言葉と歩く日記 (岩波新書)

  • 岩波書店 (2013年12月21日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (240ページ) / ISBN・EAN: 9784004314653

作品紹介・あらすじ

熊の前足と人の手、ドイツ語では表わす単語が違う。では人の言葉で語る熊は、自分の手を何と表すのだろう-。日独二カ国語で書くエクソフォニー作家が「自分の観察日記」をつけた。各地を旅する日常は、まさに言葉と歩く日々。言葉と出逢い遊び、言葉を考え生みだす、そこにふと見える世界とは?作家の思考を「体感」させる一冊。

AIがまとめたこの本の要点

プレミアム

みんなの感想まとめ

言葉に対する深い探求心と遊び心が詰まった日記は、著者の日常の観察や思索を通じて、言語の魅力を余すところなく伝えています。日本語とドイツ語を自在に操る作家が、様々な国を訪れ、出会った言葉や人々との交流を...

感想・レビュー・書評

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  • 彼女は言語学者ではない。
    小説家であり詩人だ。
    それも日本語とドイツ語で小説を書く小説家だ。
    だからなのか言語への深い理解と探究心と遊び心にあふれている。
    言葉と歩く多和田さんの日記の言葉を
    もらすことなく読みたくて時間をかける。

    折しも今日は3月11日
    私のすぐ横に職場のブラウン管テレビが
    落下してきた日だ。
    彼女は「ベルリンにいて地震を経験していないという穴があまりに大きいので、人の話がその穴にどんどん吸い込まれていく。共有ではなく、むさぼり喰うような感じ」と語る。そして次の日のアサヒ・コムの「炉心溶融」は危機感が薄く、「メルトダウン」の方が危うく感じられると述べている。そして、多和田さんなら「『ピカドン溶解』という言葉を創ったかもしれない」と書いている。
    言葉一つ選ぶにもその人のスタンス、価値観が表れる。パニック回避のための言葉選びが、事実を隠すことにつながることもある。

    今日は祈りの日。あの日、日本は変わると実感していたが。

  • ベルリン在住で、日本語とドイツ語のニヶ国語の小説を発表している多和田さんの、"言葉"に関する日記形式のエッセイ。
    小説の中で多和田さんはよく言葉遊びを取り入れておられる。生まれてからずっと日本在住で日本語しか話さ(せ?)ない私にとって、それは新鮮で斬新で、いつもクスッと笑ってしまう。
    ドイツから見た日本、ドイツ語と比較した日本語、というように俯瞰して日本並びに日本語を観察しておられるからできる技なのだろう。特に印象深かったことをピックアップ。

    ●時代と共に日本人が遣う日本語も変化し、遣われなくなり消えていく日本語も少なからずある。実際遣っている我々は、そんなものかと時代に流されている感があるけれど、多和田さんはそのことを大変危惧されていた。
    ●日本語の発音の響きと字の形。日本人にとっての当たり前を掘り出して注目し、時に心配もする多和田さんの日本愛はかなりなもの。日本在住の日本人以上の愛情を感じた。
    ●文章が縦書きなのは日本だけとは驚いた。韓国はともかく中国も横書きとは。日本は東アジアの中でも特に古いものを残す国、と世界の中で言われていることにも驚いた。やはり島国だからかな?
    ●日本の敬語について。敬語を遣った質問の場合、単刀直入に訊くのでなく間接的な言葉を遣うことが多い。例えば「砂糖をお使いになりますか?」という表現。砂糖は道具でも召使いでもないのに何故"使う"なのか?一方ドイツでは「砂糖が欲しいですか?」と単刀直入に訊くそうだ。何故日本人はわざわざ回りくどい言い方をするのだろうか。つくづく不思議である。敬語の言い回しは日本人にとっても難しい問題。
    ●日本語や英語等の言語に主語はいらない説には感心した。確かに話し言葉にわざわざ主語なんて付けない。付けるのは教科書くらいかな。あと、詩は助詞を抜かした方が勢いも出てきて好き。好みの問題かもしれないけれど。
    ●多和田さんの場合ニヶ国語だけでなく、そのニヶ国から張り巡らされている別の無数の言語との関係性を見ておられる点が面白い。
    ●花から花へ飛び移るミツバチのように、様々な国の言語や文化を吸収し、また別の国へと運び、多和田さんなりに混ぜ込み、多和田文学が創られるのだろう。今年はコロナの影響で飛び回れず、ウズウズしておられるかな。

    多和田さんの頭の中で、ニヶ国の言語が其々の主張をして対話を重ねることにより生まれた"言葉"は、我々日本人を刺激する。
    多和田さんが日頃感じる、異国の中の日本語に対する疑問や解釈の発想がとても面白かった。

    時折内容の高度な箇所もあったけれど、大学時代の教授の講義を聴いているみたいに思えて、とても懐かしくもあった。
    また続編が出ないかな。
    次回があれば、出来の悪い教え子なりに多和田教授の講義に付いて行きたい。

    • nejidonさん
      mofuさん、こんばんは(^^♪
      多和田さんのファンなので、タイトルだけでいいねをクリックしてしまいました・笑
      びっくりされましたか?
      ...
      mofuさん、こんばんは(^^♪
      多和田さんのファンなので、タイトルだけでいいねをクリックしてしまいました・笑
      びっくりされましたか?
      それにしても良くまとまってますね!素晴らしい!
      私も再読したくなりました。ありがとうございます!
      2020/09/27
    • mofuさん
      nejidonさん、いつもありがとうございます。

      タイトルだけでいいねをクリックされた時、やっぱりこれはnejidonさんのお好きなジャン...
      nejidonさん、いつもありがとうございます。

      タイトルだけでいいねをクリックされた時、やっぱりこれはnejidonさんのお好きなジャンルなんだな、と納得してました(^^)
      まとまってましたか?
      書きたいことが沢山ありすぎて、迷いながら書きました。
      書き足りないくらい(^o^;)

      また多和田さんの言葉についてのエッセイが読みたいですね。

      こちらこそ、メッセージをありがとうございました(*^^*)
      2020/09/27
  • 談話室にてお薦めいただいた本です。

    著書の多和田葉子さんはドイツに暮らし、日独2ヵ国語で物語を綴る作家です。
    本書は彼女の3ヵ月半を綴った日記です。
    外国での生活、講演や朗読会などでさまざまな国を訪れ、いろいろなバックグラウンドの方々と交流する様子が書かれています。

    …がなんといってもおもしろいのは、タイトルのとおり言葉についてゆるゆると考える作家の頭の中がのぞけることでしょう。
    1つ1つの言葉を丁寧に掬い上げて、言語による音の響きや意味、使い方などを、ときに真剣に、ときに遊び心たっぷりに頭の中で躍らせている感じが心地よいです。
    惜しむらくは私がほとんどドイツ語が読めないこと。
    でもアルファベットの綴りを眺めながら、発音はこんな感じだろうかとイメージしたり、日本語にないドイツ語に思いを馳せるのはとても楽しい時間でした。

    遊び心たっぷりのフライトアテンダントさんのエピソードが好きでした。
    言葉あそびやクスッと笑えるような心地よい冗談で、お客様をリラックスさせられるサービスってとてもすてきだと思います。

  • 2013年、日本語で書いた自著『雪の練習生』を自らドイツ語に訳している最中、多和田葉子が言語について考えたさまざまな疑問や気づきを書き留めた日記。


    めちゃくちゃに面白い。日独だけでなく、多和田さんが講演などで旅した先で出会う言葉がどんどん思索を豊かにしていく。逆に翻訳作業の話は「手」の訳語にまつわるエピソードくらいだけど、多和田葉子という作家が日常的に言葉や文字とどう触れ合っているか知れるのが面白い。
    レガステニーという学習障がいをめぐって「言語を文字で記すことが根本的に人間には困難」だと笑って見せたり、移民由来の乱れた言葉とされてきたキーツ・ドイツ語に惹かれてラップを書いてみたいと言ったり、これまでの西洋基準な言語学に物足りなさを感じたり、多和田さんは常に勉強熱心だ。「言語はべったりもたれるための壁ではなく、壁だと思ったものが霧であることを発見するためにある」。学べば学ぶほど深くなるのかもしれないその霧のなかを、悩みすら楽しみながら歩いていくように見える。
    そして楽しむと同時に、常に言葉と自分との距離を冷静に測る目を大切にしているのだと思う。嬉しい言葉も悲しい言葉も鵜呑みにしないで、付き合い方を自分の頭で考えること。多和田さんの歩みを見せてもらうことで、私も歩き方を一度じっくり考えてみようと思った。

  • 多和田さんが好きなのは、独特の感性と鋭い批評眼があって、なおかつ明るさがあるから。小説でもエッセイでも。
    この本は書店で平積みになってて、新しい本かと思って買ったら10年前の再版だった。けど読んでなかったのでノープロブレム。
    2013年1月から4月15日までの日記で、1日分は短いので隙間時間にちょっとずつ読もうと思ったのに、面白くて一気に読んでしまった。

    こむらがえりを起こすとドイツ人に言ったら、皆口々にそれはマグネシウムが足りないせいだと答えた、という話のあとに、

    「「こむらがえり」はとても古い単語なので「マグネシウム」という単語と出逢って、かなり驚いたみたいだった。」(P69)

    (「こむら」はふくらはぎの古語。)

    トルコ語と日本語は同じウラル・アルタイ語族だと言われていた時期があった。しかしそれはインド・ヨーロッパ語族を中心とした見方である、といった内容のあとに、

    「これは、鍋が自分中心に世界を見て、「ミシンとコウモリ傘は似ている」と主張するようなものではないか。鍋から見れば、ミシンとコウモリ傘にはいろいろ共通点がある。まず蓋がないこと、そして仕事中熱くならないこと、更には調理の役に立たないこと」(P159)

    (「ミシンとコウモリ傘」のワードの選択もいい。)

    「リアリティ」「クリエイティヴ」といった言葉について、伊藤比呂美の詩について、ワーグナーの文体についてなど面白いだけでなく刺激的で、読んでいる間、本当に幸せな時間を過ごすことができた。
    立て続けに二回読んだ。

  • 「雪の練習生」という日本語で書いた自著をドイツ語に翻訳するまでの間に、言葉について起こったことや考えたことを中心として綴られている日記。
    多和田さんの小説はいくつか読んだけれど、なんてすごい言葉を持っている人なんだと、どの作品を読んでも思う。鋭いけれど、刃物の鋭さではなく紙の鋭さのような、温かみのある鋭さ。
    いろいろな国に行って朗読イベントや自著の解説をする講習会や討論を行っている(よばれている)んだけど、そのなかでメガポリスを描く文体を模索しなければならないという話題が出てきたというくだり。とある海外の作家がメガポリスの例として東京を上げたことに多和田さんは驚く。あの「トーキョー村」かと。ヨーロッパにお住いの多和田さんにとって、特殊な場所以外では聞こえてくる言葉のほとんどが日本語である東京という都市は「村」であるという感覚だそう。
    東京をメガポリスの例として出したこの方は日本語はあまりできず、東京に行ったときは意味の分からないことだらけで驚いたらしい。
    「あんなに大きな看板を点滅させてどんな商品を売ろうとしているのか」「自動販売機の点滅の意味もわからない」とか。ただその中で世界的な企業のロゴマークだけははっきりとわかる。
    日本語をわからないまま歩いたら、見えてくる東京という街は随分違うものなのではないかというこのエピソードが印象に残った。

  • こんなにドッグイヤーを作った本は他にないかもしれない。
    わたしが考えていることは既に誰かが考えていたことなのだなと、多和田さんの文章を読んで実感した。
    3年間ほど積読していたのだが、ようやく読めた。なぜもっと早く読まなかったのかとも後悔した。

    本書で紹介されている文献も面白そうなものばかりで今度読んでみようと思う。

  • 日独二カ国語を操るエクソフォニー作家が言葉と戯れる。僅か三ヶ月強ほどの日記なのだが、毎日毎日微細なひっかかりがあれば自身に問いかけ立ち止まる真摯な姿勢に惹かれた。母国語しか知らないに等しい(それすらも覚束無い)私の脳内組織にとっては未知の領域でありながらも大変興味深く、その思考の綾取りに絡められ少しほぐれた。この日記を読んだ上で改めて著者の作品を読み返せばまた違った感触を得られるのではなかろうか。真面目な考察から自由な言葉遊びまで、日本語とドイツ語のくっついたり離れたりの戯れ模様がとても面白かった。

  • 多和田葉子は何しろ、言葉への執着と愛着と自覚が半端ではないので、この日記は「アサガオの観察日記」ならぬ言葉(日本語、ドイツ語)の観察日記となっている。言葉とはよく言ったもので、日本語なら日本語、ドイツ語ならドイツ語という木が枝をのばし、言の葉を繁らすというイメージが、ぴったりだ。
    いや、でも筆者は移動してばかりだから、その言語植物の種を世界中にばら撒いているというイメージも似合う。

  • 面白かった〜。言葉の不思議さに触れられ、驚き、合わせて、ドイツなどを旅している気にさせてくれる、多和田さんらしいエッセイ。現実逃避に最適かもしれない。

  • 読むのに何故か時間がかかったが、非常に面白かった。特に言葉遊びのような、屁理屈?のような記述に何度も笑った。ドイツ、その他の訪問地での言葉の考察も興味深かった。日独語を読める人が、「雪の練習生」の日独版を読まれたら、感想を聞きたいものだ。

  • 大学の頃、言語に強い関心のある人が周りにちらほらいたが、私自身はそういった話に関心をそれほど持てなかった。なので、この本を読んで面白いと思えるとは最初そこまで期待していなかった。
    ただ、実際読んでみたら、ことばとは思考であり、それを考えることは広い世界に繋がっているのだと気づくことができれとてもよかった。

    特に共感したのは、よくある表現、悪く言えば手垢のついた表現から脱したいと思うこと。私はもともと人に説明するのも得意ではないし、自分の頭にある考えや感覚をことばにする不自由さを感じることが多い。でもそれを不器用ながら自分にできるだけ腑に落ちる表現を作り出すことは大切にしたい。

    ことばにすることは思考することであり、私もこれから文章を書く時やことばを口にする時、焦らずに時間をかけてことばを発したい

    それにしても多和田さん忙しすぎない??!?ほぼ毎日何かしら予定が入ってびっくり。フリーランスで成功して生活するとはこういうことなのか...?

  • 私は中国語と日本語の間で著者のように行ったり来たりしている。
    共感し、驚き、感激し、とにかく読み終わるのが嫌だった。

    もっともっと続きが読みたい。
    外国語の語感を通して日本語を深め、それを日本語で思考した後外国語でもう一度表現してみる。
    そういう作業を楽しんだ。

    • chineseplumさん
      この本はまだよんだことがないですが、多和田さんの作品は読み終わりたくないと言う点で共感します
      この本はまだよんだことがないですが、多和田さんの作品は読み終わりたくないと言う点で共感します
      2023/01/11
  • 気候変動をテーマに掲げた「現代思想 2020年3月」で、作者の小説『献灯使』が紹介されており、そこで多和田葉子を初めて知った。とりあえず図書館で借りてみるかと探すと、『献灯使』自体は蔵書になく、代わりにあった本書をまずは借りてみた。

    20代でドイツへ渡り、言葉にこだわり考え続けてきた作者の、まさに『言葉と歩く日記』。母語と成長してから獲得した言語を行き来する視点は独特で、多言語話者であることの楽しみを感じさせてくれる。ありふれた表現に頼ることは、言葉によって思考を停止させていることでもあると気がつく。思考をどんどん重ねたければ、言葉を疑い、言葉を考えればいい。

    本書は2013年に書かれた「日記」で、原発事故から間もないということもあり、随所で原発や事故について言及していた。私自身も、たまたま現在、原発事故に改めて向き合おうと考えていたので、その符合を勝手に感じていた。

    また、水村美苗のことを思い出したが、だいぶ感性が違うように思う。水村は、幼い頃に自分の意志ではなく日本以外の国で暮らし、大人になってからは自分の意志で日本で暮らす。多和田は、その反対。両者とも多言語話者でありながら、どの言語で仕事をするか、ということも違えば、言葉・母語に対しての考えも、全然違う。頭の中で勝手につなげているだけだが、その対比も楽しんだ。

    読んでいる最中に、作者をゲストに招いたオンライン講座があり、参加してみたら、「日記」から浮かび上がるイメージとそれほど違わず、エネルギーに満ちた魅力的な人という印象を持った。ぜひ他の本も読んでみたい。

    私自身は多言語話者ではないが、現在英語を勉強中。特に発音を習得し直しているが、下記の感覚はなんとなくわかる。頭ではわかっていたことを、身体でもわかろうとし始めている。
    「母語ではないドイツ語を日常語として話し始めて、新しい身体感覚が生まれた。唇を尖らせたり、舌を動かしたり、多く出過ぎたつばを飲み込んだり、喉を締めたり緩めたりしながら、単語を発音するということ。」

  • ノーベル文学賞候補ベルリン在住多和田葉子さん。ドイツ語圏、日本、英語圏などを言葉とともに旅するエッセイ。ドイツ語で表す日本語とのニュアンスの違い。日本語で考える日本人にグローバルな思考とは何かを問う。

  • 作者が特に言葉について気になったこと、作家として呼ばれていったイベントのことなどについて記録した日記。イベントのためにさまざまな国に旅行に行ったり、歩いて行ける距離にいくつも映画館があったり、そういう生活が羨ましくなった。あまり人を羨んだりしないほうなので、個人的に事件である。

    もちろん多和田さんが呼ばれていくのは日独2つの言語での文芸活動に実績があって、朗読のイベントであればきちんと準備をし、参加者の質問に真剣に対峙し、常に言葉について考えを巡らせているからだ。そして自分はそういうことはひとかけらもしていないのだ。羨ましがっていないで、旅行は貯金して休暇に行くしかない。

    本の内容について。多和田さんが思いつくことはひとつひとつ興味深くて、なるほどねえ、と脳がマッサージされるような気持ちよさがあった。彼女が読んだ言語学の本の感想も、自分はまず読まないジャンルなので、代わりに読んでもらって面白いところだけ教えてもらうような良さがある。ただこの本を読んで面白かったことを、自分はどんどん忘れてしまう気がする。面白いのだけど、脳の表面をひっかいて滑り落ちていく情報。自分は言語について考え続けていないから、言語の知識を育てる畑の土ができあがっていないのだと思う。言語について興味を持っている読者であれば、わたしの何倍も面白い本だと思う。

  • 311の後、コロナ前。言葉との向き合い方がとても丁寧で相対的で面白かった。3つ言葉ができるといいなあ。ベトナム語またやろうかな。

  • vollmondのkomachiさんがインスタで投稿していたことがきっかけで読んでみた。英語、ドイツ語を学ぶにあたりぶつかった疑問を解いてくれるような本も紹介されていて参考になる。ふと思っていることを言語化してくれていて、これが言いたかったんだ!と思う箇所も。言語学習者、特にドイツ語学習者にはおすすめ。

  • 日本語とドイツ語で小説を書き、英語やロシア語も出来る多和田葉子さんが、
    日本語で書いた小説をドイツ語に翻訳する期間、言葉について考え書かれた日記。
    世界中を旅して朗読活動をされているので、
    様々な国の色々な言語を使う作家や詩人や学者の方々との交流も興味深く、
    知的だと思うけど難解な感じはなく読みやすかったです。
    ヨーロッパでは多言語を話される方も多いけど、
    上海の喫茶店で周りの人たちがそれぞれ
    中国語、日本語、韓国語、英語で話していて、
    ある若い学生の集団は次々と言語を変えて話していたことを思うと、
    アジアもアジアで多言語が交錯する場所ですよね。

  • 日付が入ったタイプの日記。"聞き手にも同じ意見を持つように強制しているわけではないのだから"、言い切ってしまっていいのではないか、のようにところどころじんとする言葉が散りばめられている。決して言葉ひとつひとつに穿っているというかムキになっているとかではなく、向き合う姿勢さえすっとしている感じがする。

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著者プロフィール

1960年東京都生まれ。小説家、詩人、戯曲家。1982年よりドイツ在住。日本語とドイツ語で作品を発表。91年『かかとを失くして』で「群像新人文学賞」、93年『犬婿入り』で「芥川賞」を受賞する。ドイツでゲーテ・メダルや、日本人初となるクライスト賞を受賞する。主な著書に、『容疑者の夜行列車』『雪の練習生』『献灯使』『地球にちりばめられて』『星に仄めかされて』等がある。

多和田葉子の作品

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