原発をつくらせない人びと――祝島から未来へ (岩波新書)

著者 :
  • 岩波書店
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レビュー : 18
  • Amazon.co.jp ・本 (240ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004313991

作品紹介・あらすじ

三〇年間、原発をつくらせない西瀬戸内海、祝島の人びと。海と山を慈しみ、伝統、文化、祭りを大切に生きる暮らしが、そこにある。交通の要衝としての歴史も綴りながら、一一五〇回を超える週一回の女中心のデモなど、政府の政策や電力会社にあらがいつづけた日々を、多様な肉声とともに描く渾身のルポ。

感想・レビュー・書評

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  • 原発立地の候補に挙がり、原発建設をやめさせるべく30年間闘い続けている祝島の人びとを追ったルポルタージュ。
    その場所に通って、土地を見て海を見て、歴史を調べて、人と話して一緒にご飯を食べて、しっかり関わりあったから書けた本。

    仲良く助け合って暮らしていた祝島の人たちは、建設計画を機に「ハンタイ」「スイシン」のまっぷたつに分断される。
    この本はハンタイの立場に立脚して書かれたもの。
    スイシンの側の話も見たいと思ったけれど、こんなにも分断されてしまった場所で、きっちり関わるスタイルで双方の意見を聞くのはきっと無理だ。

    助け合った友人も親しい親類も、立場がわかれてしまってからは口もきけない。
    激しいときは親の葬儀にさえ行けなかった。千年続く祭りも止まった。
    遠くで見ているだけだと「なんでそこまで」って思う。
    だけど、そこまでしなくちゃ止められない。
    原発問題は原発問題として、と仲良くしていたら反対運動は五年ももたなかっただろう、ほんとうはそんなことしたくなかったけれど、という島民の言葉が重い。
    なあなあで済まさなかったから今があるけれど、ここまでの闘いを強いられる時点ですでに公害だ。

    傷つくのは当事者だけじゃない。最前線に駆り出される下っ端たちもそうだ。
    中電に雇われた警備員だって本当はじいさんばあさんを力づくで抑え込むなんてしたくない。
    お国に歯向かう「反逆者」をやっつけるつもりで来た海上保安官たちだって、事情を知ってしまえば無体なことはやりにくい。
    なんだか、イラク国民に歓迎されると思い込んでウキウキしながら出かけて行って憎しみの目で見られることにショックを受ける米兵を思い出した。

    Uターンの出身者が、
    自分はここで育って原発問題も親が反対していたから関心を持っていたけれど、自分でなにかするわけじゃなかった。島に戻ってくるまでここまで闘う理由はよくわかっていなかった。関心を持っているだけじゃ「無関心層」でしかなかった。
    と、言っていたのが耳に痛い。
    まあなんてひどいのって思ってるだけじゃ力になれない。

    祝島には「入会地(いりあいち)」が残っている。
    入会地とは、共有の土地。誰でも入ってたきぎを拾える山だとか、そういった場所。
    漁業権のある海や、鎮守の杜もそういった機能を果たしているのだとか。
    原発立地予定の場所にはそういった入会地が含まれる。
    鎮守の森は予定地の大きな部分を占めていた。売却を拒んだ宮司は神社本庁に解任される。

    私が入会地という言葉を初めて知ったのは歴史の本だったと思う。
    農民たちが共有の財産として使ってきた場所を、「近代的」な貴族や植民者が所有権を明確にしろとせまり、二束三文で取り上げました、というエピソードをアジアでもヨーロッパでもアフリカでもアメリカ大陸でも、色んな場所で見かける。
    共有の土地を認めない思想は、植民地的な考えなんだろうな。

    これは原発と闘う人たちを追ったルポルタージュであり、この島の人たちの暮らしや文化や歴史を丁寧に描いた本でもある。
    原発反対はこの人たちの生活を圧迫している重大な要素だけれど、この人たちの人生はそれだけでできているわけじゃない。
    暗雲の立ち込める現在で終わるノンフィクションは決してハッピーエンドとは言えない。
    それでも、人の描き方に希望が見える。


    ドイツの市民電力会社も、反原発の活動当初は町が分断されていた。けどここまでじゃなかった。http://booklog.jp/users/melancholidea/archives/1/4272330764

    『発電所のねむるまち』http://booklog.jp/users/melancholidea/archives/1/4251073045
    発電所になってしまったまちを題材にした児童書。これも分断されている。

    『雨ひめさまと火おとこ』http://booklog.jp/users/melancholidea/archives/1/B000J8LURU
    神人(じびと)をはさんだ神と人の間柄に似ている。

  • 寡聞にして知らない・・・・・というより、メディアには取り上げられないのだろう。珠洲についても、もちろん祝島についてもほとんど知らない。
    全国でこのような戦いがなされているのでしょう。
    それにしても、この新書がなければ知ることもなかった、この、まるで他国の出来事のような。
    メディアは本当のところ、どちらの味方なのだろう。

  • 祝島の人たちが、上関原発を建てさせないように、この30年闘ってきた様子がよく分かった。彼らが、日本に原発が増えるのを阻止してきてくれたことは、島民500人で、他の日本人1億3千万の命を守ってきたのと同じことだと思った。遠くに住んでいても、一緒に闘わないといけないと、この本を読んで思った。自分たちのことだから。

  • 日本は原発列島。でも、原発を作らせなかった地域も3か所以上
    ある。紀伊半島がそうだし、石川県珠洲市もそうだ。

    そして、西瀬戸内海の小島で原発反対を唱えて活動し続けている
    人たちがいる。

    中国電力が建設計画中の上関原子力発電所。予定地である田ノ浦
    の対岸にあるのが本書の舞台となる祝島だ。

    中国電力が建設を予定した地域の海には希少種の生物も棲息して
    いる。海からの恵みを受け取って来た島に生まれ、歴史を辿れば
    村上水軍の血を受け継ぐ人々は、海を守る為に巨大な権力機構で
    もある電力会社に立ち向かう。

    反対運動の中心となったのは島の女性たちだ。正に「おばちゃん」
    パワー。毎週のデモに加え、船に乗り込み中電の作業を止めさせ
    ようとする。中国電力本社前の座り込みにだって積極的。

    常に非暴力。力に力で対抗するのではなく、自分たちが愛した
    海を汚されることに対する憤りが、捨て身とも言える反対運動に
    結びついていた。

    反対運動を始めた時、40代だった人は70代に、50代だった人は
    80代になっている。それでも、島のおばちゃん・おじちゃんは電力
    会社からの一切の金銭を拒否し、反対運動を続けている。

    交付金だとか、補助金だとか、補償金だとかをばら撒いて、推進
    派に転向させるのがどの電力会社にも共通の手口だ。だが、この
    島ではそえは通用しなかった。

    金じゃ購えないものがある。それを知っている人たちの運動の
    軌跡は一読の価値あり。

    しかし、凄いわぁ。祝島のおばちゃんたち。嫌がらせに島へやって来た
    右翼さえもおちょくっちゃうんだもの。

  • レビュー省略

  • 9784004313991  223p 2012・12・20 1刷

  • 山口県上関原発計画に30年以上反対して来た祝島島民の運動に寄り添ったルポ。ほぼ毎週、1000回以上にわたるデモや中国電の台船との一触即発の様子の合間に豊かな自然の描写が挟まる良書。建設ギリギリのところで震災が起きたものの、完全に中止には至っていない。これを読むとこの原発はできないといいなと思わされます。絶賛お薦め。

  • 読んでいてため息の出る本だ。本当に頭が下がるというか、信じられないような心の強さを思い知らされる。目と鼻の先の対岸に計画された原発に対し、自分たちの生活の基盤である恵み豊かな海や自然を守ろうと、男女年齢を問わず懸命に繰り返される、瀬戸内海に浮かぶ小さな島「祝島」(いわいしま)の島民たちの30年にも及ぶ原発阻止運動のレポート。驚くべき粘り強さと行動力のドキュメンタリーだ。
    中でも印象に残ったのが、「どうしても原発が必要なら、交付金を出さんようにしてください。(中略)そしたら、原発をほしい自治体しか手を挙げんと思います。」という漁民の声。もう一つは原発計画が浮上して間もないころ作られたという「上原(かみのはら)原発音頭」の一節。

    オシャカ様さえ言い残す
    金より命が大事だと
    人間ほろびて町が在り
    魚が死んで海が在り
    それでも原発欲しいなら
    東京 京都 大阪と
    オエライさんの住む町に
    原発ドンドン建てりゃよい
    ここは孫子に残す町
    原発いらないヨヨイのヨイ
    反対反対ヨヨイのヨイ

  • 祝島の長年にわたる粘り強い闘いの様子を知ることができた。
    村が”スイシン”と”ハンタイ”に分断される悲しさ。
    この分断を積極的に作り出し利用して、反対派の孤立化・弱体化を図る国と電力会社。住民同士を対立に導く方法が今、福島で、あるいは放射能汚染問題、原発再稼動をめぐって全国にある。
    これをどう乗り越えていくか。祝島の実例にたくさんの示唆が含まれているように思った。

  • オシャカ様さえ言い残す
    金より命が大事だと
    人間はほろびて町が在り
    魚が死んで海が在り
    それでも原発ほしいなら
    東京 京都 大阪と
    オエライさんの住む町に
    原発ドンドン建てりゃよい
    ここは孫子に残す町
    原発いらないヨヨイのヨイ
    反対反対ヨヨイのヨイ


     あたりまえのことだが、原発の計画さえなけえれば未来はバラ色、というわけにはいかない。原発計画がなくなっても、生きるということは、それぞれの状況なりに、やはりしんどい。それでも、それを「原発あり」で生きるか、「原発なし」で生きるかは、まるで違うと私は思う。
     ならば、やはり「原発なし」で、しんどい生を生きてゆきたい。祝島や珠洲の人びとは、そのしんどさを、安易に開結しようとはしなかったのだろう。
     「抵抗をしつづければ、原発は経済的に破綻して、撤退せざるを得なくなる」(序章の立花正寛さん)という言葉のとおり、珠洲の原発計画は「凍結」となった。いままた上関の原発計画も、原発をつくるための海の埋め立て免許が失効しつつある。
     どちらも、わかりやすい勝利とはほど遠い。それでも、たたかいの日々を実際に保ちこたえ、事実として原発をつくらせていない人びとが、祝島にも珠洲にもいる。
    山秋真『原発をつくらせない人びと -祝島から未来へ』岩波新書、2012年、210頁。

    山秋真『原発をつくらせない人びと -祝島から未来へ』岩波新書、読了。半世紀の間に、日本列島の17カ所に原発ができた。一方で原発を作らせなかった地域も30カ所以上ある。本書は祝島(山口県・上関原発構想)に30年近く通い続けた著者による「原発をつくらせない人びと」のドキュメント。千回を超える女性中心の週一回のデモ等々、日常生活のなかでの人びとの戦いを描く労作。

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