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Amazon.co.jp ・本 (224ページ) / ISBN・EAN: 9784004313144
みんなの感想まとめ
人類と感染症の関係を歴史的かつ全球的に探求する本書は、感染症の影響を受けた文明の変遷や、疫病との共生を考察しています。特に後半では、開発と疫病の関連性が新たな視点を提供し、読者に深い洞察を与えます。筆...
感想・レビュー・書評
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コロナ禍がなければ手にすることはなかったであろう本。1章、2章では、文明の揺籃期から始まった感染症の歴史に触れる。筆者は歴史学者ではないから致し方ないのだけれど、このパートの記載、特に農耕・定住やオリエントの記載はちょっと古い印象。参考文献もとても古い。その点では少し残念。
筆者は医師で、国際保健学の専門家。だからむしろ本書で読むべきは後半部分。特に開発と疫病というのは思いもしなかった視点だった。なるほど。
刊行は2011年なので、まさか世界がこんな風になるとは予想もしていなかっただろう。筆者は疫病との「共生」を説く。その道はとても険しそうだ。
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人生が平均して80年近くになった現代社会。寿命が長期化する理由には、食生活や住環境の充実もあるが、医療技術の進歩によって、以前なら死に至らしめた病気が次々と克服されていった事が大きな要因だろう。元来、人の体の中には様々なウイルスが存在し、それを上手く抑え込みながら、病状として表面化せず共存を図ってきた。かくいう私も二十代後半で発症した病気により1ヶ月程度猛烈な痒みを伴う湿疹に苦しめられた事がある。今でこそ笑って話ができるが、当時は昼頃(ウイルスは午後に活発化するものだった)を過ぎると、全身に極度の痒みが現れ、見た目も最悪なぶつぶつが顔から足のつま先、鼻の穴の中、耳の中までびっしり出現し、掻いても掻いても止まない痒みで、ガソリンを被って身体ごと焼き払いたいとまで思った。かかり始めに訪れた医者の診断では「それ」は大半の日本人が菌として持っているが、発症するのは30万人に1人と言われた。当時の生活といえば、大きな仕事を任されて失敗できないプレッシャーもあり、徹夜が日常的になり食生活は極端に乱れた。脈は40を下回り、身長に対する平均的な体重は、70キロに対して48キロと、恐らく当時の私の中には抵抗力というものはまるでなかったに違いない。
人は古代より様々な感染症に悩まされ、時には村が丸ごと一つなくなるような病原菌も現れた。近年は新型コロナが特に大きな社会問題にまでなったが(本書はコロナ流行の10年前に書かれたもの)、爆発的な流行は人々を恐怖に陥れ、家の中に閉じ込めた。それでも次々と現れる派生系のウイルスの波は、寄せては返す波のように、人々の行動や意識に深く作用してきた。漸く乗り切って克服したかのように見えても、依然としてそれにより亡くなる人は後を絶たない。人間がこうしたウイルスに出会うには様々な経路があり、それは感染者の生活・行動パターンに影響される。当たり前だが、ウイルスを媒介する他の生物が「夜間の水の中にいる」と仮定するなら、夜に水に入って泳がなければ良いだけだ。だがそうした行動で生計を立てる者がいれば、感染する確率は非常に高くなる。人類が生まれた頃のチグリス・ユーフラテス川流域、黄河流域などはそうした川の流れという自然の力も得て、ウイルスや病原体は拡散されていった。移動手段の発達や生活方法の変化、生産技術の変化、それがもたらす自然環境の変化、あらゆる変化が、これまでの人類に試練として与えてきた感染症。その度に多くの死者を出し人類の数量調整が行われてきたように見える。人類は環境を破壊するし、大地の形すらも容易に変えていく。もしかしたら病原体はそうした人類に対する警鐘であるのかもしれない。新型コロナ流行で北京に青空が戻ったという現象は、勿論外出しなければ車から排気ガスも出ないから当たり前のような話ではあるが、人間が地球を汚し続けていたという典型的な例になった。
そしてウイルスの生存意欲によって、宿主を殺す事なく弱毒化し、合わせて感染者増加で集団免疫ができる事でウイルス自体が長期に生存できるようになる。この繰り返しが人類の歴史となっている。HIV(エイズウイルス)によって人類が守られているのではないかという話にも納得がいく。勿論感染すれば本人の長期間の戦いが始まる訳だが、行動や思考を変えて注意しながら生活することは、他の感染症に罹るリスクも必然的に減るであろうし、投薬により更に生存確率は長期化できる。こうしていずれHIVも克服するであろう人類が、次のウイルス・感染症に出会いまた新たな戦いが始まるのは容易に想像できる。未来永劫これの繰り返しが人類と地球の共存わ可能にしていくのではないだろうか。 -
人が文明を得て栄えていくにつれ、多種多様な感染症が大小の感染を繰り返してきた。
農耕文化が発達して定住が進めば、そこに感染症は入り込む。
環境に踏み込み、あるいは環境を変化させれば、新たな感染症が広まるきっかけとなる。
何度も流行を繰り返してきたペスト、スペインの侵攻に際して南アメリカにもたらされた天然痘や麻疹、西アフリカに派遣された宣教師を襲ったマラリア。
人が新しい地に移動すれば病原体もともに移動し、(敵対的であれ友好的であれ)地域間の交通が増せば、その土地に以前は見られなかった感染症が現れる。
感染症の病原体は得てして、宿主のシステムを利用するフリーライダーである。宿主を滅ぼそうとしているというよりは、自らの増殖のために、宿主のものを「拝借」する。都合がよければ、そこで増え、また次の宿主へと移動していく。
それが時として、宿主には不快であったり、不都合をもたらしたりする。
人のいるところ、感染症がまったくなくなることはおそらくなく、人と人との交流が重要である文明社会には、ある意味、感染症はつきものである。
感染症の一因であるウイルスの場合、往々にして動物を宿主としていたものが変異して大きな流行をもたらす。
元々は動物を宿主としていたウイルスがヒトに蔓延するまでにはいくつかの適応段階を経ると考えられる。最初は動物からヒトへの偶発的な感染の段階で、ヒトからヒトに移ることはない。次の段階ではヒト間の感染がおこるが、効率が低く、流行は長続きしない。さらにヒトへの適応が進むと、定期的な流行を引き起こすようになる。さらにはヒトの中でしか存在できないようになり、最終的にはヒトからも消えていく。
現存するウイルスはこうした適応段階のどこかにあり、つまりはウイルス自身も変わり続けている。
こうした話に加えて、開発によってもたらされたオンコセルカ症、結核がハンセン病を抑制した可能性といったトピックなども興味深い。
感染症の歴史を見ていくと、流行する疾患も時代によって移り変わり、流行の大きさにも波があることが見えてくる。生活環境や気候条件、衛生状態、さまざまなものによって影響を受ける。
好むと好まざるとにかかわらず、古くから感染症と文明は切っても切れない間柄にあった。
時には大流行で多数の犠牲をもたらすこともあるが、病原体も宿主がいなければ途絶えてしまうわけで、宿主に非常に大きな打撃を与えることは、長い目で見れば病原体にとっても好ましいことではない。「そこそこ」のところに落ち着くのが彼らにとってもよいはずである。そうして宿主の中に残っていく病原体は宿主の環境適応性によい影響を与える可能性もあるという。
環境は移り変わるものである。ある1つの環境にあまりにも適応しすぎてしまえば、環境が変わったときに対処ができなくなる。ある程度の振れ幅を許容できることが種の存続のカギとなるのかもしれない。
一方で、病原体を根絶してしまえば、その病原体と闘うために有利であった遺伝子等もやがてはなくしてしまうだろう。
つまりはすべての病原体を根絶やしにすることを目指すよりも、「共生」していく道を探るべきではないかというのが著者の主張である。
だが、共生にはコストがかかる。
著者は言う。
共生とは、理想的な適応ではなく、決して心地よいとはいえない妥協の産物なのかもしれない
感染症には致死性のものも少なくない。共生にいたるまでに失われる命もある。
目の前の感染症と闘いながら、クリアカットには解決しない、感染症とともに生きる道を探っていかねばならないのだろうか。 -
2022年の1冊目。
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新型コロナ絡みで一時期話題になっていたので読んでみた。情報の少ない新型コロナを本書にあげられた感染症と比較するべきではないが、視野が広がった気がする。
人の移動を伴う文明の伝播に、地理的な制約と同等かそれ以上に生物学的障壁が大きかったというのはこれまで意識したことがなかったので勉強になった。
人類も他の動物もウイルスも適者生存していく以上、不利益も享受するしかないと思うが、それを一個人として受け入れることは、目に見える自然災害への対応以上の困難を伴いそう。 -
本書は、国際保健学・熱帯感染症学を専門とする1964年生まれの医学博士が2011年に刊行した、人類と感染症との関係を全球的・歴史的に俯瞰し、共生のあり方とその方途を説く本。記述は平易で構成もまとまっており読みやすいが、稀に専門用語が注釈なしに出てくる。生態学や医学史、公衆衛生など話題が幅広い。
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中々考えさせられる内容であった。結局イタチごっこに近い面があり、本当の意味での感染症に人類が勝利することはないのかもしれない。
ただ、多くの地域で寿命が延びているのも事実だし、根絶された感染症もある。本書を読むまで、なんとなく人類は病に対して勝利を収めつつあるのかと思っていたが、そんなに単純なものでもないのを初めて知った。 -
【学内から】
https://kinoden.kinokuniya.co.jp/kyorinlib/bookdetail/p/KP00048168
【学外からリモートアクセス】
https://sfx3.usaco.co.jp/kul?url_ver=Z39.88-2004&url_ctx_fmt=infofi/fmt:kev:mtx:ctx&ctx_enc=info:ofi/enc:UTF-8&ctx_ver=Z39.88-2004&rfr_id=info:sid/sfxit.com:azbook&sfx.ignore_date_threshold=1&rft.object_id=4920000000638564 -
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2021. 青山学院大学 地球社会共生学部 地球社会共生学科 小論文
2021. 金沢医科大学 医学部 医学科 小論文
2021. 県立広島大学 生物資源科学部 生命環境学科/保健福祉学部 保健福祉学科 人間福祉学コース 地域創成学部 地域創成学科
2021. 神戸市看護大学 看護学部 看護学科
2021. 福岡大学 医学部 医学科
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2021. 青山学院大学 地球社会共生学部 地球社会共生学科 小論文
2021. 金沢医科大学 医学部 医学科 小論文
2021. 県立広島大学 生物資源科学部 生命環境学科/保健福祉学部 保健福祉学科 人間福祉学コース 地域創成学部 地域創成学科
2021. 神戸市看護大学 看護学部 看護学科
2021. 福岡大学 医学部 医学科
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493-Y
小論文・進路コーナー -
人間の営みと感染症との関係が丁寧に論じられていて、示唆に富む文章が散りばめられている。
この本の出版が2011年の震災後で、その10年後の今「コロナに打ち克つ」と言っている。それはもしかしたら近視眼的なものでしかなく、「共生」の道を早く歩き出さないと、大惨禍を保全していくことになりかねないのではないか。 -
タイトル通り、感染症と文明の関係を説く1冊。文明史か疫学か、いずれかの知識がある程度ないと難解なところが多いと思う…多少歴史知識がある程度では太刀打ちできなかった。とはいえ、人間が社会生活を送るということが即ち感染症と隣り合わせであるということ、人間社会の変化と共に感染症も姿を変えることは理解できた。2011年の本なので、現状に対する提言がある訳ではないが、社会の在り方を見直すことが本質的な感染症対策には必要であろうと改めて思った。
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人類の歴史は感染症との戦いの歴史である。
その割には、現在の我々は科学・技術がこんなにも発展したにも関わらず、その備えができていないのではないか。
その戦いに勝つことが、必ずしも正解ではないとあるが、今、余りにも多くの人命を失い、余りにも不自由を強いる、この状況も正解ではないことは、明らかである。 -
感染症は歴史を変える
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感染症が出現したのは、人類が農耕を始めたからだとの解説(p37)は非常に納得できるものだ.人類がある程度の規模で共同生活するようになり、感染症が蔓延する舞台ができたことになる.今回の新型コロナウイルスについても、本書にあるような対処の技術が生かされて行くものと期待している.最終的には集団感染の状況が出現するまで、小規模の感染は避けられないと思っている.
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