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Amazon.co.jp ・本 (240ページ) / ISBN・EAN: 9784004313892
みんなの感想まとめ
古典を通じて知識と思考力を深めることがテーマの本書は、著者の提案する音読を取り入れた学習法によって、明快でリズミカルな文章が特徴です。読者は、古典を読む楽しさや学ぶことの面白さを実感しながら、精神のバ...
感想・レビュー・書評
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齋藤先生流・古典のススメ。
ご自身の提唱する学習法に音読を取り入れているからなのか、文章も簡潔・明快・リズミカル。
そして情報量が凄い。読むだけで賢くなれそう。
知るって、楽しい。
学ぶって、面白い。
わかりやすく楽しい語り口が、お勉強へのモチベーションを上げてくれる。
それにしても、『カラマーゾフの兄弟』って、そんなに凄い作品なのか。齋藤先生いわく「これぞ最高峰の総合小説。これを読まずして文学を、いや人間を語るなかれ。」。
ロシア文学って、とにかく長くて、暗くて、難しいイメージなので(超偏見)生きてるうちにトライしたいとは思っているんだけど…。
日本の古典では、福沢諭吉の自伝が面白そうだった。人柄が感じられるカラッとして爽やかな文章らしい。なんでも手塚治虫のご先祖と関わりがあったとか。へぇへぇへぇ(トリビア)(←古い) -
『学術書を読む』(鈴木哲也/著、京都大学学術出版会)で紹介されていて、読んでみようと思っていた本。
これからの世界を生きていくためには、精神のバランスが必要。
時を超えて読み継がれてきた古典を読むことで、その足場を形成することができる。
自分にとっての古典、すなわち「マイ古典」を増やしながら、骨太な思考力を、知性を育もう、という齋藤先生からの提案です。
第1章では古典を読むためのコツ、第2章では渋沢栄一やゲーテなどの、古典を読み、実際に活用した先人のワザを紹介しています。
ここまでで本書の3分の1ぐらい。
残りの3分の2は第3章の名著50選+おまけのプラス50選に割かれていて、マイ古典を探すためのガイドになっています。
なお、日本近代文学はあまりに名作が多いため選定外とのこと。
齋藤先生の本も、読むたびに読書したい欲が高まります。
いつか読もう、ではなかなか読まない性質なので、意識的に古典を読んでいかねばな、と思いながら読了。 -
もっと古典が読みたい。もっと本を読む時間がほしい。引用力を身につけたい。もっと本屋に行きたい。もっと本を置く場所が欲しい。50選の中で読んだことのある本。「カラマーゾフの兄弟」「変身」「武士道」「夜と霧」。持っているが読み切っていない本。「種の起源」「聖書」「古事記」「ギリシア・ローマ神話」「悲しき熱帯」「死に至る病」。買ってでも読みたい本。「百年の孤独」「ファウスト」「罪と罰」「赤と黒」「監獄の誕生」「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」。いま、買ったのにあるいは図書館のリサイクル市でもらってきたのに読んでいない本をベッド横の本棚に並べている。50冊以上にもなる。どんどん読み進めたいけれど、読むのが遅い。さらに、新刊を月に2、3冊は買ってしまう。そちらに先に手が出てしまう。結局いつまでたっても、ベッドサイドの本棚は空にならない。私にとっての古典は何だろうか、と思って本棚を探してみた。そうしたら、「プロテスタンティズムの・・・」があった。危うく、もう1冊買うところだった。さらに、「武士道」も持っていた。結局読んだのは新訳。そしてマイ古典ベストはたぶん梅棹忠夫著「文明の生態史観」だろうか。それとも、朝永振一郎著「物理学とは何だろうか」。はたまた、ハイゼンベルグ著「部分と全体」。いや安部公房?夏目漱石?
その後、読んだのは「罪と罰」だけか。「アンナ・カレーニナ」は読んだけど、この本に出てるとしたら「戦争と平和」かな? -
古典を身に付けることの良いところと、実際の古典の紹介の本。
不覚にも「引用なくして読書無し。頻用力なくして古典力なし」の文に痺れてしまいました。
紹介されている本を見る限り、あまりちゃんと古典を読んでこなかったなーと反省。これでも中学高校時代は岩波文庫や新潮文庫の名著と言われるものを色々買って読んでいたつもりだったけど、私のレベルはまだまだだったんだなーと自覚。 -
古典力=名著を日々の生活や思考に活かす力。と定義して、
①何故古典力が必要なのか
②古典を読み解くにはどうすれば良いのか
③具体的にどんな古典を読めば良いのか(概説付き)
を論じた本。
多様な価値観を理解し受容するには、古典の読書を通じて知性・思考力を磨くべきだという見解に、改めて古典作品を読み進めようとするモチベーションが高まったと同時に、その必要性を再認識した。
古典の要点や歴史的意義を簡潔に纏めた解説書てしても使えるので、それだけでも読む価値はあるかと。
大学入学時に読んでおきたかったと思える一冊になった。 -
前半では、著者のこれまでの本に書かれているようなことが書かれているので、真新しさは感じない。
後半のタイトルは聞いたことがあるけれども読んだことはない、そんな本を一気に紹介してくれる部分は圧巻で、ここだけでも読む価値アリ!著者の好みもあるのだろうが、それにしても範囲が多岐にわたっていて面白い。古文ではなく、古典なので、世界中の名作が紹介されているのが良い。
個人的には、枕草子の紹介文がウケた。 -
古典を読みます
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古典を読むと意気込んで買ってはみるものの、ついに挫折してしまう。こういったことを幾度となく経験した。
本書は古典を読み、「マイ古典」とすることで日々の生活や思考に活かしていくことができるとする。
古典を読むための十カ条として、
①一通り知識を事前に得る。
②引用力を磨く。
③さかのぼり読み-古典の影響を読み取る。
④パラパラ断片読み-全部を読もうとしない。
⑤我田引水読み-自分の経験に引きつける。
⑥つかり読み-作品世界にどっぷりつかる。
⑦クライマックス読み。
⑧演劇的音読。
⑨バランス読み。
⑩マイ古典の森をつくる。
が示されている。
今後は十カ条を活用して、古典に親しんでいこうと思う。本書は古典アレルギーを取り除いてくれる一冊だろう。 -
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本や巡りが好きな私。
新刊書を初め、たくさんの本に囲まれて、おもしろいと感じる本がたくさんある中で、はたしてこれだけの書の中で今後数十年と読み継がれる本はどれだけあるんだろう。
そう感じ、これまで読み継がれている書にはどんな力があるのだろう、と考えたことからこの書を読もうと思いました。
「古典」と呼ばれる書の持つ力、それを読む意味について語られた本。
古典について、著者自身の持論、渋沢栄一など先人が実感した古典の意義、著者自身が薦める古典の概要、という3章構成。
第3章の「マイ古典にしたい名著50選」はとても親切。
この書を読んで古典に触れる意欲が高まったのなら、教養力大幅アップ間違いなし。 -
古典の名作とされるいくつかの作品に対して、齋藤さんの解釈も織り交ぜながら紹介していた。とっつきにくい古典に興味を持つきっかけとなった。感謝感謝
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紹介された名作たちを読んでみたい。
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なんとしても、引用したい文を見つけようと思って読むと読む際の積極性が格段に高まる
論理と言うより感覚で選ぶ方が、自分自身にとっても気づきのある感想文となりやすい。なぜこのバラバラに見える。3つの文を自分は選んだのだろうかと自分の内側を探っていくと感想は深まる。
引用なくして読書なし 引用力なくして、古典力なし
古典は孤立した峰ではない影響力があるからこそ、古典とされる。古典は川の源泉だ。支流から遡れば、古典に行き着く、古典に行き着くルートはあちらこちらにある。
神は細部に宿る
まずは断片断片を身につまされる形で知るそこから始めるべきであります
自分で考えて行くために本を読むと言う場合、少なくともさしあたって断片が直接自分にどう突き刺さってくるかが問題であります
全体の筋に気を取られるよりもその中のどれか一句でもいいからとにかく自分と出会うというか自分に突き刺さってくる章句をまずは自分で発見すること。これが一番肝要です。つまり個々の断片を全体につなぐ前に、むしろ全体からある断片を取り出して、その断片を自分につなぐ。
気づきは、なんとなく生まれるものではなく、惹きつける課題意識が反復によって心の習慣となり生まれるものだ。まずはとにかく1つでも自分の経験と結びつけると言う強い思いを持って古典を開く。
古典の文脈を客観的に把握しつつ、自分の経験や主観を絡める、このバランス感覚が古典の読みでは必要であり、また、古典によってこのバランス感覚が鍛えられる
近代的なロマンティックなものは、主観的方法によって作られ、古代的なクラシックなものは、客観的手法によって作られると言う考え方がゲーテにはある
形だけの謙虚さは自己保身であることが多い。本当に偉大な物を知るものこそ、本当の意味での謙虚さを身に付けることができる。表面上、謙虚なものの、言い方をするかどうかは問題ではない。古典力は、神の謙虚さを教え、その分同時代人に対する恐れや引け目を減らし、意欲の持続を助ける、また、自らの独創的才能の涸渇に怯えることもなくなる。
古典の良さは、偉大な精神の空気をそこから吸い込むことにある。その新たな息吹きでなす事は、古典の模倣とは限らない。自己を限定する技術は、懐の深い古典との出会いを通して磨かれる古典を鏡として自分には何ができるのだろうかと自問することで、自分の道が見えてくる。
自己発見のプロセスが、古典力の醍醐味である。 -
教養とはこういうことだ。斉藤先生の言葉は本当に強くて優しい。
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「古典力」は「教養がある」と比例関係にあると思う。
そういう意味でも、たくさん読みたいのだがなかなか続かない。挫折しそうになると、この斎藤先生の一言一言を読み返し、「読み切ってやるぞ!」という意気込みをまた復活させるのである。ありがたい本だ。 -
齋藤孝さんは明治大学文学部教授。この本では「古典力」を身につけることがなぜ必要かを説き、”齋藤流マイ古典50選”を紹介しています。
[塩見図書館長] -
斎藤流の古典ガイド。「クライマックス読み」、「さかのぼり読み」、「我田引水読み」等の具体的な方法を十条に分けアドバイスしている。この部分では、自分でも出来るかなと希望を持つが、次の具体的な古典50選(おまけのプラス50選も)のガイド部分になると暗い気持ちになってくる。カラマゾフ、源氏、千夜一夜等の超難物が並ぶのを見るとやはりねと段々気持ちが萎えてくる。結局、古典制覇への意欲は、読む前とあまり変わらないというのが正直な読後感である。
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斎藤孝先生の本は、いつも背中を押してくれる本が多い。
インターネットをはじめとする情報環境の激変は、世界中の知、情報にアクセスすることを容易にした。だが、膨大な情報の海に飲み込まれて、自分の立ち居地が分からなくなっていることが、実は多いのではないか。トラフィック量が膨大となった流れの中にいることで満足して、考えなくなっていることに原因がある。要は、「足場」が必要なのだ。「心の重心」を保つことが大切なのだ。長い時間に晒されてきた古典は、それを助けてくれる。だから、「マイ古典」を作りなさいと斎藤先生は言う。
『カラマーゾフの兄弟』、『千夜一夜物語』、『嵐が丘』、『生物から見た世界』、『オイディプス王』、『君主論』など、50編の古典が紹介されている。いやいや、それではおさまらなくて、おまけの50冊も(笑)。どうも、紹介したい本はたくさんあるようだ。だから合計100冊。
ボクは『カラマーゾフの兄弟』の解説の最後に共感する。「人生の意味より、人生そのものを愛せ!」
この本が好きな人におすすめの本
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感想 :

やはり文化交流の場に政治的な話題はタブーでしたか(^^;
サンクトペテルブルクは都会...
やはり文化交流の場に政治的な話題はタブーでしたか(^^;
サンクトペテルブルクは都会のはずなので、北方領土はせいぜい東のイナカとしか思われていないのかもしれないですね…う〜む、やはり無関心がこの件の前進を阻んでいるのでしょうか。
(そういう自分もそれほど知識は無いですが)
『カラマーゾフ』、andesapresriam12さんとお話していたら、なんだか読まないといけない気分になってきました(爆)
…いつか、読みます!(宣言しちゃった…(^^;)
ではお互いにいずれ「カラマーゾフ」を読みましょう!
それで途中で挫折しても責めないようにしましょう(^^;)
ではお互いにいずれ「カラマーゾフ」を読みましょう!
それで途中で挫折しても責めないようにしましょう(^^;)
ぜひ!読みましょう、いつか!(笑)
>途中で挫折しても責めないように
そ...
ぜひ!読みましょう、いつか!(笑)
>途中で挫折しても責めないように
それ、大事ですね(^^;
むしろ、強敵に挑戦した勇気を称えましょう♪お互いに^^