「私」をつくる――近代小説の試み (岩波新書)

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  • 岩波書店
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レビュー : 8
  • Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004315728

感想・レビュー・書評

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  •  小説の中の「私」は、必ずしも明示されているとは限りません。「私」とは、著者ではありません、主人公でもありません。小説のあらゆる場面に潜んでいて、状況を描写し、読者を案内する、裏方のような存在が「私」です。「私」は裏方だからこそ、今まであまり注目されることはありませんでした。この「私」探しを通じて、名作の新たな読み方を教えてくれるのが本書です。
     著者は様々な作品を例として取り上げ、「私」の見つけ方を指南してくれます。例えば、川端康成の『雪国』には、有名な書き出しがあります。列車が雪国を駆け抜ける、あのシーンです。ここでは描写の主である「私」が、巧みに作中に潜んでおり、書き出しの重要なシーンを演出しています。「私」は列車を俯瞰しているのか、列車の窓から景色を見ているのか、もしくは列車自身となってトンネルを出てくるのか。異なる「私」の視点を共存させることで、ありありと情景が現れてきます。
     最後にもう一つだけ、この本の特徴を挙げておきます。現在、我々日本人が使用している言葉は、言文一致体です。言文一致体とは、文章を書く際、文章専用の文体である文語を用いるのではなく、会話で用いる文体をほぼそのまま使用することです。明治以降に生まれた言文一致体の普及には、作家たちが大きく貢献しています。「私」を作中に忍ばせる技法の開発こそが、言文一致体の小説を進展させる鍵であったことを、本書は教えてくれます。

    若林智章(新領域創成科学研究科先端エネルギー工学専攻)

    https://opac.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/opac/opac_details/?bibid=2003294170

  • 太宰治の文章は著者自身を思わせる一人称だが、エピソードはだいぶ盛っている。一方、夏目漱石は猫などのキャラクターが主人公だが、著者の経験に基づくことが書かれている。小説における「私」へのアプローチが様々な文学派を生んだ。

    柴田元幸さんのイベントで朗読された19世紀の英国作家トマス・ハーディの短編では、地の文で主人公が寝ている間に服や馬を盗まれて成りすまされるという描写はあるけど、それの詳細を知らないはずの主人公が騎兵にその事情を話していて、現代の小説ではこういう書き方はしないと柴田さんが言ってた。

    小説における「リアル」は読者に「リアリティ」として感じさせられれば「事実」である必要はなく、逆に「語り方」で「騙る」ことが求められる。日記のような完全な独り語りでは了解事項は省かれるから、他人である読者には充分に伝わらないし、日記ですら読むかもしれない誰かを意識して虚構が混じる。

  • 小説を教える際、「私」の存在をどう教えるか・・・
    実はめっちゃ難しいので、いつも逃げます。
    というか、私自身がよくわかっていない部分が多いのです。
    自分がわかっていないことを人に教えるのは不可能。
    まだまだ勉強しないといけませんね。

    漱石先生の偉大さがわかりました。
    漱石先生がいたから、今の私たちの日本語があるのです。
    やっぱりこの人、天才なんだな。
    今更だけど、改めて実感。

  • 近代文学における語り手の視点が作品にどのような効果を与えているか、というような内容。大学で似たようなことも勉強していたのでついつい手にとってしまったが、気軽に読書という感じではないですね。行きつ戻りつ考えながら読むから、それなりに時間がかかってしまった。あと何回か読み返すことになりそうです。

  • 2016年1月新着

  • 太宰治の私生活が荒んでいたことがやたら有名なことについて著者はこのように語る。
    おそらくその際に(ブランド化の際に)重要なのは、これらが現実の作者とは別に、作品を創るために意図的に演じられ、創り出された「作者」像であった、という事実であろう。例えば第1章に述べたように、太宰治に関していえば、自殺未遂を繰り返し、薬物中毒に苦しみながらも自身の弱さから目をそむけず、既成のあらゆる権威に戦いを挑み続けた無頼派作家、というイメージは、実は小説を書くために、あるいは小説を受け取るために、作り手と受け手とがともに作り上げた伝承世界でもあったのだった。作者はこうしたシグナルを巧みに小説に埋め込むことによって「太宰神話」を発信し、それを背景に新たな作品を書き継いでいくことが可能になるわけである。p167
    つまり我々は太宰の術中にはまっているのである。小説の描写から作家を想像し、それに太宰の姿を重ねる。その時太宰の「無頼派」というイメージが強調され、そのイメージが神話となる。この本を読んだ後にゲス極がMステで「ロマンスがありあまる」歌ってるのを見て「プロだな」と思った。

  • 明治以降の小説を何気なく読んでいましたが、「私」を通してみると、作家はそれなりに工夫していたことがわかります。

  • 小説を読む際は、物語を語っているのは「誰」で、それはいつなのかを意識している。これがうまく頭に入らないと、自分にとっては読みにくい作品ってことになる。
    明治から始まった近代小説が、言文一致体をとり、写実主義・自然主義・私小説の形式を試しながら世界観をつくってきたんだと分かる。私小説に出てくる人物が作者を投影しているっていうのも作家が作り出した仕掛けなんだよなぁ。

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