復興〈災害〉――阪神・淡路大震災と東日本大震災 (岩波新書)

著者 : 塩崎賢明
  • 岩波書店 (2014年12月20日発売)
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  • Amazon.co.jp ・本 (240ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004315186

作品紹介・あらすじ

災害復興においては、その長い過程で新たな問題が生じ、被災者を悩ます。そして、災害常襲国である日本の備えはまだまだ貧弱だ。阪神・淡路大震災から二〇年。その痛恨の教訓は生かされず、今また「復興」の名のもとにもたらされる災害が東北を覆っている。次の復興災害をどう防ぐのか、多くの災害現場を見てきた著者が提言。

復興〈災害〉――阪神・淡路大震災と東日本大震災 (岩波新書)の感想・レビュー・書評

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  • 災害情報伝達を業務とする我々は、発災時のみならずそのあと3日が生存に重要、と言い続けているのだけど、さらにその先にあるハコモノ行政と商業地・住居の整理の問題について経験則をまとめた新書。あんまり答えめいたものはないのだけど、文句ばかり言っても始まらないので、平常時からコミュニティを強固にしておき、災害時にも繋がれるインフラを安価に維持しておくということなのではないかと個人的には帰結している。

  • 【つぶやきブックレビュー】鎮魂の日。あの日から22年。

  • 阪神淡路の復興の在り方の確認から始める本書には非常に好感が持てるし、
    必要なステップだと思われる。

    復興災害は主に、住まいとコミュニティにかかわる。
    そもそもが住まいを変えるということは
    それ自体が労力のかかることであって、
    それを減らすようにすることは社会的なコストの削減に資する。

    東日本大震災はさらに広大な土地かつ、別の要因も抱えている。
    そういった中ではさらに柔軟に対応していくことが必要だろう。
    上から下まで多くの日本人が驚き、恐れた災害である。
    地震だけでも10年で済む話ではないのだ。

  • カテゴリ:図書館企画展示
    2014年度第6回図書館企画展示
    「命 -共に生きる-」
     
    開催期間:2015年3月9日(月) ~2015年4月7日(火)【終了しました】
    開催場所:図書館第1ゲート入口すぐ、雑誌閲覧室前の展示スペース

  • より重要な点は、「復興」の問題である。新設された理念の第六項には、「速やかに、(中略)災害からの復興を図ること」という一文が入っている。災害対策の中に「復興」を含めるということであるならば、これはきわめて重要な意味を持つ。本来、災害から国民の生命・身体・財産を保護するという場合、災害の直撃から守るだけでなく、災害の影響でその後におそってくる危機からも守らなければならない。(p.172)

    政府の「減災目標」は今後10年間で、最悪の場合33万人とされる死者を8割減少させること、建物被害について全壊250万棟を5割減少させることなどの数値目標を掲げている。(p.184)

  • 神戸大学で,都市政策・住宅政策の専門家として,阪神・淡路大震災
    の復興の過程を見つめてきた著者は,復興の過程において,「力尽き
    て命を落としたり,家庭が崩壊したり,町や村が衰退したり」といっ
    た,「災害後の被害」が出てくることに気づきます。時に,行政主導
    の復興策が引き金ともなる災害後の被害,復興過程の被害(=復興災
    害)をどうしたら防ぐことができるのか。それが本書のテーマです。

    行政も万能ではないですから,失敗はつきものです。特に,未曾有の
    災害からの復興は,一つ一つ手探りの状態の中でやっていくしかない
    わけで,どうしても後手後手に回っていく部分はあるし,見落として
    しまうこともある。それは致し方ないのです。完璧なプランなんてつ
    くれないし,つくれたとしても,意図どおりに行くわけがない。

    だから,ずれたものは軌道修正しながら,何とか望ましい方向にもっ
    ていくしかないのですが,一方で,復興は悠長に進めていられないと
    いう事情もあるわけです。特に,政治家は,復興の進捗を示すために,
    目に見えやすいもの,形になりやすいものに飛びつき,進めたがりま
    す。復興責任を負わされる行政も同じ。かくして,被災地の間尺に合
    わないハコモノが「復興のシンボル」として建設されることになり,
    最初は威勢はいいものの,最終的には復興の足を引っ張るようになる。
    実際,神戸でも,長田の再開発計画が大失敗し,どうしようもなくな
    っています。

    神戸の教訓を生かし,同じ過ちを繰り返さないようにすべきなのに,
    東日本大震災の被災地でも,既に復興災害と呼ぶべき事態が発生して
    います。おまけに,あろうことか,今回は,大々的な復興予算の流用
    までが行われています。そのことに著者は憤りを隠しません。

    しかし,今回の復興では,復興予算は,構造的に流用される仕組みに
    なってしまっているのです。どういうことか。政府の復興構想会議で
    は,復興の原則として,「被災地域の復興なくして日本経済の再生は
    ない。日本経済の再生なくして被災地域の真の復興はない」という認
    識を持つべきことを強調しています。確かに,被災地の問題と日本全
    体の問題は,しばしば同列に語られてきました。復興基本法も,同じ
    精神でつくられています。でも,被災地の人にとってみれば,日本の
    再生より,まずは地元の復興のはずです。しかし,国の視点で優先す
    べきは,「日本全体の再生」であり,来るべき大震災に対する備えで
    す。だから,復興予算を日本全国の官庁や学校の耐震工事に流用する
    ことが許されるのです。

    東北のことを語りながら日本全体を語る。それは,この4年間,あら
    ゆる場面で繰り返されてきた構図ですが,東北と日本全体を同列に見
    る視点自体が,既にミスマッチなのです。このミスマッチから生まれ
    る矛盾,暴力が「復興災害」の正体でしょう。

    震災から丸四年です。「復興」や「再生」という言葉の裏にある暴力
    に気づかせてくれる好著ですので,是非,読んでみて下さい。

    =====================================================

    ▽ 心に残った文章達(本書からの引用文)

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    災害の発生や緊急対応は数時間から数日の勝負であるが,復興は数
    年から10年以上の長い過程である。その間に,力尽きて命を落と
    したり,家庭が崩壊したり,町や村が衰退したりすることがある。
    こうした災害後の被害を「復興災害」と呼ぶ。被害を少なくする減
    災のためには,事前の防災対策や緊急対応だけでなく,復興災害を
    防ぐための取り組みが欠かせない。

    現在の防災・減災対策の中には,復興施策はほとんど位置づけられ
    ていない。命さえ助かればあとは自分で,という形になっていると
    いっても過言ではない。

    阪神・淡路大震災の被災地では二十年を迎える今日もなお「復興災
    害」にさいなまれている人々が存在する。復興災害を繰り返さない,
    ということがいわば阪神・淡路大震災の最大の教訓であるが,それ
    が東日本で生かされているとは言い難い。

    (阪神・淡路では)結局,復興には多く見ても約11兆円しか投じら
    れなかったのに,16兆3000億円を復興に使ったかのように装い,多
    くの資金がインフラ整備やハコモノ事業に投じられ,生活再建が後
    回しにされ,その結果,さまざまな「復興災害」をもたらしたので
    あった。

    阪神・淡路大震災の被災者の仮設住宅と復興公営住宅における孤独
    死は,2013年12月までの19年間で1057人に上る。(…)
    しかも,震災から20年を経る今でも,毎年50人程が孤独死で亡く
    なっている。(…)
    多くは一日ないし数日で発見されるが,中には一ヶ月以上,あるい
    は一年以上も発見されない事例がある。

    東日本大震災の被災者らが,阪神・淡路大震災の復興に学ぼうと神
    戸を訪れ,予想に反して衝撃を受けるのが新長田の再開発事業であ
    る。そこでは震災から20年を迎えても事業は完成せず(現時点での
    めどは2017年とされている),それどころかでき上がった再開発
    ビルの中はシャッターだらけで,多くの商店主が日々苦しんでいる。

    神戸市は市民の反発に配慮してまちづくり協議会の結成を促し,行
    政・コンサルタント・市民の協議で事業をすすめる住民参加の形を
    整えたが,市民には対等に議論しうる力量に乏しく,実質的には行
    政+コンサルタントの案を追認する形でことは進んだ。

    まちの特性(ポテンシャル)に見合わない,巨大なハコモノ事業に
    商業者を巻き込んで,この結果をまねいたのは,まさに再開発事業
    のもたらした復興災害というべきであろう。

    (復興構想会議の「復興構想七原則」では)「被災地域の復興なく
    して日本経済の再生はない。日本経済の再生なくして被災地域の真
    の復興はない。この認識に立ち,大震災からの復興と日本再生の同
    時進行を目指す」という。
    しかし,東日本の復興という場合に,被災地の問題と日本全体の問
    題を同列に捉えるのは正しいだろうか。(…)
    ここに見られる被災地の復興と日本経済の再生を並列する考え方は,
    その後の復興基本法に反映し,復興予算の流用を生む根源となって
    いく。(…)
    東日本大震災復興基本法では,対象を日本全国に拡大し,結果的に,
    被災者・被災地の復興以外に資源をふり向けていく構造が,すでに
    最初からできてしまっているのである。

    数百キロメートルにわたって三陸沿岸を巨大防潮堤が覆う事業は,
    海岸地域の自然を著しく破壊するという指摘もなされている。本来
    であれば,十分な環境アセスメントがなされなくてはならない大事
    業である。十分な検討のないままに,予算が確保されたからといっ
    て巨大事業が展開され,人びとの生活が戻らない街になってしまっ
    ては,本当の意味で復興とは言えない。

    東日本大震災の復興過程では,これまでにみられなかった特異な状
    況が進行している。震災復興のための予算が復興以外の事業に流用
    されているのである。

    復興税は,大震災の被害に多くの国民が心を痛め,被災地の人たち
    に,一日も早く立ち直って,元の生活をとりもどしてほしいという
    願いのこもったお金を集めて財源とした。それが被災地に向かわず,
    別のところに流れているところに,問題の根本がある。

    復興基本法では「東日本大震災からの復興(中略)と活力ある日本
    の再生」を二つ並べて目的とした。復興の基本方針においても,
    「活力ある日本の再生」というフレーズを金科玉条として,「東日
    本大震災を教訓として,全国的に緊急に実施する必要性が高く,即
    効性のある防災,減災等のための施策」を実施すると謳っている。
    こうして,被災地以外での事業も復興事業であるという,合法的な
    しかけがつくられたのである。

    全国の官庁や学校などの建物の耐震化が,復興予算を使って実施さ
    れているが,これは筋違いである。

    これから起こる災害への対策が過去の災害の復興になるという理屈
    はあり得ない。

    国土強靭化の主眼は東日本大震災や今後の大規模災害の被害に対す
    る国民のおそれを最大限に利用して,その防止を旗印にあらゆる分
    野でハード整備の事業を展開しようというところにある。民間資本
    の活用なども視野に入れてはいるものの,全体の牽引車として今後
    10年間で200兆円といった大規模な公共事業を推進しようとするも
    のである。(…)しかし,これから先,毎年20兆円もの公共投資
    を続けていくだけの財政力が果してあるのか,大いに疑問である。

    東日本大震災の,忘れてはならない特徴は,これが最後ではなく,
    さらに大きな災害が近い将来にやってくるその前夜だということで
    ある。南海トラフ巨大地震,首都直下地震,火山噴火,異常気象災
    害,原発震災などに加えて,それらのいくつかが同時に重なる複合
    災害も起こりうる。次なる巨大災害の危険性について,すでに多く
    の報告がなされている。
    このような大規模かつ複雑な難題に直面した国はかつでないのでは
    ないか。九世紀の日本が似たような状況であったといわれているが,
    当時は人口も少なく,原発もなく,複雑に発達した都市施設を備え
    た社会ではなかった。

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    ●[2]編集後記

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    先日,生まれて初めてぎっくり腰になりました。

    腰が動かなくなって初めて,腰って,文字通り,身体の「要」なん
    だということを知りました。ちょっとした動作でも,無意識に腰を
    使うんですね。腰を支点にしたり,テコにしたり。だから,腰が動
    かないと本当に何もできないのです。寝返り一つうてないし,立つ
    ことも,座ることもままなりません。腰の凄さ,偉大さを心底,思
    い知りました。

    腰を支点にできないから,必然的に身体の外部に支点をずらすしか
    なく,それでやむにやまれず,杖を使うようになりました。

    そうしたら,この杖が,ほんと便利なんですよね。杖が一本あるだ
    けで,腰に力が入らなくても,かなり動けるようになります。棒一
    本で,こんなにできることが増えるのかと感動しました。

    それで,腰が調子悪い間は,この杖を使って外出していたのですが,
    杖を使って人ごみを歩くのはとても大変でした。まず,スピードが
    全然違います。だから,結構な数の人に身体をぶつけられました。
    ぶつかっても誰も何もいいません。カバンがよく杖にぶつかるのに
    も閉口しました。

    杖をついて歩くような人間は邪魔だ。言外にそう言われている気が
    して,何だか悲しくなりました。自分自身,杖をつく人に対して,
    そういう思いを味わわせてきたのではないかと,反省もしました。

    ぎっくり腰,二度となりたくないですが,結果として,良い経験に
    なりました。そうそう,妻が鍼灸師であることを心の底から有り難
    いと思えたことも良かったことの一つでした。

  • 2015年3月新着

  • 勉強になりました。

  • 報道されることの少ない災害からの復興過程について改めて考えることができた。
    神戸では復興と銘打って造られた空港や地下鉄が赤字だったり、再開発ビルのずさんな運営管理。
    東北では広範囲ゆえの課題や、人材不足、寒冷地仕様ではない仮設住宅。
    今後起こりうる大規模災害など憂うべき事柄ばかりだけど、木造仮設住宅の話が明るさを感じさせてくれた。

  • 「人災」という言葉があるので「復興災害」という概念付けは定着しないだろうなぁ。
    結局、復興に際して「国が、行政が、人間が」その愚かさのゆえに、さらに傷を深くするということ。

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