教育委員会――何が問題か (岩波新書)

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レビュー : 24
  • Amazon.co.jp ・本 (240ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004314554

作品紹介・あらすじ

いじめや体罰事件、教科書採択、日の丸・君が代問題…。学校運営をめぐり、頻繁に登場する「教育委員会」とは、いったいどんな組織なのか。学校や保護者とどのような関係にあるのか。また、自治体の首長から教育委員会廃止論が出てくるのはなぜか。見えにくい組織の仕組み、歴史、問題点の全容を解き明かし、抜本的な解決策を示す。

感想・レビュー・書評

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  • 日本の教育行政について。
    著者とは思想が相容れない部分がある為、読み辛かったです。
    著者はこう主張します。

    日の丸の掲揚、君が代の斉唱の強制は、どのレベルの教育であれ大事にされねばならない「思想・信条の自由」を脅かし「教育の荒廃」につながる。

    私自身は小中高と公立学校に通った中で、日の丸、君が代を強制された事がない為、特別な思い入れがないニュートラルな立場です。
    ただ、人が暮らしている根本のコミュニティである国を象徴する旗や歌には一定の敬意を持つ事が、物事を大局から捉えるべき主権者としては必要なのではないかと。
    少し話がズレるかも知れませんが、
    食事前に合掌して「頂きます!」とか。
    今の学校でやっているか知りませんが、授業前に「起立!礼!着席!」とか。
    そうしたけじめって大事だと思います。
    そうした秩序を守る事で侵害されてしまうような思想・信条の自由とか、荒廃してしまう教育って何なんだろうと。
    そもそも集団生活の中に自由なんて本当にあるんだろうかとか。
    腑に落ちない部分があります。

    また、教育とか教育行政がグダグダになってしまう一因として「政治的中立性の担保」というのがあると思います。
    これについては、昨年から実施されている18歳選挙権を契機に「何も教えない事=中立性」から「多様な考えの提示を通じて多角的に物事を捉え、考えを深化させる機会を創出する事=中立性」というように、政治的中立性の捉え方は変化せざるを得ないと思います。

  • 誰のための教育か

  • 教育委員会事務局、渦中にいながらにして、なんなのかまったく分かっていなかったことがよく分かった。

    最近(?)の教育委員会制度の改変問題について、根本的なことが分かっていなかったことにも気づく。
    わたしも単純に、首長が変わるたびにその自治体の教育方針が変わったりしたらまずいじゃん、と考えていたが、話はそんなことではなかった。
    そもそも日本の教育の仕組みが、すでに文科省、県や府の教育委員会、市町村の教育委員会というタテの行政の仕組みのなかに組み込まれていると。
    なるほど。

    家庭的、地域的、経済的な条件に関わりなく子どもが教育を受けられるように、そのための最低基準であるナショナルミニマムと、それを元に一定の望ましい標準であるナショナルスタンダードを区別して考えないといけませんよ、という指摘に深く感銘を受けた。

  • 「何が問題か」という副題ですが、少なくとも私には「何が問題か」がよく分かりませんでした。

    学者先生の著書らしく、著者の「正論」がダラダラ書かれているだけで、要点も分かりません。一冊を通じて同じことが何度も何度も書かれていて、もう少しコンパクトにまとまるだろうと、素人ながらに感じました。

    また、著者は「文部省が中央集権的に教育内容の詳細まで牛耳っているのが問題」と捉えているのかも知れませんが、私からすると、各自治体の教育委員会が各々好き勝手している方が、よっぽど怖いです。子どもからすると、転校した途端に教育内容が全く変わるのは不便でしょうし、組織や業務的な重複やムダも激増するでしょう。

    地方分権と声高に言いますが、日本自体が、世界の中の一地方なわけで、それを一単位とすることに何が不都合があるのでしょうか? 細分化の行き着く先は、無際限の細分化でしょう。

    国旗・国歌についてもアレコレ述べられていますが、公務員である一教員が「思想や信条の自由」云々を公教育の場に持ち出す方が、よっぽど怖いです。日本国内で行政サービスを受けながら暮らし、かつ公務員として給与をもらいながら生活をしている身分で、「国歌を歌いたくない!」というのは、社会人としては幼稚そのもので、日常的に国歌を歌わなくていい仕事に就けばいいだけです。本当にバカバカしい。

    日本の国土に立ちながら「国歌を歌いたくない!」というのがいかに自己矛盾に満ちた戯言か、そういう教師に教育された私は、心底そう思います。

    もっと現代的で核心を突く内容を期待していました。残念です。

  • 教育委員会が文科省→都道府県教育委員会→市町村教育委員会の縦のつながりにより形骸化しているのではないかとの認識の下、地方分権時代にふさわしい地方教育行政制度について言及しています。なんと、文科省の初等中等教育局を廃止し、地方の教育委員会も廃止するべきというのである。それらの改革の是非については判断ができないけれど、地方教育行政について勉強にはなる新書でした。

  • 教育行政の上意下達構造に異を呈した本。とはいえ、書いてある内容が少々専門的すぎて(自分にとっては、だが)正直言ってよく理解できなかった、そのため再読の必要あり。
    文科省からの意向が教育委員会を通じてそのまま下に下ろされ、それゆえ各地域の子供たちの実態に即した教育がなされていないというのは確かに問題だと思うし、そんな状況を改善するためにも「教育を子どもたちの手に取り戻す」ような運動も確かに必要だろう。でも様々な問題を抱える昨今の教育界に優秀な人物が本当に志望するのか、という疑問も残るし、地方はなおさら優秀な人物は集まりづらいだろう。地域に根ざした教育は確かに理想だが、実際は都会と地方の格差をますます助長しかねないのでは?とも思えてしまう。その点、教育のその成果が分かりやすく数値で表されないという性質ゆえ、なかなか実証が難しい問題でもある。ただこの本の指摘通り、教育をその組織・体系全体として見直さなければいけない状況にあるのは確かだろう。現在の日本の教育事情はそれほどまでに"ヤバい"状態になっていると思う。その措置の一つとして本書の提案は確かに検討に値するものなのかもしれない。

  • 実際に教育委員会で働いている身からすると、指導主事の役割があまりに過大評価されているような気もする。
    ただ都道府県単位の教育委員会が実際には文科省の下請化している(実施部隊)になっていたり、文科省とのインナーサークルを形成し、非常に閉鎖的な集団になっていることは否めないと思う。

    個人的には筆者の改革の方向性は正しいと思う。

  • 昨今の教育委員会に関する論議を引用し、問題点を明らかにする。タテの行政系列の中での教育委員会の位置づけ、首長部局との関係など、今日の問題の所在が浮き彫りにされる。そこには、日本独自のシステムと歴史的な背景、現実とそぐわない組織編成などがある。

  • 教育委員会という制度と日本の教育行政の問題点がわかった。

    政治的中立性という言葉が、自らの政治的主張を貫くために、政治的に利用される姿が、よく描けている。
    これは、教育行政に限らず、よく使われるレトリックであるということは、現代社会において常に意識しておく必要があるだろう。

  • 「教育委員会」とは、どんな組織なのか。学校や保護者とどのような関係にあるのか。自治体の首長から教育委員会廃止論が出てくるのはなぜか。「教育委員会」の全容を解き明かします。OPAC → http://t.co/8tEtenmRoS

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プロフィール

新藤 宗幸
新藤宗幸:後藤・安田記念東京都市研究所理事長/千葉大学名誉教授

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