての皇道論 106
理念や思想としての国家神道
王政復古・神武創業
大教宣布の詔[みことのり]
隠れた指導理念としての「皇道」
明治期以降の「皇道」の語の展開
皇道思想の歴史
会沢正志斎[せいしさい]「新論」の祭政一致論
3 維新前後の国学の新潮流 116
大国隆正の政治的神道論
津和野[つわの]国学者の包容主義
祭政教一致の理念
政治的機能中心の神道論
4 皇道論から教育勅語へ 123
政治中心の「教」としての「皇道」
長谷川昭道[しょうどう]と皇道・皇学の興隆
皇道・皇学構想の普及
学校教育における「皇道」
聖旨教学大旨[せいし きょうがく たいし]から教育勅語へ
祭政教一致理念と教育勅語
国家神道の祭祀体系と「教え」
第四章 国家神道はどのように広められたか?――教育勅語以後 137
1 国家神道の歴史像 138
村上重良による時期区分
神道学者の国家神道史像
神社神道中心の国家神道史観
皇室祭祀・天皇崇敬・皇道論に力点を移して
新たな時期区分の提示
2 天皇・皇室崇敬の国民への浸透 146
学校行事の中の天皇・皇室崇敬
旅行・戦争・朝拝など
靖国神社の儀礼空間
靖国神社の国家神道教育
実存的深みに届く靖国神社
3 国家神道の言説をみにつけていくシステム 156
教育勅語・修身教育・国体論
歴史教育における国体論と国家神道
神社の組織化と皇道化
皇典講究所の設立
皇學館の設立
神職養成システムと皇道論・国体論
「国家ノ宗祀」としての神社
4 下からの国家神道の形成 166
国民自身が国家神道の担い手となる
宗教運動が国体論・皇道論を取り込む
田中智学[ちがく]と国柱会
大本教と出口王仁三郎[おにさぶろう]
皇道主義の取り組み
地域神職層の活性化
地域神職らが国家神道を盛り上げる
教育勅語で育った地域社会の諸勢力
多くの国民が身につけた国家神道
国家体制をめぐる「顕教」と「密教」
祭政一致体制の支配へ
第五章 国家神道は解体したのか?――戦後 183
1 「国家神道の解体」の実態 184
神道指令は国家神道を解体したか?
神道指令は皇室祭祀にふれていない
皇室祭祀を温存した政治判断
存続する国家神道を直視する
日常的季節的皇室祭祀
戦後の皇室祭祀の諸相
皇室祭祀の制度枠組
2 神社本庁の天皇崇敬 196
民間団体となった神社神道
神社本庁憲章の天皇崇敬・神社崇敬
神社本庁が取り組んできた運動
天皇崇敬の強化を目指す
3 地域社会の神社と国民 203
氏子にとっての神社
神社神道がもっているさまざまな可能性
「国体護持」のゆくえ
国民の天皇崇敬の持続
持続する国家神道
4 見えにくい国家神道 214
正面からの天皇崇敬の主張
大嘗祭訴訟判決と国家神道
国家神道と「自然宗教」
「象徴」と「国体」
「天皇不親政の伝統」という論
空虚な中心?
参考文献 [225-233]
あとがき(二〇一〇年五月二日 島薗 進) [235-237] -
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「国家神道と日本人」島薗進著、岩波新書、2010.07.21
237p ¥840 C0214 (2017.11.08読了)(2017.10.26借入)
『夜明け前』島崎藤村著、を読んだ余波で、「国学」→「廃仏毀釈」→「国家神道」と進んできました。
「国家神道」村上重良著、で明治憲法と教育勅語で国家神道の骨格が出来上がったと理解したのですが、この説には賛同していない方々もいるということです。
この本の著者の島薗進さんは、かなりの程度村上重良さんに賛同しているようです。
国家神道は、日本の敗戦によって消えてしまったと思っていたら、島薗進さんは天皇崇敬と皇室祭祀という形でかなり残っているのではないか? とのことです。
象徴天皇という形で憲法にも記載され皇室が残っておりニュース報道でも皇室の方々の動向が折に触れて報じられることからも、天皇崇敬の念は多くの国民の中に育まれているようです。これは、どうしてなのでしょうか? 特に学校教育や家庭教育で何か行われているようには思えないのですが。 日本文化の伝統? 不思議です。
【目次】
はじめに―なぜ、国家神道が問題なのか?
第一章 国家神道はどのような位置にあったのか?―宗教地形
1 「公」と「私」の二重構造
2 「日本型政教分離」の実態
3 皇室祭祀と「祭政一致」体制の創出
4 宗教史から見た帝国憲法と教育勅語
5 信教の自由、思想・良心の自由の限界
第二章 国家神道はどのように捉えられてきたか?―用語法
1 国家神道の構成要素
2 戦時中をモデルとする国家神道論
3 神道指令が国家神道と捉えたもの
4 皇室祭祀を排除した国家神道論を超えて
第三章 国家神道はどのように生み出されたか?―幕末維新期
1 皇室祭祀と神社神道の一体性
2 新たな総合理念としての皇道論
3 維新前後の国学の新潮流
4 皇道論から教育勅語へ
第四章 国家神道はどのように広められたか?―教育勅語以後
1 国家神道の歴史像
2 天皇・皇室崇敬の国民への浸透
3 国家神道の言説を身につけていくシステム
4 下からの国家神道
第五章 国家神道は解体したのか?―戦後
1 「国家神道の解体」の実態
2 神社本庁の天皇崇敬
3 地域社会の神社と国民
4 見えにくい国家神道
参考文献(抜粋)
『中空構造日本の深層』河合隼雄著
『現代日本の思想』久野収・鶴見俊輔著
『象徴天皇』高橋紘著
「敗北を抱きしめて(上)」ジョン・ダワー著・三浦陽一訳、岩波書店、2001.03.21
「敗北を抱きしめて(下)」ジョン・ダワー著・三浦陽一訳、岩波書店、2001.05.30
『昭和天皇』原武史著
「日本の思想」丸山真男著、岩波新書、1961.11.20
『文化防衛論』三島由紀夫著
「国家神道」村上重良著、岩波新書、1970.11.27
「神々の明治維新」安丸良夫著、岩波新書、1979.11.20
あとがき
●国家体制(10頁)
1871年5月から7月にかけて全国の神社を官社と諸社に分け、官幣社、国弊社、府社、県社、郷社、村社、無格社に序列化する社格制度が制定される。全国の神社を国家が組織化しようというものだ。同年7月には従来の宗門改め制にかわって氏子調べ制度を制定し、すべての国民が地域の神社に氏子として住民登録することを目指した。
●皇室祭祀(20頁)
「伝統的」とか「古代以来の」と言われることが多い皇室祭祀だが、実は明治維新に際してきわめて大規模な拡充が行われ、その機能は著しい変化をこうむった。ほとんど新たなシステムの創出といってもいいほどの変容が起こった。
●教育勅語(38頁)
国家神道とは何かを知るうえで教育勅語がもつ意義は、いくら強調しても強調しすぎることはない。それは教育勅語が国家神道の内実を集約的に表現するものだったとともに、それが多くの国民に対して説かれ、国民自身によって読み上げられ、記憶され、身についた生き方となったからである。教育勅語は1945年以前の日本国民の、「公」領域での思想的身体を、また心の習慣を形作る機能を果たしたと言ってもよいだろう。
●信教の自由(41頁)
国家神道は「祭祀」や「教育」に関わるもの、あるいは社会秩序に関わるものと考えられたのに対して、死後の再生や救いの問題、あるいは超越者への信仰は「宗教」に関わるもので、それぞれ持ち場が異なると考えられた。
●神社中心主義(172頁)
日露戦争後の地方改良運動で「神社中心主義」が唱えられ、神社が地域社会の統合・活性化において大きな役割を果たすことが期待されていた。それに応じて神宮皇學館や皇典講究所で学んだ若手の神職らが天皇崇敬と神社活性化と地域社会の振興を結びつけた様々な活動を起こすようになった。
●皇室祭祀(190頁)
賢所では毎朝、男性の掌典により天皇の祝詞が唱えられ、女性の内掌典数人が潔斎をして「お供米」を供え、「お鈴」を奉仕し、掌典とともに「お日供」(おにぎり・魚・昆布・清酒など)を供える。続いて侍従が内陣で天皇に代わって拝礼(代拝)を行う。毎月1日、11日、21日の旬祭は一段と早朝で、天皇自らが拝礼することも多い。
年中行事にあたる祭祀には大祭・小祭があり、加えて節折・大祓などの神事があり、年に20回を超えるのが普通である。小祭では天皇は拝礼を行うだけだが、大祭では天皇が祭祀を主宰する。大祭は1月3日の元始際、1月7日の昭和天皇祭、春分の日の春季皇霊祭・春季神殿祭、4月3日の神武天皇祭、秋分の日の秋季皇霊祭・秋季神殿祭、10月17日の神嘗祭、11月23日の新嘗祭である。
●人間宣言(209頁)
天皇側近の侍従職にあった木下道雄によると、「神の裔」という「架空ナル観念」を否定するというGHQ側の原案に対して、木下が「現御神」という「架空ナル観念」を否定するという文言に変えるよう示唆し天皇もそれに同意したという。もし、そうだとすると、天皇は神の子孫だという国体論の重要な一角は「護持された」ことになる。
☆関連図書(既読)
「古事記」三浦佑之著、NHK出版、2013.09.01
「古事記」角川書店編・武田友宏執筆、角川ソフィア文庫、2002.08.25
「楽しい古事記」阿刀田高著、角川文庫、2003.06.25
「本居宣長」子安宣邦著、岩波新書、1992.05.20
「神々の明治維新」安丸良夫著、岩波新書、1979.11.20
「国家神道」村上重良著、岩波新書、1970.11.27
「夜明け前 第一部(上)」島崎藤村著、新潮文庫、1954.12.25
「夜明け前 第一部(下)」島崎藤村著、新潮文庫、1954.12.25
「夜明け前 第二部(上)」島崎藤村著、新潮文庫、1955.02.05
「夜明け前 第二部(下)」島崎藤村著、新潮文庫、1955.03.15
(2017年11月9日・記)
(「BOOK」データベースより)amazon
戦前、日本人の精神的支柱として機能した「国家神道」。それはいつどのように構想され、どのように国民の心身に入り込んでいったのか。また、敗戦でそれは解体・消滅したのか。本書では、神社だけではなく、皇室祭祀や天皇崇敬の装置を視野に入れ、国体思想や民間宗教との関わりを丹念に追う。日本の精神史理解のベースを提示する意欲作。 -
新書にしては難しいと思うけど、論旨は極めてまっとうなように思います。
-
明治維新以降、国家神道がどのように広まり、
現在も息づいているかを解説する一冊。
記載がやや難解で主張を読み解くのに苦労したが、
そもそも国家神道が全て政府の意図通りに
最初から展開されていたわけではない点を考えれば、
やむを得ないとも言える。
いずれにしても詳細な理解のためには
さらなる勉強が必要だと感じた。 -
2010年の3月、初めて伊勢神宮に行ったときのこと。宿で電動付き自転車を借りて、まず外宮(豊受大神宮)に参拝したのだが・・・・。軽い気持ちで入口? に近い砂利が敷き詰められたところを自転車で進んでいると・・・・、近くの詰所にいた警備員らしき男が飛んできて、自転車で入ってはならんと云われたのにびっくり。境内との境もはっきりしていなかったし、もともとが神社なんてお寺などと同様に自由に立ち入りできるといった感覚でいたから本当に驚いたわけだ。しかもその云い方が普通でなく、いかにも高飛車で高圧的だったのにも驚いたのだが。こちらとて生の人間なわけで、いきなりの怒声に腹も立ったし、何様だこいつは、などとも思ったりしたものだ。もちろん、外宮でもその後に参拝した内宮でも、それなりに敬意を表して参拝したのだが、その時のことは強く記憶に残っていて、あれはいったいどういうことだったのかと・・・・。
これまで国家神道というものを十分理解していたわけでなく、今回この「国家神道と日本人」を読んで、少し合点がゆくところがあった。天皇及び皇祖天照大神を祀る伊勢神宮を頂点にした、かつての国家神道。そして現在でも伊勢神宮は神社本庁の頂点に立つという位置づけにあるということ。昨年の式年遷宮の仰々しさは記憶に新しいが、それはKing of 神社の証しということでもあるのだろう。神職の人達だけでなく、そこで働く人々が強く高い意識をもっていることは疑うべくもないと思える。そういう意味で、かの警備員はその人格の問題はあるにせよ、強い誇りがあったゆえのことなのだろう。
一方で、そもそも祭政教一致の国家神道というのは、明治の維新政府がそれまでの幕藩体制の下で続いてきたばらばらな民族としての意識を統一し、天皇を中心にして国民意識のベクトル合せを狙ったものと云え、あくまで政治意図に基づくものであったはず。もっとも、昭和になって軍部に悪用されたのは事実であるが。
それが戦後に政教分離され国家神道が解体? されたにもかかわらず、未だに国家神道が色濃く残っている印象を禁じえないのはなぜなのか。靖国神社は官国幣社として伊勢神宮に次ぐ極めて重要な位置に置かれていたのは歴史が示す通りだが、日本の要人が今なお、靖国神社への参拝にこだわり特別な思いを抱くのはなぜなのか。ほとんど戦後生まれの人達なのに。戦没者の慰霊・鎮魂という意味は勿論十分に理解できるものの、しかしそれであれば、靖国神社という国家神道を担ってきた神社とは一線を画して戦没者慰霊碑を作るべきではないのか。
最近の靖国問題ほど、日本人が抱く、歴史観、天皇観、国家観、民族観などの想いが人によってさまざまであることを認識させられることはない。しかし日本が神の子孫である万世一系の天皇が治める神の国であるとか、それゆえに他の国より優れた民族であるとかいうことは決してありえない。世界の中で生きてゆくためには、誇りは持ちつつも唯我独尊であってはならないのは当然のこと。国としてどうするべきなのか、最近の風潮は少し違うように思えるのだが・・・・。 -
国家神道と諸宗教の二重構造のもとでの「政教分離」と「祭政一致」の共存
国家神道は「皇室祭祀」「神社神道」「国体論」の総合
明治維新期から指導層には「祭政一致」「祭政教一致」の方針が共有されていた
国民教化の行く先を指導層が読み違ったことによる下からのナショナリズムの盛り上がり、軍部の暴走
皇室祭祀が温存されたことによって、国家神道はいまだ解体されていない
・・・
明治初期から一つの方針が共有・維持されてきた、というのがいまいち納得いかない。論文を読むべきか。
教育の重要性が感じられる部分が多々あるんだけれど、戦後に関しては教育には触れられないのだな、と。
国学・神道学説などが江戸時代どうしてどうやって展開したのか、に関心がうつってきた -
宗教を区分する便利なものとして、教祖が存在する「創唱宗教」と、より土着的な性質を持つ「自然宗教」の二つがあるが、「国家神道」というのはそのどちらにもうまく当てはまらない。ならば、その「国家神道」とは実のところ何なのか。今までの神道論に批判を加えつつも論じた著作。
宗教学の使う概念というのは舶来モノであることが多く、必然日本人の宗教性を論じるときに不足を感じることが多い。本書の国家神道論は日本人の宗教性を考える上で、その不足感を補う力を有していると思う。少なくとも、変遷する国家神道の性質が頭のなかである程度整理されたことは間違いない。 -
夏季休暇中に読んだもの。毎年この時期は何がしか近現代史に関連したものを読んでいる。
皇室祭祀の殆どが明治期に形成されたものだと初めて本書を読むことで知った。
皇室祭祀というものは平安時代にできたものを脈々と受け継いでいるものかと思っていたが、確かに中世・近世と古代権門の象徴機能であった朝廷に大規模祭祀を続けていくことは不可能だ。
無論、現在の皇室祭祀が千年の伝統でなかったとしても、尊敬の念が失せるわけではない。
ただ、あたかも戦前の「万世一系」のように脈々と続いていたものであるかのうようなイメージを持っていた自分に驚いた。
勉強不足だと言われればそれまでだが、国家がぼんやりと作るイメージ、、、なかなか恐ろしい。
本書はシステムとしての国家神道の形成過程について、皇室祭祀の再編、国民へのプロパガンダを主軸に丁寧に詳述されている。
非常にわかりやすいものなので、神道や靖国問題に興味のある方は是非ご参照をば。 -
[ 内容 ]
戦前、日本人の精神的支柱として機能した「国家神道」。
それはいつどのように構想され、どのように国民の心身に入り込んでいったのか。
また、敗戦でそれは解体・消滅したのか。
本書では、神社だけではなく、皇室祭祀や天皇崇敬の装置を視野に入れ、国体思想や民間宗教との関わりを丹念に追う。
日本の精神史理解のベースを提示する意欲作。
[ 目次 ]
第1章 国家神道はどのような位置にあったのか?―宗教地形(「公」と「私」の二重構造;「日本型政教分離」の実態;皇室祭祀と「祭政一致」体制の創出;宗教史から見た帝国憲法と教育勅語;信教の自由、思想・良心の自由の限界)
第2章 国家神道はどのように捉えられてきたか?―用語法(国家神道の構成要素;戦時中をモデルとする国家神道論;神道指令が国家神道と捉えたもの;皇室祭祀を排除した国家神道論を超えて)
第3章 国家神道はどのように生み出されたか?―幕末維新期(皇室祭祀と神社神道の一体性;新たな総合理念としての皇道論;維新前後の国学の新潮流;皇道論から教育勅語へ)
第4章 国家神道はどのように広められたか?―教育勅語以後(国家神道の歴史像;天皇・皇室崇敬の国民への浸透;国家神道の言説をつけていくシステム;下からの国家神道)
第5章 国家神道は解体したのか?―戦後(「国家神道の解体」の実態;神社本庁の天皇崇敬;地域社会の神社と国民;見えにくい国家神道)
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