高木貞治 近代日本数学の父 (岩波新書)

著者 : 高瀬正仁
  • 岩波書店 (2010年12月18日発売)
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  • Amazon.co.jp ・本 (240ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004312857

作品紹介

高木貞治(一八七五‐一九六〇)は、日本が生んだ最初の世界的大数学者。類体論という、近代整数論の代表的理論を建設した。岡潔との数学史的な繋がり、晩年のヒルベルトへの思い、戦前戦後を通じた数学普及への努力など、さりげないエピソードに人柄がにじむ。師の系譜からは、明治初年の和算と近代数学の関係が解きほぐされる。初の評伝。

高木貞治 近代日本数学の父 (岩波新書)の感想・レビュー・書評

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  • どうしてこの本を見逃していたのか。自称学問のファンの私はミーハーで、こういう伝記ものには弱いのだけれど。ゲッチンゲンでヒルベルトとかかわるあたりの話が一番おもしろかったような気がする。掛谷宗一とのかけあいも興味深い。岡潔とはさほどかかわっていないようだが、最後に1章さかれているのは、著者がまた岡潔の伝記も著しているからだろう。私自身の実際の高木体験は、「解析概論」を一応購入はしてみたものの、たぶんほとんど開きもせずに後輩にゆずりわたした、それくらいのものだ。学問のファンに徹すると覚悟はしたものの、こういう本を読むと、もう一度数学をしっかり勉強してみたいなどと思ったりもする。それで本棚の奥にあった、寺寛の「数学概論」を引っ張り出してみたけれど、全く読める気配はなかった。高校数学に時間をかけたほうがよさそうだ。「ランダウ」「丸山眞男」といっしょに図書館で借りて読みました。

  • 明治になって西洋の数学が入ってきて,最初に世界的な業績をあげたのが高木貞治(ていじ)(1875−1960)である.本書はその高木貞治の簡潔な評伝.高木貞治の著書は何冊か読んだが(どれも格調が高くて深くておもしろい),それが生涯の時系列にはめ込まれて見ると,いままで見えなかったものがみえてきて興味深い.また草創期の大学教育の記録としても,その雰囲気が伝わってきておもしろかった.

    高木貞治をその著書を通じて知っている私はこの本は興味を持って読めたが,そうでない人はどうなんだろう.一般向けの新書というパッケージなのだから,高木貞治がなぜ偉くて,日本の数学史の中でどのような位置を占めるのかを最初にすこし紹介してもよかったのかもしれない.高木貞治の名前すら聞いたことが本書を手にとって,いきなり延々と生い立ちの話をされてもちょっと困るんじゃないかな.

    最後の方の岡潔の話は著者の思い入れはわかるけれど,ちょっと蛇足になった感じ.

  •  大数学者ヒルベルトに師事して類体論を構築し,日本の近代数学にも大いに貢献した高木貞治の伝記。明治八年生れで,西洋数学を吸収するのに精いっぱいだった師や先輩を超え,世界的な仕事を成し遂げた。当時はドイツの科学水準はとても高かった。世界大戦を二回も経て凋落…さみしい。科学の中心はゲッティンゲン(独)からプリンストン(米)へ。高木もだろうが師のヒルベルトなど,相当へこんだことだろう。
     ヒルベルトは二次大戦中に死んでるけど。長く病んで,最後の洋行で訪った高木は,それでも知識を追求する姿に涙を禁じえなかったそうだ。高木が女流数学者のネーターとも親しかったとは知らなかった。ネーターは,対称性と保存量の関係に関する定理で有名。むしろ物理学の分野で,空間対称性から運動量保存が導かれたり,時間対称性からエネルギー保存が導かれたりするのを説明できる。これを知ったときは目から鱗だった。
     高木の著作はこの元旦に著作権が切れたが,『解析概論』はまだ教科書として現役。

  • まさに現代数学の父。天才の生い立ちに触れることが出来、先生の生涯を追うことで、高木先生のお人柄を知ることが出来る名著。数学に詳しくなくても、高校数学から類体論への道標が簡単にとても簡単にコラムとして挿話されているから安心して読める。解析概論でお世話になった人はすべて読むべき。先生への尊敬が本当のものになる。

  • 高木の人生を追いながら、日本に欧州の数学が導入されていく様子、ドイツが数学の中心だったころのドイツの数学者達、高木が類体論を完成させていく様子が描かれています。
    初めての洋行、1900年の春にベルリンからゲッチンゲンに移る。本当はウェーバーのいるシュトラスブルグに行こうとしたらしいが、途中でゲッチンゲンに立ち寄ってヒルベルトに会い、計画が変更された。ゲッチンゲンでは「週に一度、談話会があったが、その談話会というのはドイツはもちろん数学の世界全体の中心地であった。高木は25歳にもなって『数学の現状に後るること正に50年』というようなことを痛感した。」
    「それでもそれから三学期、すなわち1年半の間ゲッチンゲンの雰囲気の中に生息しているうちに、なんとなく50年の乗り遅れが解消したような気分になったという。『雰囲気というものは大切なものであります』」
    「ヒルベルトの研究の仕方というのは非常に独特で、数論に心が向く時期には数論に専念するが、行くところまで行き着くと数論から離れ、全然別の領域に移っていくというふうであった。」
    「類体の概念を『分岐しない類体』の範疇で把握すると『アーベル体は類体である』とは言えないが、類体の概念を拡大して『分岐する類体』を考えることにすると、どのアーベル体も類体として諒解される。これが高木類体論の『基本定理』であり、理論全体の根幹となった発見である。」
    「類体の理論を建設して、その土台の上に『クロネッカーの青春の夢』と一般相互法則という二本の柱を打ち立てるのは、数論の世界にヒルベルトの心が描いた夢であった。『クロネッカーの青春の夢』を大きく包み込むかのような、簡明で壮麗な巨大な夢である。高木はこのヒルベルトの夢を継承し、『分岐する類体の理論』という、ヒルベルトの大きな夢をさらに大きく包み込んでしまう理論を構築した。高木もまた数学に夢を描く数学者であった。『クロネッカーの青春の夢』もヒルベルトの夢も、高木の夢に包まれてことごとく実現したのである。」
    最後の洋行で32年ぶりにヒルベルトを訪問した高木。「毎日、(効き目があるというので)生の肝臓を食べて不治の難病と戦いつつ、時には若手の助手連中に揚げ足を取られたりしながらも、どうしても排中律の証明などを書かずにはいられないヒルベルト」
    「余生などというのは論外で、『生きながらの餓鬼道ではありませんか』と高木は嘆息し、『恐ろしいのは、これも不治なる知識追求症です』と心情の声をもらした。」
    『解析概論』が書き下ろしの単行本ではなく、『岩波講座数学』に分載されたのが初出だったこと、高木は学生の集中力は30分が限度という持論を持っていて、きっかり11時半に教室に現れて、12時にぴたっとやめたことなども書かれています。
    意外だったのは数学の抽象化というのは比較的最近の出来事だったこと。抽象化の傾向が目立ち始めたのはWW1の直後、20年代のはじめころ。「新思潮は『決河の勢』をもってまず代数学を征服した。ついで位相学を再建し、線形作用素の理論を統一し、確率論に数学的なる基礎を与えるという勢いを示し、『数学の全'野を風靡してその面貌を一変せしめるに至った』。」

  • 岩波新書(赤版) 402.8/Ta53
    資料ID 20101040268

  • 数学者の高木貞治を知らない者にとっては、とても読み辛い本でした。三分の一は高木氏の周辺ばかりが書かれてあって、できれば、最初に高木氏の人となりや功績、論文などを紹介していただいた方がわかりやすかった。
    数学者である著者が、ドキュメンタリータッチに仕上げようと思ったことが多少間違っていたのではないでしょうか。

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