医学的根拠とは何か (岩波新書)

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レビュー : 33
  • Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004314585

作品紹介・あらすじ

日本では医学的根拠の混乱が続いている。そのため多くの公害事件や薬害事件などで被害が拡大した。混乱の元は、医師としての個人的な経験を重視する直感派医師と、生物学的研究を重視するメカニズム派医師である。臨床データの統計学的分析(疫学)という世界的に確立した方法が、なぜ日本では広まらないのか。医学専門家のあり方を問う。

感想・レビュー・書評

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  • ◆日本の「医学的根拠」は大きく立ち遅れている。世界的には、統計学的なデータの比較や検討によって病因を確率的に判断する疫学的手法(統計学的ともいえる)が追究されてきたのに対して、日本では経験的・感覚的に判断する「直感派」や、あくまで細菌などのごく細かな因子(要因)にこだわる「メカニズム派」がほとんどを占めているという。

    ◆しかし「直感派」と「メカニズム派」の彼らは、自身の知見を一般化する言葉を知らない。このことは、福島原発事故による放射能の人体への影響や、水俣病認定問題などで大きく誤った「医学的根拠」を生み出した。また、「メカニズム派」は、細菌などの狭いレベルで原因となる要因(因子)を全て特定することこそが医学的根拠であると考える。彼らは食中毒問題(O157や雪印)に対して原因となる細菌と食材を結びつけようとするが、細菌・食材と発症の因果関係には目を向けない (1:後述)。

    ◆彼らは「数量化派」に対し「疫学的な手法は、一般的な傾向を示すだけであって、それぞれの個体に当てはまるとは限らない」などというが、著者は「個々の違いがあるからこそ、(中略)その経験を一般的な判断に用いる (p. 79)」ための手法として、疫学があるのだと強調する。

    ◆著者は、こんにちの日本でもみられるこうした言説を「19世紀のフランスの議論」としたうえで、その問題は実験を重んずる日本の医学界全体にあるとする。そのうえで「数量化派」の役割を強調し、「直感派」や「メカニズム派」の知見を一般的な法則(科学の言葉ともいえると思う)に帰する方法として疫学があるのだと主張する。◆冗談交じりとはいえ、「お前殺されるぞ」と忠告されたという本書の主張はとても力強い。そして一貫しており、わかりやすい。ずさんな「医学的根拠」に関心のある方や、これから統計学を学ぶ人におすすめしたい。


    * メモ *

    (1) O157事件に対処したメカニズム派の細菌学者や行政は、食品衛生法に定められている悉皆調査(ここでは”発症しなかった人”も含める学校生徒・職員全員への調査のこと)さえおこなわず、「入院患者の喫食情報」ばかりを集め、「食べた食材と発症との因果関係を調べる肝心のデータを集め分析しようともしなかった (p. 104)」。

    ◆PM2.5

    1988年 : 健康影響に関する”調査研究を推進”
    1993年 : ”調査手法について調査検討”した。疫学的調査、評価手法の検討などについて”さらに検討する”
    1997年 : アメリカ環境保護局、新しい大気汚染基準にPM2.5(それまでは総粒子物質TPM)

    「ヨーロッパでは、2000年代に入ったころにはおもな都市が年ごとに"大気汚染による人体影響の程度"を測定して発表していたのに対し、日本では"大気汚染の程度"を発表するだけで、大気汚染による人体影響の測定にはほとんど手が出ていない状況が今も続いている (p. 10)」

    ◆カネミ油症
    「食中毒事件・カネミ油症事件では、1968年の最初の報道の数日後に原因食品の名が付いた研究班(油症研究班)を九州大学が”原因究明”を掲げて結成したが、肝心の原因食品の回収命令は出されなかった (p. 142)。」

  • 日本のEBMがまやかしでしかありえない、それは日本の臨床医が科学的ではないから。そのことは多分みんなわかっている。あきらめない、や、がんばらない、なんて旧時代の医者が言っているうちはEBMにはなりません。

    そのことがよくわかる本。

  • やや品のなさを感じるが、医学的エビデンスという言葉がここまで誤解されて使われているとなると、疫学の側が黙っていられないというのもわかる。筆者の言う通り、医学研究者や臨床医、官僚、法曹など世の中を動かす立場にいる人たちが正しくエビデンスを解釈できるようになることが急務なのは間違いない。ただ、エビデンスに基づいた臨床判断/政策決定/判決がなされたとして、それをどう市民に伝えるのかという、別の次元の問題も考えないといけないと思う。

  • "医学と仮説"とセットの本とのこと。
    まだ飲み込み切れてないし、疫学以外の医学の価値をあまりに低く見てる気もするけど、そこを割り引いてもとても大事なことを言ってるっぽい。自分がまさにメカニズム派あるいは病態生理派であるだけに、なおのこと響く。



    例えば、

    メカニズムがわからないと環境因子の効果自体を認めないってのは全くおかしい。

    日本の医学部がラボ的な実験医学にあまりに傾倒しており、本来なら医学部で多数行われてよい臨床研究ができていない。臨床研究あるいは医療統計の教育環境が貧しい。

    食中毒の原因が細菌でもウィルスでもなく、先行する知見のない毒物だった場合、病原体探しは無意味、あるいは、判断を遅らせるならば有害。原因物質の同定はあとでやればよく、速やかに疫学的な判断を行い人々を原因から遠ざけねばならない。


    ただし、個々の患者を治療しようとする臨床医と、疫学あるいはEBMの相性が微妙なところなのは逆によくわかった。原因のわからない高血圧の患者を前に、減塩と降圧剤だけ勧めて終わりにするのは、EBM的にはOKかもしれないが、やっぱり医療としては違う。何か妙な原因を隠しているかも、、という直感を元に行った別の検査で真の治療標的が見つかり的確な処置が可能になることもあるし、その意義はこの本では十分に論じられてない。このあたりは"不確かな医学"に記述あり。
    他方、集団のふるまいを論じる上では、個別の患者が別の原因で発症している可能性を全て排除する必要はない。それは2×2図で結論すること。


  • 医学的根拠つまりエビデンスには三つあり、それぞれ直感、メカニズム、数量化に分かれる。大学の経営や高等教育研究にも通じる記載が多くとても参考になった。大学のIRは疫学から学ぶことが多いかもしれない。

  • 日本において統計学的分析が広がらない現状を警鐘を鳴らす。

  • 疫学/EBM(エビデンスベースト医療)の入門書。入門書ではあるけれど、口が悪いw 「辛口批評」というよりは怨念。とはいえ、津田氏の他の本に比べれば怨念の顕在度は小さいので、さすが岩波新書だなと思ったw

  • 歴史的には医学的根拠は3つ存在する。個人的経験を重視する直感派、生物学的研究結果を重視するメカニズム派、疫学を重視する数量化派。国際的には、数量化が直感やメカニズムよりも優先すべき科学的根拠と合意されている。日本ではまだこの優先順位についての合意がない。そのために被害が拡大した水俣病、O157、SIDS、PM2.5、タバコとがんもしかり。そして福島。実態は日本では疫学を知らず、メカニズム信者の医師が多数を占めているからという事実。

  • 痛快な本。一気に読み切った。これまでの、そして現在も続いている医学研究や教育についての問題点を痛快に書かれている。ここまで書いていいのだろうかと実名で色々な研究者を批判もしている。数量化の著者による直感派やメカニズム派への批判であるが、数量化が現在の科学的根拠となっている。水俣病や放射線の問題も直感派やメカニズム派の意見のために間違った結論しかでていないと手厳しい。EBMもこのように説明されると理解しやすいが、素人のような読後感となってしまった。

  • 日本の医学界の閉鎖性をエビデンスを軸に追及しているのだが、これだけ国際的な学術交流というものが盛んでありながらそこまでガラパゴスになれるものかという疑問も拭えない。

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