古代国家はいつ成立したか (岩波新書)

著者 : 都出比呂志
  • 岩波書店 (2011年8月20日発売)
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  • Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004313250

作品紹介・あらすじ

日本列島に「国家」はいつ成立したのか。それを解き明かす一つの鍵が考古学の成果にある。集落の構造、住居間の格差、富を蓄えた倉庫の様子など、社会構造の変遷を追っていったとき、邪馬台国は国家なのか、倭の五王の頃はどうか、あるいは七世紀以降の律令体制を待つのか…。諸外国の集落との比較も交え、わかりやすく語る。

古代国家はいつ成立したか (岩波新書)の感想・レビュー・書評

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  • 著者は考古学者で古墳時代のオーソリティ。自分の学生時代の頃は気鋭の研究者として知られていたが、あとがきによると、現在はリハビリ療養生活を送っておられるとは!歳月を感じさせられる。本書は一般向け新書ということだが、著者の総まとめ的な著作のようでもある。
    去年、テレビで第1回古代歴史文化賞の大賞を受賞されたニュースを観て手に取ったが、思った以上に一般向けらしい著作になっていて、実は少し拍子抜けしてしまった。加えて、初心者にも配慮し過ぎているためか、あまりにも論理の積み上げを飛ばしている部分や各研究者の学説紹介を網羅的に終始している箇所が散見され、論理として逆にわかりづらくなってしまった説明も時折みられる。
    弥生時代から説き起こし、日本において国家がいつ形成されたのかという主題について、結論からいえば著者は、六世紀の律令国家成立をもって成熟国家形成と位置づけるが、エンゲルスのいう氏族社会から国家への過程を踏まえた上で、クラッセンの「初期国家」概念をその中間に持ち込み、三世紀の古墳時代をその初期国家成立とする。ただ、前近代における国家概念としての「国家」や「初期国家」を措定することはともかくとして、その概念の設定する指標は主に制度面の確立を重視しているきらいがあり、考古学的成果のみでは割とその量的・質的達成度については曖昧なのではないかと思える。あえて「初期国家」という概念を持ち込み画期を設けることは、学説的な意味づけとして評価はするが、本来は段階的なものであり、「世界的基準」の「縦割り区分」という手法には注意を払うべきであろう。また、出土品から類推する制度確立度判定を重視するあまり、王権論が不十分なままの国家論の説明に陥っていないだろうか。考古学の成果を踏まえた歴史像もここまで来たか!と思う反面、若干の考古学的資料しか得られない現段階では、あくまでも試論の一つとして慎重に議論すべきとも思う。
    「苦言」が先行してしまったが本書全体を通じてみれば、吉野ヶ里遺跡にみる環濠集落の位置付けや、邪馬台国にみる首長連合体制、前方後円墳を建造できるほどに弥生時代とは明らかに異なる中央権力の誕生と、前方後方墳勢力との緩やかな連合、出土鏡の分布からみる権力主体の変遷など、著者の描くダイナミックな古代日本の「成立」過程はとてもスリリングであった。そして、巨大古墳の時代、東アジア政治構図の変動を見据えながら、倭の五王の勢力展開、とりわけ倭王武=ワカタケル=雄略大王の権力集中体制や、その後の継体大王にみる首長連合の巻き返しなど、歴史の振れ幅の描いた論述もとても興味深い。割とオーソドックスな立論と思えるのは、定説の本流を継承しているとともに、これ以上、新たな史料・資料が出ない限り、他に言いようがないためもあるのでしょうね。一方で、近年の考古学上の成果にみる、一般農民の住居や首長居館の復元などは、自分のもつ古墳時代の社会イメージを覆すほどにとても面白いものであった。
    本書は近年の考古学成果も取り込みながら、これまでの文献史学の視点、東アジア的展開の視点を上手く組み込んで、これまでの著者の学説をわかりやすくまとめてあり、お手軽に近年の研究動向を知る上でも興味が尽きないまま読了できたと思う。

  • 詳しくて良い。専門書ではなく一般人が読める形であるにもかかわらず、ボリュームが程よい。冗長な文も全くない。一文一文が新しいので読んでて楽しい。
    著者の豊富な学識による過去の推理は見事と言うしかない。メモが多くて大変。

  • 邪馬台国はやはり畿内なのかな。

  • 2011年刊。著者は大阪大学名誉教授。本書は、弥生後期を日本の初期国家形成の端緒とし、その実態を主に考古学的知見から解読。国家や都市の定義は多様で、定義次第の感は残るが、当時の勢力関係の解析は納得しやすい。自説に影響を齎した他者の見解も名前明記で言及する点は好印象。ところで「疑わしきことは自国に有利に」「ほんとにやった悪いことはなおさら自国に有利に」と、歴史研究者を名乗る人物が表紙に臆面もなく書き散らした書を見るにつけ、本書あとがきの「考古学は実証の上に立つ」との言が実に清々しく見える。
    邪馬台国論を含め、それほど新奇な見解は開陳されていないが、若手の研究者の成果(例えば三角縁神獣鏡の製作地につき、西晋説の復権もあるという)も指摘している。雄略朝期の全国規模の墓制・墓地選定で首長系譜の変動が生じている点、継体朝も首長系譜の変動(ただし、雄略朝前の主張の復権らしき事態も想定可能)の点も同様か。

  • 考古学と文献史学から見た古代国家概観。
    邪馬台国の成立前に日本国内に騒乱があったことを考古学の観点からも述べている点に感心した。

  • 邪馬台国については畿内説をとっており、その前提での話の展開になるが、各地の古墳形式の年代や出土品などをもとに考証し、憶測が突っ走ってないので、信頼を置いて読める本だと感じた。

  • 読了。

  • たいへん刺激に富んだ本だった。最近は新書も図書館で借りる事が多かったのだが、これは一目惚れで購入した。私の目の確かさを褒めてあげたい。借りていたならば、付箋紙だらけになって、結局もう一度本屋に走らなければならなかった処であった。

    学んだことを書こうとしたならば字数制限を超えるので、著者の問題意識のみをメモしておく。

    著者が国家について考え始めたのは、戦中子供時代の空襲体験と戦後苦労した母親の「国は信用ならない、日の丸は見るのもいや」という言葉だったらしい。考古学少年だった都出さんは、しかし当時の考古学学会が皇国史観を内部で反省していなかったことで、その道に進むことに躊躇する。考古学への道を決定つけたのは小林行雄「古墳の発生の歴史的意義」(1955)だという。また、近藤義郎「戦後日本考古学の反省と課題」(1964)である。私は考古学の性格から言えば戦後の最初から神話から自由だったと思っていたので、都出の学生時代の思いは意外だった。

    最初ケンゲルスの「国家・私有財産・国家の起源」を参考に氏族社会から国家への道筋を考えていた都出は、日本に当てはめることの難しさを感じていた。そこで、クラッセンの初期国家という概念に出会う。古墳時代を初期国家と位置づければ、弥生時代、古墳時代、律令国家をうまくつなげることが出来ると思ったのである。

    国家は多くの人を組織して社会を動かしてゆく営みなので、土地の分配、税、生産、経済、文化、共通の思想など多面に渡る複雑な仕組みを要求する。それは一朝一夕に出来ることではなく、弥生時代からの試行錯誤があったことは確かだろう。最近の発掘成果はそれを次第と明らかにしつつあるという。弥生終末期には、そのほとんどの萌芽があったという指摘により、私は様々な空想を広げることが出来た。

    現在、グローバル化が進み、国家の垣根は非常に低くなっている。「(ひと昔前には)考えもしなかった大きな変化が私たち自身に起きています」と著者は云う。そういう時だからこそ、初期国家を構想して未来を見据えた弥生のパイオニアたちのことを、私はもっと考えて行きたい。

  • この時代の話を最近、見ていなかったので、国家の成立過程について大変、勉強になった。
    考古学の魅力を味わわせてくれる。

  • (欲しい!/新書)

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