ものの言いかた西東 (岩波新書 新赤版1496)

  • 岩波書店 (2014年8月20日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (224ページ) / ISBN・EAN: 9784004314967

感想・レビュー・書評

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  • ざっくり言うと、関西と東北のものの言い方の違いが各種データを通じてわかる本。とにかく豊富な調査があり、それを比べるだけでも楽しくなる。東北は多弁が少ない、単刀直入にものをいう、というのは興味深い。関西のやたら丁寧な物言いが生まれた背景も交流が多くコミュニケーションが複雑になっていたからと聞くとなるほどと感じる。九州もどちらかというと東北寄りなのだろうか。

    では東北は「遅れている」のかといえばさにあらず。オノマトペという表現の豊かさがあり、東北の人はよく使うという。感性的な部分に訴える独自の美しさがあるといえる。

    わたしは新潟生まれなので東北の話し方を少しはわかっていたつもりだったが、ほとんど知らなかった事がわかり目から鱗でした。

  • やや関西圏を特別視している感はあるが、人口集積地としての歴史の長さと考えれば、納得感は得られる。方言そのものではない点に着目した内容はとても興味深い。

  • 他の本で、次のような話を読んだ。
    人に何かをしてもらったときに「助かった」や「良かった」で感謝を表現する地域もある、と。
    自分がまさにそうだった。そして、それで感謝が伝わるものだと思っていたから、全国共通でないことに驚いた。
    その出典元がこの本だったので手に取った。

    同じ日本でも「言い方」がこんなに異なることに驚き。
    相手の言い方にムッとしたときに、その人を失礼な人だ、と決めつけるのではなく、そういう言い方の地域で育ったのかも?という視点も持ち合わせたいと思ったり。


    以下メモ

    方言とは従来、狭い意味での形や意味、文法を取り扱うことが多かった。
    例えば、ショッパイ/カライの地域差。イル/オルの東西差。
    この本は、ものの言いかたや話し振りに注目したもの。
    例えば、お礼の言い方や頼みごとの仕方、挨拶の方法など。

    ものの言いかたの背後には、それを生み出す話し手の考え方や姿勢が隠れている。その地域的な違いを本書ではあぶり出してみようと思う。さらに、本書の関心は、そうした地域差を生み出す社会的な要因にも及ぶ。


    ・口に出すか出さないか
    概して、近畿を中心とする西日本では口に出す傾向が強く、九州と東日本、とりわけ東北では口に出す傾向が弱い。
    おしゃべりか無口か、挨拶をするかしないか、感謝や文句を口にするかしないか、値切るかどうか。
    どう言うか以前の問題、つまり言葉を発するか発しないかという基本的な部分が地域によって異なる。

    ・決まった言い方をするかしないか
    朝は「オハヨー」と挨拶する。これが日本人の朝の習慣であり、礼儀であると私たちは考えている。そしてこのことは、どの地域にも当てはまることだとも思いこんでいる。しかし、現実はそうではない。日本には「オハヨー」というお決まりの言葉で挨拶を交わすことのない地域が存在するのである。


    ・間接的に言うか、直接的に言うか
    京都人は他人にかまわれることが大嫌いで、最低限必要な笑顔と声掛けは欠かさないけれど、他人事には極力かまわないようにするのだそうである。
    こうした京都のやり取りに対して、東北では相手の私的な領域に立ち入る。しかも前置きをしたり、ぼやかしたり、遠回しに言ったりすることなく、率直に相手のプライバシーに切り込む。
    (例:京都「あら、お出かけどすか」「へえ。ちょっと、そこまで。」
    気仙沼「どこさ行くのー。」→「仕事すさ。」

    オノマトペの使用を通して、現象描写のあり方についても検討したところ、現場性重視の直接的な表現が盛んな地域(特に東北)と、そうでない地域(西日本)とが見えてきた。


    ・言葉で相手を気遣うかどうか
    人から恩恵を受ける、特にお金を貸してもらったときには当然「ありがとう」と言わなければならない。それが常識のように思われる。ところが、日本にはこの一言をあまり口にしない地域がある。
    申し訳ない(恐縮を表す):近畿の一部から東側
    言わない:東北・関東
    助かった、良かった(自分自身の安堵感):中国四国の一部と特に九州。


    ・ものの言い方の地域差を生み出す要因
    社会環境→言語環境→言語態度→言語活動

    コミュニケーションの相手や種類が増えると、言わなくともわかるコミュニケーションから、言わなければわからないコミュニケーションへ変化する。さらに、いかに効果的に相手に働きかけるかという面にも注目が集まるようになる。

    ・東北方言はオノマトペや感動詞が豊かである。こうした現象は、言語的発想法の発達という観点からすれば、加工性や客観性が極めて弱い段階にあたる。しかし、見方を変えれば、それは、直接性や主観性を強化する方向への発達を遂げたものであると考えることもできる。
    東北方言は会話が交わされるその場から、現実味のある表現を行うことに長けている。

  • 洗練された近畿と比較した東北、東北、東北。タイトルにあるような西東というより関西と比較した東北。

  • 名詞や動詞、形容詞の方言の本を
    いろいろ読みましたが
    これは「シチュエーション」の方言
    について書かれた一冊なのがおもしろかった。

    例えば、食事中のこんな場面。
    同席している誰かに醤油差しを取ってもらう。
    そのときあなたは…って、調査なのですが
    「感謝の意にあたる言葉を発しない」
    地域があるなんて!
    でも、ずっーと読んでいくと
    「ありがとう」と言わないだけで
    なんらかの相づちは打つみたいですね。

    他にも、用件にズバッと入るか
    前置きを長く取ってから入るか、とか
    子守唄は脅かし系か甘やかし系か、とか
    そんなところに違いがあったのかと
    いろいろ知ることができました。

  • おもしろかった

    秋田出身なので東北の言い方に関してはとても深くうなずける。筆者二人も東北ベースの人で関西の表現に驚きをもって書きあらわしているところがうれしかった。
    「買う」と言いながら店に入る、「どうも」だけ言い合って会話が終わることは実体験。

    何かを言わないその場の雰囲気も「方言」のうちと言うのは新しい知見だ。

    自分を第三者の場において客観的にものをいうなんて難しいことは確かにしないし考えたこともなかった。

  • 一見、方言の東西比較の本かと思った。方言論には違いないが、一つ一つのことばがどうのこうのというより、いわば言語行動の方言論である。よくしゃべるとか無口かは個性と言える面もあるが、それが傾向として大きな集団について言えれば方言の違いということになる。より正確に言えば、方言の地域区分による言語行動、言語パターンの違いの論である。小林さんは東北(新潟)の出身で、東京を経て仙台に就職した。澤村さんは山形仙台を経て和歌山に就職した。小林さんは東京を経験し、澤村さんはおそらく関西圏のことばに日々触れつつあるのだろう。本書はこの二人の研究を下敷きに、多くの先行論文のデータで補強し、方言による言語行動のパターンを7つに定式化するとともに、それがなにゆえそうなったかを歴史的にさぐっている。その7つというのは、(1)発言性―口に出すか出さないか(2)定型性―決まった言い方をするかしないか(3)分析性―細かく言い分けるかしないか(4)加工性―間接的に言うか直接的か(5)客観性―客観的に話すか主観的か(6)配慮性―ことばで相手を気遣うか気遣わないか(7)演出性―会話をつくるかつくらないか である。(1)はたとえば、おしゃべりか無口かで、お礼を言う人は文句もいい、この傾向は近畿を中心とした西日本と関東に強く東北では弱いというようにである。また、(2)について言えば、東北の被災地で介護にあたった女性は「おはようございます」と言っても挨拶を返してくれなかったことにショックを受けたが、これは、東北ではそうしたときの定型のことばがなく、「おはようーはい」とか「はやいね」のような言い方をするからだそうだ。(3)の分析性では大阪弁が「言え、言い、言うて」のように命令形をいくつも言い分けるとか、痛いときに西日本では叙述と感嘆を「いたい/(あ)いた」と言い分けるのに、東日本ではどちらの場合も「いたい」ですませるといったふうに違いがあるという。いくつもの意味をもつ「どうも」が東北を中心としてよく使われているというのもこのタイプである。(7)では、観光バスのガイドさんがなにかしゃべったとき、関西の人はすぐに反応するが、これはめだちたがりというより、いっしょに会話をつくっていこうという配慮がそこにあるからだという。ぼくは関西の出身で、豊橋にきてすでに40年近くになるが、ここで言う西日本特に大阪人の言語行動はほぼ自分にあてはまる。本書はそうした、人々がなんとなく感じていたことを多くの研究成果を駆使し、大きな論をつくりあげている。その結論は方言周圏論を思わせるものであり、筆者たちはそれを(価値の優劣を含めない)言語発達の段階の違いと述べるが、それは未発達な地域が今後発達地域のあとを追いかけるのではなく、そこでの特徴をより発揮させる方向へ進んでいることを強調している。たとえば、東北方言はオノマトペや感動詞に富むが、それは東北方言が身体化された言語を発達させているのだと言う。各章にまとめがあり、8章にさらにそのまとめをおき、9,10章でその原因を論じる。本というのはこのように全体に体系性がもとめられるのだが、本書はまさにそれを徹底的に具現化したものである。(そこに、「どうだ」という筆者たちの誇らしい顔も浮かぶが)

  • やっぱり人って環境に左右されちゃうのね、、、

    岩波書店のPR
    https://www.iwanami.co.jp/search/index.html
    https://www.iwanami.co.jp/hensyu/sin/sin_kkn/kkn1408/sin_k780.html

  • 方言だけでなく、言い方から地域性を比較していく。扱うエリアは主に東北、関東(首都圏)、近畿と、少し九州。北海道、中部、中四国、沖縄はなく4エリアに絞っている。

    中盤まではそれぞれの地域の言い方の比較を列挙している。意外にも(?)関西は相手への気づかいが、東北はいきなり本題に入ったりとあまり相手への考慮は少ないといった傾向を示している。

    後半は一気に言語学・民俗学のテイスト。こうした地域性がなぜ発生したかに言及しているが、それほど深い考察ではなくだいたい予想通りの展開(都市化か農耕社会かの違い)だった。

  • 関西と東北で比べると関西は話し方に型があり、丁寧な言い回しで東北は短く要件を言う傾向。ただ地方出身の友人を思いながら読んだがあまり当てはまらない。地元同志や結婚など繋がりの強さも影響するのかな? 変化の激しい言葉を丁寧に聞き取り調査し地図に落とし込む仕事は膨大で曖昧で要件定義から大変な作業だったことと思う。これからは旅行の時、「もののいいかた」の違いも楽しもうと思う。

  • ものの言いかた(言語的発想法)に注目したおもしろい試み。
    たしかに「何を言ったか」よりも「どうしてそういった言い方を選択するのか」に着目した方がおもしろいが、その文化的背景・地域の歴史等を読み解くのは非常に大変だと思う。

  • 東北地方は「礼も言わないが文句も言わない」傾向とあるが、私自身はあまりそう感じなかった。ただ、言葉というか会話は短いという印象がある。
    それ以外にも、様々な違いがある事が分かった。個人差もあると思うが、きっとそんな傾向があるんだろう。
    アメリカ人もみんな陽気かと言われれば、当然そんなことはない(過去に、超絶真面目なアメリカ人に会ったことがある。)。

  • 2025/07/14

    方言、なんでやねんとか言葉の直接的な言い方はよく話題になる。でも著者達がいうようにこの場面でこの地域の人は何をいうか、そもそも何も言わないかって違いがあるなと思った。最後の方にでてきた東北に物産展で来た関西のお兄さんは喋らん相手に喋り続けるのって結構しんどくないかと思った。
    喋らんかったらどうやって仲良くなるんやろうと思ってしまう関西人。

    p50
    喧嘩というおよそ挨拶とはかけ離れた場面においても、近畿には表現の型が存在する。
    「おまえ」「われ」「このがき」などと相手に呼びかけたあと、気に障る行為を「なめたら」「なめとったら」と指摘し、それに対して「あかん」「承知せん」「いわす」などと嫌悪感や報復の可能性を提示する。こうした表現の型が近畿全体で共有されてるのが分かる。

    p170
    発達地方は近畿、未発達地方は東北。
    →ゆる言語学ラジオでいってた、人口密度が高いほうが言語の種類は増えるって言ってたのを思い出した。2km先で全然違う言語を喋っているらしい。
    東北は雪が降るから冬の間家の人としか喋らなかったから、独特の言葉が産まれやすいっていうのもあった気がする。対して関西は商業が発達してたから愛想よく会話を回す必要があるから定型があるんかなと思った。

    p172
    会話の相手が多様化し、会話の種類が豊富になる、それに伴い会話自体の頻度も高まる、そうしたコミュニケーションの複雑化・活性化が発想法の発達に大きく影響するのではないかということである。

    p211
    東北方言はオノマトペや感動詞が豊かである。

    直接性や主観性を強化する方向への発達を遂げたものであると考える事もできる

  • 関西人はおしゃべりとか、東北人は寡黙とか、何となく感じていたイメージを様々な調査で形にしてみたもの。ケンミンショー的な感じで地域比較するのは面白い。易しい語り口でサラサラ読める。
    もちろんこれで地域ごとに優劣をつけるのではなく、それぞれの地域が歩んできた歴史を尊重する態度を持ちつつ読むことが大事ですけれども。

  • 西東は世界的な西東ではなく、日本国内の話であることにまず注意。

    では、話の内容はごく狭い、もしくは小さな違いについて述べているのかと言うと違う。
    日本でもこれほど「ものの言いかた」に違いがあるのかと衝撃を受けた。

    時折ネットでは「お店で食事のあとにありがとうと言うか」との論争が起きる。
    それは大抵、本人の資質や躾のせいにされがちである。

    だがもしそれが、方言のように地域差によるものだったとしたら?

    今まで実際、本人の資質などが大きいと思っていた私には、その提言が衝撃的だった。

    この本に紹介されているが、挨拶をしても挨拶で返さない、「おはよう」と言っても「はい」などと返す地域もある。
    何かを取ってもらっても、特段ありがとうを言わない地域がある。

    「食事のあとにありがとうと言うか」は、簡単に本人の資質、躾などと言えない地域差によるものかもしれない。
    そういう文化がない地域の店員は、ありがとうと言われて戸惑っているかもしれない。

    文化の違いなので、ありがとうを言わない地域は劣っているなどと言うつもりはないし、この本でもそういうことは言っていないが、新しい視点を持つことができた。

  • 関西人はものの言いかたはステレオタイプでイメージできる範囲のものだったが、東北人については「おはよう」とあまり言わないとか「買うー」と言いながら店に入るとか、こちらの認識をすこし越えていた。おもしろい

    地方による気質の問題と思われるものを一種の方言の問題として定義し直しているのだが、言語の問題なのか文化の問題なのか明確な境界線は引き難いものとおもった

    いろいろな軸でものの言いかたを比較しているが、結局は複雑な関西と単純・素朴な東北といった格好にどの軸でも落ち着いており、背景にあるのは社会環境の複雑さ度合いと整理してしまうと身も蓋もない感じはする。ところで、ひとつの言語の方言間でなく、異なる言語の間で同じような分析はできるものなのかな?

  • 面白かった!言うか言わないかも方言なんですね。日本全国のあちこちに親戚がいるので色々と地域差があることは感じていたけど、その説明を読んだのは初めてでした。勉強になりました。

  • 方言には、「なおす」「いただきました」などなど、地域によって違う意味になったり、異なる場面で使われる言葉もありますね。

    所蔵情報:
    品川図書館 818/Ko12

  • 日本において、東北地方の言語文化だけが異質だという結論。研究結果というより個人で調査した結果を羅列した感が否めなかったのは私だけだろうか、とはいえ、納得できる背景と言語文化の成り立ちは読んでいて純粋に面白かった。

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著者プロフィール

傳承文化研究所所長。百人一首や和歌を中心に記紀万葉集等の古典研究を通して、日本語と傳統文化を広げる活動と同時に歴代天皇御製研究を行っている。

「2023年 『天皇御製に學ぶ日本の心〜室町・戰國編〜』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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