生きて帰ってきた男――ある日本兵の戦争と戦後 (岩波新書)

著者 :
  • 岩波書店
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レビュー : 89
  • Amazon.co.jp ・本 (352ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004315490

作品紹介・あらすじ

とある一人のシベリア抑留者がたどった軌跡から、戦前・戦中・戦後の日本の生活面様がよみがえる。戦争とは、平和とは、高度成長とは、いったい何だったのか。戦争体験は人々をどのように変えたのか。著者が自らの父・謙二(一九二五‐)の人生を通して、「生きられた二〇世紀の歴史」を描き出す。

感想・レビュー・書評

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  •  慶応義塾大学教授の小熊英二氏が、自らの父親である小熊謙二氏から聞き取った戦前・戦中・戦後の体験を記録した本です。当時の人々の暮らしや考え方などが誇張されることなく淡々と描かれています。「現実は映画や小説と違う」(p172)という謙二氏の言葉どおり、それらはあまり劇的ではないけれど、事実ということの重みを感じさせます。

     謙二氏が六〇歳を過ぎてから社会運動といえるものに関わり始めたことには、さすがに「社会を変えるには」の著者である英二氏の父親だと思いました。

     社会問題に対する謙二氏の言葉には、どきりとさせられるものがありました。
    「現実の世の中の問題は、二者択一ではない。そんな考え方は、現実の社会から遠い人間の発想だ」(p211)
    「自分が二〇歳のころは、世の中の仕組みや、本当のことを知らないで育った。情報も与えられなかったし、政権を選ぶこともできなかった。批判する自由もなかった。いまは本当のことを知ろうと思ったら、知ることができる。それなのに、自分の見たくないものは見たがらない人、学ぼうともしない人が多すぎる」(p377)

     それにしてもすごい記憶力ですね。いつか失われていく貴重な記憶を本にしてしっかり残すことは大切だと思いました。

  • ここで書かれていることが本当のことなんだろうなと思う。戦争とその後のある平凡な男性の話
    実は平成になってもまだ戦後が残っていたんだなあと思った。

  • 第二次世界大戦へ参加し、シベリア、帰国を経てきた人のオーラルヒストリー。筆者の父親。
    一般市民が戦争をどのように感じていたのかを知ることができる。
    1937年にはタクシーがなくなり、ガソリンが不足していた。配給制がはじまり、物資が不足していた。
    アカザはアク抜きすると食べられる。

  • 400ページ弱、新書としては厚い方だろう。
    「生きて帰ってきた」というタイトルの通り、ひと言で言えば、シベリア抑留を体験して帰国した元日本兵の一生ということになるのだが、本書はそれだけには留まらない。
    地味な体裁、淡々とした語りの奥に、昭和初期以降の庶民の暮らしが詳細に活写されている。
    大上段に振りかぶらず、地に足がついた、そして激情に流されることのない、一市民の人物史である。

    主人公は著者の父。息子がインタビュアーとなって父の語りをまとめている。
    このお父さんという人は、学があった人ではないのだが、観察眼があり、記憶力にも抜きん出たものがある。加えて、冷静で、自分に酔うようなところがない。
    著者は歴史社会学者である。父の語りを補足する形で、その時々の政治状況、国際情勢の流れを解説する。
    主体は庶民の生活ぶりを詳細に捉える「虫の目」、ときに社会全体を眺め渡す「鳥の目」といったところである。

    父・謙二の生まれは大正14(1925)年、北海道常呂郡佐呂間村(現・佐呂間町)である。その父の雄次は新潟県の素封家に生まれたが、家が零落して半ば流れ者のようにして佐呂間の旅館に入り婿となった。やがて謙二の祖父母は旅館を手放し、東京に出てきて零細商店を営む。謙二もそこに引き取られることになる。

    故郷に確たる根を持たない、上流階級でも知識層でもない、「表」の歴史に残りにくい庶民史が非常に興味深い。
    昭和初期に各地に建設された公設市場。「月給取り」と「零細商店」の子供たちの間にあった見えない壁。娯楽としての紙芝居や映画。地方出身者が増えて以降、目立つようになった盆踊り。
    時代は戦争へと向かい、経済状況が悪化していく中、物資の流通が滞り、人々の暮らしにも影響が出てくる。そうした社会情勢と庶民の肌感覚が複眼的に昭和初期という時代を捉える。

    進学率が上がりつつあった時代にあり、中学への進学を果たす。しかしさほど向学心に燃えることもないまま卒業・就職。時代が時代ならばそのまま「サラリーマン」人生を送るところだったのだろうが、ここで召集。父の本籍地だった新潟に配属され、満州に送られる。初年兵としてこき使われるうちに終戦。
    このあたりの内側からの軍隊生活の描写も、一兵士の実感と観察眼が生きていて興味深い。いわく、軍隊生活ではとかく連帯責任が問われ、あるはずの備品が足りないと隊が罰せられるため、余所の隊からの盗みやごまかしが横行していたとか、「軍人勅諭」といったものを暗誦させられるが、大意を汲んでもダメで一字一句暗記していないと殴られる等。
    敗戦時、体をこわしていた謙二は部隊から切り離され、あぶれものの集まりとしてシベリア行きとなる。この際、命を落としたもの、辛くも日本に帰ったもの、シベリアに行ったもの、収容所で帰国を待った年数は、それぞれの境遇でさまざまだったが、ちょっとしたことが運命を分けたようである。

    シベリアでは極寒の地で厳しい収容所暮らしを送る。最初の冬は極限状態で、栄養失調から、人としての感情もなくすような日々だったという。その後は生活状態自体は徐々に改善されていくが、一方で「民主運動」が起こってくる。ソ連人に気に入られようという狙いもあってか、「アクチブ」と呼ばれる共産主義礼賛者が幅をきかせ始めるのだ。こうした運動に心底熱中していたものもいたが、冷静に距離を置いているものも多かった。

    先が見えないと思われた収容所生活だが、帰国できる日がやってきた。
    しかし、帰り着いて父の故郷・新潟を訪ねたが、極貧の暮らしで、食べるものも満足には食べられなかった。職を転々とするうち、戦中戦後の無理と栄養不足がたたり、謙二は結核になってしまう。当時、結核は非常に恐れられた病気で、特効薬も出てきてはいたが、貧しいものに行き渡るほどの供給はなかった。金がなかった謙二は病巣に冒された肺胞をつぶす、苛酷な外科手術を受ける。もう少し前であれば死んでいたかもしれないが、もう数年後であれば、薬の供給が改善され、大手術を受けずに済んだかもしれない。その境目にあったのが、1950年代前半だった。

    何とか病棟を出た後、高度経済成長の波に乗り、謙二はスポーツ店の営業として、徐々に頭角を現してくる。時代の波に乗ったことに加え、冷静な観察眼が営業職には向いていたようだ。後には自身の会社も興している。
    現役を引退した後は、ふとしたことから戦後補償裁判に関わることになる。このあたりの経緯も非常に興味深い。

    全般として地に足のついた昭和・平成の庶民史で、読み応えがある好著である。
    時代に揉まれたとも言える人生、シベリア収容所や結核療養所など先の見えないときに、何が一番大切だと思ったかとの息子(聞き手)の問いに謙二が答える言葉は重く深い。
    必ずしも表の歴史に残ることはなくとも、人は生きていく。そのことの強さを思う。

  • 戦争は始まりがあって、終わりがない。

    これまで
    いろいろな 戦争を経験された方のものを読んできた

    ものすごく 悲惨なことの連続であったり
    妙に おもしろおかしく書かれていたり
    はたまた 極端に主観的に書かれたものであったり
    どこかで
    自分の中で コトンと気持ちの中に落ちてくるものは
    なかなか 少ない

    本書は その中の 落ちてきた興味深い一冊です

    類い希なる 優れた 語り手 と
    類い希なる 優れた 聴き手 がとが
    打ち揃って 本書が生まれている

    あらためて
    一人の古老が亡くなる のは 一つの図書館が無くなる
    のと 同じことだ
    という 言葉を 改めて 思い起こしました

    ※蛇足ですが、筆者の父上はまだご存命です。

    あまりに面白かったので
    一気に読んでしまった
    もう一回読んでみようと思っている

  • 2015年8月1日、図書館から借り出し。8月16日読了。実質2日間で読み切った。小熊氏の日本語は読みやすいので、頭に入りやすくて助かる。内容的には、父謙二氏の個人史に、当時の生活史と客観的な社会情勢を加えた、新しいタイプのオーラル・ヒストリーといえる。私を含めて敗戦後第一世代が怠ってきた戦争体験を次代に伝えるという作業を、この新書本一冊で果たしている。しかも高学歴中産階級の手による戦争経験が多かったのに対し、これは都市下層階級の、むしろ平凡な市民の個人史を中軸に据えているところが、内容的な迫力を増している気がする。右傾化が進みこの国では、この本が大々的に読まれることは期待しがたいが、着々と戦争準備が進むいま、歴史修正主義に疑問を感じている若い人たちに読んでもらいたい好著。

  • 『感想』
    〇日本兵の上層部から語られる本は多々あれど、一日本兵の視線で語られる本はそうないのでは。
    〇淡々と描かれているため読むのに疲れてくる時があるが、同時に真実の重みも感じられる。
    〇このお父さんだけでなく、その時代を生きた日本人それぞれに現実があって、つらくとも踏ん張って生き、そのおかげで今がある。感謝です。

  • 普通の日本人から見た第二次世界大戦を描いている。
    リアリティを感じる。

  • 社会学の研究者である小熊英二さんが、自身の父(小熊謙二氏)が辿った、戦争、勾留、闘病、労働などの人生を、膨大な資料、インタビューから理解・構築し、詳述した一冊。著者自身があとがきに書いており、かつ読み始めるとすぐ理解できるように、これは単なる「戦争体験記」ではない。随所に、当時の日本の状況を表す統計データやその他の文献引用などがなされており、小熊謙二氏という1人の人生を通して、戦前から現在に至るまでの日本社会の変化に触れられる。まさに、1人の主体としての「経験」と、それを客観的に、ときには批判的に補足・検証する「資料、データ」とを結合させた研究活動であると言えよう。
    もちろん、本書の内容を読み、その時々で小熊謙二氏が何を感じていたのか、極限の状況に追いやられたとき、どのように振る舞ったのか、などという事実は、「人間とは何か」という途方もない問いに対して、確かな一側面を与えてくれる。ただ、個人的に本書を読んで最も感じたことは、「(特に社会科学において)真実を解き明かすヒントは、社会に規定され、日々行動する個人の中に、その多くが隠されているのかもしれない」ということである。本書の中でも言及されているように、歴史として語られるものの多くは、語ることのできる社会的階級にいる、もしくは語らざるを得ないほどの熱量を持っている個人、集団のみである。つまり、貴重な知見、経験を携えているにも関わらず、社会的階級が相対的に低く、自ら語るインセンティブも持ち合わせていない人は、歴史に反映されないのである。
    この気づきは社会科学の研究に携わる身として、非常に重要な示唆を与えてくれた。もちろん、安易な解釈主義に陥ることは避けなければならないが、そのものが動態的に変化する社会を捉えようとする限り、完全な真実を掴むためには、膨大な研究を行い、多様な視点から分析を試みる必要があるということである。こう書くと、シンプルに思えてくるが、これが難しい。どのような人が言っていることも、どのような些細な情報であっても、その裏に何かメカニズムが存在していると信じ、全てから学ぼうとする姿勢こそが研究者に求められているのかもしれない。もちろん、全てを自分1人で行うことは、人間という生物の特性上、不可能である。だからこそ、あらゆる分野の研究者と対話し、全体で知を前進させていく必要があるのである。
    ここまで、自分が得た示唆ばかり書いてきてしまったが、本書の締めの一言は、純粋に、希望を与えてくれた。引用して、感想を終えたい。

    「さまざまな質問の最後に、人生の苦しい局面で、もっとも大事なことは何だったかを聞いた。シベリアや結核療養所などで、未来がまったく見えないとき、人間にとって何がいちばん大切だと思ったか、という問いである
    「希望だ。それがあれば、人間は生きていける」
    そう謙二は答えた。」(p.378)

  • 歴史を学ぶということは、社会についての知識を増やすということであるが、個人歴史の場合は、自らの生き方を振り返る貴重な機会になりうる。

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著者プロフィール

1962年、東京都生まれ。慶應義塾大学総合政策学部教授。
専攻は歴史社会学。著書に『単一民族神話の起源』、『〈日本人〉の境界』、『〈民主〉と〈愛国〉』、『1968』(いずれも新曜社)、『社会を変えるには』、『日本社会のしくみ』(いずれも講談社現代新書)など。

「2020年 『日本は「右傾化」したのか』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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