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Amazon.co.jp ・本 (240ページ) / ISBN・EAN: 9784004313649
みんなの感想まとめ
マヤ文明の奥深い世界を探求する本書は、古代の神秘を解き明かし、文明の盛衰を鮮やかに描き出します。著者は、ジャングルにそびえる神殿ピラミッドや石碑、交易に用いられた黒曜石など、マヤの歴史的遺産を通じて、...
感想・レビュー・書評
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著者、青山和夫さんは、ウィキペディアによると、次のような方です。
---引用開始
青山 和夫(あおやま かずお、1962年11月7日 ‐ )は、日本の考古学者、茨城大学教授。博士(人類学)(ピッツバーグ大学)。
---引用終了
で、本書の内容は、BOOKデータベースによると、次のとおり。
---引用開始
ジャングルにそびえ立つ神殿ピラミッド、広場に林立する石碑、交易に用いられた黒曜石…。マヤ文明は中米の密林に花ひらいた究極の石器文明だった。もはや謎と神秘のベールに包んで論じる時代ではない。マヤ文字は王の事績を語り、考古学は貴族や農民の生活を明らかにする。マヤ文明の実像を、気鋭の考古学者が熱く語る。
---引用終了
しして、AIによると、
「マヤ文明は、紀元前2000年頃から16世紀のスペイン人による征服まで、メソアメリカ地域で栄えた高度な文明です。」詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
マヤ文明の概略、特に最も興味のある文明の盛衰がコンパクトに整理されている。
マヤ地域では古期の紀元前1800年まで狩猟採集が主で、雨季と乾季に移住する生活を続けていた。先古典期中期の前1000年頃に大きな穂軸と穀粒のトウモロコシが生産され始め、トウモロコシ農耕を基盤とした定住生活が各地で定着した。
マヤ文明は石器を使い続け、鉄器は用いなかった。車輪の原理は知られていたが、大型の家畜がいなかったために荷車や犂は発達しなかった。「ピラミッド」はウィツと呼ばれる山信仰と関連する宗教施設だった。後世の王は、神殿ピラミッドをより大きく更新することによって王権を強化した。支配層に仕えた書記兼工芸家は、天体観測、工芸品の製作、戦争、行政などの複数の社会的役割を果たした。法律文は見つかっていない。
ティカルでは乾季に水が不足するため、建築物や地面を漆喰で舗装して貯水池がつくられた。コパンでは、5世紀に大規模な建設が行われたために森林が破壊され、7世紀頃から建造物の外壁は漆喰彫刻に代わってモザイク石彫で装飾されるようになった。マヤ低地南部の都市が衰退した直接的な要因として最も重要視されているのは、人口過剰、環境破壊、戦争。8世紀に人口がピークに達し、宅地や農地の拡張、薪採集によって森林が減少し、農耕によって疲弊した土地が広がった。しかし、王たちは自らの権威を正当化するために神殿ピラミッドを更新続けた。戦争が激化して王朝の権威が弱体化・失墜した証拠がある。
一方、マヤ低地北部では、マヤ低地南部の多くの都市が衰退した古典期末期(800〜1000年)に全盛期に達した。後古典期(1000年〜16世紀)には海上遠距離交換が発達し、商業活動が盛んになった。芸術や建築に代わって大量生産が行われるようになり、マヤ文明は16世紀にスペイン人が侵略するまで発展し続けた。
内陸の芸術や建築を中心とした文明から北部海岸部の海運交易による経済へと移行したと説明している点が興味深い。人口増加による環境破壊は外部との交易によって解決されてきた歴史を物語っているように思える。 -
マヤ文明に対する見方が良い意味で変わる本。マヤは間違いなく大文明の一つであることが分かります。マヤ時代の建物や文字についても書かれていて、相当高度な文明であったことが想像できます。
この本を読んでも思うのですが、都市を維持拡大していくのがいかに難しいか。その点も考えさせられました。 -
マヤ考古学者によるマヤ文明の解説書。主に古典期(前250年~1000年)のマヤ文明を中心に、都市王朝の歴史や文化、社会構成などを概説している。
本書は初学者にも理解できるように非常に分かり易く説明が行われている。各都市の歴史やその社会構造、農民や貴族階級の暮らしを考古資料に基づいて説明しており、マヤ文明の最新の学術的研究成果を知る事が出来る。著者自身の体験談も交えて語られるマヤ文明の姿は、所謂「マヤの終末預言ブーム」において世間一般に広く流布された「謎と神秘」に毒されていないもので、彼が語るように「世界六大文明」の一つにして「究極の石器文明」たる高度な文明の姿である。私自身、マヤ文明についての知識は皆無に等しかったので、本書は非常に参考になった。
「マヤ終末預言のXデー」も過ぎた今、真面目なマヤ文明理解をしたい方にお勧めの一冊。 -
面白かった。
もうちょっと細かい地図とか、カラー写真があると嬉しいな。特に彩色土器をカラーで見たかった。
最近まで、マヤもインカもアステカも、どこにあるんだかよく分かってなかったから、名前が出てきた遺跡を地図で確認しながら読んで、いくつかの遺跡が大体どこにあるか覚えた(と思う)。
文字も絵も独特のタッチで好きなので、そこら辺もっと詳しく知りたいな。 -
マヤ文明、謎多くどこかオカルトチックなところに惹かれました。
筆者は遺跡の調査や発掘作業に従事されてる方なので、かなり詳しく解析されております。
主に石器を使い、暦や数字に関する知識が長けた文明なのだと再認識出来ました。 -
読みやすく、マヤ文明の概要についてこの一冊でかなり理解することができる。
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2012-5-2
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新書文庫
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この本を読むまでマヤ文明に関する知識は殆どありませんでした。多くの人が誤解されていると、この本の著者が解説していますが、マヤ文明はアンデス文明と共に世界六大文明(私が習ったときは四大文明でしたが)を構成する一つだそうです。
今年(2012)の12月22日には、マヤ暦では最後の日であると一時期は終末論とともに論じられたことがありましたが、この世の終わりではないものの、一つの時代の区切りを示しているのかもしれません。
本日は日本では総選挙があり、多分政権が民主党から交代することになるでしょう。来年からは日本もこれまでとは異なった顔を見せていくのかもしれません。そんなことを、この本を読みながら感じました。
以下は気になったポイントです。
・本書は、マヤ文明を築いた人々の活き活きとした生活や世界観を描き出して、マヤ文明の実像を紹介する最新の入門書である(はじめにp3)
・翡翠(ひすい)は緑色の硬い玉であり、メソアメリカでは、グアテマラ高地だけで産出、マヤ人にとって、緑と青は世界の中心の神聖な色であった、緑と青を区別しなかったのは日本人の「青信号」と似ている(p9)
・世界七大陸のうち、人類が最後に到達したのがアメリカ大陸、コロンブス以前のアメリカ大陸は、1万年以上にわたってモンゴロイドの大陸であった(p11)
・アステカ王国と南米インカ帝国は、マヤ文明(前1000-16世紀)よりもずっと後、スペイン人が侵略した16世紀の直前に発展した(p13)
・コロンブスによるアメリカ大陸の発見は、世界の食文化革命をもたらした、トウモロコシ、トマト、カボチャ、トウガラシ、ジャガイモ、サツマイモ、インゲンマメ、カカオ、バニラ、たばこ、ゴム等、世界の作物の6割はアメリカ大陸原産(p15)
・マヤ文明は9世紀に突如消滅した謎の文明と誤解されるが、スペイン人が16世紀に侵略するまで盛衰を繰り返しながら発展した(p16)
・マヤ人は20進法を使っていた、手足両方の指で数を数えたから(p22)
・マヤの支配層は、365日暦、260日暦をはじめ、さまざまな暦を複雑に組み合わせた。小数を使わずに、149月齢が4400日という太陰暦に関する等式を編み出した、金星の5会合周期と365日暦の8年と同じであることも発見した(p23)
・マヤ地域では、多様な諸王国が、遠距離交換ネットワークを通して様々な文化要素を共有したので、一つの文明にくくれる(p25)
・マヤの東西南北の色は、それぞれ、赤・黒・黄・白、これは4種類のトウモロコシの色と同じ(p26)
・260日暦は、13の数字と20個の日の名前を組み合わせた、365日暦はひと月が20日の日が18と、最後に5日だけの短い月がついた、閏年がない365日の1年が52回の周期で循環、つまり260日暦と365日暦の組み合わせは、現代暦で、52年(260と365の最小公倍数)で一巡した(p35)
・マヤ文明のいかなる碑文にも、2012年の世界の終末は記されていない(p36)
・文字の読み書きは、日本の平安時代と同様に、王族・貴族の男女の秘儀であった(p43)
・トウモロコシは、麦、稲と共に、世界三大穀物を構成する、トウモロコシは100-200粒、小麦は4-7粒しか収穫できなかった(p125)
・農耕革命が起こらなかったのは、トウモロコシの栽培化と、ゆっくりとした品種改良にある(p128)
・四大文明では、船の通れる大河川流域で大規模な灌漑農業が発達したが、マヤ文明の集約農業では、主として中小河川、低湿地を利用して灌漑農業、段々畑、家庭菜園等があった(p142)
・マヤ低地北部では、南部の多くの都市が衰退した古典期終末期(800-1000)に全盛期に達した、南部は8~10世紀にかけて衰退した(p189)
・マヤ文明の諸都市は、スペイン人によって破壊された、スペイン人や旧大陸の家畜が持ち込んだ天然痘、はしか、チフス、インフルエンザ等の新しい病気が免疫力のない先住民の間で大流行した(p200)
2012年12月16日作成 -
所在:展示架
資料ID:11200087
請求記号:256.03||A58||1364 -
私が今まで思い描いてきた世界史観を良い具合に崩してくれた本です。マヤ文明が栄えた当時の人々の生活に関する研究が丁寧に紹介されていて、感心しながら読んでいました。
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新着図書コーナー展示は、2週間です。
通常の配架場所は、1階文庫本コーナー 請求記号:256.03//A58 -
マヤの暦でいえば今年、2012年で終わりですね。痛くなければいい
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マヤ文明と言えば2012年に流行った終末予言とか、インディジョーンズで有名なクリスタルスカルなど、謎めいたことばかり語られることが多く、かつて栄え、今は滅んだ謎の文明のように思われている。
終末予言に関して言えば、マヤの暦は西洋的な直線的時間観ではなく、循環暦なので、様々な周期が複雑に組み合わさっているため、ある周期ではひとつの区切りになっていても、別の周期では区切りでもなんでもないということがある。そもそも2012年に世界が終るなんてマヤの暦のどこにもないらしい。ただのガセネタというの去年証明済だ。
クリスタルスカルについても、スミソニアン博物館での電子顕微鏡での検査で、ダイヤモンドで研磨されたことがわかっているし、つくられたのはおそらく19世紀のドイツということまでわかっている。別に古代人が未知の技術で作ったわけではない。
そして最大の勘違いは、マヤ文明は滅んだ、ということだ。
確かにピラミッドなどの巨大神殿をつくった王朝文化は廃れて無くなった。でも別にマヤ人が消滅したわけではない。マヤの文化は現代でも、変容を続けながら子孫たちに受け継がれている。メキシコなどでは混血が進んでしまったが、マヤ遺跡が数多く存在するグアテマラなどは人口の過半数はいまだにマヤ人だ。
ピラミッドや神殿などの宗教施設は、権力者にとっては必要なものだった。王の神秘性を信じ、加護が期待できた時は臣民も頑張って神殿でもピラミッドでも造った。だが、天変地異や他国との戦争に負けたりして神秘性が疑われることが続くと、誰もそんなもの造ろうとしなくなる。そして、こんな王のもとでは暮らしていけない、といってその都市を棄てて別天地へと去ってしまう。
マヤの遺跡でも特に有名なパレンケやウシュマル、チチェンイッツアなどの巨大建築はスペイン人に侵略される前からすでに廃墟となっていたことがわかっている。
しかし、マヤ文明がスペイン人の侵略によって滅んだと考えている人は多い。それは同じく巨大石造建築で有名なインカ帝国やアステカ帝国と混同しているからだ。チチェンイッツアに関しては、マヤの様式と、アステカ文明の影響を受けた様式が近接した土地で並び建っているから、なおのこと混同しやすい。
アステカやインカと違ってマヤは巨大な統一国家というものがなかった。諸王国の乱立だった。だからスペイン人側からすると征服は困難を極めた。アステカやインカでは皇帝の首を獲ればよかったが、マヤの場合は一筋縄ではいかなかった。密林の奥地に生活基盤を構えるマヤ人たちの最後の都市タヤサルがスペイン人に征服されたのは、コロンブスの新大陸「発見」から数えて実に200年以上経った1697年だった。それまでにスペイン人の持ち込んだ天然痘になどの疫病によって、マヤ人は激減していたため、これ以降、組織立っての抵抗はなくなった。しかしマヤ人たちは植民地社会の最底辺に置かれ、服従と搾取を強いられながらも、マヤ人としてのアイデンティティは失わなかった。
マヤ文明に関する研究は、最近とくに進んでいるような気がする。
20年前にはスタンダードだった本も、今では事実と違うし、謎が謎でなくなってきている。180度変わっていることもある。
最新の教科書的な本として、お薦めしたい。 -
もう少し 2012/05/28
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商業主義的メディアからしか入らない「神秘」のマヤ文明情報。
ちゃんとした学者さんから、ちゃんとした情報は一度は入れておきたい。
・・・・と思わせてくれる著書です。
スペインに対しては、客観視を忘れてしまう「憎っき・・・」という印象もありますが、本当に、振興の西洋人は、モンゴロイドの世界制覇をぐちゃぐちゃにしてしまいましたよね。
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