学びとは何か――〈探究人〉になるために (岩波新書)

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  • 岩波書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004315964

作品紹介・あらすじ

「学び」とはあくなき探究のプロセスだ。たんなる知識の習得や積み重ねでなく、すでにある知識からまったく新しい知識を生み出す。その発見と創造こそ本質なのだ。本書は認知科学の視点から、生きた知識の学びについて考える。古い知識観-知識のドネルケバブ・モデル-から脱却するための一冊。

感想・レビュー・書評

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  • 知識を増やすことが学ぶということではない。
    知識を使って新しいシステムに変化させていくことが学びだ。
    つまり、身体を使って体験することで、知識をさらに他のものに転移させていくことが大切だということ。目的を知ることにしてしまうと発展はない。

    超一流の熟達者は当たり前のようにそれを繰り返している。
    やり続ける「根気」と失敗しても立ち上がる「打たれ強さ」。
    探究人であり、超一流の熟達者になるための必須条件である。

  • こんなに堅そうなテーマ、かつ堅い岩波新書…にも関わらず、
    高評価なこの本は、教育に興味があれば、読まずにはいられません。

    認知科学(これがどんな学問なのか、正確には理解していないのだけれど…)の専門家である著者が「学び」について論じた本。
    特にこれからの「学び」は大人も子供も「探求」だ、と言っていて、
    最後の章が個人的にはとても自分の価値観・考えとも合って、心地よい。

    どうやら著者は外国語の学ぶプロセスを研究している方らしく、
    学びの過程を外国語学習の過程になぞらえて説明してくれているのだが、
    本当にそれでよいのかは、素人なのでしっくりこなかった。

    それでも、これからのあるべき教育を語ってくれている良書だと思います。

  • 認知科学を専門とする今井むつみ(1958-)が、子どもの発達とりわけ子どもの言語習得の過程に関する研究を参照しながら、あるべき「学習の型」を考察する。2016年。



    「主体的で自律的な学習」の在り方について考えさせられた。

    「学習」とは、外から与えられる新たな知識を単に記憶に貯蔵していくだけの「一方向的な量的蓄積の過程」なのではなく、①新たな知識を自分で発見し、②既存の知識を通して新たな知識に対して主体的に意味を付与し、③既存の諸知識が予め相互に関係づけられて配置されているシステムの内部に新たな知識を位置づけ、④新たな知識が既存の知識のシステムと矛盾する場合はその整合性を保つためにシステムに必要な変更を施し、⑤知識のシステムをより精緻で豊穣なものにしていくことでさらに新たな知識を発見し創造していこうとする、「自己反省的な質的変容の過程」であるといえる。最終的な目的が予め措定されていない弁証法的な過程。

    「[略]、子どもの言語の習得の過程とは知識の断片を貯めていく過程ではなく、知識をシステムとしてつくり上げていく過程に他ならない」(p40)。

    「子どもは大人が母語を使う(つまり話をする)ことを模倣して母語を学ぶ。しかし、それは決して「猿真似」ではなく、親が使う言語を聞いた時に、インプットに対して分析、解釈を行い、自分で言語のしくみを発見することによって言語を自分で創り直すことに他ならない。結局のところ、模倣から始めてそれを自分で解釈し、自分で使うことによって自分の身体に落とし込むということは言語や運動に限らず、すべてのことの学習・熟達過程において必要なことなのである」(p135-136)。

    「言語はあまたの要素が互いに意味をもって関係づけられてつくられたシステムである。語彙の学習を例に挙げれば、単語を覚えるということはドネルケバブの肉片を貼り付けるように、それまでの地点で作られている語彙にさらに新しい単語を加えていくことではないのだ。新しい単語を語彙に入れるために、子どもはその単語の意味を自分で考える。そのときには、すでに知っている単語との関係を考え、語彙のシステムの中での新しい単語の収まる場所を考える。新しい単語が語彙に入れられたら、その単語と関係する単語の意味も変わりうるし、語彙のシステム自体も変動する」(p148)。

    重要なのは、「学び」という営みは、単に事実的な知識を増やすことだけなのではなく、そこには「学び方に対する学び」という「学び」それ自体をメタレベルから対象化し反省する視点が内包されている、という点だろう。個々の知識を学習しながら、同時に学習のしかたそのものを学び、学習の質をも向上させていく。そもそも、完全な知識のシステムを一挙に構築することは不可能であり断念されねばならないのだから、自らの「学び」に対して自覚的であること、自らの「学び」に対する批評精神を失わないこと、が求められる。

    「「思い込み」に導かれた思考のしかたは、誤った思い込みを生む危険性もある。それでもなお、そのような思考のしかたで素早く知識システムを立ち上げようとするのは、誤りは後から修正すればよいことも子どもは知っているからだ」(p158)。

  • まさに同じ、「学びとは何か」について日々悶々としていた所で、本書にドキドキさせてもらった。
    時間がないという人は、第6章以降でいいので読むといいと思う。
    きっと同じ問いを抱えている人には、何かが整理されて見えるはずだから。

    私が抱えていた問いは、学校教育における学びの揺れだった。
    考えること、と、覚えることのズレ。
    たくさん量をこなし、問題を解き、身に付けば点数になるじゃん、という考え方への違和感だった。

    第6章では、論理的思考力・批判的思考力ということばから始まる。

    事実を覚えることが知識であるという思い込み。
    そこで、事実として切り取り可能な断片を頭の中にどんどん貼り付けてゆく。
    そのことを本書では「ドネルケバブ・モデル」と呼んでいる。

    そうではなく、知識とは可変的システムである。
    そうでなければ、「使える」ようにならない。
    そこには暗記をする上でも意味合いや精査、解釈の方を重要視する。

    「批判的思考とはつまり、前項で述べた科学的思考と基本的に同じで、ある仮説、理論、あるいは言説を、証拠にもとづいて論理的に積み重ねて構築していく思考のしかたのことを言う。」

    「豊富で精緻な知識を持っていれば直観の精度は上がり、「ひらめき」になる。知識がないところで直観に頼れば、「あてずっぽう」になってしまう。」

    探究心を育てるためには粘り強さも必要だと述べる。これも、非常に納得させられた。

    「学校は「知識を覚える場」ではなく、知識を使う練習をし、探究する場となるべきた。知識を使う練習とは、持っている知識を様々な分野でどんどん使い、それによって、新しい知識を自分で発見し、得ていくということである。それこそがアクティヴ・ラーニングの本質である。」

    そこには子どもだけでなく、大人の姿勢、そして大人がどう子どもに教材を提供し、調理させるかが重要だということも忘れてはならない。

    また、もう一つ。
    「大事なことは、一人で考えることをおろそかにしないことだ。」
    もちろん、グループワークへの批判ではない。
    タイトルには「人と一緒に、人を頼らずに」とある。

    この一冊は、私がずっともやもやしていた、どっち付かずの問いに、明瞭な道を示してくれたものだった。きっと、何度も触れることになるだろう。
    心から感謝したい。

  • 学ぶということは、どういうことなのでしょう?
    多くの知識を記憶すること?
    知識とは何?
    これらの問に正面から向き合っているのが本書である。
    本書に登場する大事な言葉「スキーマ」の概念を抜粋しておく。
    このスキーマを理解し、自分自身が持っているスキーマが何かを意識することで学び方が見えてくるのだ。

    以下抜粋
     私たちは日常で起こっている何かを理解するために、常に「行間を補っている」。実際には直接言われていないことの意味を自分自身で補いながら、文章、映像、あるいは日常的に経験する様々な事象を理解しているのだ。行間を補うために使う常識的な知識、これを心理学では「スキーマ」と呼んでいる
    抜粋終わり

    母国語を学ぶ子どもたちが、どのように言葉を理解し使いこなしていくのかを紐解きながら、学ぶこととはどいうことかを考えていく。
    著者の最新作『英語独学法』でもスキーマについて触れており、本書を読むことで更に理解が深まった。

  • 知的な刺激をたくさんもらえました。ふとした出会いでも満足を得られる、こういうのは新書のよいところ。
    学びをフレームワークで理解し、探究人になるための方策も示している。単に知識を積み重ねていくドネルケバブモデルでは通用しないらしい…

    最後には良き問いを個々人が抱え、対話を続けていくことが肝要なのだろうと感じました。実践的な内容もあり、子供がもっと小さい時にこの本に出会えればよかったなと。

  • 『学びとは何か』

    1.生きた知識とは、状況認識&処理を高めるものである。

    2.生きた知識とは、自分で見つけるのみである。

    3.一流は、ロールモデルをみつけ、自身との差異を認識している。
    →差異の範囲を認識。
    →学ぶ目的を決定。
    →そして、学ぶ を 踏み出す。

    4.知識があるから、バイアスがかかり、結果、破壊再生の繰り返しとなる。

    社会人となり、改めて学ぶ目的を考えている。
    受け身ではなりたたないから。

    そう、生きた知識が欲しいんだと気づいた。
    さらに、それは僕がやることで、決めることなのだと気づいた。

  • 認知科学の視点から言語習得過程をベースとして書かれているのでスタンスに偏りがあるようにも思えるし、「天才」とか「才能」というキーワードを持ち出して、結果論からアレコレ論じている部分もあって全体的に論点が発散しており、まとまりがなく、問題提起に終わっている印象。最後は教育論になってしまっているし。「学ぶこと」は「知識を得ること」という「知識偏重」の否定の否定?に関しては同意。
    著者の立場からは天才や才能は「遺伝的に決定しています」とは言えないので、「努力とか根性とか慣れ」という要素を重視してしまうのは仕方ないか。そもそも母国語習得に遺伝は関係ないし。
    参考になる部分はあったが、本書からは「学び」を語る難しさを思い知らされた。(これも学びか?)

  • 少し思っていた内容とは違ったので流しつつだったが、勉強になった。

    学校教育で「知識偏重」からの脱却が言われるけれど、その場合の知識は「事実の断片」を指している。それに対し「生きた知識」とは、子どもが自分で発見するもの。コスパタイパの時代に、学びは効率でなく、耐久力を持って粘り強く取り組んでいくしかない。

    そして何より親や教師がそれを実践することなんだよね。自分の学びを自分で工夫する。

  • 「言葉の発達の謎を解く」の集大成、ですね。

    誰もが、産まれる前胎内にいる時から、誰に教えてもらわずとも、母語を学んできている。
    誰もが、「自ら学ぶ力」を持っているのである。
    <探究人>を育てるためには、育てる者自らも学び続ける<探究人>になるしか方法はない。

    なるほど。

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著者プロフィール

今井 むつみ(いまい・むつみ):1989年慶應義塾大学社会学研究科後期博士課程修了。1994年ノースウエスタン大学心理学博士。慶應義塾大学環境情報学部教授。専門は認知科学、言語心理学、発達心理学。著書に、『親子で育てる ことば力と思考力』(筑摩書房)、『言葉をおぼえるしくみ』(共著、ちくま学芸文庫)、『ことばと思考』『英語独習法』(ともに岩波新書)、『言語の本質』(共著、中公新書)などがある。

「2024年 『ことばの学習のパラドックス』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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