「私」をつくる――近代小説の試み (岩波新書)

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感想 : 15
  • Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004315728

感想・レビュー・書評

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  • 言文一致体に変わる過程で、試行錯誤された小説の「語り方」について非常に面白く書かれている。

    文末の「ーた」と「いる、ある」の違いで、距離感が違い、その距離感と、語り手と登場人物をうまく交錯させていく試みが『三四郎』などで具体的に明示されており、非常に楽しかった。

    人称を変えることについても触れられている。
    一人称小説でも、何を語るのかの距離によって伝聞モードと告白モードに分かれたり。また、告白モードの中でも「私」を押し出す形と隠す形に分かれたりする。

    「私」と、あなたと、私たちについて論じながら、最後に私小説の在り方へと辿り着く。
    語っているのは、作者そのものなのか。
    そして、それはただの真実の告白なのか。
    否、そこにも虚構があるということ。

    私は、作家論的に読むことは苦手なのだが、そう読んでしまうとか、見えるものに寄り添って読んでしまうといった読者の読み方をも、小説はうまく取り込んで在る。勉強になった。

  • 近代小説の始まりには様々な文体が併存しており「言文一致」を目指して二葉亭四迷が試行錯誤し、文末表現や、一人称視点と三人称視点による地の文での工夫。そして坪内逍遥が謳った「写実」から田山花袋の「平面描写」岩野泡鳴の「一元描写」、太宰の饒舌な語りの文体に志賀の「心境小説」。泉鏡花の描く怪異の世界。自然主義文学のなかに描かれる「私」と「私小説」とは何か。大正期の文壇における、自己を素材として小説にすることからの「リングネーム作り」……とまぁ、この一冊の新書の内容の濃いこと。

    今までさほど意識せず、一人称視点の作品や三人称視点の作品を読んでましたが、そこには「私」という作者でも作中の登場人物でもないモノがいるということ。そして、それがもたらす効果について、今まで無意識に(感覚的に)読み取っていたことが明文化されてて、とにかく面白い。小説の「地の文」に込められた工夫の変遷を辿りながらサラッと近代文学史みたいにもなってますし。

    近代文学の作品では作家自身をネタに書かれているものが多くて、本書の中で触れていた「これは小説ではなくてエッセイなのではないか?」という点は私も感じていたので、これを読んでちょっとスッキリしました。

  •  小説の中の「私」は、必ずしも明示されているとは限りません。「私」とは、著者ではありません、主人公でもありません。小説のあらゆる場面に潜んでいて、状況を描写し、読者を案内する、裏方のような存在が「私」です。「私」は裏方だからこそ、今まであまり注目されることはありませんでした。この「私」探しを通じて、名作の新たな読み方を教えてくれるのが本書です。
     著者は様々な作品を例として取り上げ、「私」の見つけ方を指南してくれます。例えば、川端康成の『雪国』には、有名な書き出しがあります。列車が雪国を駆け抜ける、あのシーンです。ここでは描写の主である「私」が、巧みに作中に潜んでおり、書き出しの重要なシーンを演出しています。「私」は列車を俯瞰しているのか、列車の窓から景色を見ているのか、もしくは列車自身となってトンネルを出てくるのか。異なる「私」の視点を共存させることで、ありありと情景が現れてきます。
     最後にもう一つだけ、この本の特徴を挙げておきます。現在、我々日本人が使用している言葉は、言文一致体です。言文一致体とは、文章を書く際、文章専用の文体である文語を用いるのではなく、会話で用いる文体をほぼそのまま使用することです。明治以降に生まれた言文一致体の普及には、作家たちが大きく貢献しています。「私」を作中に忍ばせる技法の開発こそが、言文一致体の小説を進展させる鍵であったことを、本書は教えてくれます。

    若林智章(新領域創成科学研究科先端エネルギー工学専攻)

    https://opac.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/opac/opac_details/?bibid=2003294170

  • 太宰治の文章は著者自身を思わせる一人称だが、エピソードはだいぶ盛っている。一方、夏目漱石は猫などのキャラクターが主人公だが、著者の経験に基づくことが書かれている。小説における「私」へのアプローチが様々な文学派を生んだ。

    柴田元幸さんのイベントで朗読された19世紀の英国作家トマス・ハーディの短編では、地の文で主人公が寝ている間に服や馬を盗まれて成りすまされるという描写はあるけど、それの詳細を知らないはずの主人公が騎兵にその事情を話していて、現代の小説ではこういう書き方はしないと柴田さんが言ってた。

    小説における「リアル」は読者に「リアリティ」として感じさせられれば「事実」である必要はなく、逆に「語り方」で「騙る」ことが求められる。日記のような完全な独り語りでは了解事項は省かれるから、他人である読者には充分に伝わらないし、日記ですら読むかもしれない誰かを意識して虚構が混じる。

  • 小説を教える際、「私」の存在をどう教えるか・・・
    実はめっちゃ難しいので、いつも逃げます。
    というか、私自身がよくわかっていない部分が多いのです。
    自分がわかっていないことを人に教えるのは不可能。
    まだまだ勉強しないといけませんね。

    漱石先生の偉大さがわかりました。
    漱石先生がいたから、今の私たちの日本語があるのです。
    やっぱりこの人、天才なんだな。
    今更だけど、改めて実感。

  • 近代文学における語り手の視点が作品にどのような効果を与えているか、というような内容。大学で似たようなことも勉強していたのでついつい手にとってしまったが、気軽に読書という感じではないですね。行きつ戻りつ考えながら読むから、それなりに時間がかかってしまった。あと何回か読み返すことになりそうです。

  • 面白い。確かに視点の観点って日本語だとあんまり意識しないよね。

  • 先生に勧められ、とても面白くて読みやすい。勉強になった。

  • 小説に出てくる「私」は、ナレーターでもあり解説者でもあり主人公でもある。
    深く考えたことなかったから、「ああそうやったんか!」と思った。
    小説の新しい見方を知った。
    "話すように書く"という試みから、「私」の見せ方の研究が始まったなんて知らんかった。
    小説好きな人に勧めたい本。

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著者プロフィール

安藤宏(あんどう・ひろし)
東京大学大学院人文社会系研究科教授。専門は日本近代文学。
主な著書に『太宰治論』(東京大学出版会、2021年)、『近代小説の表現機構』(岩波書店、2012年)など。

「2022年 『坂口安吾大事典』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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