憲法の無意識 (岩波新書)

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  • Amazon.co.jp ・本 (208ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004316008

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  • カントの平和論、フロイトの超自我、憲法9条が つながったことに 驚いた。読みやすいし、わかりやすい

  • 配置場所:摂枚新書
    請求記号:323.142||K
    資料ID:95160986

  •  日本国憲法第9条が事実上空洞化しつつも、なぜ反憲法派が「明文改憲」に成功しないのか?という問題を考察しているが、フロイト精神医学の恣意的な準用による疑似科学的分析や、「徳川の平和」を現行憲法の「先行形態」として引き出す非歴史的思考は、とてもではないが説得力をもたない。「憲法の無意識」を捉えるならば、憲法と同様に「外的強制」され、ある意味9条以上に規範化している「日米安保の無意識」にもメスを入れる必要があろう(日米安保体制という前提がなければ憲法9条はとっくに改定されていたことは想像に難くない)。また、いくら講演草稿が元になっているとはいえ、「山県有朋が死ぬと《中略》美濃部達吉の『天皇機関説』が主流となった」「それが”大正デモクラシー”と呼ばれた時代です」(p.58)とか「日清戦争当時、米国は日本と手を結んでいました」(p.175)というような基本的な事実誤認がかなり多く、大雑把にもほどがある。

  • 現憲法の底流にあるものは,明治憲法ではなくて徳川時代の体制にあるという議論は目新しいが納得できるものだ.特に象徴天皇制については非常にしっくり当てはまると思った.第9条についての議論で無意識であるが故にこれまで存続してきたというのも,よく考えた考察だと感じた.カントの著作から哲学的な議論もあったが,やや現実離れしているように思った.

  • 柄谷行人は、自分が大学生の頃はいわゆるスタープレイヤーであった。彼の著作を読むことが一種のステータスでもあったように思う。もちろん一部では、ということだが。
    本書は、その柄谷の憲法九条に関わる四つの講演を新書にまとめたものである。憲法改正が政治的なイシューになっている中で、それに対して反対であるという態度を明確にしているわけだが、現実へ与える影響は柄谷にはもうあまりないのではないかと思う。それでも、その理論的根拠を知りたいとは思うのだ。

    まず第一に、憲法第九条が変えられなかったのは、日本人の無意識からきている。意識的なものであったのならとっくに変わっている、というのが柄谷さんの主張だ。「九条は護憲派によって守られているのではない。その逆に、護憲派こそ憲法九条によって守られている」というのは正しい認識だと思う。

    ただ、「無意識」を語るのにフロイトを持ち出してくるのはどうしても今更感がある。フロイトが無意識というものを初めて大きく取り上げて世に知らしめたのは確かだが、その時代から無意識に関する知識は大きく進化していると思っている。もちろんここで使っている「無意識」は実際の人間の脳内活動における意識-無意識とは別のより比喩的な意味で用いているのであろうが、であればこそフロイドを持ち出すことなく丁寧に柄谷さんがここで使う「無意識」とはどういうものであるのかを説明すべきであったのではないのだろうか。

    また九条=戦争放棄の位置づけを語るために、『世界史の構造』などで練り上げた交換様式に言及し、戦争放棄が一種の贈与であり、それが交換様式Dにおける純粋贈与となるという。戦争放棄を贈与とみなして、それを徹底すべきだというのは独自の観点でよいのだが、それでもリアリスティックなリスクを鑑みると責任のない地点からの言論にすぎないということもまた感じ取られてしまう。そういった想定される批判に対して、柄谷は次のように言う。

    「憲法九条は非現実的であるといわれます。だから、リアリスティックに対処する必要があるということがいつも強調される。しかし、最もリアリスティックなやり方は、憲法九条を掲げ、かつ、それを実行しようとすることです。九条を実行することは、おそらく日本人ができる唯一の普遍的かつ「強力」な行為です」

    しかし、こういった平和論よりも、日本ではずっと憲法改正などは行わず、リアリスティックに対処していくのではないか。それが似合っている。それを「無意識」と呼ぶのであれば正しいと思う。


    『世界史の構造』などを読んだ後であれば、決してわかりにくい本ではないが、どこかもやもや感や落ち着きのなさが残る。それは左翼的なものがどこかいかがわしさをまとうようになったことを図らずも示しているのだと思う。柄谷さんはそのことに関してどれほど意識的であるのだろうか。

  • 60年間憲法九条を廃棄してこなかった世論は、フロイトを引き合いに出して説明されます。「超自我は、死の欲動が攻撃性として外に向けられたのちに内に向かうことによって形成されるものです。現実原則あるいは社会的規範によっては、攻撃欲動を抑えることはできない。ゆえに、戦争が生じます。それなら、攻撃欲動はいかにして抑えられるでしょうか。フロイトがこのとき認識したのは、攻撃欲動(自然)を抑えることができるのは、他ならぬ攻撃欲動(自然)だ、ということです。つまり、攻撃欲動は、内に向けられて超自我=文化を形成することによって自らを抑えるのです。いいかえれば、自然によってのみ、自然を抑制することができる。(15頁)」ゆえに、憲法九条は私たちの無意識の中に、自然発生的に存在するものであって、手放すことができないものである。仮に再び戦争をすることがあっても、手痛い代償を払ってまで、再び憲法九条を取り戻すだけであると著者は言います。難しいのですが、そのことを理解するとすっきりします。

  • 2016年6月新着

  • 貸し出し状況等、詳細情報の確認は下記URLへ
    http://libsrv02.iamas.ac.jp/jhkweb_JPN/service/open_search_ex.asp?ISBN=9784004316008

  • 323||Ka

  • 配置場所:2F新書書架
    岩波新書 ; 新赤版1600
    資料ID:C0037507

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プロフィール

哲学者、批評家。1941年兵庫県生まれ。1969年、「〈意識〉と〈自然〉――漱石試論」で群像新人文学賞評論部門受賞。著書に『マルクスその可能性の中心』『日本近代文学の起源』『探究』『世界史の構造』他。

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