重い障害を生きるということ (岩波新書)

著者 : 高谷清
  • 岩波書店 (2011年10月21日発売)
3.94
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  • Amazon.co.jp ・本 (208ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004313359

作品紹介

曲がった手足は意志とは無関係に緊張し、呼吸も思うにまかせない。はっきりした意識もないかに見える-こうした心身に重い障害のある人たちは、世界をどう感じているのか。生きがいや喜びは何か。長年、重症心身障害児施設に勤務する医師が、この人たちの日常を細やかに捉え、人が生きるということ、その生を保障する社会について語る。

重い障害を生きるということ (岩波新書)の感想・レビュー・書評

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  • とても優しい視点を感じる本。
    ただ優しいだけではなくて息を飲むような重い障害に、毅然と対処しようとする優しさ。

    重障害を抱え、自らの身体能力ではただ生存することさえ難しい人たち。神経や筋肉が発達しないために動くことはおろか姿勢を保持することもできず、呼吸をすることですら体力を消耗する。思考や感覚が朧ろで外界を捉えられず、すべての刺激に混乱と恐怖をきたす。
    そういう人たちにとって、生きているとはどういうことなのか。彼らを生かしているとはどういうことなのかを静かに、真摯に考えている。

    障害とは、人類が脈々と子孫を残し進化したりしなかったり無数の取捨選択の上での試作品なのだ、と著者は言っています。すでに彼らは闘って、何らかの痕を遺してきたのだと。
    この考えがこの本の目玉だと思う。
    これを読んで泣きそうになりました。

    著者は世界を捉えられない人でも、太陽のしたで開く花のような原始的な気持ち良さを感じることはできる。その反応はとても細やかで、いつもは強ばっている筋肉が僅かに和らいでいるというような反応かもしれないけれど、それを与えてあげられるように思いやるのが重障害者への介護ということだと言います。

    もしも私に障害があったらこの先生のもとで勇気をもらいたい。
    もしも身近に障害を持つ人がいたらこの人のように接したいです。

    ちょっと整理しきれていないけれど、これが感想。

  •  第3章では、日本における「重症心身障害児施設」ができるまでの歴史的な経緯が記述されており、大変参考になった。

  • 重症心身障害児について、どういう状態なのか、制度などがどのように変わってきたのかが述べられている。
    広く概観されているが、著者自身のかかわりも丁寧に組み込まれている。

    「快」という状態には言葉もなくてもいいし、それを目指せたら、それを感じ取れたら、本人もこちらも幸せな気持ちになれるのだろうと思った。
    時間はかかりそうだけど、こうやって世の中に出していくことは必要な内容だと思う。

  • 重症心身障害児者は寝たきりでこちらの問いかけにも反応を示さないので、ただ「生きているだけ」に見えるが、「生きているだけ」だからこそ、彼らが粗雑に扱われる社会はいのちが大切にされない社会。この考え方に心から同意した。我々は重症心身障害児者を見て「幸せなのだろうか」と思ってしまうが、その考え方自体がナンセンスであり我々の偏見を端的に示すと言って良いだろう。

  • 369.4

  • 前半の事例は興味深かったが、後半は理論ばかりで面白くなく、中止。

  • まずは、第一歩。あのような事件が起きた今、障がい者を本当に尊いと考える第一歩になりました。知らないということは恥ずかしい。逃げていてはダメ。命を考えさせられる本。

  • 前半は重度心身障害児がどのような「感じ方」をしているのかを多くの事例を基にして記述している。
    中でも保護者から離れることの不安や恐怖を入所から14時間で亡くなった事例を挙げながら説明している部分では、いのちの儚さと周囲のかかわりの重要性を感じた。
    後半は重度心身障害児施設を築き上げた、小林提樹、草間熊吉、糸賀一雄の生い立ちや施設が出来るまでのあらましを延べている。
    脳がなくても、周囲の働きかけによって「笑う」。
    多くのハウツーが出回る現在の特別支援教育に携わる物として、子どもと接する際の大切な視点を確認することができた。

  • 「分け隔てなく『快適に生きられる』社会をめざして」著者は医師として40年以上障害のある人々に接してきた。彼らが生きるということ、それを支える社会について思索を巡らせる。いまを当たり前に生きている私たちに「いのち」と向き合うきっかけを与えてくれる本。【中央館2F-東シラバス和 080/IW/R1335】

  •  重症心身障害児施設に勤務している医師によって執筆された、タイトル通り重い障害をもった子が生きるとはどういうことなのかを論じた本。
     ネットでこの本のレビューを見ると、某知事が物議を醸す発言をしたこととこの本の内容を結びつけ、知事を批判している方が多いが、私も正直なところ、本書に記されている子達の症状を読み始めたところ「知事がそう思ってしまうのも無理も無いのではないか」と感じていた。読み終えた今も、「命は大切な物」という倫理を分かってはいるのだが、これが正しいあり方なのか、自分がこのような子を授かったときにはどうするだろうかと、心のそこから納得できないでいる。
     とはいえ、患者とその家族と密接な繋がりである医師であるからこそ伝えられる言葉は、健常者が受ける医療にもつながるものがあり、大変ためになる。

     「障害のある人にとっては、医療というのは病気を治したり障害を軽くするために存在するのではなく、本人から生活を奪う存在になっているのではないか、ときには人権を侵害しているとの実感をもった(医師の心無い発言に傷ついた親、入院している病院の保母・患者の声を聞いた時の感情)」
     「人間の精神は、理由の分からない耐え難い不安と恐怖にさらされたとき、自らの身体を殺してしまうことによって、終息させることがああるという恐ろしくも尊い事実であった(入院してきた子が親から離されてから数時間で亡くなってしまったときを振り返り)」
     「移動のままならない重い身体障害のある人達は、過去の実際の経験。つまり「記憶の現在」が貧しく、現在を生きることの貧しさ、寂しさに繋がっているのではないかと考えるのである(臥床状態にある人は平面の二次元世界に存在しており、三次元で物事を捉えるということが難しい。また、同時に時間の経過を感じにくく、思い出も少ないのではと推測した際に)」

     意識がない、とされた子が医師や看護師との触れ合いを通して「表情」を見せるようになったり、頻繁にお見舞いに来れない父親が来たときは少し身体を強ばらせるなど、「快適な環境をつくることと人とのふれあい」が施される側と施す側のお互いに生きやすい社会を作っていける、という趣旨の文章を最終章に載せている。三人の偉大な人物の創った施設で、今日も慌ただしくも穏やかな時間が流れているのだろうか。


    自分用キーワード
    びわこ学園 抱きしめてBIWAKO(重症心身障害児施設の新築移転費用を調達するために行われた運動) 障害焼け跡論(医療は火事の最中のような「病気」に対しては出動して病気を治そうとするが、燃え尽きて「障害」になったら出動しないのではないか、という考え) 点頭てんかん コーヒー残渣様嘔吐 後弓反張(筋肉が緊張し弓なりの姿勢になること) シーシュポス 水頭無脳症 カクテルパーティー効果 グラスゴー・コーマ・スケール 閉じ込め症候群 滑脳症 誤嚥性肺炎 小林提樹(島田療育園の創設者の一人) 草野熊吉(秋津療育園の創設者) 糸賀一雄(びわこ学園の創設者) 大島の分類(大島一良という人物が作成した重症心身障害の分類表) 不随意運動(アテトーゼ、ヒョレア、ジストニアなど) ノーマライゼーション(デンマークのバンク・ミッケルセンが提唱) 水蛭子 

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