多数決を疑う 社会的選択理論とは何か (岩波新書 新赤版1541)

  • 岩波書店 (2015年4月21日発売)
3.96
  • (103)
  • (137)
  • (77)
  • (16)
  • (3)
本棚登録 : 1918
感想 : 222
サイトに貼り付ける

本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

Amazon.co.jp ・本 (208ページ) / ISBN・EAN: 9784004315414

みんなの感想まとめ

集団での意思決定における「多数決」の仕組みやその問題点を探求する一冊で、読者にとって非常に考えさせられる内容となっています。多数決が本当に民主的な選択を反映しているのか、またその限界について科学的な視...

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • "民主制のもとで選挙が果たす重要性を考えれば、多数決を容易に採用するのは、思考停止というより、もはや文化的奇習の一種である。(p.6)"

     普段私たちが集団で何かを決めようとするとき、特に何も考えず「多数決」という方法をとるだろう。しかし、この「多数決」は手放しで信用できるものなのだろうか? 実は、多数決は完全からはまったく程遠い、いや程遠いどころかむしろ多くの欠陥を抱えた信用のならないルールなのである。
     最も理想的な意志集約の形は、もちろん「満場一致」であろう。全員が同意しているのだから、一番平和な解決だ。だが、現実には至るところに意見の対立が存在する。そこで、多数の人間の意思をなんとかうまくひとつに集約するルール(=「意思集約ルール」)を考え出す必要に迫られる。
     多数決の長所は、仕組みが単純明快で理解しやすく、しかも集計が容易なところにあると思う。だが、そもそも多数決は必ずしも多数派の意見を実現するわけではない(!)。例えば、A, Bの2人が立候補している選挙を考えてみる。支持率はそれぞれ60%, 40%とすると、この2人に対して多数決を行えばAが勝つ。だが、ここに3人目の候補者Cが現れた。CはAと似た政策を掲げていたために、元々Aの支持者だったうち半分がCに流れてしまった。すると、支持率はA, B, Cで30%, 40%, 30%となって、多数決の結果Bが勝利することになった。こうして、多数派が支持しているはずのA(またはC)の政策が多数決で選ばれないという事態に陥る。(2000年に行われたアメリカ大統領選挙で同様の状況になったそうである。)つまり、多数決は、候補が3つ以上あるとき「票の割れ」に脆弱なのだ。また、多数決は有権者の判断のうち、「誰を一番に支持するか」という一部分しか表明できないという欠点もある。
     本書の副題にもある「社会的選択理論」とは、意思集約ルールが備えているべき性質を数学的に定式化する学問である。18世紀から様々な意思集約ルールが検討されてきたが、その一つが「ボルダルール」である。それは"例えば選択肢が三つだとしたら、1位には3点、2位には2点、3位には1点というように加点をして、その総和(ボルダ得点)で全体の順序をきめるやり方で(p.14)"、票割れの問題を解決している。本書では、他にもコンドルセ・ヤングの最尤法、決選投票付き多数決、繰り返し最下位消去ルールなどが紹介されている。
     そうなると、問題なのは、多数決より色々な点で優れた様々な意思集約ルールが提案されているにもかかわらず、社会でそれらがほとんど認知されていないということである。多数決で決まったことに、なぜ皆が従わなければならないか。それは、本来であれば多数決の意思集約ルールとしての妥当性からその正当性が保証されるはずだ。しかし実際には、多数決を用いることは多くの場合妥当とは言えない。このような民主主義の根幹に関わる事実は学校教育で教えてほしかったが、「多数決」という自分の固定観念に穴をあけてくれたその一点だけで、本書を読んだ価値があった。
     本書の後半では、民主主義に関するルソーの議論を参照しつつ、投票について考察を深めている。フランス革命の思想的土台を作ったルソーは、人民は一般意志に基づいた熟議的理性を働かせて投票しなければならず、その限りにおいて少数派が多数派の投票結果に従うのが正当になると述べた。ここで一般意志とは、"自己利益の追求に何が必要かをひとまず脇に置いて、自分を含む多様な人間がともに必要とするものは何かを探ろうとすること(p.76)"である。だが、これは現代の民主主義国家における実際の投票の姿とは異なるもののように僕には思える。それは、有権者たちは(少なくとも僕は)「公」の利益より「私」の利益を最大化してくれそうな候補者に投票しているからだ。そうであるならば、「少数派は多数派の投票になぜ従うべきか」という倫理的な問題は結局、依然として未解決のままなのだろう。一方で、ルソーの構想したような投票は実現がかなり困難そうだ。一般意志に従って投票する(あるいは、投票しようとする)集団があったとして、その中に一人、個人の利益のために投票する人がいれば、彼は僅かかもしれないが他の人より得をするはずだからだ(従って、ルソーの構想した投票を実現しようとするなら、「裏切り者」の得が得ではないような仕組みを作らなければならないだろう)。
     民主主義と切っても切れない「投票」というものが、かなり根本的なところで未完成であることがよく分かった。

    1 多数決からの脱却
    2 代替案を絞り込む
    3 正しい判断は可能か
    4 可能性の境界へ
    5 民主的ルートの強化
    読書案内

  • みなさん,集団で物事を決めるとき,どうしますか?多分よくあるのは,満場一致か多数決か,力のある人(ジャイアンとか)の一声かでしょう.ジャイアンに決められるのは嫌だし,満場一致が本当はいいけどそれは現実的じゃないから,多数決におちつく.多数決で決まったものは「民主的に決まった」ものだから従わなくっちゃ.となるわけ.でもね,満場一致とジャイアニズムの間には,もっと色々なルールがあっていいわけです.その色々なルールを科学的に見ていくと,多数決ってのはみんなの意見をうまく反映できない仕組みのようなのです.もっとましなルールがあるのはわかってるのに.でもみんなそれ盲目的にを使っている.
    政治家を叩くのもいいんですが,政治家の行動原理であるところの選挙制度を疑ってみる,ってことを感じさせられる一冊です.
    あと,この手の話は一通り大学で学んできましたが,とてもわかりやすかったし面白かった.大学1年生の自分にぜひ読ませてあげたい一冊でした.

  • タイトルにひかれて読んだ。予想とは少し違って「社会的選択理論」の入門書的内容だったが、とてもわかりやすく参考になった。

    今やまったく「多数決」はほとんど暴力。「多数決なんだから民主的だ」「選挙に勝ったからこれが民意だ」という粗雑な論理がまかり通る。どうせアタシゃ少数派ですよ、もう何言ったってムダなんだから、とやさぐれた気持ちになりがちだ。

    「有権者の無力感は、多数決という『自分たちの意思を細かく表明できない・適切に反映してくれない』集約ルールに少なからず起因するのではないだろうか。であればそれは集約ルールの変更により改善できるはずだ」

    なるほど、そういう面も確かにあるだろう。して、具体的にどんな方法があるのか。

    筆者は、18世紀の革命前のフランスに遡って(!)話を始める。ボルダという科学者がパリ王立科学アカデミーで多数決についての研究報告を行い、そこで述べられたルールが今ではボルダルールと呼ばれているそうだ。これは、たとえば選択肢が三つだとしたら、一位に三点、二位に二点、三位に一点を加点してその総和で全体の順序を決めるやり方のこと。

    これを皮切りにいくつかの集約ルールが紹介され、比較検討される。その中で「社会的選択理論」というものの成り立ちも説明されている。学術的で難解なところは省き、一般向けにかみ砕いた内容になっているが、学問としての厳密さも伝わってきて、そこがおもしろかった。

    章が進むと論点は広く深くなり、ルソーの「社会契約論」にも言及しながら、「真の人民主権」とはどういうことかについても考察される。最後は、つい最近の小平市の住民投票について。この都道328号線問題は「多数決さえまともにさせてもらえない現状を疑うことの大切さを教えている」と筆者は書いている。「民主的」と称されているだけの制度を実質的に民主化していくことが必要なのだと。

    自分の無力感の出所をもう少し整理して考えてみようという気になった。たとえ末端のそのまた先っぽであっても、今ある仕組みを民主的とは名ばかりのものにさせないことが大事なのだろう。

  • 難しい話だが大切な話である。社会契約説につながるのだな。

  • 坂井豊貴(1975年~)氏は、早大商学部卒、神戸大学経済学修士課程修了の経済学者。専門は社会的選択理論、マーケットデザイン、メカニズムデザイン。慶大経済学部教授。
    本書は、「多数決ほど、その機能を疑われないまま社会で使われ、しかも結果が重大な影響を及ぼす仕組みは、他になかなかない。とりわけ、議員や首長など代表を選出する選挙で多数決を使うのは、乱暴というより無謀ではないだろうか」と言う著者が、異なる多数の意思を一つに集約する様々な方法を分析する「社会的選択理論」について、具体的な数字を示しながら、わかりやすく解説したものである。
    「社会的選択」は、言うまでもなく、我々日本人にとっても、国会議員や地方の首長・議会議員などの選挙において行われているが、二大政党制下で行われ(どちらが選ばれるかで政策が大きく異なる)、世界で最も影響力がある米国大統領を選ぶ選挙で起こった事象の印象が非常に強い。本書の冒頭でも取り上げられている2000年の選挙では、民主党のゴアが有利と見られながら、途中で泡沫候補のネーダーが現れ、支持層の重なるゴアの票を喰ったために、共和党のブッシュが漁夫の利を得たといわれる(「票の割れ」の問題)。また、同選挙では、選挙人選挙の得票数は、ブッシュはゴアを下回っており、記憶に新しい2016年の選挙でも、選挙人選挙の得票数では、共和党のトランプが民主党のヒラリー・クリントンを下回っていた。そうした過去の疑問もあり、また、次期の米国大統領選挙がメディアでも頻繁に取り上げられるようになったこともあって、本書を手に取った。
    そして、読み終えてみると、様々な社会的選択の方法について(多数決以外にいろいろあることは経験的にある程度知ってはいたが)、数理的な分析により、その強み・弱みがかなり明確であることがわかり、同時に、それにもかかわらず、実際には、多くの選挙において多数決が採用され続けていることへの強い疑問が湧いてきた。
    (日本の)政治家は、選挙で勝つと例外なく、「国民の支持を得た」と言うが、本当にそうと言えるのか。また、我々の将来の強い関心事として(コロナ禍の影響で、安倍政権において実施される可能性は低くなったが)、憲法改正のプロセス(衆議院・参議院でそれぞれ2/3以上の賛成+国民投票で過半数の賛成)がこのままでいいのか。。。
    我々は、著者の問題意識の通り、社会的選択の方法について、その重要性を含めてあまりに認識がなさ過ぎ、その結果、疑問も持たずに多数決が採用されていると言わざるを得ない。民主主義の価値を重んじればこそ、それを反映させる社会的選択の方法について、もっともっと真剣に考えるべきであろう。
    (2020年8月了)

  • 積読消化。
    タイトルのとおり、複数の候補から投票で最多得票だったものを選ぶという多数決が、本当に人々の意見をよりよく反映したものを選べるのか、その問題点、どんな条件下でうまく機能するのか、代替案としてはどんなものがあってそれぞれの利点と欠点は、といったテーマを扱う。
    副題にあるとおり、この領域を社会的選択論と呼ぶそうで、その入門書になっている。

    出てくる例はどれも平易でわかりやすい。
    それだけに、多数決の問題点がこんなによくわかっていて、しかもフランス革命の時期からすでに代替案の検討もなされているのに、未だに世の中では多数決が使われてるってのは、いっそ不思議に思えてくる。
    また、多数決がよりよい選択を導く前提になる、ルソーの一般意志の前提はよく知らないでいたのでためになった。
    2018年最初に読んでよかった本。

  • ほぼ大多数が無条件に受け入れているであろう「多数決」の弱点を冒頭で明快に示しながら、より良い投票ルールは何かという話を経て、最終的には民主的であるとはどういうことか、まで到達する。コンパクトな本だが書かれている内容は濃いし、何度も読み返すべきだと感じた。また参考文献に挙げられた専門書を深く読み込む必要もある。少なくとも議員と役場職員は必読ではないだろうか。

  • 多数決がこんなにも信用のならない方法だったとはとても驚き。そして、“民意”を示すことがこんなにも難しいことだと痛感。

  • 前著のマーケットデザインを含め、もっと世に知られるべき考え方だと思う
    デザインの観点からも小選挙区制は政治権力を強化した一方で民意を反映しにくくなっており益々独裁を強める方向に向かっている気がしてならない
    イデオロギーの時代から多様性の時代となり二者択一では無く複数選択肢、複数回答のような選択方法を考える必要が益々高まっていると思う
    選択方法の学問的根拠を学ぶのは義務教育に入れてもいいぐらいに重要なことと思った

  • 多数決が本当に民主的なのか。多数決の欠点、それを補う方法が何か。そういったことをまとめた本。中盤に学術的な話となってしまい、非常に苦痛となってしまったが、内容は非常に面白い
    いわゆる多数決の最大の問題点は票割れ。それにより本来の民意と異なるものが選ばれてしまう。票割れさせないために1対1で対決すると、どこかで矛盾(AはBより強く、BはCより強く、CはAより強い。いわゆるジャンケンの関係)が起きる。そのための対策として何点か紹介されているが、スコアリングポイントの一つであるボルダ方式(あらかじめ1位、2位、3位のポイントを決める)が紹介されている
    また民意が本当に正しい判断をするか。神の見えざる手を期待するには、多数決は非常に危うい。ここでは計算式により65%以上でなければ正しい判断がされたとは言えないと書かれている
    最後に小平市の例で、いかに政治の民意が脆弱であるかが纏められている。また「それならば選挙で勝てばよい」という意見に対して、「取引コストがあまりに高く、それは沈黙の強制。それが民主主義にかなっているか」いう返しも痛快。

    これを読んでいると、現在の民主主義がいかに脆弱なルールのもとに成り立っているかが分かる。マジョリティとは何か。現在、大企業の従業員は全体の約3割、それにあわせた法律や経済政策がされている。この歪さをどう理解すればよいか。

  • 多数決ほど、その機能を疑われることなく社会で使われ、しかもその結果が重大な影響をおよぼす仕組みは他にない。選挙も、株主総会も基本的には多数決である。本書はその疑問から出発し、多数決がもつ不完全で危険な性質をわかりやすく説明し、他の「選択方法」についてもメリットとデメリットを解説してくれている。大勢の人間のなかでの意思決定方法、選択方法について学んでおくことは、公平で多様な意思をどう汲み取るかを学ぶことであり、組織運営にも必要な知識だと思う。

  • 星蘭祭のクラスの出し物を何にするか、委員会や部活動の代表者を誰にするか、皆で観に行く映画はどれにするか等々、複数の人がいるグループで、いくつかの選択肢の中からひとつを選ぶ場面は日常にたくさんある。そんな時、どんな方法で決めているかと問えば、多くの人は「多数決」と答えるだろう。日本の国政選挙、地方選挙もひとり一票を投じる「多数決」だ。「多数決」は、いかにも常に多数派の意見を尊重する公平で民主的な方法のように思えるが、本当にそうなのだろうか。
    共和党のジョージ・W・ブッシュと民主党のアル・ゴアが戦った2000年のアメリカ大統領選挙では、優勢だったゴアが、政策が近い市民運動家ラルフ・ネーダーの立候補により票割れを起こし、漁夫の利を得たブッシュが当選した。しかしこれではブッシュの勝利は、多数派の意見が尊重された結果とは言えない。これは「多数決」というシステムに問題があるのだ。著者は、「多数決という意思集約方式は日本を含む多くの国の選挙で使われているが、それは慣習のようなもので、他の方式と比べて優れているから採用されたわけではない。民主制のもとで選挙が果たす重要性を考えれば、多数決を安易に採用するのは、思考停止というより、もはや文化的奇習の一種だ」と言い切る。それでは、多数の意見を尊重する選挙の方法はあるのだろうか。
    集団の意思決定のあり方を理論的に考えるのが、著者が研究する社会的選択理論だ。より正確に民意を反映する方法の研究は200年以上前から行われており、様々な集約ルールが検討されてきた。そのひとつのボルダルールは、自分の意に沿う順に1位に3点、2位に2点、3位に1点という点数を付けて投票し、その合計点で当選を決めるものであり、票割れ問題を解決する。本書では、ボルダルールなどのスコアリングルール、統計的手法を用いるコンドルセ・ヤングの最尤(さいゆう)法、決選投票付き多数決、繰り返し最下位消去ルールなど多くの方法が紹介されている。そしてそれぞれの頑健性と脆弱性について具体例を挙げた説明があり、大変興味深い。どれもある意味では理に適っているように思えるが、同じ投票内容でもどの集約ルールを使うかによって結果が全て異なる例もある。集約ルールによって変わるのでは、選挙結果が民意を反映しているとは言い難い。
    著者は多数決の結果が必ずしも民意を反映するものではないことを示し、様々な集約ルールや社会的メカニズムを考察して、現状の社会制度は大きな問題を抱えるものだと教えている。「社会制度は天や自然から与えられるものではなく、人間が作るものだ」との著者の言葉に納得したら、因習や固定観念に囚われることなく、日本の社会制度についてもどんな問題があるのか、どうすればより良い社会になるのかなどを自分の頭で考えてみて欲しい。18歳から選挙権が与えられることになった現在、皆さんはこの問題に関しては、もう当事者なのだ。

  • 難しい理論も簡単なモデル化を行ってわかりやすく説明している。
    憲法改正でまずやらなければならないのが、改憲手続きである第96条であるというのはパラドクスにも感じる。
    新書をオモシロイと思ったのは久々かも。

  • 民主主義の代名詞のように扱われる多数決が必ずしも民意を反映する方法ではないという点から出発して様々な意思決定のプロセスを紹介した一冊。ある国で実際に行われている、候補者に順位を付けて投票→順位に応じて点数を加算という選挙は興味深い。多数決に対して漠然と感じていた違和感が解けた。

  • 多数決の結果は、ルールの設定次第でいかようにも変わる。このことを具体的な事例で示しつつ、ではいかなるルールを設定すればよいのか、厳密な数式に基づく経済学者たちの理論が平易に紹介されていきます。ボルダルール、ヤング・コンドルセの最尤法、不可能性定理による独裁制、クラークメカニズム、、、近年いろいろ問題となる、選挙制度、政策決定プロセスの妥当性について、考え直すためのヒントが沢山得られました。この本で述べられている社会的選択理論という学問分野の知の集積を、民主的ルートの強化のために用いて実際の我々の暮らしに反映していくにはどうすればよいか。やはり我々自身が、選挙で勝ったのだからOK的な、乱暴な言説や煽動に影響されず理知的な判断ができるように、いっそう学んでいくしかないでしょう。私にとってより学ぶ必要性を感じさせてくれる良書でした。

  • 今日の社会においては、多数決は物事の基本的な決め方として幅広く用いられている。が、本書ではその結果に果たして正当性はあるのか、という疑問を出発点に、ボルダルールとコンドルセ・ヤングの最尤法を軸に種々の選択理論の性質について解き明かし、“民主主義的な”選択方法について考察していく。
    例えば、A,B,Cの三者から一人代表を選ぶとして、ある方法ではAが最も多い票を獲得し、別の方法ではBが獲得するとする。では、この結果の違いは一体何を意味するだろう?実の所、有権者の評価よりも、選挙のシステムが結果に影響してしまっているのである。そうした結果を「民意が反映された」と言ってしまって良いのだろうか?
    本書の後半では、ルソーの社会契約論が現代にあって未だ理想的な輝きを放っていると主張し、一つの可能性として中位選択論をベースに話を展開していき、最終章で実際の問題を例に、民主主義を謳う社会にあって、「民主的な選択」からかけ離れてしまっている現状が示される。
    民主主義という言葉に隠れて実は民意が十分に反映されていない、その状況を解決するための手段を社会科学的な見地から考えていく。解り易い解説と明瞭な考察と相重なって、無批判に受け入れがちな選択の本質に光を当てる意味からも、本書には一読の価値があると思う。

  • 集団における意思決定の方法(社会選択論?)を手法の評価に限定して分かりやすくまとめたもの。
    多数決では、選択肢のあり方により同種の票が分散する事があり、真の先行が反映されない可能性が高い。それにもかかわらず、多数決での評価は民意を反映されたものだとの通念がある。それに対しては数理的研究は進んでおり、それを反映していく事が民意の反映には重要ではないかという理解して仕舞えば当たり前の話が展開される。
    ボルダルール(選択肢の数を最高得点としそこから順に選好順に得点を割り振る)がペア敗者基準、ペア勝者弱基準(選択肢をペアで対決させて行った際での勝者を絶対最下位にはさせない)、棄権操作性、公平性などをクリアし最も適切とする。
    また政策を評価する際は単峰性(一軸の基準で選好が一方向なもの辛い→甘いみたいな)が担保されれば中位選択肢が民意となるが、多数決や政党制では極端な意見が反映されうる。

    知らなければいけないけど知らない事を分かりやすくまとめている今年の新書一位だろう。

  • 新聞書評で見かけて興味を引かれて買った本でしたが、期待以上におもしろかったです。
    単純多数決は、特に選択肢が3以上になると「死に票」が多くなるので必ずしも全体の意見を適切に代表しないということは何となく意識していましたが、それが「社会的選択理論」として定式化されているというのは恥ずかしながら知りませんでした。しかも、より優れた意見集約の方法として、投票者にすべての選択肢に順位をつけさせ、それに等差の点数をつけて集計することで総合順位を決める「ボルダールール」や、あるいはその個々の票の順位を統計データのサンプルとみなして、それらと総合順位との差を最小化するように総合順位を決定する「コンドルセ・ヤングの最尤法」が最も優れた集約法だということが、数学的に結論づけられているというのは、結構驚きの事実でした。
    これまでは、選挙や住民投票のように投票者の数が多い場合には実務的にそのような集計を行うことが難しかったのでしょうが、これだけITが発達した現在、もっとこういう「合理的」な投票方法が取り入れられてもいいのではないかと強く感じさせられました。
    最終章で展開されていた、住民の直接投票による政策決定手法は、代議制民主主義を否定するものではなく補完するものではないかという作者の主張にも共感を覚えます。マイナンバーが導入されれば、本人確認が容易で確実になるのですから、もっとITを活用した住民投票が広まって欲しいものです。

  • 聞き慣れない定理も多いが、短い文の中で最大限理解できるよう配慮されている。
    こういう分野もあるんだ・・・と思った。
    著者の「善意」が底流するので、気持ち良く読んだ。

  • 『民主主義を前提として多数決を疑う』本だった。
    『民主主義を疑う』が読みたかったのだが。
    内容は、一部明らかに著者の政治的思想に基づくバイアスがかかっていると思われる記述を除き、学術的で公正で明晰である。

全153件中 1 - 20件を表示

この本が好きな人におすすめの本

著者プロフィール

慶應義塾大学教授

「2017年 『大人のための社会科 未来を語るために』 で使われていた紹介文から引用しています。」

坂井豊貴の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×