民族紛争 (岩波新書)

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著者 : 月村太郎
  • 岩波書店 (2013年6月21日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004314318

作品紹介

世界各地で続発している民族紛争。どのように発生、激化し、そして終結へと向かうのか。クロアチアとボスニア、コソヴォ、ルワンダ、スリランカなど六つの紛争の経緯を詳しく紹介し、軍事介入やジェノサイドの実態などについて考察する。さらに民族紛争に関する研究の論点を整理し、紛争予防や平和構築の可能性を検討する。

民族紛争 (岩波新書)の感想・レビュー・書評

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  • 配置場所:摂枚新書
    請求記号:316.8||T
    資料ID:95130779

  • なぜ民族紛争は起きるか→
    必要条件
    ①複数の民族がいる、②居住分布が部分的に混合、③民主化の途中、④経済の停滞、⑤過去の衝突、⑥宗教が原因のこともある(全てではない)
    十分条件
    ①相手への恐怖、②不安・恐怖があるなかでの事件、③政府に敵対するエリート

  • 読了。

  • スリランカ、ルワンダ、キプロスなど近年の民族紛争の概要が書かれている

  • 世界で起きた様々な民族紛争の事例を紹介し、その発生のメカニズムや予防方法について論じた本です。

    後半部のメカニズムや予防方法についてはなかなか体系的にまとめられ、わかりやすかったのですが、前半部の事例については、まとめすぎてて経緯を把握しにくかったです。大学のときに旧ユーゴ紛争について研究していたので、旧ユーゴについては理解できましたが、スリランカ、キプロス、ルワンダ、ナゴルノ・カラバフについてはもう自分自身が少し理解し直す必要があると思いました。

  • 後半の総論、抽象化した議論はわかりやすい。

  • このテーマから遠ざかって久しかったのだけど、春にクロアチアにいって資料館を訪れたことや何かの広告でこの本の出版を知って知識を整理、追加したくなった。

    新書ゆえのコンパクトさ、複数の紛争が扱われていることの長短を感じたが、後半に一般的な紛争の起こる土壌や過程、解決手段などの解説もあり、これをきっかけに個別のテーマにはいっていける本。

  • 配架場所 : 新書
    請求記号 : SHIN@316@T100@1
    Book ID : 80100458513

    http://keio-opac.lib.keio.ac.jp/F/?func=item-global&doc_library=KEI01&doc_number=002366043&CON_LNG=JPN&

  • 月村太郎『民族紛争』岩波新書、読了。頻発する民族紛争はどう発生し激化するのか。本書は序章で民族と国民の概念を整理した上で、スリランカ、クロアチアとボスニア、ルワンダ、ナゴルノ・カラバフ、キプロス、コソヴォの6つの事例を取り上げその経緯と軍事介入、ジェノサイドの実態を考察する。

    後半は民族を紛争を理解する為に、発生のメカニズム、連邦制から多極共存性にまでの予防法、激化のメカニズムと民族紛争「後」の再建を取り上げ詳論する。「移行期正義」を無視することはできない(例えば紛争中の不義を不問に付す)との著者の観察には留意したい。

    多民族共存社会がいかなる体制を採用しようとも中長期的には国民国家の規範を全否定することはできない。とすれば、国民形成という近代国際・国内政治におけるパラダイムに改め向き合わざるを得なくなる。著者が最後にルナンの『国民とは何か』を引用するのが印象的

    「民族紛争を再発させない為には、民族アイデンティティを超えた多民族的な国民アイデンティティ、そしてそれに基づく国民意識の涵養と維持が為されなくてはならない」。そしてそれはエリート、民衆が一緒になって内面化・社会化し続ける日々の努力が必要となる。

    月村太郎『民族紛争』岩波新書。民族と国家の意識が混同され、ステートに都合よく動員されるのが近代。日本ほど強引にすり替えてきた国家は存在しないし、近年悪化の一途。国家の解体を夢想するだけでなく、国民概念・国民意識の換骨奪胎による共生も現実的には視野にいれるべき。

    殆どの場合、科学的・歴史的な根拠が全くないにも拘わらず、近代以降の線引きが序列化によってその差異が対立的な概念として光を浴びて、衝突を加速させている。まあ、「ウチとソトの論理」(佐々木俊尚)。その解放としての脱・植民地が裏腹な結果にもなっている。

    例えば、インドは英国の植民地支配を脱して、“建前”としては民主主義の制度のもとに、植民地支配と前時代的ありかたから脱却されたということになっている。しかし、その内実は、拍手できるものでもない。この辺りはアルンダディ・ロイが指摘するところか。※勿論、民主主義否定ではないけど。

    ウチを潤沢するためにソトを利用するというのが近代社会の基本的構造なんだけど、それを脱却するために、同じ構造が動員されていく。だとすれば、その概念認識自体を一新していくなかで、変えていかないと、まさに仲間か敵かの二元論で、形を変えて悲劇の招来が必然になるという。

    月村太郎『民族紛争』岩波新書では、スリランカが民族紛争の事例として紹介されるけれど、この辺りは、梅原猛式の「仏教は平和の宗教、一神教は暴力の宗教」という認識を改めるうえでは認知しておくべき課題だとは思っている。どの宗教にも限らず、平和を希求する人間もいればそうではない場合もある。

    「仏教は平和の宗教、一神教は暴力の宗教」みたいな単純化した立場の認識こそ問題なのだと思う(勿論、それはそれぞれの歴史的負荷をスルーするという意味ではないのはいうまでもなく)。重層的なアイデンティティに絡め取られた人間をどのように眼差していくのかが課題になると思うのよね。

    たぶん、大切なことは、一つ一つの問題をスルーすることでもないし、特定の作業仮設的な枠組みから一つに収まりきらない対象を限定していくことなんだろうと思う。その両者は両極端にあるように見えながら、実はひとつもののうらとおもてなんだと思う。人間観の更新を絶えず意識的に試みるしかないよね、

  • クロアチアとボスニア、コソヴォ、ルワンダ、スリランカなど6つの紛争の経緯を詳するとともに、紛争が発生し長期化してしまう要因についても論じている。確かに発生条件が揃わなければ紛争を避けられる可能性はあるようにも思う。と同時に『民族』という括りを作った瞬間に、確変リーチがかかった状態とも考え、あとは時間の問題という気がしないでもない。他者との共通項を見出すということは、裏を返せば差異を明確にすることと同じ。

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