近代朝鮮と日本 (岩波新書)

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レビュー : 10
  • Amazon.co.jp ・本 (288ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004313977

作品紹介・あらすじ

19世紀前半、儒教的民本主義に基づく政治システムの朝鮮社会で、身分制が解体してゆく状況から説き起こし、1910年日本に併合されて大韓帝国が滅亡するまでの朝鮮近代通史。政治文化に着目して日本社会と比較しながら、日朝修好条規、甲申政変、甲午農民戦争、大韓帝国誕生、日本の保護国化、国権回復運動等を描きだす。

感想・レビュー・書評

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  •  「停滞論」と「他律性史観」がいかに誤っているかを見事に論証している。朝鮮にも日本の幕末と同じように尊皇攘夷と近代化のうねりがあった。それを押しつぶしたのは日本だった。
     日本が朝鮮支配を目論んだのは明治維新から始まっている。その姿勢は江華島事件から一貫している。とくに、日露戦争以後は猛烈な力で植民地化をおしすすめる(第1〜3次日韓協約)。1910年の日韓併合はその集大成。日本の朝鮮支配は、日韓併合から始まったわけではない。
     朝鮮の民衆反乱の激しさ。日本よりもはるかに広範囲であると同時に激烈だった。たとえば東学党の乱や朝鮮併合まで続く義挙の歴史。
     江戸時代は日朝友好の時代と描かれることが多いが、実際には確執を覆い隠す側面もあった。とくに明治維新直前。
     著者の儒教的民本主義に対する憧憬にちょっとした違和感を感じた。朱子学礼賛につながる?

  • 19世紀末から1910年の韓国併合までを描く一冊。
    わかりやすく、かつ骨太に
    朝鮮半島の政情を日本との関係を軸に据えて説明する。
    なにぶん慣れない人物が多数登場するため苦労もするが、
    巻末に人物名によるインデックスもありゆき届いている。
    東学党や天主教の盛り上がりが政治文化の中で解説され興味深い。
    また伊藤博文の立ち居振る舞いにも考えさせられるものがある。

  • 近代朝鮮で最も民衆を不安にさせたのは飢饉。
    併合せずとも朝鮮は完全に日本の排他的な支配領域であるばかりか、ほぼ完ぺきな植民地だった。

  •  朝鮮の政治文化を「儒教的民本主義に基づく一君万民体制」として肯定し、これを底流に描いている点が特色。しかし、農民や無職者等が少なくない甲午農民戦争や義兵運動まで儒教では解釈できないのではないか(むしろ同時代の太平天国や義和団との類似性を感じる)。
     また、仕方がないかもしれないが日本支配の過酷さや国権回復運動については記述がやや情緒的になっている。「安重根は参謀中将として正規の交戦行為として伊藤を射殺」というのはさすがに無理があるだろう。
     とは言えこの時代の朝鮮史を極端に偏ることなくコンパクトにまとめた類書はなかなかなく、通史を頭に入れるには良い本。大院君に対しては排外政策や壬午事変のためマイナスのイメージがあったが、勢道政治を排するというある意味改革を行っていたし、民衆の人気も高かったことを知った。また、朴泳孝や尹致昊は果たして民族主義者か親日派か。開化派と閔妃のどちらが愛国か。本書の範囲を超えるが、そんな様々な問を考えるきっかけにさせてくれる。

  • ロシアが南下して来て日本を侵略するのではないか、という恐怖心から朝鮮半島を日本の防波堤にするという手前勝手な戦略思想と、朝鮮はあらゆる面で日本より劣っているので、日本が朝鮮の開化を手助けしなければならないという傲慢不遜な日本国民の態度が日韓併合に至ったと総括すれば良いのだろうか。歴史は現在の視点から評価するのではなくて、その時代の視点で評価されるべきだというのもご尤もなのだが、時代に関係なくやって良いこととやってはいけないことの分別は国家としてしっかりと自覚すべきだと思うのだが。無理な注文だろうか?

  • 日本人による朝鮮蔑視の歴史は明治維新にあり。
    そもそも欧米帝国主義がアジアの植民の食指を伸ばしてきた時に、たまたま日本はうまく立ちまわって帝国主義側の末席につくことができて、朝鮮や清は餌食となった。そうした歴史認識にたってみれば、朝鮮や清を蔑視するというのはいったいどんな心理に基づくものなのだろうかと考えさせられる。
    例えて言えば、クラスの不良グループが同級生をカツアゲしていて、自分もカツアゲされそうになったけど、うまく不良グループに取り入って、自分もカツアゲする側に回ったってことだ。
    ただ、帝国主義・植民地主義を肯定的に捉える歴史観であれば、日本はその流れに乗った模範的な国で、朝鮮・清は時代に取り残された国ということになるだろう。歴史教科書は暗にそのように示しているように思える。ま、教科書は余り善悪の色はつけずに客観性を装ってはいるけれど。
    だから何が良いとか悪いという議論をしても詮なきことであり、そのような過去を客観的に捉えつつ、それではこれからどうするべきなのか、ということであろう。蔑視思想なんてのは歴史の流れで都合よく創りだされたものなので、客観的な歴史認識をすべきであろう。
    しかし、最近の世相を見ると、日露戦争前夜の頃に近いのではないか、と思ったり。ロシア許すまじを中国に置き換えるとしっくりくる。なんだかなぁ。

  • あらためて、近代の朝鮮半島に対する日本のあり方を認識させられた。
    ずいぶんとひどいことをやってきたんだなぁ。
    伊藤博文も確かに積極的な併合論者でなかったとしても、結果的には下地を作るような弾圧をしてきたのですから・・・・・。
    韓国人の立場で、朝鮮半島の近代史を見る新鮮さもあった。

  • 「近代朝鮮の歴史は、一国的には成立し得ず、とりわけ日本との関係抜きには語ることができない」。本書は両国の政治文化に注目し、近代世界との関わり方と国家構想を比較して実像に迫る朝鮮近代通史。議会制とは異なる儒教民主主義の伝統には刮目が多かった。

    これまで19世紀朝鮮半島は、中国との関わりという観点、それから日朝関係では、相互に独立したものとして捉える見方が多かった。その意味では、本書は新しいスタンダードになるのではないかと思う。

  • 配架場所 : 新書
    請求記号 : SHIN@319@C100@1
    Book ID : 80100451900

  • 岩波新書 221.05/C52
    資料ID 2012103603

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著者プロフィール

1954年生まれ、千葉大学教授

「2018年 『儒教的政治思想・文化と東アジアの近代』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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