本は、これから (岩波新書)

制作 : 池澤 夏樹 
  • 岩波書店
3.49
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本棚登録 : 887
レビュー : 146
  • Amazon.co.jp ・本 (272ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004312802

作品紹介・あらすじ

グーテンベルク革命から五世紀。電子の端末が膨大なコンテンツから美しい「ページ」を開くこの時代、あなたにとって「本」とはいったい何か。それはいかに変貌するのか。書店・古書店・図書館・取次・装丁・編集、そして練達の書き手・読み手の位置から、鋭いアンテナの持ち主たちが応える-本の過去と未来を俯瞰する三七のエッセイ。

感想・レビュー・書評

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  • 『あなたにとって「本」とは一体何か、それはいかに変貌するのか。
    本の過去と未来を俯瞰する37人のエッセイ。』
    「本」と「これから」というワードが登場する本を何冊か読んできたが、様々な分野に渡る37人の視点はなかなか興味深かった。

    ひと口に「本」と言っても一人ずつ違うものであり、エッセイの切り口も当然違う。
    それを楽しむ本であるとも言える。
    文章を寄せている方たちはみな「本」の世代に属するひとたちだ。
    傾向としては「それでも本は残るだろう」というものが殆ど。
    あれこれ逡巡しながらも「残ってほしい」と熱望する方、あるいはきっぱりと断定して「残すべきだ」という方も。そしてまた、「残すよう努力しよう」という声もある。
    誰もが皆、本を愛してるのがひしひしと伝わってくる。

    奥付けを見たら2010年とある。
    思えばこの頃からこの種の本は出始めたのだろうか。
    どんな年だったのかと調べてみると「電子書籍年」とあった。
    ああそう言えば・・と、「iPad」の発売で浮かれていた表参道界隈の光景を思い出した。
    そうか、もう10年も経ったのか。
    それでこの本でも、電子書籍と紙の書物との比較が散見されるわけだ。

    2010年以降に生まれ、電子書籍のみで育った子たちは果たしてどんな「本」の想い出を持つのだろう。
    必要な情報を瞬時にして引き出すことに長けてはいるが、変化と劣化が早いのがデジタル情報だ。長期間の保管に耐えるのは木簡や竹筒に墨で書かれた文字。
    それを千年経っても読むことが出来る。これはすごいことだ。
    上野千鶴子さんはそれでこう言われる。
    「デジタル情報もアナログ情報もとうぶん併存し続けるだろう。
    書物はなくならない。今度は『伝統工芸品』として」

    長田弘さんの「本を読む。ゆっくり読む。」
    出久根達郎さんの「追放本てんまつ」
    萩野正昭さん「出版という井戸を掘る」が、読み物として印象に残った。
    中野三敏さんの「和本リテラシーの回復のために」は、何度も頷きながら読んだ。

    余談になるが、この本で最初に登場するのは「吉野朔美」さんだ。
    16年の春に訃報を聞いた時、コミックを回し読みしていた頃の友人にメールした。
    顔合わせして思い出に浸ることこそ出来なかったが「吉野朔美さんをおくる日」と称して、ひと晩中その作品を読みふけって過ごしたのを思い出す。
    これもまた、紙の本における忘れがたい出来事だ。

    • ハイジさん
      こんばんは
      吉野朔実さん
      亡くなられていたのですね…
      知りませんでした
      昔たくさんの作品を読んでいたのでついコメントしてしまいました
      ジュリ...
      こんばんは
      吉野朔実さん
      亡くなられていたのですね…
      知りませんでした
      昔たくさんの作品を読んでいたのでついコメントしてしまいました
      ジュリエットの卵とか大好きでした!
      2020/03/12
    • nejidonさん
      ハイジさん、こんにちは(^^♪
      コメントありがとうございます。
      そうなのです。16年の4月だったかな、亡くなられました。
      まだまだたく...
      ハイジさん、こんにちは(^^♪
      コメントありがとうございます。
      そうなのです。16年の4月だったかな、亡くなられました。
      まだまだたくさんの作品を読みたかっただけに、とても残念です。
      私は「月下の一群」「少年は荒野をめざす」「ジュリエットの卵」を持っています。
      ジュリエット・・は、ラストが衝撃でしたよね。どれも素敵な作品たちでした。
      2020/03/13
  • 珍しく文学的な書名である。電子ブックの登場で「本は、これから……どうなるのか?」いろんなタイプの書き手、読み手、書店、古書店、図書館、取り次ぎ、装丁、編集の位置からの短文を37そろえている。

    以下、私が線を引いたところ(抄)である。

    池澤夏樹
    われわれは本を読みすぎるのだ。その大半は読み捨て、読み流し。かつて新井白石のような優れた知識人が生涯に読んだ本の何十倍もの量をわれわれはただ消費している。

    紙という重さのある素材を失ったために文筆の営みはすっかり軽くなり、量産が可能になった分だけ製品はぺらぺらのものばかりになった。そもそも人類の智の総量が変わるはずないのだからインターネットによって生産を加速すれば中身は薄まる理屈だ。

    →まさにその通り。私はおそらく、江戸の知識人よりも多く本を読んでいると思うが、その中味は到底彼らに追いつかない。それどころか、こんな文章を書いて、「中味を薄める」お手伝いをしているというわけだ。

    しかし、世代は変わるのだ。新しいがジェットは若年層を突破口に社会に浸透する。今の子供たちはもう固定式の電話をほとんど使わない。韓国とシンガポールではあと二年もすれば教科書が電子端末に変わるという。

    実を言えば、今の段階で電子ブックなどよりずっと恩恵をこうむっているのはこのインターネットによる古書のシステムだ。かつては欲しい本を探して神田の古書店の棚を尋ね歩いたものだが、今はたいていの本は即座に手に入る。古書というものの概念が変わってしまった。それはまた、手元の本を惜しげもなく放出できるということだ。必要ならばまた買えばいい。日本中の本全体が一種の共有財産と化してきた。

    池内了
    記録媒体としての電子書籍(やたら記憶が得意なシリコン頭にうってつけである)、自分のあたまを鍛えるための紙の本(考え想像するカーボン頭に最も相応しい)という棲み分けができそうである。

    岩楯幸雄(幸福書房社長)
    でも、五年後にはどうなっているのでしょう。新宿・渋谷に超大型店が出店し、大型店通しの潰しあいが始まっています。それぞれが一人勝ちを狙っているのでしょうが、それは無理でしょう。電子書籍の影響を近い将来全部の店が公平に受けるのだとすれば、ダメージは大型店が一番大きいはずです。多くの借金や高い家賃を負担しているはずだからです。アメリカでは大型店の廃業が始まっているそうです。そう、5年後はどうなっているのか分からないのです。老人大国の日本で若い人が営む小さな本屋が、もしかしたら一番必要とされる時代がやってくるかもしれません。健闘を祈ります。

    →私はおそらく、三年後には電子書籍を手にしていると思います。新し物好きですから。けれども、一方では老人が陽だまりの中、、20年積んだままにしている中江兆民全集や植木枝盛全集、マルエン全集などを読むことや、何度も読んだあの本やこの本を読むことを夢見ているというわけです。本屋の未来、この社長の言うとおり、これからは個性的な本屋さんの時代かもしれません。私ならば、こんな本を並べるのだけどなあ、というのはあるのだけど、誰か雇ってくれないかしら。

    • kuma0504さん
      昔の本を、ブク友さんたちが見つけてくれた。レビューを読んで、9年前の予想はどうなったか?

      確かに若干大型書店の栄枯盛衰はあったが、それ以上...
      昔の本を、ブク友さんたちが見つけてくれた。レビューを読んで、9年前の予想はどうなったか?

      確かに若干大型書店の栄枯盛衰はあったが、それ以上に小さな書店の閉店が目立った。個性的な書店は確かに数多く生まれたが、目立つほどじゃない。
      そもそも若者の「本離れ」が激しいのである。しかし決して「活字離れ」ではない。若者は日々膨大な量の活字を読み書いている(SNSで)。

      来年はどうなるのか?
      私が予想するのは荷が重すぎる。
      あれから10年「続・本は、これから」が編まれるべきである。
      2020/12/31
  • 今から9年前、2010年の新書です。ちょうどiPadが発売されたり、kindleの新モデルが出たりして、どうも「電子書籍元年」と言われた年のようです。で、いよいよ今年に入って「紙の本、ピークの半分に」というニュースが報道されています。まさに、この本で予想されていることは予想されているように起こっているんですね。ただ、電子出版物の市場全体に占める割合は20%ぐらいなので、次にニュースになるのは、きっと電子の売り上げが紙の売り上げを超えた時なのでしょう。本書にも登場する代々木上原の幸福書房もちょうど一年前閉店したりして、本を取り巻く環境は加速度的に厳しくなっているようです。だからこそ?なのか、本についての本、本屋についての本、読書についての本は、めちゃくちゃ目につくようになっている気がします。そう本の世界の中での絆はどんどん太くなってきているように思え、「本を愛する人」と「本は関係ない人」の二極化を感じさせます。今までは読書中間層的な人々が話題の書籍や雑誌を書くことで成立していたシステムがこわれちゃったのではないでしょうか?この二極化は本に限らず、ファッションや車など生活全般で起こっていることと同じで、だとすると「本を愛する人」が払うコストはもっともっと上がっていきそうな気がします。9年前に、そんな「本を愛する人」たちの多様な、でも似たような短文をまとめた本です。なにしろ「本の、これから」ではなく「本は、これから」というテーマからして、「まだまだ頑張るぞ!」的なエールになっちゃっているのは、岩波書店だから?

  • さぁ電子書籍の時代がきた。人類が愛してきた紙媒体としての本はどうなっていくのか。本に携わる多様な立場の人々の見解です。

    本という紙媒体はなくならないっしょ!

    選択肢が増えるだけだよ。

    --
    本として印刷されるジャンルが減るだろうね。圧倒的に。
    まず、新書や学術本などの、掲載される情報に価値の重点があるものはほとんど電子書籍に行くだろう。
    このジャンルは読み手が必要な情報を得たいから読むもの。電子書籍のキーワード検索が生かされる。検索が使えない紙媒体の需要は減る。
    あと、新書とかはサクッと読めるという点に価値が見出せる。わざわざ本屋で買ったり、蔵書のスペースを占有されたりといった面倒はなくしたい。 ( ^_^)つ電子書籍  ってこと。

    小説とか、情報ではなく感情を震わせる表現やストーリーに価値があるものは、電子書籍と本の二刀流。
    紙媒体である価値が無くなるわけではない。結局読書好きには紙媒体への愛着持ちが多いはず。だから本でも売れる。
    ただ、電子書籍での持ちだしやすさが好きな人もいるはず。

    --
    電子書籍化で憂慮すべきは、情報のピンポイント抽出の功罪である。

    これは辞書VS電子辞書の発展版である。
    辞書を使って〇〇の意味を調べる。するとたまたま目に入った☓☓の意味が面白く、ボキャブラリーが増えた!
    でも、電子辞書は目的の一語しか意味が表示されない。ステキな「たまたま」がなくなってしまう。

    電子書籍でも同様に、自分に必要なキーワードの部分だけ読む人が絶対に出てくる。
    そういう人は知識が「広く浅く」どころか、「狭く浅く」にしかならないだろう。
    「社会全体としての教養レベルがまた下がる・・・。」と嘆く人が出てくるだろうね。

    これから今言ったような難点を批判する「読書論」の本が出てくるんだろうな。

    電子書籍で。

    --
    個人的に選択肢が増えるということは大きな価値。電子書籍の存在自体は確実にプラスなはず。
    デメリットは電子書籍の存在に起因するのではなく、だいたい人間の本性に関わるところである。
    楽な方法が生まれれば人はそっちを使う。楽をする=努力が足りない。だからアカン。という論理は尤もである。

    けれど、それは電子書籍のせい?人間性の問題でしょ?
    個別に対応策をしっかり考えることこそ道理に適った対応である。

    だから私は歓迎する。

  •  本書タイトル通りのお題に沿って、有識者37名が思い思いの見解を述べる。
     「本」としているが、それが意味するところは書き手によって異なるところは面白い。ある者は、”紙”、物質としての本の存在を希求し、ある者は出版に関わる”業界”のこれからを憂う。末端の書店の在り方を語る者もいれば、そもそも、読書という”体験”の未来に思いを馳せる者もいる。それらをひっくるめて「本は、これから」どうなるのか、という構成になっている。
     面白いものもあるが、上記のようにとっちらかっているので、概して平均的な指摘や発想が多い印象。短いページ数ながら、過去、現状を俯瞰して真っ向「これから」を述べているものは多くない。個人的な読書体験を開陳してた上で、ちょっとだけ、先のことを言ってる程度のものが大半だ(ほとんどが本人の希望、願望に過ぎない)。

     要は、電子書籍に代表されるデジタルなガジェットの登場で、本がどう変わっていくのか、変っていってほしくないのかを語っているわけだが、本、書物より先に、音楽がその洗礼を既に受けている。かつてのレコード、カセットテープの時代からCDの登場を経て、もはや音楽は形を伴った存在ではなくなってきている。そうなった今、音楽の”本質”は変わったか?というと、そんなことはないわけで、むしろライブで愉しむとか、自ら演奏することを楽しむとか、原初的な音楽との関わりが復活しつつあるのかもしれない。
     なので、書物が紙を離れてデータ化することに、自分などはなんの心配もしていないのだが、冒頭、編者の池澤でさえ、

    「我々の肉体は重力に抗することでこの形を保っている。周辺に置いた道具や素材がみなデジタル化によって重さを失ってゆく時に、どうして肉体が保てるだろう。
    本の重さは最後の砦かもしれない。」

     などと大仰に論を構える。デジタル化はなにも”本”だけではないし、本が最後の砦とも到底思えない。
     思想家内田樹でさえも、

    「電子書籍の第一の難点は「どこを読んでいるかわからない」ことである。」

     って、そこかっ!? この文章の後、どの位置にあるか分からないと、推理小説の場合、登場人物が犯人なのか、ひっかけなのか予想する楽しみがなくなるのだそうな。阿呆か、と思わず思った。そんなのKindleに言って、画面の片隅に全体の何%の位置なのかを示すインジケータでも付けてもらえばいいだけの話(むしろ、既に付いてたりすんじゃなかろうか?)。
     こんな論拠で、紙の本は残っていく、残すべきだとの話が多くて、なんだかなあなのだった。

     そんな中、キラリと光るのは松岡正剛。

    「本を読むということは本ごと何かを読むということであって、この何かと付き合うのでなければ、書物であろうと電子書籍であろうと、雑誌であろうとケータイであろうと、ぼくにとっては読んだという実感はない。」

     言い換えれば、実感が伴えば、つまりその書物で記されている”何かとつき合う”ことさえ出来れば、媒体は問わないと言うことだろう。彼に言わせれば、本のこれからではなく、コンテンツのこれから、あるいはそれとの向き合い方のこれからが肝心ということだろう。彼はハッキリと言い切る。

    「ぼくの結論はいたってはっきりしている。読書の本質は変わらない。」

     本書は、序を書いた編者池澤夏樹以下、論者はどうやら五十音順に並んでいるようだ。松岡正剛はたまたま後ろから二人目であるけど、この結論が最後にほうにあることで、本書がピリリと締まる。というか、これを冒頭に持ってきたら本書が成り立たなくなるので、五十音順にしたのは偶然か意図的か分からないが、編者の功績かもしれない。

  • 2010年刊。電子書籍の台頭を受けた「書籍」に関するあれこれを、37名の識者がエッセイ化したもの。正直、玉石混交。また、個人的にはノスタルジックな「紙の書籍」に対する郷愁だけを叙述するエッセイには興味なし。その中で、図書館論の常世田良氏、零細書店論の永井伸和氏、買い手目線に特化した成毛眞氏のエッセイが興味深い。一箱古本市・個人出版の提供方法の模索を紹介する南陀楼綾繁氏の活動も。なお、個人的には、複数色での書き込み可能で、書き込みと地の文とが区別可能なディスプレイができない限り、紙の書籍を使い続けたい。
    しかし、一方、書き込みをほとんどしない小説・マンガなどのフィクションは電子媒体でも可。あるいは、検索の容易性がさらに高まれば(例えば、先だって読んだ蓑田胸喜関連で、「天皇と東大」のみらず、その他既読済みの関連書籍が直ちに参照できるようなもの)、部分的に電子媒体にシフトすることがあるかも…。こういうことを夢想させられる一書である。

  • どうして誰も読書の「恥ずかしさ」に触れなかったのだろう?年取った書き手はどこかしら選民気取って鼻につくし、出版業界周辺の素人さんは自慢話をさりげなさを装って出してくるし、当の業界は開き直ったり、デジタルにおもねってみたり。重ねて言いたい。読書がある種自慰的行為であって、あまり人様の前で偉そうに語ることではない、ということを少しでも言ってくれる筆者がいればよかったのに。

  • 様々な分野で活躍してる方々が、これからの本や電子書籍について語っています。ここに書いてあることをしっかり参考にしつつこれからの本や電子書籍について、自分で見定めていかなくてはいけないと思います。

  • 電子書籍の登場によって、本はこれからどうなっていくのか。池澤夏樹氏によって編纂された37のエッセイ。作家、装丁家、写真家、大学教授、企業の取締役など、様々な分野で活躍する人たちの本に対する考え方を知ることができる。電子書籍は今後確実にシェアを伸ばす。でも、紙の本はきっと無くならない。両者の棲み分けが大事。自分はまだ電子書籍は未体験、ゆくゆくは、実用書・自己啓発本・軽い小説は電子で、古典や本当に好きな本は紙で、という棲み分けができたら良いなと思った。

  • 「本は、これから」
    をテーマにした37人のエッセイ。

    「これから」の部分には、当然、電子書籍と紙の本の関係性についても含まれるし、それが大きなウェイトを占める。
    電子書籍の話については(当たり前ながら)それぞれ温度差がある。

    自分も以前、電子書籍を読んでみたが、その時、初めて気がついたのは
    「全体のどの辺りを読んでいるか、感覚的に分からないと読みにくい」
    という事。

    デジタル時計よりアナログ時計の方が感覚的に時間を掴みやすい、というのと同じような感じ。

    電子書籍に積極的な人も消極的な人もこのような点については何も言わないので、自分だけの考えかと思っていたが、本書の中で、内田樹が全く同じ事を言っていた。
    また、池澤夏樹の「(紙の)本の最後の拠り所は”重さ”かもしれない」という言葉(帯にも書いてある)に思わずうなずいてしまった。

    当初、自分は電子書籍には消極的だったのだが、本書にエッセイを書いた多くの人が
    「紙だろうが、電子書籍の形だろうが、本を読む、という行為が変わる事はない」
    と言っていることにハッとした。

    本書の中で使われていたが
    「不易流行」
    という言葉が印象に残る。

    松尾芭蕉の言葉で
    「いつまでも変化しない本質的なものを忘れない中にも、
     新しく変化を重ねているものをも取り入れていくこと。
     また、新味を求めて変化を重ねていく流行性こそが不易の本質であること」
    という意味。

    自分に合った媒体を使えばいいだけのこと。
    ただ、一方がべらぼうに高くなったり、無くなったりすることさえなければいいのだ。

    本書は「電子書籍と紙の本の将来について」という点だけでなく、「あなたにとって本はどういったものか」ということをそれぞれ述べている、という面もある。

    本は、ある人にとっては、情報収集の道具であるかもしれないが、別の人にとつては、思索の世界へ誘ってくれる案内役であるかもしれない。
    要するに、本は紙に文字などを印刷したもの、というだけのものではない。

    電子書籍に、その「重み」が持てるだろうか。
    だが、電子書籍でなければできない事も多いだろう。

    電子書籍が本のマネをしようとしている点に留まれば、おそらく紙の本の方が有利。
    ただし、電子書籍が本とは違う「何か」を志向しはじめた時に初めて真価が発揮されると思う。

    本と電子書籍は対立するものではなく、ある面では、お互いに補完するものであろうし、別の面では対立しようがないほど全く違うものになっていくような気がする。

    ところで自分は、電子書籍は、おそらくしばらくは読まないだろう。
    ちなみに前に買った電子書籍も、未だに最後まで読めていない。

    どうもマニアックな本にばかり買う傾向があるようで、欲しくても電子書籍の方がない事が多いのだ。
    それ以前に本を買うのは古本が中心なので、当面、電子書籍の出番はなさそうだ。

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