加藤周一――二十世紀を問う (岩波新書)

著者 :
  • 岩波書店
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本棚登録 : 63
レビュー : 9
  • Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004314219

作品紹介・あらすじ

言葉を愛した人・加藤周一は、生涯に膨大な書物を読み、書き、そして語り続けた。それはまた、動乱の二十世紀を生きぬきながら、これを深く問い、表現する生でもあった。その全体像はどのようなものだったか。同時代を生きてきた著者が、加藤の生涯をたどりつつ、我々の未来への歩みを支える力強い杖として、今ひとたび彼の言葉を読み直す。

感想・レビュー・書評

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  • 海老坂氏のサルトルについての本(題名は忘れた)を大学生のとき読んだ。本棚の一番良いところに置いて、時々読んでいた。懐かしい。
    この本の中では、海老坂氏が自身と境遇が似ている(戦争の体験がある、東大出身、分筆業)加藤氏に親しみを感じているような記述が所々ある。
    独りよがりに見えずに微笑ましく映るのは、真剣に思考して、書いてきた年月の重みを私が二人に感じるからだろう。
    現実をただ受け入れるのではなく、理想をもって世界を観察する。ある意味、加藤氏も海老坂氏も少年のようだ。

  • 60年安保のときのノンポリとその後の留学の原因は、もしかすると中学時代、まったく友人が居なかったことに起因するのではないでしょうか。
    若い頃、「たむろ」することが嫌いだった人は、自然と「さわぎ」は嫌うものです。
    人が群れたりする喧騒というのは、生理的にいやなんですね。
    そういう生理的なものが加藤の思想にも影響していたのではないかと思うのです。

  • 生涯に沢山の言葉を残した加藤周一の著作を初期からたどりながら、その言葉と考えを探る小論。新書であるが、それを超えた範囲で、重厚な小論であった。文学、美術、社会評論に関して、その意味、意義を時代や周りの人達との関係を含めて論じられていた。加藤周一の社会的活動についてグラムシの言葉を通じて述べられていた「知性のペシミズム、意志のオプチミズム」という発想は、今の時代だからこそより希望の灯となる。

  • この本を読んで初めて思いついたんだが、カトシューと古市先生は、外形上、けっこう似ているということだ。世界を旅したり、運動にはコミットせず批評に専念したり、ペシミストでありつつオプティミストだったり。

  • 加藤周一論は、私のライフワークのひとつです。著者の海老坂武氏はかつて「戦後思想の模索」(1981みすず書房)でおそらく初めて加藤周一論を上梓した人です。そういう意味では、注目して読んだ本でした。

    最初の数章は簡単な評伝という感じになっていてガッカリした。あまり期待せずに読んだ。前半は文句ばかりつけていた。瞠目したのは、第六章から。特に「日本文化における時間と空間」に関して丸山真男の古層論との微妙な、しかしだからこそ非常に重要な違いを述べている処に注目した。海老坂氏は2人の評論本を上梓している。著者ならではの「指摘」だったと思う。

    特に以下の処。
    「加藤にとって主旋律とは変容したあとの結果なのだが、丸山にとっては変容する以前の外国思想そのものなのだ」
    「分析対象の違いであり、分析の視点の違いである。丸山の対象は中国の史書と日本の史書である。そして語義の解釈、とりわけ漢字の使い方、また漢文が和文に読みくだされていくときの意味のズレに注目する。そして引き出してきたのが「つぎつぎになりゆくいきおひ」という古層であった。他方、加藤は広く文学を素材とし、また美術作品も重要な素材である。言語作品だけに話を限っても、加藤が単語の語義を問題とすることは稀である。彼が目を留めるのは語順であり、時制であり、語り口であり、文章構成である。」

    また、これら両者の「方法等の差異」から「丸山には「空間意識」の分析がない」と指摘する。さらには、異なる「始原」の解釈があり、「いま」の理解の仕方にも違いがあると指摘する。

    この指摘は重要であり、私は慎重に検討するべきだと思う。なぜならば、と海老坂氏は言う。
    「日本の古層」或いは「土着思想」の解明は、加藤周一も丸山真男も「日本人の精神の変革は可能か」或いは「内から外へ、現在から未来へ、特殊から普遍へ向かう精神の開国は可能か」を問うためのものだったはずだからである。

    しかし(この著者の「問いの立て方」自体検討しなくてはならないとは思うが)その結論自体を著者は数行で済ませており、私は納得いかなかった。

    また第七章において、「観察する人」(この表現にも異論はある)だった加藤周一がなぜ、「書く人から語る人へ」さらには「9条の会」への参画へと変わっていったかについて書いている。この加藤周一評価に対しても、私はもっと「積極的な」変容があったと観ており、異論がある処ではあるが、その中身はいつか書きたいと思っている加藤周一論に譲りたい。

    全面的に肯定出来る本ではなかったが、いろいろ刺激のある本だった。

    2013年6月4日読了

  • 配架場所 : 新書
    請求記号 : SHIN@910@K100@1
    Book ID : 80100456561

    http://keio-opac.lib.keio.ac.jp/F/?func=item-global&doc_library=KEI01&doc_number=002354602&CON_LNG=JPN&

  •  雨の憲法記念日に加藤周一を読む。

  • 海老坂武『加藤周一 二十世紀を問う』岩波新書。西のオム・ド・レットルがベンヤミンと仰げば、東のそれは紛れもなく加藤周一だろう。本書は、加藤への敬愛を込め、出生から膨大な作品群に至るまで丁寧に見ていく秀逸な加藤論であり加藤伝。創作から批評まで幅広い全望を見事にスケッチする。

    加藤は政治的であり政治的でなかったのが最大の謎だ。しかし著者は加藤のengagementを政治的それと矮小化せず、知のそれと捉えることでその疑問に答えようとする。即ち全体人間としてのそれである。本書で知る挿話も多くおすすめ。

  • 岩波新書 910.26/E15
    資料ID 2013100383

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著者プロフィール

1934年東京に生まれる。東京大学文学部仏文科卒業。同大学院(仏語・仏文学)博士課程修了。著書『フランツ・ファノン』(講談社1981、みすず書房2006)『戦後思想の模索』(みすず書房1981)『雑種文化のアイデンティティ』(みすず書房1986)『シングル・ライフ』(中央公論社1986)『記憶よ、語れ』(筑摩書房1995)『〈戦後〉が若かった頃』(岩波書店2002)『かくも激しき希望の歳月』(岩波書店2004)『サルトル』(岩波新書2005)『戦後文学は生きている』(講談社現代新書2012)『加藤周一 二十世紀を問う』(岩波新書2013)『戦争文化と愛国心』(みすず書房2018)、訳書 ニザン『番犬たち』(晶文社1967)ペレック『眠る男』(晶文社1970、水声社2016)ファノン『黒い皮膚、白い仮面』(共訳、みすず書房1969、1998)ボーヴォワール『別れの儀式』(共訳、人文書院1989)サルトル『植民地の問題』(共訳、人文書院2000)『自由への道』(共訳、岩波文庫2000)『家の馬鹿息子』1-4(共訳、人文書院1982、1989、2006、2015)ほか多数。

「2018年 『戦争文化と愛国心 非戦を考える』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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