東北を聴く――民謡の原点を訪ねて (岩波新書)

著者 :
  • 岩波書店
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レビュー : 16
  • Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004314738

作品紹介・あらすじ

「牛方節」「斎太郎節」「新相馬節」…。土地に生まれて根づいた唄に、人々はどんな思いを込めてきたのか。時代を経て人々に口ずさまれる中で、唄はどのような変容をとげてきたのか。詩人が、津軽三味線の二代目高橋竹山とともに、東日本大震災の直後に被災地の村々を行脚した稀有な旅の記録。

感想・レビュー・書評

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  • 「東日本大震災が起こったとき、わたしが一番欲したのは、東北の声を聴くことだった。濃密な東北弁の声を聴きたかった。文字ではあらわすことのできない、生活のニュアンスがつまった方言で、地震と津波で失われたものが何であるのか、これから何十年にもわたって続く放射能汚染の恐怖と、したたかに向き合うための、ことばを探した。求めているのは文字ではなかった。あくまで、本能的に声を探していた」

  • 二代目高橋竹山と詩人佐々木幹郎の東北門付けの旅。

    民謡の原点のはなしや、初代高橋竹山の津波から逃れた話など、どれも考え深いものばかりだった。

    なかでも、瓦礫の中から聞こえてくる『八戸小唄』に、「今日だけは悪い人になります」とその場をあとにしなければならなかったというのには、胸が張り裂けそうになった。

    『大漁唄いこみ』を浜辺で二代目が歌い、 漁師さんやその女房たちは手拍子打ち、消防団長が踊る。
    その様子にこう綴られる。
    『これがほんとうの門付け芸だ』
    『現代では、どこかの会場でのライブ形式でないと不可能だと思っていたけれど』

    私も、そんな生きた唄を歌いたいなぁと強く思った。

  • 東日本大震災をうけて、2011年の9月から2012年の8月まで、三味線奏者の二代目・高橋竹山と著者が、初代・高橋竹山が門付き芸をして歩いた東北の地を訪ね、被災地の仮設住宅の集会所でのライブ・コンサートから始めて、被災者の体験談を聞き、そして数々の東北民謡の源流を探る旅をした、その内容がこの本です。「牛方節」や「斎太郎節」や「新相馬節」など、東北には有名で、地域に根差した民謡があるということでした。そういえば、民謡、という文字を見れば、東北があたまに浮かびます。東北人といえば、シャイだという印象がありますけれども、そんな東北人が生みだし、愛してきた民謡というものは、僕なんかが考えるに、シャイだからこそ、唄という形式でもって、普段出さない大声を出してすっきりするためのものとしての一面もあったのではないのでしょうか。唄にすれば、これは唄なんだからというエクスキューズが働いて、気兼ねなく声が出せるんだと思うんですよね。

  • 民謡の歌い方はどのように変わってきたのか?2011年の震災後、大昔の震災を乗り越えた先代の記憶を二代目とともに辿る旅は、東北の民謡に関わる人々の記憶を辿りつつ、生きた民謡の歴史を紐解く。
    イマドキの津軽三味線は早弾きが多いので、寒い地域の津軽三味線はそういうもので、沖縄の三線はのんびりしているのかというどこかで聴いた説明をうっかり信じそうになったが、津軽三味線も一昔前はゆっくり奥深い音色を楽しむものだったらしい。是非とも聞き比べてみたいものである。

  • 最後までのこるもの、それが唄だ。

  • 民謡について歌詞書かれた本を探していたのだが、これくらいしか見つからなかった。
    東日本大震災後の民謡研究旅エッセイって感じの内容でした。

  • 7月新着

  • 詩人の佐々木幹郎が2代目高橋竹山と震災後に1年間、被災地を訪ねて、津軽三味線と詩の朗読をしたときのことをもとに書かれたもの。
    冒頭に幹郎さんの「鎮魂歌」という詩がとても染みました。すばらしい鎮魂歌です。

    この本の中では、2代目竹山さんが歌った東北地方の民謡がいくつか取り上げられています。私が小さいころに聞いたことがあるものもたくさんありました。

    エンヤトットという掛け声が有名な斎太郎節もありました。
    私は今までは斎太郎節(松島の瑞巌寺ほどの寺はないトエー(略)前は海、後ろは山よ、小松原ダエー)って、なんだか、風景をそのまま歌っただけで、だからなんなんだかねぇ、、、って思っていましたけど、この章を読んで、そのあと、この本の最後のほうで幹郎さんが、
    「私は東北の声を聴きたいと言いながら、『聴こえるもの』にだけ耳をそばだてようとしていたのではないか。…」
    と語るところと、また、2代目竹山さんの演奏のアンコールは斎太郎節のリクエストがとても多かった、というところを読んでみてから、あらためて、斎太郎節を唄ってみると、行ったことがない松島の風景を潮風を感じながら海の上からしみじみと眺めている気持ちになって、とても心地よかったです。

    歌の力はすごい、ってよく言われますけれど、それを体感いたしました。

  • 佐々木幹郎『東北を聴く 民謡の原点を訪ねて』岩波新書、読了。震災の年の9月から翌年8月まで、詩人の著者は二代目高橋竹山と共に、初代が門付け芸をして歩いた跡を訪ねた。仮設住宅でのライブ、被災者の体験を聴くその路程は、東北民謡の源流を探る旅となる。

    瓦礫に埋もれたつぶれた家の下から、民謡をうたう声を聴いたという被災者の話。このあと津波の第二波がおそってくる。民謡の力とは何なのだろうか。時代を経て人々に口づさまれる中でどのような変容を遂げたのか。稀有な旅の記録である。

    最後に佐藤貞樹の『高橋竹山に聞く』(集英社)から、竹山の音をノヴァーリスの詩の如く理解していた話が紹介されるが、

    すべての見えるものは見えないものに、
    聞こえるものは聞こえないものに、
    感じられるものは感じられないものに
    付着している。おそらく、
    考えられるものは考えられないものに
    付着しているだろう。
    (渡邊格司訳『断章』岩波文庫、1942年)

    これが印象的である。初代竹山の音を高校生のとき、聞いたことを思い出した。

  • 岩波新書 388.9/Sa75
    資料ID 2013104652

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