生きて帰ってきた男――ある日本兵の戦争と戦後 (岩波新書)

著者 :
  • 岩波書店
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レビュー : 72
  • Amazon.co.jp ・本 (352ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004315490

作品紹介・あらすじ

とある一人のシベリア抑留者がたどった軌跡から、戦前・戦中・戦後の日本の生活面様がよみがえる。戦争とは、平和とは、高度成長とは、いったい何だったのか。戦争体験は人々をどのように変えたのか。著者が自らの父・謙二(一九二五‐)の人生を通して、「生きられた二〇世紀の歴史」を描き出す。

感想・レビュー・書評

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  •  慶応義塾大学教授の小熊英二氏が、自らの父親である小熊謙二氏から聞き取った戦前・戦中・戦後の体験を記録した本です。当時の人々の暮らしや考え方などが誇張されることなく淡々と描かれています。「現実は映画や小説と違う」(p172)という謙二氏の言葉どおり、それらはあまり劇的ではないけれど、事実ということの重みを感じさせます。

     謙二氏が六〇歳を過ぎてから社会運動といえるものに関わり始めたことには、さすがに「社会を変えるには」の著者である英二氏の父親だと思いました。

     社会問題に対する謙二氏の言葉には、どきりとさせられるものがありました。
    「現実の世の中の問題は、二者択一ではない。そんな考え方は、現実の社会から遠い人間の発想だ」(p211)
    「自分が二〇歳のころは、世の中の仕組みや、本当のことを知らないで育った。情報も与えられなかったし、政権を選ぶこともできなかった。批判する自由もなかった。いまは本当のことを知ろうと思ったら、知ることができる。それなのに、自分の見たくないものは見たがらない人、学ぼうともしない人が多すぎる」(p377)

     それにしてもすごい記憶力ですね。いつか失われていく貴重な記憶を本にしてしっかり残すことは大切だと思いました。

  • 400ページ弱、新書としては厚い方だろう。
    「生きて帰ってきた」というタイトルの通り、ひと言で言えば、シベリア抑留を体験して帰国した元日本兵の一生ということになるのだが、本書はそれだけには留まらない。
    地味な体裁、淡々とした語りの奥に、昭和初期以降の庶民の暮らしが詳細に活写されている。
    大上段に振りかぶらず、地に足がついた、そして激情に流されることのない、一市民の人物史である。

    主人公は著者の父。息子がインタビュアーとなって父の語りをまとめている。
    このお父さんという人は、学があった人ではないのだが、観察眼があり、記憶力にも抜きん出たものがある。加えて、冷静で、自分に酔うようなところがない。
    著者は歴史社会学者である。父の語りを補足する形で、その時々の政治状況、国際情勢の流れを解説する。
    主体は庶民の生活ぶりを詳細に捉える「虫の目」、ときに社会全体を眺め渡す「鳥の目」といったところである。

    父・謙二の生まれは大正14(1925)年、北海道常呂郡佐呂間村(現・佐呂間町)である。その父の雄次は新潟県の素封家に生まれたが、家が零落して半ば流れ者のようにして佐呂間の旅館に入り婿となった。やがて謙二の祖父母は旅館を手放し、東京に出てきて零細商店を営む。謙二もそこに引き取られることになる。

    故郷に確たる根を持たない、上流階級でも知識層でもない、「表」の歴史に残りにくい庶民史が非常に興味深い。
    昭和初期に各地に建設された公設市場。「月給取り」と「零細商店」の子供たちの間にあった見えない壁。娯楽としての紙芝居や映画。地方出身者が増えて以降、目立つようになった盆踊り。
    時代は戦争へと向かい、経済状況が悪化していく中、物資の流通が滞り、人々の暮らしにも影響が出てくる。そうした社会情勢と庶民の肌感覚が複眼的に昭和初期という時代を捉える。

    進学率が上がりつつあった時代にあり、中学への進学を果たす。しかしさほど向学心に燃えることもないまま卒業・就職。時代が時代ならばそのまま「サラリーマン」人生を送るところだったのだろうが、ここで召集。父の本籍地だった新潟に配属され、満州に送られる。初年兵としてこき使われるうちに終戦。
    このあたりの内側からの軍隊生活の描写も、一兵士の実感と観察眼が生きていて興味深い。いわく、軍隊生活ではとかく連帯責任が問われ、あるはずの備品が足りないと隊が罰せられるため、余所の隊からの盗みやごまかしが横行していたとか、「軍人勅諭」といったものを暗誦させられるが、大意を汲んでもダメで一字一句暗記していないと殴られる等。
    敗戦時、体をこわしていた謙二は部隊から切り離され、あぶれものの集まりとしてシベリア行きとなる。この際、命を落としたもの、辛くも日本に帰ったもの、シベリアに行ったもの、収容所で帰国を待った年数は、それぞれの境遇でさまざまだったが、ちょっとしたことが運命を分けたようである。

    シベリアでは極寒の地で厳しい収容所暮らしを送る。最初の冬は極限状態で、栄養失調から、人としての感情もなくすような日々だったという。その後は生活状態自体は徐々に改善されていくが、一方で「民主運動」が起こってくる。ソ連人に気に入られようという狙いもあってか、「アクチブ」と呼ばれる共産主義礼賛者が幅をきかせ始めるのだ。こうした運動に心底熱中していたものもいたが、冷静に距離を置いているものも多かった。

    先が見えないと思われた収容所生活だが、帰国できる日がやってきた。
    しかし、帰り着いて父の故郷・新潟を訪ねたが、極貧の暮らしで、食べるものも満足には食べられなかった。職を転々とするうち、戦中戦後の無理と栄養不足がたたり、謙二は結核になってしまう。当時、結核は非常に恐れられた病気で、特効薬も出てきてはいたが、貧しいものに行き渡るほどの供給はなかった。金がなかった謙二は病巣に冒された肺胞をつぶす、苛酷な外科手術を受ける。もう少し前であれば死んでいたかもしれないが、もう数年後であれば、薬の供給が改善され、大手術を受けずに済んだかもしれない。その境目にあったのが、1950年代前半だった。

    何とか病棟を出た後、高度経済成長の波に乗り、謙二はスポーツ店の営業として、徐々に頭角を現してくる。時代の波に乗ったことに加え、冷静な観察眼が営業職には向いていたようだ。後には自身の会社も興している。
    現役を引退した後は、ふとしたことから戦後補償裁判に関わることになる。このあたりの経緯も非常に興味深い。

    全般として地に足のついた昭和・平成の庶民史で、読み応えがある好著である。
    時代に揉まれたとも言える人生、シベリア収容所や結核療養所など先の見えないときに、何が一番大切だと思ったかとの息子(聞き手)の問いに謙二が答える言葉は重く深い。
    必ずしも表の歴史に残ることはなくとも、人は生きていく。そのことの強さを思う。

  • 戦争は始まりがあって、終わりがない。

    これまで
    いろいろな 戦争を経験された方のものを読んできた

    ものすごく 悲惨なことの連続であったり
    妙に おもしろおかしく書かれていたり
    はたまた 極端に主観的に書かれたものであったり
    どこかで
    自分の中で コトンと気持ちの中に落ちてくるものは
    なかなか 少ない

    本書は その中の 落ちてきた興味深い一冊です

    類い希なる 優れた 語り手 と
    類い希なる 優れた 聴き手 がとが
    打ち揃って 本書が生まれている

    あらためて
    一人の古老が亡くなる のは 一つの図書館が無くなる
    のと 同じことだ
    という 言葉を 改めて 思い起こしました

    ※蛇足ですが、筆者の父上はまだご存命です。

    あまりに面白かったので
    一気に読んでしまった
    もう一回読んでみようと思っている

  • 2015年8月1日、図書館から借り出し。8月16日読了。実質2日間で読み切った。小熊氏の日本語は読みやすいので、頭に入りやすくて助かる。内容的には、父謙二氏の個人史に、当時の生活史と客観的な社会情勢を加えた、新しいタイプのオーラル・ヒストリーといえる。私を含めて敗戦後第一世代が怠ってきた戦争体験を次代に伝えるという作業を、この新書本一冊で果たしている。しかも高学歴中産階級の手による戦争経験が多かったのに対し、これは都市下層階級の、むしろ平凡な市民の個人史を中軸に据えているところが、内容的な迫力を増している気がする。右傾化が進みこの国では、この本が大々的に読まれることは期待しがたいが、着々と戦争準備が進むいま、歴史修正主義に疑問を感じている若い人たちに読んでもらいたい好著。

  • 一気に読んだ。

    シベリア抑留で亡くなった夫の祖父を調べて、何度か慰霊会に参加したり、資料を読んだりしていました。主人公と重なる部分もあり、興味深く読みました。
    戦後の生活についても、細かく描かれており、結核で療養した実父の思い出もきちんと聞いておけば良かったと悔やまれます。

  • 著者も述べているが、こんな“歴史書”は読んだことがなかった。歴史に残りにくい市井の人の人生経験を通して、全く別の視点で戦前・戦中・戦後を見ることができた。

    https://www.bunjinbookreview.com/review/%E7%94%9F%E3%81%8D%E3%81%A6%E5%B8%B0%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%8D%E3%81%9F%E7%94%B7%E2%80%95%E2%80%95%E3%81%82%E3%82%8B%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%85%B5%E3%81%AE%E6%88%A6%E4%BA%89%E3%81%A8%E6%88%A6%E5%BE%8C/

  • ★2016年度新書大賞

    配置場所:2F新書書架
    請求記号:289.1||O 26
    資料ID:C0036821

  • 淡々と書かれているが、内容は壮絶。
    シベリア抑留、結核療養所など、身体的にも過酷で精神的にも厳しい状況でただただ日々を精一杯生きて、今日まで命をつないできた人生に、心から敬服する。
    当時の日本を生きてきた人は、多くがそういう思いを経験を乗り越えてきたのだと思うと、なんとも言えない気持ちになる。
    あのような戦中、戦後を生き残った人々が、必死で今日を作り上げてきてくれたのに、今の世代がこれでいいのだろうかと申し訳ないような気がする。
    後半、現代に近い部分は少し駆け足で語られたような気がするが、社会的な動きは自分でもある程度記憶があるので、それほど物足りない気はしなかった。
    戦後補償の問題など、きっと当事者の方たちには語り切れない思いがあるのだろうということが察せられる。
    しかし、何よりもやはりシベリア抑留時代から引き揚げのあたりの想像を絶する体験談が圧巻だった。

  • 個人史は、ある事柄をそれがどのような政治・経済・社会状況の中にあったのか、総体的に見せてくれる。自分の中でよくわからなかった、位置づけできなかったことが収まっていく楽しさも与えてくれる。

  • 小熊謙二の生涯の軌跡をたどっていくことで戦前から戦中、そして戦後の日本の姿を描いている。著者の小熊英二(謙二の息子)があとがきで書いているように、本書が他の戦争体験記と異なるのは次の二点。
    ・戦時のみならず戦前と戦後の生活史がカバーされている点
    ・個人的な体験記に社会科学的な視点がつけ加えられている点
    本書は戦争というものが国だけではなく個人の人生をいかに破壊するかを物語っている。たとえば、謙二が戦前のように水道とガスのある生活に手に入れたのは1959年のことである。終戦から考えても15年近くの歳月を要しているのである。戦争とはかくも悲惨なものであるということは肝に銘じておく必要があるだろう。また、本書の主人公、小熊謙二の「ものを見る目」の鋭さにも注目して読むと面白い。

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