農耕社会の成立〈シリーズ 日本古代史 1〉 (岩波新書)

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  • 岩波書店
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レビュー : 26
  • Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004312710

作品紹介・あらすじ

「海を越えてやってきた渡来人が、縄文人にかわり、西日本を中心に新しい文化を築いた」という一般的な弥生時代のイメージ。しかし、稲作の導入を契機とする日本列島の歴史の大きな分岐点は、もっと緩やかにして多様なものであった。縄文から弥生への連続性と、地域文化の豊かさに注目しつつ、「複線」としての歴史像を新鮮に描きだす。

感想・レビュー・書評

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  • 弥生時代は渡来人がいきなりやってきて開拓したわけではなく、むしろ縄文時代と繋がっている部分が多い。

  • 弥生時代に興味があり、入門として読んでみた。

    結果的には、まぁまぁでした。(入門としては不適切かもしれない。というのは、弥生時代を学問的にどう解釈してるか、どこで議論がわかれているかということを詳細に、事実ベースで語る箇所が、いくつかあって、素人がサクッと弥生時代を理解しようとする意味では、邪魔でしかなかった。)

    従来の説もよくわかってないので、著者があとがきに書いている、時代が漸次的に縄文から弥生に移動してったよ、という主張が新しいのかどうかもわからなかったのは、まぁ仕方ないところか。

    一方で物足りなさもある。高地性集落や倭国大乱についてほとんど記述がなく、そこらへんを知りたかったのでそういう意味では肩透かしであった。

  • <目次>
    はじめに  三つの道筋から日本列島を見る
    第1章   発掘された縄文文化
    第2章   弥生時代へ~稲作のはじまり
    第3章   弥生社会の成長~地域ごとの動き
    第4章   弥生文化を取り巻く世界
    第5章   生まれいづる「クニ」
    おわりに  「弥生時代」を問い直す

    <内容>
    考古の時代をまとめたもの。旧石器は例の偽造問題からあっさりと書かれ、専門の弥生時代を詳述する。現在では弥生時代の定義も変わり、西日本と東日本でかなり弥生に入る時期が違うし、弥生時代は渡来人系が作ったわけでもない。そして、縄文文化がすべて弥生文化になったわけでもない(併存している)。また青銅器の地域差は大きく分けて、九州中心の銅戈・銅矛系と近畿中心の銅鐸系に分かれる。あたりかな。

  • 2010年刊。著者は明治大学文学部教授。◆本書の対象たる弥生時代=灌漑稲作というテーゼ自体、その時期や地域によって差がありすぎて、とても同一の括りでは理解できないと思っていた(北海道と沖縄に灌漑稲作はなく、関東と北九州ではまるで時代相が違うのは明快)。本書はその事実を正面から受け止め、新書ながら、各地域の異同、特徴、相互関係(朝鮮半島や中国、特に長江流域にも目配せされる)ばかりか、旧石器時代や縄文時代との連続性に関心を向ける等、個人的に痒いところを掻いてくれた、これぞ読みたかった本といえるもの。
    なお、邪馬台国論であるが、①北九州最大の伊都国(世々王ある)ですら「女王国に統属す」とある(魏志倭人伝の記載)から、女王国は北九州外の所在と見るべき、②纏向遺跡など、弥生末の大型墳墓等の存在と漢鏡出土地域が北九州から機内へ変動した事実から機内、奈良盆地南西部説とのこと。

  • 岩波新書版の日本通史では一番古い時期を扱う。古代史6巻の1。縄文から弥生への変遷過程を考古学の観点から叙述。さらに考古学の発展史にも触れながら、この時代がどのように捉えられてきたのかについてもよくわかった。メタヒストリー。

    次巻「ヤマト王権」は歴史学の立場からこの時代にも遡りつつ叙述される旨が書かれてあり、考古学的な評価と歴史学的な評価の違いも面白そう。

  • 豊富な出土資料の分析から、日本の古代の実相に迫る試み。

    ・縄文・弥生・古墳の各時代の文化には連続性がある(縄文文化=縄文人の文化、弥生文化=渡来人の文化、という二項対立的捉え方は、もはや有用ではない)。
    ・本州では、弥生時代を通じて、急速に社会が変貌していく。
    しかし、変化の様相は、各地域(北九州、中国地方、中部、関東、東北)ごとに大きく異なる。
    ・北海道の続縄文文化、沖縄の後期貝塚文化も、あくまで地域特性に応じて緩やかな発展を遂げたにすぎず、「遅れて」いたり「閉じて」いたりしたわけではない。

    昔の教科書で知識が止まっている自分には、目から鱗がたくさん。

    ただ、著者自身はしがきで断っているが、古代の史実について、限られた資料から「断定」できることは極めて少ない。
    著者による推測部分も、一旦は批判的に考えてみる必要があろう。

    著者は「文献資料の検討を主にする歴史学と遺跡・遺構・遺物の検討にもとづく考古学」による、異なる見解を闘わせる議論が、今後の発展を導くと展望する。
    史実の探求には、柔軟な考え方が必須ということだろう。

  • 大陸から渡ってきた「渡来人」によってもたらされた稲作を中心とする弥生文化が、縄文文化にとって代わったといった、縄文時代と弥生時代を画然と区別する見方を退け、縄文文化から弥生文化への連続的な変遷と、地域に応じた多様性の存在を、分かりやすく解説しています。

    一般向けの入門書で繰り返し語られてきた、縄文文化と弥生文化を対置する図式を批判するに当たって、学説史的な解説にも多少立ち入ってはいますが、入門書なのであまり詳しい議論はなされておらず、どちらかというと考古学における近年の諸成果を広く紹介しながら、著者自身の抱く歴史像を描き出すことに努力が傾けられているように思えます。

  • 弥生時代という名称から受けるニュアンスは、学校の歴史教科書でインプットされたものからの脱却はなかなか難しい。
    何かしら、歴史の進歩という観点から、渡来人が持ち込んだ新たな稲作文明により、弥生時代に突入したという観念で頭脳が洗脳されてしまっていたようだ。
    この本は、日本列島における旧石器時代の人類文化が実在することを証明した岩宿遺跡の発見と調査から説き起こし、定形的前方後円墳の出現の読み取れるヤマト王権の成立期までが述べられている。
    朝鮮半島と密接に関係していた北九州地域からジワリと稲作文化が日本列島に浸透していったという緩やかな縄文時代から弥生時代への移行が日本各地の発掘調査から述べられていた。
    現代人の時の経過の認識では想像のつかない緩やかな時間の経過のなかで、古代の歴史を検証していくことの重要性を改めて認識した著作でした。

  • 縄文時代は、決して文化的に遅れた社会ではなく環境に適応した社会であった。そして、弥生時代は縄文時代と入れ替わったのではなく、少しづつ変化していった時代であった。そうした古代社会の変貌がリアルに理解できた。

  • 学校で習ったステレオタイプの古代が改められた。石器、縄文、弥生、古墳。どれも単線的なものではないのだな。渡来人説のステレオタイプも改められた。

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