政治的思考 (岩波新書)

著者 :
  • 岩波書店
3.49
  • (7)
  • (16)
  • (18)
  • (5)
  • (1)
本棚登録 : 200
レビュー : 30
  • Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004314028

作品紹介・あらすじ

政治への不信感が高まる今こそ、政治をどうとらえ、いかにそれとかかわるかが問われている。決定・代表・討議・権力・自由・社会・限界・距離という八つのテーマにそくして、政治という営みの困難と可能性とを根本から考えていく。私たちの常識的な見方や考え方を揺さぶり、政治への向き合い方を問う全八章。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  • 政治的な思考の上で大切にすべき事が、分かりやすく書かれた著書でした。特に、政治の問題は自分の問題でもあるという考え方を基盤として書かれています。第1章から第8章まで、「決定」「代表」「討議」「権力」「自由」「社会」「限界」「距離」の8つのワードをテーマに、政治的なるものの考え方が書かれています。本書は、何か一つの答えを提示するというコンセプトで書かれたものではなく、むしろその様な一つの答えを求める態度、与えられた答えを信じる事の危険性が述べられています。極論の問題点、極論に走らないように気をつけるべき事など本書から学べる事が多くてタメになりました。
    第1章、第2章は、個人的には本書の中ではあまり面白くない内容でした。特に、第1章で突然憲法の話が出てきて、話の繋がりが切れてしまっている様に感じました。憲法についての内容に異論はないのですが、第1章で触れるべきだったのか疑問です。他の文脈でも良かったのではないでしょうか。第2章では、国会のねじれなどの「決められない政治」はむしろ、一側面として現代の政治で決める事の困難さを表していると捉える考え方にはなるほどなと思いました。
    第3章以降はなかなか面白いです。第3章では、社会契約論が「話し合いを過去の時間に閉じ込め、実はそれを打ち切る論理」であるという側面を持つ事を明らかにし、一度成立した契約を自明の前提とする事の危険性と、話し合いの大切さが述べられています。また、一つの正しい答えを求める学問の議論、とりわけ自然科学や政治哲学の議論に対し、現実の政治には多様な意見が存在し、一つの正しさを追求する事は少数派に酷な結果をもたらしかねないとも述べられています。
    第4章では、権力には抑圧的な面だけでなく、権利の保障という積極的な面もあり、自由と正面から対立する様な捉え方が必ずしも正しくないことが説明されます。この章では、特に本書の骨子とも言える考え方が明らかにされる点で重要だと私は感じました。その考え方を表しているのが、「権力への抵抗は自分への抵抗だと考えるべきだ(p101)」という部分。これでもって、主に第5章で自由と権力を対立する概念として捉える傾向の強い自由主義を批判するのですが、それに先立ったこのフレーズがまさに本書の骨子の一つであると私は読み取りました。つまり、何かを批判するときは、批判すべき政治や社会の中に生きる自分にも、批判すべき対象が内在化されている部分が必ず存在するので、必要なのは敵を見つけて攻撃する様な事ではなく、他者批判を通じた自己批判にも意識を向けるべきであるという事だと思います。更には、第8章で詳しく述べられる事ですが、自分が批判する意見にも、別の側面にはある意味での正しさがあり折り合いをつけなければならない意見でもあるという考え方にも通じるところです。自由主義者が権力批判を持ち出す事でむしろ、自身の政治や権力への関与を隠してしまうという本質をついた内容であり、自由と権力の境界線を引く事の難しさから目を背けている点を鋭く指摘しています。また、ここから市場主義批判にも繋がります。また、市民社会論についても、国家、市場、社会の三領域に境界線を引き、国家でも市場でもない社会の大切さを述べる利点もありつつも、国家批判ばかりに傾倒し、市民社会論がむしろ市場主義に呑まれてしまう事があると指摘して、国家にも、市場にも、社会にも、それぞれ重なる部分があり、切り分けて批判すれば良いものではないという事を明らかにしています。線引きや対比は、何かを明らかにすると同時に、何かを隠してしまう作用もあるという事ですね。
    第4章、第5章で触れられた権力観と自己批判、当事者としての自覚の考え方をベースにすれば、残り3つの章はスムーズに読めるかと思います。何か取り上げるとすれば、第8章のまとめ部分で、政治的思考の注意点が3つ挙げられているところですかね。政治を考える上で大切な事は、第一に、多様な価値観に基づいた多様な意見を調整する事が政治であり、一つの統一された意見を目指す事が目的ではない事、第二に、他人を否定して自分と他人との同質化を目指す事をせず、他人との適度な距離感を保つ事、第三に、政治は複雑で不透明な世界の中にある事を意識し、「おそれ」を持って政治から距離を取り、単純な敵対関係や二元論を避ける事だと言います。
    本書は、巷で流布される様な単純で分かりやすい二元論や解決策から距離を取り、政治を自分の問題として捉える事の大切さを知る上で有益です。特に個人的に大切だと感じたのは、第3章、第4章、第5章、第8章です。ここだけでも充分な価値があるかと思いますので、是非オススメします。

  • 決定・代表・討議・権力・自由・社会・限界・距離という8つのテーマを通して、政治の捉え方、関わり方を記す。
    政治は皆のことについて決める営みである。納得はいかないが、受け入れなければならないこともある。政治に不愉快さ、押し付けがましさがつきまとうのはこのことによる。何を問題とするかを決めた時点で、責任を誰に問うかもある程度決まっている。したがって、いつ何を問題とするか決めることは慎重であるべきである。
    代表制が必要な理由には、規模の問題、専門性の問題がある。しかし、それだけではなぬ、政治家がそれぞれ意見を主張することで、知識の乏しい人々が争点や対立軸を理解するという政治劇(演劇)的な装置として代表制が存在していると考えられる。
    討議することは民主制において重要であり、消滅してはならない。政治に正しさを過度に導入しようとすると、人々による話し合い、複数性が排除され、全体主義体制になりうる。
    主権的な権力だけでなく、監視の権力、市場の権力等について、我々が支えているといえよう。その権力が排除されていないのは、我々が望んでいるからである。したがって、不都合な問題に対して、外部の人に押し付けるポピュリズム的な考え方をするのは妥当ではなく、権力の責任者はここにいることを自覚するべきである。
    自由は権力と対義されやすいが、社会権のように自由の条件整備のために権力が必要な場面もある。すなわち、自由な状態とは政治的な秩序の不在ではなく、むしろ権力や政治によって実現しなければならない点もある。
    今では経済のグローバル化と主権国家の相対化により、国民という単位で政治的な決定をしても、その効果が限定的になっている。政治の複雑性や不透明性が拡大している今日、当事者として関与しながらも、過度な期待を持って早期解決を求めない距離を保ち、中長期的・俯瞰的な視野を持つことが必要なのである。

    政治との関わり方を一般人に分かりやすく示した書である。また、政治が我々の生活の至る所に不可分のものとして存在していることを理解させてくれる書でもあり、政治に詳しくない初学者向けの良書であろう。
    しかし、政治と関係するあらゆる分野について(例えば、メディア、官僚制、教育)、そこに存在する課題の全ての要因を我々に帰着させている点が強引すぎるように感じた。確かに、民主主義国家でにおいては民意を反映させた政治がなされるが、そのことをもって政策の全てを直ちに自分たちの一部とする(当然そこに責任も発生する)のは、我々の範囲を広く捉えすぎているのではなかろうか。

  •  グローバル化の進展による主権国家の相対化が〈政治〉を困難にさせているという現状認識を踏まえつつ、それでも〈ひとは政治から逃れることはできない〉と考える著者による政治学入門。「決定」「代表」「討議」「権力」「自由」「社会」「限界」「距離」という8つのキーワードを手がかりに、しかるべき距離をとりながら〈政治〉の現場を見つめるための基本的な考え方を説いていく。敬体だが押しつけがましく感じられない文章も魅力的。

     杉田の主張の核は、われわれは「国家」「社会」「権力」の内側に生きており、その外に出ることは容易ではない以上、何かを変えることは自分自身を変えることにならざるを得ない、という点にある。だからこそ、本書での著者は、徹底して、いわば〈中庸の徳〉を説き続ける。ひとは「国家」「社会」「市場」を完全になくすことはできない。だから、それらからの全き「自由」も存在しない。ならば、少しぐらい時間がかかっても、多元的な価値観を承認し、互いが互いを「ほどほどに」認め合う以外にはなかろう、というわけだ。
     その限りにおいて、杉田の議論は明快で説得的だ。また、デモのような社会運動を代表制のひとつのあり方として再評価する点など、あきらかに〈3・11〉以後の歴史性が意識されてもいる。しかし、やはりどうしてもこの議論は、国家=国民=社会がひとつながりのものとして連動することを前提につくられている、という印象はぬぐえない。
     そのことは、全体として説得的なこの本が、「ポピュリズム」を扱いかねていることからもうかがえる。著者は「ポピュリズム」を排外主義的な主張と結びつけて理解しているが、誤解を招く言い方だ。マイノリティへの差別、排外主義的な思考を内在的に批判するためには、国家=国民=社会を一体化させて考える枠組みでは、うまく議論が立てられないのである。

  • 政治現象を理解する上で前提して理解しておかなければならない諸々の政治概念を批判的に検討し、現代社会における問題に対応すべくそれらの再解釈を試みている。政治学で論じられる議論についてあらかじめ知っていなければ少し難しく感じるだろうが、しかし「杉田政治学」に取り組むには十分な入門書となるだろう。もっとも、新書という性質上、その論旨や論理は明快ではなくやや粗い箇所が目立った。粗いわけではないが気になった箇所として、第一章「決定——決めることが重要なのか」の中で、決定の主体/単位の事前的な決定の問題を挙げているが、こうしたメタ決定が排除という暴力を常に孕んでいるという指摘でとどめるのは怠慢ではなかろうか。というのも、この問題については排除可能性を最小化すべく決定の主体/単位が常に開かれていることが要請されていると捉えるべきであって、民主政を前提する杉田は論点を見誤っていると思われるからだ。また、決定に関しては、政治的決定と経済的決定との間の相違が何であるか、そしてそれらを支配する決定原理がいかなるものか、こうした問いを立てるべきだったのではないか。
    また、政治理論や政治哲学(杉田自身はこれに対して批判的なのだが)を専門とする政治学者や哲学者は、望ましい方向性を提示するだけでなく、それが現実に機能するための方策まで論じるべきだろう。彼らに対しては、主張としては納得できたとしても、結局「だから何?」と思うことがしばしばある。

  • 読了。

  • 政治を論じる上での現代的論点を分かりやすく整理した一冊.
    政治学は「市民の学」であるわけで,ぜひ多くの「市民」の皆さんに手に取ってもらいたい.

  • 過去と未来の間として現在にふみとどまって、自分たちの行動がもたらす影響について、考えをめぐらしてみることも必要なのではないでしょうか。(p.27)

    政治については、「正しさ」をやみくもに追求してもうまくいかないけれども、「正しさ」などないと開き直ってもいけない。政治とは、欲望をもった人びとが出会い、何とか共存の道を見出していく、両儀的な領域です。必要なのは、「まあまあ正しい」政治を実現するために、さまざまな声に耳を傾けていくことです。(p.71-72)

    権力を一方的に行使されているという考え方をやめ、権力課程の当事者であるという意識を持った時に、すなわち、責任者はどこか遠くにいるのではなく、今ここにいると気づいた時に、権力のあり方を変えるための一歩がふみ出されるのである。(p.102)

    自由とは、完全な一身では決して実現できるものではない。そのことを、まずは認めたほうがいいと思います。かといって、完全には実現できないのなら、自由には意味がないのかというと、そうではありません。自由を求めることのうちにこそ、自由の重要な本質が存在がある。自由を求め続けるからこそ、政治が必要になります。そして、政治が存在している限りで、自由は実現しているのです。(p.125)

    政治はさまざまな価値観にかかわるものであり、多様な価値観の間の調整こそが政治だということを理解する必要があります。(p.188)

  • 分かり易く、読みやすかった。極論に走らず現実的な意見を述べていて好感が持てる。

  • 【読書その82】杉田敦氏による、政治に関する考え方を決定や代表、討議などのテーマに沿って論じた本。非常にわかりやすかった。

全30件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

1957年生まれ。名古屋大学理学部物理学科卒。素粒子物理学専攻。東京工業大学像情報工学研究施設に研究員として2年間在籍。コンピュータ・ヴィジョンの研究に従事。科学哲学、人工知能、美学に関する評論活動。著書『メカノ──美学の機械、科学の機械』『ノード──反電子主義の美学』(いずれも青弓社)。

「年 『メカノ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

政治的思考 (岩波新書)のその他の作品

政治的思考 (岩波新書) Kindle版 政治的思考 (岩波新書) 杉田敦

杉田敦の作品

政治的思考 (岩波新書)を本棚に登録しているひと

ツイートする