ドキュメント 豪雨災害――そのとき人は何を見るか (岩波新書)

著者 :
  • 岩波書店
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レビュー : 16
  • Amazon.co.jp ・本 (240ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004314875

作品紹介・あらすじ

決壊する河川、崩壊する山々、危険をはらむ土砂ダム…。東日本大震災から半年後、紀伊半島を襲った台風は一〇〇名近くの犠牲者を生んだ。その時、人々は何を見たのか。奈良県十津川村、和歌山県那智勝浦町の現場を、ノンフィクション作家が行く。首都水没予測も含め、豪雨災害の実態を伝える迫真のドキュメント。

感想・レビュー・書評

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  • 現在 2F展示コーナー配架展示中 ”企画展示:「地震」「防災」”
    【配架場所】 図・3F文庫新書(岩波新書 新赤版 1487) 
    【請求記号】 080||IS||NR-1487

    【OPACへのリンク】
     https://opac.lib.tut.ac.jp/mylimedio/search/book.do?target=local&bibid=165366

  • 高野山十津川旅行シリーズ。非常に良い。十津川の豪雨を昭和と平成の両方について記述してある。最終章の大都市への記述はとってつけた感がある。

  • 第1、2章はH23年和歌山での土砂災害のルポタージュが中心。「まえがき」こそ命からがら助かった住民の方の話だったが、そのあとの本編は住民目線の話はあまりなく、むしろ行政側(首長、防衛省、国交省)や建設業者による対応こそ、中心的に描かれている。行政の対応等に光をあてられていること自体は有意義。

    惜しむらくは、そのように目線ごと(プレーヤーごと)にわけて描かれていればそれぞれの活躍ぶりがよく伝わっただろうということ。
    様々な話を一緒くたにして書いたり、途中に学識者(静岡大・牛山教授)の話をまぜこぜにして書いたりしているため、情報が頭に入ってこない。
    その点、『ドキュメント 御嶽山大噴火』や『前へ!—無名戦士たちの記録』のように、主人公やテーマをわけて書いてほしかった。

    ただそんなことがどうでもよいくらいに、締めくくりにあたるはずの第3章はひどかった。「やっつけ」である。せっかくここまで和歌山での土砂災害を取材して記述してきたのに、急に、
    土砂災害ではなく大河川の災害の話になり、
    山間部ではなく首都圏の話になり、
    極めつけは、もはやドキュメントでもなんでもなく、ジャーナリズム?になる(というか、既存の内閣府防災の報告書の紹介と、高橋裕先生の少しのコメント、そして消防団員の手記の長い引用、等・・・)。
    最終的には筆者の個人的な感想が締めになっており、学生の出来の悪いレポートを読むよう。
    あぁ残念。このテーマはきちんと誰かに書いてほしかった、と悔しい思いさえ抱きたくなる。

  • ↓利用状況はこちらから↓
    http://mlib.nit.ac.jp/webopac/BB00528961

  • <内容>
    2011年の紀伊半島南部豪雨における大規模災害の事例を、ドキュメントとして起こしたもの。この事例を踏まえた上で、首都における治水対策がどうあるべきであるかを検討している。

    <感想>
    私自身九州北部豪雨の最中で対応に追われた人間なので、あのときの絶望感はいやというほど身にしみる。さらに、紀伊半島の場合は夜間に大規模地滑りという形で集落ごと消滅するという未曾有の災害だ。現場の方々の苦労といい、絶望感に苛まれただろう。
     後半部の治水対策がハード面で十分になればなるほど、決壊したときの位置エネルギーが大きくなるという言葉は傾聴に値する。

  • 10月新着

  • ○2011年の紀伊半島豪雨災害について、その関係者等の話しをまとめたドキュメント作品。
    ○本書中にもあるように、当時は、東日本大震災のあった年であり、印象は強く残っていなかったのだが、本書を読んで、むしろ強烈なインパクトを受けた。
    ○十津川村の歴史など、山と暮らす文化についても、興味深かった。
    ○本書の最後に、首都圏等における水害の予測・危機についても触れているが、最近の気象状況を見ていると、まさに人ごとではない問題と感じた。

  • 今、地方行政に関わる全ての人が読むべき本だと思う。もちろん国政に関わる人々も。

    2011年に奈良県十津川村、和歌山県那智勝浦町で起きた豪雨災害の詳細レポートとその考察を中核に据えて、今後日本人が豪雨災害に関して何を考えていかなければならないのかをまとめた力作。

    読んでいて一番思ったのは、国や地方自治体は「起こるかもしれない」を真剣に考える必要があるということ。その時だけ担当を決めて、マニュアルを作り、事前に予告して行う避難訓練なんかに意味はないのです。
    鳥取県の片山元知事(この方、図書館政策で有名ですが、防災に関する取組も素晴らしいです)は、県知事任期中に「防災のことだけを考える人」を役職として設けて、鳥取県の防災対策を見直させました。その結果机上の空論になっていた多くのルールを見直すことができ、鳥取県西部地震の際に県は迅速な対応を取ることができたと言います。国が都道府県、市町村にこういう人を置くこと(もちろん形だけでなく)を義務付けてしまえばいいのにと思う。

  • 2011年9月に発生した奈良県十津川村、和歌山県那智勝浦町の豪雨災害の詳細なレポート、そして、その事例を踏まえ今の東京の水害に対する脆弱さを指摘している。

    被災地に共通していえることは、ここ何十年かは大丈夫だったという近視眼的な、根拠の無い安心感。
    土地の古老といっても、記憶があるのはせいぜい70年から80年ぐらいのもの。しかし、たとえば那智谷の地形は、専門家からみれば典型的な谷底平野であり、長い年月をかけて川が谷底を暴れ、谷を削ることに寄って平野が形成されてきた地域であるらしい。
    そこが危険な場所だという認識に、欠けていたのではないかという指摘。

    そして、やはり被害が発生した地域では、本気での防災体制が確立されていなかったという指摘。
    形式的には、防災体制図は完備され、法律的基準は満たされていると国に報告はなされている。しかし、実際に避難を始めるタイミング、そしてそれを伝える手段、さらに実行する能力について、本当に備えがあったといえるのだろうか?

    この二つの指摘は、決して本書で取り上げられた地域にのみ適用される特殊な事例ではない。むしろ、日本全国、私や貴方が現に住んで、働く、その土地でも指摘されるべき弱点なのではないだろうか。

    そして、本書の第三章は、具体的事例をあげて、現在の東京の脆弱性を指摘している。たとえば、荒川右岸鉄道橋、たとえば中央区付近の地下鉄等々。
    あまりに人が集まりすぎているから、有効的な対策がとられていない、さらにみんないるからという根拠の無い安心感が、さらに危険性を増幅させる。

    私も昨年、本年と豪雨被災地の支援に現地に赴いたが、いずれの地も、雨が降っていなければ なんでこの場所が?という一見穏やかそうな場所。地球温暖化が理由なのかどうかはわからないけど、いままで大丈夫だった場所が、同じ理由のままこれからも大丈夫なんてことを信じるべきではない。

    まず、自分の意識を点検し、改めるべきところは改める。そして、家族にそれを広げ、地域に広げ。さらに自治体、国まで真剣に国民の安全を考えるようにすること。それが、自分を含めひとりひとりの命を守ることに直結していると強く感じた。

  • なるほど・・・。
    北海道の「新十津川市」というのは、122年ほど前、十津川を襲った災害で新開拓を決心した村民の移住先だったんですね。
    日本は災害が多い。しかし、場所によることも確か。
    100年に一度と言われても…なかなか実感を持って防災にあたれないのが人情かと。

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