出雲と大和 古代国家の原像をたずねて (岩波新書 新赤版1405)
- 岩波書店 (2013年1月22日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (288ページ) / ISBN・EAN: 9784004314059
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古代出雲と大和の関係を深く掘り下げたこの作品は、歴史と神話が交錯する魅力的な旅へと読者を誘います。著者は、歴史学だけでなく考古学や文化人類学の視点を取り入れ、神話の背後にある実像を明らかにしながら、出...
感想・レビュー・書評
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村井康彦先生、まだまだ元気だなあ~。(^o^)著者紹介もみるともういいお歳(失礼!)にもかかわらず、アクティブにフィールド踏査を重ね、また、さまざまな学問の垣根を越えてダイナミックな仮説を提示されるなど、心身ともに誠にお若い!
氏の専門である歴史学のみならず、考古学や文化人類学等の近隣領域を融合し、神話の世界から古代出雲と大和の関係の実像に迫る力作で、記紀に描かれた「大和朝廷」成り立ちの物語、出雲の大国主命の活躍から天照大神の子孫への国譲り、そして神武東征から大和王権の確立に至る神話について、大胆に読み解く。
鉄生産から勢力を拡大した出雲族の各地への展開は、大和へ至る磐座(いわくら)信仰の拡大、そして高志(越の国)にまでみられるヒトデ!(四隅突出墓)の存在により証明される。大国主命をはじめとする出雲系の神々を奈良の三輪山をはじめ、祭る理由は、かつてそこが出雲王国の一部であったことを物語るものとし、さらに、邪馬台国も大和で発展した出雲系氏族連合であったとする。それが、九州から侵攻してきた神武軍に敗れ、降伏する形で邪馬台国は終焉したという。また、国譲りの際に約束された大国主命を祭る宮殿が約束通りに建てられないため皇子が唖になったとの神話から、その後の巨大な出雲大社の成立につながるとしている。奈良時代おける出雲国造家が大領(郡司)を兼ねて勢威を高め、大和朝廷を護る立場になった出雲神々を強調する話なども興味深かった。
神話の神々の名前を憶えるのに難儀しましたが(笑)、歴史学としての神話解釈という難問を、氏ならではの流麗で論理が明快な文体にて、各地を巡る紀行を交えながら面白く構成巧みに説明されていて、興味が尽きないまま読み終えることができました。富山にも杉谷四号墳という有名なヒトデがあり、ずっと昔に見に行ったこともありますが、また新たな興味で見学に行きたくなったなあ。(笑)
2013年7月19日追記
「いずも」と「やまと」のお門違いの考察については、「コメント」の方へワープ!(笑) -
「出雲と大和」村井康彦著、岩波新書、2013.01.22
262p ¥882 C0221 (2020.02.08読了)(2020.02.02借入)
副題「古代国家の原像をたずねて」
現在、東京国立博物館・平成館で『出雲と大和』展が開催されています。1月29日に見てきました。
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出雲と大和
会期:2020年1月15日(水)~2020年3月8日(日)
会場:東京国立博物館 平成館
令和2年(2020)は、我が国最古の正史『日本書紀』が編纂された養老4年(720)から1300年という記念すべき年です。
「幽」と「顕」を象徴する地、島根県と奈良県が当館と共同で展覧会を開催し、出雲と大和の名品を一堂に集めて、古代日本の成立やその特質に迫ります。
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展覧会の感想:
会場に入ってすぐの所に、出雲大社の境内から発掘された巨大な柱の根元の部分が展示されていて、度肝を抜かれました。かつての出雲大社の模型も展示されていて、その巨大さがしのばれます。他にも、新聞紙上をにぎわした、銅剣、銅鐸、銅鏡、等も展示されています。古代出雲は、どれだけの富と権力があったんだろうと興味を惹かれます。
大和の円筒埴輪というのも初めて見ました。大きさに圧倒されます。
馬の埴輪、鹿の埴輪が出雲のものと大和の物が並べて展示してあります。よく似ているので、同じ文化圏なのではないかと思ってしまいます。
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図書館の蔵書検索で「出雲と大和」を検索したらこの本が出てきたので、借りて読んでみました。展覧会とは、直接関係ある内容ではありませんでした。
「本書は、大国主神や出雲系の神々を求めて各地に出かけ現地を訪ねた旅の軌跡であり、その間に思い描いた古代史の原像である。」(ⅹ頁)
「邪馬台国があとの大和朝廷と直接繋がるのか、それとも断絶するのか」(3頁)
「磐座信仰」は、そのまま出雲系統の祭祀=信仰を表徴するものといってよいであろう。」(19頁)
22頁の図によると「磐座信仰」の痕跡は、島根、岡山、京都、大阪、奈良(三輪山)、と点在している。(出雲の王朝が、大和に移動しただけなの?)
「出雲文化圏を特徴づけるのが、方形墓の四隅がヒトデのように突出する、いわゆる「四隅突出型墳丘墓」の存在であろう。」(53頁)
「突出墓の分布は出雲から東へ、北陸の福井・富山あたりまでの日本海沿岸である」(55頁)
「大和には四隅突出墓は見つかっていない」(58頁)
「邪馬台国とは奈良盆地とそれを取り囲む山々で成り立つヤマトの国のことであった。邪馬台国は間違いなく機内の大和である。」(82頁)
「場所は同じ大和でも、邪馬台国と大和朝廷とは繋がらない」「そう考える根拠は、邪馬台国や卑弥呼の名が『古事記』や『日本書紀』に一度として出てこないことにある。」(91頁)
【目次】
はじめに―備中国の惣社にて
序章 三輪山幻想
第一章 出雲王国論
1 大国主神の分身たち
2 磐座祭祀をたどる
3 『出雲国風土記』の地政学
4 四隅突出墓をたずねて
第二章 邪馬台国の終焉
1 北九州の古代遺跡を歩く
2 邪馬台国はどこにあったのか
3 邪馬台国と大和朝廷
4 邪馬台国の終焉
5 「神武東征」の説話
第三章 大和王権の確立
1 「国譲り」とは何だったのか
2 伊勢神宮の成立
3 出雲系諸氏族の動向
4 出雲系葛城氏の動向
5 大和王権と吉備
第四章 出雲国造―その栄光と挫折
1 国造の世界
2 「神賀詞」奏上
3 熊野大社
4 出雲国造の本拠
5 出雲大社はいつ創建されたか
6 国造家の歴史に翳り
終章 再び惣社へ
あとがき
年表
索引
☆読みたい本
「古代出雲を歩く」平野 芳英(著)、(岩波新書)、2016/7/21
「葬られた王朝―古代出雲の謎を解く」梅原 猛(著)、(新潮文庫)、2012/10/29
☆関連図書(既読)
「古事記」三浦佑之著、NHK出版、2013.09.01
「古事記」角川書店編・武田友宏執筆、角川ソフィア文庫、2002.08.25
「楽しい古事記」阿刀田高著、角川文庫、2003.06.25
「日本書紀(上)」宇治谷孟訳、講談社学術文庫、1988.06.10
「日本書紀(下)」宇治谷孟訳、講談社学術文庫、1988.08.10
(2020年2月15日・記)
(「BOOK」データベースより)amazon
大和の中心にある三輪山になぜ出雲の神様が祭られているのか?それは出雲勢力が大和に早くから進出し、邪馬台国を創ったのも出雲の人々だったからではないか?ゆかりの地を歩きながら、記紀・出雲国風土記・魏志倭人伝等を読み解き、古代世界における出雲の存在と役割にせまる。古代史理解に新たな観点を打ちだす一冊。 -
なかなか骨のある本を読んだなあという気分。
今年は,5月に伊勢神宮,11月には出雲大社へ行ってきた。もちろん,大和政権の土地への行ったことがある。そんなわけで,少しだけ古事記や日本書紀に載っている日本神話にも興味がある。今のうちに読まないと,また積ん読になる。きっかけの論理で読んだのであった。本書は,10年ほど前,現役時代にお寺の坊守さんから「この本,○○さんなら面白いと思うよ」ともらったのだった。
神話だからといって馬鹿にしてはならない。いくら神話といえども,土地の名前や時代背景など,すべて創作で書けるわけではない。そこで筆者は,歴史的事実ではない部分が多々あるのは十分承知の上で,古事記や日本書紀,出雲風土記なとがまとめられた当時の歴史的事実と照らし合わせながら,出雲と大和政権との関係に迫っていくのである。謎解きのようで,けっこう面白く読めたのがよかった。
最後の部分には,能登の一之宮である気多大社も出てくる。ここの祭神が出雲関係であったことは初めて知った。神社観光をしても,いちいち祭神なんて覚えていないからな。気多大社には、時々行くので,今度行ったら見てみよう。
出雲の神々が磐座信仰から来ているらしいというのは面白い!
それにしても…である。同じ神様でありながら,亦の名(別名)が多すぎる。なんとかならんかな。古事記・日本書紀に出てくる同じ神さんの名前を挙げてみるか。
大国主命・大穴牟遅神・葦原色許男命・葦原醜男・宇都志国玉神・大国主神・顕国玉神・大物主神・国作大己貴命・八千矛神・大国玉神
これ,全部同じ神様・大黒さんなんだって。おいおい! -
よく岩波新書から出せたな…
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つまらない本でした。なぜそうなのか、以下に述べます。
内容(「BOOK」データベースより)
大和の中心にある三輪山になぜ出雲の神様が祭られているのか?それは出雲勢力が大和に早くから進出し、邪馬台国を創ったのも出雲の人々だったからではないか?ゆかりの地を歩きながら、記紀・出雲国風土記・魏志倭人伝等を読み解き、古代世界における出雲の存在と役割にせまる。古代史理解に新たな観点を打ちだす一冊。
そのリード文を見た限りではとても魅力的な内容に思えた。最近は新書さえも図書館で借りることが多かったのだが、予約が何人も重なっており順番が回ってくるのが半年後になることが明らかだったので珍しく買ってしまった(「はじめに」で岡山県総社市の総社宮について書いていたし)。
後悔した。
「はじめに」で神話伝承をふんだんに引用することを宣言しているのである。もちろん、それは絶対に悪いことではない。しかし、いやしくもテーマが歴史研究である限りは「歴史的事実と神話伝承はハッキリ区別しながら論をすすめていく、事実記述と推論部分は明確にする」のが最低の科学的な態度であるだろう。ところが、この人はそれを全てごっちゃにして書いていた。三世紀の邪馬台国の考古学的事実と七世紀の古事記の記述を年代の記述を一切無しに並行して書いていた。そして、本来推論であるべきところを突然「断定する」のである。これはつまりある老人の夢物語、文学である。岩波新書というブランドに騙された私が悪かった。
2013年4月8日読了 -
出雲と大和との関係は、学校で学ぶ歴史ではあやふやな状態のまま教えられ(たぶん、教師も違いをよくわかっていない)、こんなおもしろいのにもったいない。
そもそも、それぞれが違う文化を持っていた別々の国だったこと自体、認識していない人の方が多いのではなかろうか。ああ、もったいない。 -
「古事記」や「日本書紀」などの資料や、出雲と大和の地にある神社を訪ねることで、古代の日本の姿に近づこうという試みが書かれています。神話を、神話として片付けるのではなく、それが現実にあった何かを表しているということを紐解いていかれています。中には想像力で行くしかない部分もあるのですが、その想像力であっても何かしらの答えを出そうとされています。検証は後世にというものもあると思います。邪馬台国と大和朝廷の関係など。出雲国譲りとの関係など。想像力からロマンを掻き立てられるところまで。学ぶということの楽しさを感じられる内容です。
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大国主の出雲王朝と大和王朝の関連性
を考察した内容。邪馬台国と大和王朝の
関係。古事記や日本書紀、記紀に書かれてある
神話や言い伝えの内容からくるところの考察など
なかなか面白いところも多くありました。
古事記を読んだ後なので、よくわかったことが
多くありました。
ただ少し自分の考え方について、正しいとの思い込み
が強い気がして突っ込みたい内容もある感じがします。 -
出張中の読み物として選んだが。
朝日新聞が慰安婦や原発事故の誤報のお詫びを掲載した際、江川紹子さんが検察特捜部と同じ病理と批判してましたね。つまり、先にストーリーを作って、それに合う事実を探して起訴事実、ないし記事を作っていると。
そういう本です。出雲の勢力は日本を支配したはずと結論ありきで、無理やり証拠を作っちゃう。饒速日つまり物部氏とか丹波の元伊勢神社は出雲系としてます。磐座を証拠としてますが、磐座って出雲だけのもの?。その他の証拠もかなり強引で、信用できない。
無茶苦茶な証拠を並べて「STAP細胞はあります」と云われてもねえ。
★一つで良いとおもったけど、終盤の出雲国造の考察や出雲大社がいつ創建されたかという話は面白かった。
しかし、岩波新書がこんな出鱈目な本を出していいんでしょうか。 -
結局は状況証拠なのでどうとでも言える。でも、それが古代史の面白さ。本作は、なかなか説得力がある。綿密なフィールドワークで、旅情もそそられた。出雲はいつか行ってみたいし、奈良も、京都より俗化されてなくていい。
事が古代史だと自分もいっぱしの専門家になれる気がする。 何せ、確たる文献が限られているので、空想の翼を思いっきり拡げられる。 -
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邪馬台国大和説、大和朝廷とは非連続。
出雲の四隅突出墓やら吉備やらへの言及もあり、なかなかおもしろい。
古墳や神社の引用も多く、こんなとこもあるのか、というかんじ。 -
3月に出雲大社に行く予定があるところ、古本市でこの本が目にとまったので読んでみた。結果、古代史は難しい、ということが(近代史を専門とする)僕にはわかった。
たぶん、論旨はそれなりにわかった。邪馬台国は出雲勢力が立てた国で、それは大和朝廷とは繋がっていない(だから卑弥呼は記紀に出てこない)。大和朝廷は神武勢力が東征によって樹立した。7世紀に斉明天皇が、死んだ孫のために出雲大社を増築した。しかし8世紀後半、長岡京、平安京に遷都すると出雲と大和(政権)の関係が切れ、一宗教勢力になっていった・・・という感じだろうか。
しかし論証が適切なのかどうか、よくわからない。ということで、まあ、もうちょっと初学者むけの古代史の本を読んだほうがいいのかもしれないなと思った。 -
ヤマト王権による統治が確立される以前に、出雲勢力による「国作り」がおこなわれていたという著者の仮説が提出されている本です。
著者は、岡山県の総社宮に祭られているのが、オオナムチとスセリビメであることを知って、古代史においてオオナムチをめぐる数多くの説話が存在しており、多くの人びとの崇拝を受けていたことの理由をさがし求めます。著者は、記紀神話についての独創的な解釈を示したり、じっさいに各地の神社を訪ねて古代の信仰のありかたについて考察をおこなったり、さらには邪馬台国をめぐる論争にも立ち入ったりしつつ、上で述べた仮説の証拠とみなすことのできる事実を明らかにしています。
著者自身も「あとがき」で、「むろん、本書の取り組みが不完全であることは十二分に自覚しているが、これを捨て石としてさまざまな議論が起こるならば、これに勝る幸せはない」と述べているように、かなり大胆な仮説というべき内容だと感じました。その土地につたわる伝承を教えられて新たな視点に目を開かれる体験を語り、そのことをきっかけにして自説の形成に取り組む経緯が語られているところなどは、梅原猛の古代史関連の著作を思わせるような議論の進めかたで、眉に唾をつけながらも、わたくし自身はこういうスタイルの議論はけっしてきらいではありません。大胆な仮説にもとづいて古代史の大きな見取り図を示すことのロマンに浸ることができたということだけでも、読書のたのしみをじゅうぶんにあじわえたと感じています。 -
村井康彦 出雲と大和
古代出雲論。邪馬台国畿内説と神武東征を通して、出雲王朝から大和王朝への変遷を論じた本
著者のことは知らないが、かなり面白かった
出雲王朝から大和王朝への変遷
*邪馬台国=大和にいる出雲系氏族の連合王朝
*神武東征により、神武勢力が大和に侵攻し、神武が大和朝廷が成立
「伊勢神宮=天照大神=大和=天皇勢力=記紀」と「出雲大社=大国主神=出雲氏族=出雲国風土記」の対照的な関係は興味深く、出雲視点で見る「国譲り」は記紀と微妙に異なる面白さ。饒速日命の帰順を国譲りとし、葦原中国(地上世界)は 天孫に譲るが 出雲国は守ることを主題としている
大国主神(大国様)に異称が六つあることは知らなかった
*大国主神〜大きな国の主。葦原中国の主。大己貴神によって形成された国土の主。
*大物主神〜大和の三輪山に祭られた大神神社の祭神。万物の主、森羅万象を司る神。大国主神が自然神的存在に変身した姿
*大己貴神〜国作り、天下作り、葦原中国を形成した神
出雲国造が朝廷に奏上した神賀詞のなかで貢置を申し出た「皇孫の命の近き守神」
*大国主神の口を通して語られる四つの神を「皇孫の命の近き守神」として貢置した
*大和の神々として、出雲系の神々を選定し貢置した=守神の押し売り
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2019年12月24日 夫からのプレゼント。
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まもなく開催される国立博物館での本書と同名の展覧会の前に偶然手に取り読み進めた。読み進めるうちに、著者ではないが、自身がこれまで歩んできた道のりを振り返り誤り、無駄ではなかったと安堵し喜びすら感じている。偶然とはいえ、神仏習合の系譜を追いかけるうちに色濃く見えてきた出雲民が、この国の国造に大きな足跡を残している
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☆面白い本である。神社などのフィールドワーク、ヒアリングをも踏まえている。
大和には出雲系の神社がある。出雲系の神社は磐座信仰で、鉄の鉱脈と関係がある。
「国譲り」を考えても、大和の地には、邪馬台国の時代から王宮があった。やがて、出雲系の王朝が、神武東征により制服されたが、徹底抗戦ではなく、降伏、すなわち、国譲りしたのではないか? -
出雲と鉄生産から推測される出雲文化圏の考察が面白かった。
しばらくこの辺りの歴史を探検してみたい。 -
出雲界隈の紀行文と、記紀の解釈が織り交ぜて、出雲という神話の国と大和朝廷成立の関係についての自説を述べている本である。西日本の地名や位置関係の勘が鈍い東日本人には、イメージを膨らませながら読み進めるのは辛かったが、どうぜ誰も見たこともない時代の事なので、勝手に色々想像しながら読んでも、誰も困らないだろう。
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20160229読了
2013年出版。邪馬台国は奈良。福岡・伊都が中国との中継地点で、伊都から出雲を経て海路で関西北部に上陸、その後陸路で奈良というルート。出雲と邪馬台国のつながり、その後の大和朝廷との関係を考察した本。●昔の神々の名前は目が滑る。世界史の横文字の名前でくらくらするのと同じくらいの滑りっぷりで困った。●国司(くにし)神社は大国主命を祀る。もとは国主(くにしゅ)神社。出雲系神社の指標としては、おしりを持ち上げた狛犬と、社日さま(五角形の石柱)。
著者プロフィール
村井康彦の作品

深読みのしがいがありますね~
なるほどなるほど!
この本ではその説なんですね。たしかに日向から神武天皇が東征を行...
深読みのしがいがありますね~
なるほどなるほど!
この本ではその説なんですね。たしかに日向から神武天皇が東征を行ったとかなんとかありましたね…。(記憶が…)もう古すぎて証明できないですね(笑)そこがロマンです!わーい九州人!(長崎人です)でも高千穂とかあるしまんざらでもない…と…。どうですかね~。
古代道とかも面白いですよね。わたしが住んでる町にも古代道が来てたらしいのですが、どこを通っていたのか不明のようです。不明ってわくわくします…!
ロマンだなー。
古代道の話では、NHKスペシャルかなにかで苅谷俊介さんが探訪するという番組をみたことがあります。でっかい幹線道路だったのでしょう?そんな道路もだんだん溶け込んで、町になっていくのは面白いですね。
当時は九州は大陸に近い先進地域だったと思いますので、まだまだいろいろな遺跡や遺物が眠っていそうですよね。これからどんなものが発掘されるかわくわくしますね!(^o^)