職業としての科学 (岩波新書)

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  • 岩波書店
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レビュー : 18
  • Amazon.co.jp ・本 (240ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004312901

作品紹介・あらすじ

冷戦崩壊以来、科学は大きな転換期を迎えている。社会を巻き込んで突っ走る一方、科学技術創造立国政策の中で科学はリスキーな職業と化し、もはや聖域とも見られなくなった。この巨大な社会資源を生かすために、未来に受け継ぐべきものは何か。宇宙物理学に半世紀携わってきた著者が科学の歴史を縦横に語り、発想の転換を促す。

感想・レビュー・書評

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  • 大学人として共感もし、考えさせられもするグッと来た本。
    マックスウェーバーが、自己の魂の救済と重ねて群がる若者に対して、官制として制度化された大学の学問はそういうものではない、と冷や水を浴びせたこと。
    「食えない」不安を突破するために、生活次元を超えた公共的で壮大な使命感で自己を充電する必要があった。
    狭い領域で論文を書き続ける"論文作家"だけを研究者・科学者というのではなく、科学に絡む人間が互いに同じ公共的役割を意識した「科学技術エンタープライズ(事業体)」をつくる。

  • サイエンス
    社会

  • 718円購入2011-02-09

  • 職業科学者としての立場から、科学という知的な営みの歴史や、科学と社会との関係について論じている本です。

    科学哲学におけるマッハとプランク、ポパーとクーンの対立をわかりやすく整理しています。とくに目を引いたのは、実在論と反実在論との対立にかんして、科学者としての立場から「動機的実在論」というべき立場を提示し、科学者のいわば素朴な実在論的態度として語られてきたものが、「実証のない形而上学的要素を排するしごき方であって、しごかれるものが生まれる源泉を温存しておくことも重要なのである」と述べている箇所です。

    また、科学社会学者のマートンが提唱した「CUDOS」の基準についても、それがあまりに理想主義的であることは認めつつも、「目標として掲げるべき徳性であることに変わりはない」と述べて、ここでも科学者としての立場から一定の評価を与えています。こうした著者のスタンスには、まさに本書のタイトルとなっている「職業としての科学」の立場が示されているように感じました。

    そのほか、明治以降の日本における科学・技術にまつわる制度の変遷を追いかけるとともに、現代の「ポスドク問題」にも触れつつ、「科学技術エンタープライズ」という構想を打ち出しています。

    科学哲学・科学史の観点から書かれた入門書とは異なり、やや話題が散漫な印象はありますが、職業科学者の立場からさまざまな問題にアプローチがなされていて、興味深く読みました。

  • 制度としての科学と科学する精神との間の対立、緊張、協調が基底になっている。

    科学の西洋史を俯瞰した前半部分は、論点の整理も含めて、興味深く読んだ。

    最終部分の現代の科学者の生き残りに関しては、中途半端だ。提言の体をなしていない。

    ・physicist,scientistという言葉は、ウィリアム・ヒューエルが1833年頃作った。それまでman of scienceと言われていた。科学の担い手が巨匠から中産階級の職業に変化する19世紀末に普及した。
    ・切羽詰まると人間は一般に道理を見失い、思想の古層に里帰りする。それが「理」よりも「誠」に回帰する精神構造だ。

  • 2011年刊行。著者は京都大学名誉教授。主に18世紀以降の西洋における科学哲学に関する論争と、科学が必要とされる契機を解読することで、科学(大学などの教育機関の整備等を包含する制度科学も検討対象としている)のありようや、あるいは科学の必要性に関する将来像を提示する。現代社会は、冷戦終結後から徐々に進行しつつある国民国家における科学の必要性の低下と、科学者としてのアイデンティティの喪失傾向に直面しつつあるという分析を踏まえ、それに対する処方箋を歴史的経緯と論争から見出そうとする中々興味深い一書。
    フリーマン・ダイソン、相良亨を知れたのは個人的には有益(まぁ、私の勉強不足と言うほかないのだろうが…)、

  • 新書文庫

  •  科学の発展について、その歴史と今後の展望を述べた書。教養満載で、個々の内容はすごく面白かったのだけれど、本書を通じて何を伝えたかったのか・・・読む側の資質がありませんでした。ななめ読みしたのがいけなかったかも・・・
     本書を読んで、今でも科学技術振興の仕事がしたいと強く思っていることに気が付きました。

  • 科学政策の在り方や社会における科学の役割について、経済成長や実用に寄与するか否かという観点と、真理の探究の意義という観点のせめぎ合いがあるが、本書において筆者はもう少し大きな視点から科学の役割というものを捉えているように感じた。

    科学的思考とは何か、科学を基盤に据えた社会の在り方とはどのようなものかという視点で、科学史を振り返りながら議論を展開している。

    科学が「純粋」科学として社会とは完全に分離した形で理論の探求に突き進むことを、筆者は少なくとも科学政策の在り方としては肯定していない。科学はあくまで社会に寄り添い、社会に「役立つ」ことを求められているというのが、筆者の考えであると思う。

    ただ、その「役立つ」ということの意味合いとして筆者が思い描いているのは、単に経済成長のための道具としての科学ではない。過去の人間社会で繰り返し起こってきた「間違っているけど正しい」といった情緒的な判断がもたらしかねない危機的な結果を外からの「理」の視点を以て回避する、そういう役割が科学に求められており、そのような「科学的精神」を涵養し社会の基盤におくことが、科学政策全般に求められる大きな役割なのだと筆者は訴えていると思う。

    さらに本書の後段では、その上でそのような科学が幅広く社会の中に浸透するためには、科学者という職業がもっと広い位置づけで捉えられなければならないということにも触れている。科学自体がひとつの大きな産業・事業体として形作られているということを踏まえ、一部のスター科学者や先端研究テーマのみに注目するのではなく、科学研究を支える人々や会社を含めたより大きな視点で科学を捉え、今後も意欲を持った人がこの「業界」に継続的に入ってきてくれることが、社会と科学の健全な関係を保ち続けるうえでも大切だということなのだろう。

    筆者のように、宇宙物理学という「純粋科学」と一般的に分類される領域で実績を上げてきた科学者からこのような視点が提起されていることが非常に意義深いと思う。また、エルンスト・マッハ、マックス・プランクといった科学者やカール・ポパーといった思想家の間で交わされた議論も、まとまりよく紹介されている。

  • 歴史を辿りながら科学・科学者と社会や国家との関わりや制度について見ていく。話の行きつ戻りつが多いこともあり、理解できていない。大震災前の本であり、原発事故を踏まえると違う視座も必要かも。「科学技術エンタープライズ」は興味深いが、現実性には疑問があるなあ。

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著者プロフィール

1938年、山形県生まれ。1960年京都大学理学部卒業。京都大学教授を経て、現在同大学名誉教授。専攻は一般相対論、宇宙物理学。トミマツ・サトウ解の発見など多くの業績をあげた。著書に『アインシュタインの反乱と量子コンピュータ』(京都大学学術出版会)、『孤独になったアインシュタイン』(岩波書店)、『量子力学は世界を記述できるか』(青土社)など。

「2017年 『佐藤文隆先生の量子論 干渉実験・量子もつれ・解釈問題』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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