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Amazon.co.jp ・本 (256ページ) / ISBN・EAN: 9784004316251
みんなの感想まとめ
日本の仏教における重要な人物、弘法大師こと空海の魅力を深く掘り下げた一冊。著者は真言宗の僧侶であり、大学講師としても活動しているため、空海に関する伝記や伝承、彼の教えがどのように日本の文化に影響を与え...
感想・レビュー・書評
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「死者の書」から「曼荼羅って」となり、次には「密教」「空海」と私の好奇心は広い広い読書の海に向かっていく。空海の生きた四国の地には私にもつながっていて、切れ切れの記憶がこの本を読んで少し鮮明になった。
空海というより弘法大師という名前が親しい。その上「南無大師遍照金剛」と唱えるお遍路さんの言葉は今になっても意味不明だった、できればそれらが何なのか知りたい。と読んでみた。
この本は著者が1974年生まれで若い、そして現職は四国霊場の一つ、大日寺の住職で、密教史など専門の学問を収めている。これは素人には格好の入門書だろうと思ったが大当たり、疑問が少しだけだけれど解けた気がした。
ただ残念なことに、仏教用語や多くの著作、経典の解説は理解できない部分が多くそれを極めたいと思えば、仏教徒になって残りの生涯を研究と修行に充てても足りないだろうと感じた。
参考のために司馬さんの「空海の風景」を読んでみようと思うが、上下巻で厚みが手ごわい。
そうこうしていると、チェン・カイコー監督の『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』という映画ができたという。予告編を見てみた。
これは夢枕獏さんの原作だとか、そこで調べていると、空海関連の動画がわんさか出て来た。
同時に夢枕獏さんの番組で「この人この世界。奇想家列伝 空海」で仏の視点と空海の土木技術実務家としての一面を知った。
さすが、日本の仏教の祖、多岐にわたる才能で偉人とたたえられている人。
夢枕獏さんの本も面白そうだ。
密教の教える「悟り」について考え、「即身成仏」について動画で勉強した。
子供時代、朝のお勤めの末席に並ばされていて、「般若心経」は暗唱できる。
その上祖父母の家は真言宗で側が遍路道だった。こうして今更ながら「空海」を知るのも好奇心のためだけでなく何かの支えになるかもしれない。
お遍路さんの白装束姿を見るのは珍しくなくなったが、なぜかその姿は子供心に少し恐ろしい気持ちがした。
昨今は気軽に霊場を巡ったりしている。学生が「卒論のために歩いてみています」などと答えるので驚いたこともあるが、人生に悩める人たちばかりではない、何か季節の風景を愛でながら、それを旅の目的にして極楽に行く道しるべだったり、空海の足跡を辿りながら教えにふれるという旅だったりするようだ。
ストーリーのない本を読むと前置きが長くなるけれど、非常にわかりやすい入門書だった。
関心のある方にはおすすめしたい。
特に
第一章 生涯を辿る。
大師は子供時代から仏教に関心があり教育を受けるが、突然当時の儒教の教えから離れ山野を放浪、密教に関心を持ち唐にわたる。唐での逸話はまさに超人的。あの奇妙な梵語を即習得し、仏典を翻訳し、それを解説書にした。伝説的な霊異話まで産んだ恵果和尚との出会いや、帰朝後密教流布の決心で高野山を開き、能筆の嵯峨天皇との交わりや、最澄との出会いと決別、東寺の営造など足跡を述べている。
第二章 霊跡をめぐる
霊場巡りという大師の修行跡をめぐる八十八か所は江戸時代に順番が確定した。
又、数の八十八には定説がない。採用されている一説は八十八の煩悩が、巡るごとに消滅し、ゴールすると悟りの世界にたどり着けると考えられている。
荒行で有名な真言宗はこうして寺をめぐっても悟ることができるということはあるいは庶民にとっては受け入れやすいことかもしれない。
衛門三郎のエピソードもある。
第三章 姿をイメージする
各地に残っている肖像画や石像などの解説。
第四章 芸術に触れる
ここで曼荼羅について少し学んだ。
招来した曼荼羅は五種ありその系統は三系にわかれる。それぞれの仏の姿はその働きや知恵を著したものだそうで真ん中の如来像を中心にしたグループに分かれている。
真言八祖とその系譜
口絵の写真 胎蔵曼荼羅と金剛界曼荼羅
東寺講堂の諸尊配置図(補修像の配置)
東側の5菩薩について
西側の5大明王 怒れる仏グループについて (私はこの像が好きだったりする^^)
講堂の仏像群のうち明王と呼ばれる怒れる仏たちは大師によって日本に紹介された
その多面多臂の形相と憤怒の面相から発せられるおどろおどろしいまでの迫力。
明呪とは唱えることによってさまざまな効力が得られる呪文でこれを人格化したのが明王である。
など。
『トリビア』弘法も筆の誤り
大師が応天門の額の字を揮毫した。しかし門の上に額を設置したところ「応(應)」の文字の点を一つ書き落としてしまった。そこから「どんな名人にも失敗はある」という意味のこの諺が出来上がったとされる。ただし大師は筆を高く投げ上げて掲げられた額に見事に点を補い、見物の人々から拍手喝采を博したという。
大使には十種の呼び名があり「遍照金剛」はその一つ、灌頂名だそうだ。お遍路さんは名前を呼んでいるのだと謎が解けた。
第五章 著作を読む
多くの著作の中で選ばれたものを合本にして「十巻章」とよんで、勉強するそうだ。「素読」の後暗唱する。
著作は多いが1に密教について発信したもの、2に高野山を下賜されまた東寺造営の時期で大日如来の教えを説き明かした書を著した。3は晩年、構築してきた独自の密教思想の総仕上げの書を著した。
ほかにも解説書手引書の類も多い。
密教の「密」についての解説は素人の門外漢には難しい。少しわかったところでも長くなるので疑問が浮かぶたびに読み返すのがいいかもしれない。
「即身成仏論」は特に生身のままで即座に悟りの境地に至ることが可能とされる理論である。この著作の核心に触れる部分は非常に興味深い。
最後に「曼荼羅」について
大曼荼羅は神羅万象がそれぞれの姿をもって現れた世界である(ここは理解できたとは言えないが)曼荼羅を象徴的に絵画の曼荼羅として表現する場合仏や菩薩の配列に依って描きまた蓮華や金剛杵などのシンボルに置き換えて書き(法具のことかな)種子と呼ばれる梵字によって諸尊を描く、また三次元の仏像を配したいわゆる立体曼荼羅をもって表現される。
丁寧にわかりやすく解説されても根本は理解できなくて、おぼろげにわかったことを記録してみた。
あるいは悟りというものは大いなる宇宙観で、もしできることなら、現世に生きていながら宇宙と一体になるための修行かもしれない。しかし密教の修行は凡人には過酷で荒すぎて、これを納めることはむつかしいと感じた。
そのために遍路という方法が残されているのかもしれない。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
2024年12月20日購入。
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【貸出状況・配架場所はこちらから確認できます】
https://lib-opac.bunri-u.ac.jp/opac/volume/67148 -
空海(774-835)という人物は「平安時代の初めに活躍した僧侶」ということになる。「平安時代の初め」というのは?1200年かそれ以上も以前という「大昔」だ。そういう時代に活躍した人達の事績等が幾分は伝えられている訳ではあり、歴史の教科書に少しばかり登場する例を誰しもが眼にはしているとは見受けられる。が、「平安時代の初めに活躍した人達」と言われてみても、「大昔」に過ぎて訳が判らないと思う。
それでも空海に関しては、「弘法大師」という諡号で現在でもよく知られていて、永く民間信仰のようなものの対象になり、創作も交わる様々な挿話も一定程度知られ、「弘法…」と俚諺の一部にさえなっている。「やや特殊?」ということになるのかもしれない。
そういう存在であるので、本書の『弘法大師空海と出会う』という題の「出会う」は秀逸であると思う。自身でも、偶々立ち寄った場所で手にした本が切っ掛けで「そう言えばあの場所と言えば?」と空海に気付き、何となく関心を高めるという「出会い」のようなものを経験したのかもしれないのだ。
本書は「空海(774-835)」という「史上の人物」の「実像?」をどうこうしようということでもない。寧ろ「弘法大師」として広く親しまれている人物に纏わる伝記的な情報の他、様々な伝承や所縁の地に纏わる話題、或いは俚諺になっている事柄に関する言及、主な著作のあらましやそれらが登場した背景等を交えた「真言密教は何を説きたいのか?」という話題等が読み易い分量で巧く纏まっている。
本書の著者は、真言宗の僧侶として活動しながら、大学院での研究を進め、研究成果等を説く大学講師も務めているのだという。なるほど、「真言密教が説こうとしているようなこと」というような「取っ付きが悪い?」という場合も在りそうな事柄を含めて、誰にでも解り易いことを意図して説くという“新書”を綴る方としては適任であろう。大変に愉しく本書を読むことが叶ったことを感謝したい感だ。
1200年以上も前の偉大な知性が、民間信仰的な感覚さえ伴いながら、現在に受け継がれているというのは凄いことであるようにも思う。本当に本書は、「弘法大師」として広く親しまれている人物に纏わる様々な話題を判り易く提供することで、この偉大な文化人と「出会う」ということを経験させてくれると思う。 -
もっと空海の人間像や実績など現実的な内容かと想像してたけど、魚を生き返らせたとか合掌した姿勢で生まれてきたとか奇蹟を起こす神様のような挿話が多くがっかりした。
ファンタジーを読んだ後みたいな感じ。 -
空海は歴史上に実在した人物であるが、とかく神格化されて尾鰭のついた伝説が数多くどこまでが真実やら創作やらがわかりにくい。それだけ後世の人々に大きな影響を与えたということなのだろう。昨今の四国遍路ブームしかり。昔、司馬遼太郎の「空海の風景」を読んだがこれはこれでどこまで信じていいのやら。本書は評伝というよりは空海をめぐる事績紹介という体のものだが、著者は密教学を修めた学究でもある真言僧なので、よいしょとまでは言わないが好意的な書きぶり。そこが好ましいか食い足りないかは読み手それぞれでもあろう。
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