パウロ 十字架の使徒 (岩波新書 新赤版1635)

  • 岩波書店 (2016年12月22日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (192ページ) / ISBN・EAN: 9784004316350

みんなの感想まとめ

人間の弱さを見つめ直し、謙虚さを重んじることを伝えようとしたパウロの思想に迫る内容です。彼の生涯や手紙、十字架の神学を通じて、パウロの本質を理解する手助けをしてくれます。特に、彼が命を賭けて伝えたメッ...

感想・レビュー・書評

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  • パウロの考え方を誤解していた。
    「パウロが命を賭けて伝えようとしたのは、人間の自己絶対化を厳しく否定し、神の前に謙虚に自らを見つめ直して、人間の『弱さ』に深く思いを向けるように、というメッセージである。」
    とのことです。

  • 青野 太潮
    (あおの たしお、1942年 - )は、日本の神学者、聖書学者。西南学院大学名誉教授。専門分野は新約聖書学、原始キリスト教史。静岡県生まれ。静岡県立静岡高等学校卒業。国際基督教大学(ICU)教養学部人文学科卒、東京大学大学院人文科学研究科西洋古典学専攻博士課程中退。スイス・チューリッヒ大学神学部博士課程修了、神学博士。同年西南学院大学神学部に奉職。助教授、教授(新約学)、神学部長。2013年定年退任、名誉教授。
    平尾バプテスト教会協力牧師。2009年より2017年まで日本新約学会会長。[1]

    • 1世紀の人物(イエスの直後の時代)
    • キリスト教がまだ一つの宗派として固まる前
    • 異邦人(ユダヤ人以外)にもキリスト教を広めた最大の功労者
    • 新約聖書の多くの書簡を書いた

    パウロ
    イエスの使徒。1世紀中頃、ユダヤ人であってギリシア語が話せ、ローマ市民権を持っていたことから、ローマ帝国内で活動ができたことから小アジア、ローマでさかんに布教を行った。その布教によってイエスの教えをユダヤ人の民族宗教から、普遍的な世界宗教としてのキリスト教に高める役割を果たした。

    パウロの回心
     パウロはユダヤ人で、ユダヤ教のパリサイ派に属し、イエスに敵対していたが、あるとき突然「なぜ私を迫害するのか」というイエスの声を聞いて、激しく動揺し、三日三晩贖罪したうえで、回心しイエスを信じるようになった。この異教徒でイエスを迫害する立場であったパウロがイエスの使徒となったことは、イエスの愛が敵対者にも向けられ、救われるという信者の確信となっていった。
     パウロはローマに行き、51年ごろから、さかんに布教した。64年のネロ帝のキリスト教徒迫害のときに、ペテロとともに殉教したとされる。なお、パウロは英語読みではポール Paul。
    キリスト教の世界宗教への脱皮
     パウロはギリシア語を話すことが出来、ローマ市民権ももっていたので、小アジアの非ユダヤ人(異邦人)の間に初めてイエスの教えを伝えることができた。パウロによって非ユダヤ人にイエスの教えが広がるに伴い、イエスは単なるユダヤ人の救済者にとどまらず、神そのものであり、すべての人間を愛し、救済するという思想も生まれてくる。そこから、この宗派はユダヤ教と決定的に違う「キリスト教」となり、民族の枠を越えた「世界宗教」へ脱皮したといえる。

    「パウロは自らの出自について、このように語っている。(私は)八日目に割礼を受けた者、イスラエル民族、とくにベニヤミン族出身の者、ヘブライ人の中のヘブライ人、律法の点からすればファリサイ人、熱心さの点からすれば教会を迫害した者、律法による義の点からすれば責められるところのない者 ​ 。 ​(フィリピ人への手紙 3章 5─6節)  「ヘブライ人の中のヘブライ人」とは言うものの、イスラエル生まれの生粋のユダヤ人であったわけではない。パウロは、ディアスポラ(離散)のユダヤ人であった。〈使徒行伝〉の記すところでは、彼は小アジア(現在のトルコ)南東部の地中海沿岸地帯であるローマの属州キリキアの首都タルソスで生まれたという( 9章 11節ほか)。  ただし、いつ生まれたのかについて正確なことはわからない。彼が書いた〈フィレモンへの手紙〉のなかでは、自分のことを「老人」と呼んでいる。手紙が書かれたのは紀元後五四─五五年頃。当時の「老人」とは、一般的には五〇歳以上の年齢の人を指した。そのことから、パウロはおそらく紀元後四─五年前後の生まれではないかと考えられる。もし正しければ、イエスよりも一〇歳ほど年下ということになる。」

    —『パウロ 十字架の使徒 (岩波新書)』青野 太潮著

    「ここで参考に、新約聖書に収録された二七の文書を表にして掲げておこう。一見してわかるのは、「パウロ」の名前のつく手紙が全体の約半分を占めていることである。新約聖書に最も多く収録されている文書がパウロの手紙であるという事実は、それが編纂された二 三世紀のキリスト教会においてすでに、パウロの思想がいかに重要なものであったかを物語っている。そこで本節では、パウロの手紙の詳細について紹介する前に、パウロの手紙が初期のキリスト教会でどのように受け止められ、やがて正典として認められるようになっていったかを簡単に述べておく。」

    —『パウロ 十字架の使徒 (岩波新書)』青野 太潮著

    「では、パウロはキリスト教徒たちの何にひどく反感を覚えたのであろうか。イエスは罪人として十字架につけて殺された。そのような者を「メシア =キリストである」と主張する者たちがいる。そのことに対する反感と怒りが、パウロを迫害行為へと向かわせた主たる要因だったのではないか。筆者にはそう思われる。旧約聖書の〈申命記〉は、「木に架けられた者は神によって呪われている」と宣言している。キリスト教徒たちはその「木」、すなわち「十字架」につけて殺された呪うべき存在であるイエスを、よりによってメシア =キリストだと主張していた。パウロにはそれが許せなかったのではないか。」

    —『パウロ 十字架の使徒 (岩波新書)』青野 太潮著

    「ところが、そのパウロが突如としてユダヤ教を捨て、イエスをキリストと信じるようになったのだから皮肉である。まさにミイラ取りがミイラになったわけだが、その経緯を新約聖書の〈使徒行伝〉は、大略次のように伝えている。  パウロがキリスト教徒たちを脅迫し殺害しようと企てていたところ、ダマスコス(現在のシリアのダマスカス)近郊で突然、天からの光がパウロを照りめぐらした。彼はその場で地面に倒れ伏す。そして「サウル(パウロのヘブライ名シャウール)、サウル、なぜ私を迫害するのか」という声を聞く。「あなたは誰ですか」と尋ねると、声の主は、「私はお前が迫害しているイエスである」と答えた。そのイエスはパウロに対して、立ち上がってダマスコスの町へ入るよう指示する。ところが、パウロはどういうわけか目が見えなくなっていた。そこで同行者と共にダマスコスの町に入ると、彼はアナニアというキリスト教徒と出会う。そして、そのアナニアに両手を自分の上に置いてもらったところ、たちまち目から鱗のようなものが落ちて(これが「目から鱗」の語源である)、パウロは再び目が見えるようになった。こうしてパウロはユダヤ教からキリスト教へと回心した(使徒行伝 9章、 22章、 26章)。」

    —『パウロ 十字架の使徒 (岩波新書)』青野 太潮著

    「ユダヤ教では、まず神の絶対的な戒律としての律法があり、それを犯す人間の律法違反の罪がある。そして、そのような罪の贖い(ゆるし)のためには、供犠が必要となる。供犠とは、簡単に言えば「生け贄」のことである。そうした生け贄を神に差し出して、自分たちが犯した罪に対する罰を代理して受けてもらい、その代わりに自分たちは神からの罪のゆるしをもらう。こうした贖罪論は現代のキリスト教会でも広く共有されているが、もともとは律法違反の罪の贖いをめぐるユダヤ教の法律的な議論であった。  ユダヤ教における律法違反の罪とは、厳密に言うと、一つ、二つと数え上げることができる複数の「罪々」である。それらの「罪々」を贖うために、何らかの供犠、代償が必要とされる。旧約聖書によれば、人間の「罪々」は、贖罪の儀式のなかで子牛や山羊の血を神殿の祭壇に振りかけることによって贖われる。たとえば、旧約聖書の〈レビ記〉では、そのような儀式の次第が事細かに述べられている(とくに 16章 11─15節)。イエスが十字架上で流した血を「究極の代償」として理解する「イエスの贖罪」という考え方は、こうしたユダヤ教の贖罪論の延長線上にある。」

    —『パウロ 十字架の使徒 (岩波新書)』青野 太潮著

    「無残な姿をさらし続けるイエス・キリストとともに、十字架を担い続けていくこと。自らの力に頼り、自らの業績を頼みに生きる「強い」生き方ではなく、イエスとともに、そしてこの世の苦難を強いられている人たちとともに十字架を担い続ける「弱い」生き方のなかにこそ、本当の意味での「強さ」が、そして「救い」が、逆説的に存在する。「イエスの十字架」以外は誇らないと語るパウロは、苦難の多い道かもしれないが、そうした逆説的な生を選び取ろうではないか、とわれわれに訴えているのである。」

    —『パウロ 十字架の使徒 (岩波新書)』青野 太潮著

    「 「イエスの十字架」が逆説であるのと同様に、われわれ自身の生の歩みもまた、「弱さこそが強さ」「愚かさこそが賢さ」「躓きこそが救い」、そして「呪いこそが祝福」という逆説的な歩みなのである。パウロは手紙を通じて、われわれにそういう生の道を選び取り、そのように生きていくべきなのではないのか、と問うている。」

    —『パウロ 十字架の使徒 (岩波新書)』青野 太潮著

    「傲慢な人々には気に入らぬキリストの受肉ということのうちには、直視し思惟すべき多くのことが秘められている。その第一は、神が創造したものにおいて、キリストがいかなる位置を占めるかということを、人間に示したということである。 第二のことは、神の恩恵が、われわれにはそれに先行するいかなる功徳もないのに、人間キリストにおいて明らかに示されたということである。 第三のことは、人間が神に寄り縋ることを最も妨げているものたる傲慢が、神のあれほどの謙 によって反駁され、癒されうるということである。 すなわち、不従順によって滅んだわれわれに従順の範型を与えるために、子なる神が父なる神に十字架の死に至るまで服従することにまさるものがあろうか。 ​( De ​ ​ Trinitate, ​ ​ XIII, ​ ​ XVII, ​ ​ 22) ​(谷隆一郎訳)」

    —『パウロ 十字架の使徒 (岩波新書)』青野 太潮著

    「ほんとうにそうだったのだろうか?  イエスは十字架上で、神に対して明確な異議申し立てをしたのではなかったか。「エロイ、エロイ」という最後の絶叫は、「私はこれこそあなたの意志だと信じて語ってきました。それなのに、なぜこのように恐ろしい刑をあなたは私に科すのですか。あなたは私をお見捨てになったのですか」という、憤りをも含んだ悲痛な叫びであったのではないか。なぜ自分は殺されなくてはいけないのか。イエスには不可解でならなかったはずである。その答えを求めて、イエスは必死に叫んだ。しかし、神からの応答は一切なく、イエスは深い絶望と悲嘆のなかで息絶えるしかなかったのである。」

    —『パウロ 十字架の使徒 (岩波新書)』青野 太潮著

    「岩波新書では、恩師荒井献先生による  『イエスとその時代』(一九七四年)以降、畏友大貫隆氏による最近の、旧約聖書をも含む  『聖書の読み方』(二〇一〇年)を除けば、新約聖書学関係の出版が久しくなかったので、ぜひ「パウロ」を加えたいのだが、との執筆依頼を受けたとき、私は喜んでそれを受諾させていただいた。キリスト教を世界宗教にする端緒を開いた使徒パウロの生涯と思想を、岩波新書において一般読者のために執筆するという稀有な機会を与えられたことは、大変光栄なことであり、望外の幸せでもあったからである。」

    —『パウロ 十字架の使徒 (岩波新書)』青野 太潮著

    「すでに定年退職をして三年以上が経つ西南学院大学神学部に対する言い尽くせない感謝の思いをも記しておきたい。三五年間の教員生活において、とくに牧師を目指す学生諸君との真剣勝負とも言える講義やゼミをとおして、どれほど私自身が成長させられてきたか、計り知れないほどである。また同僚の先生方との交わりをとおしても、同様のことを体験させられてきた。今多くの「教え子」たちが、全国で牧師としての務めを立派に果たしてくれていることは、何にも代え難い大きな喜びである。」

    —『パウロ 十字架の使徒 (岩波新書)』青野 太潮著

  • キリスト教が、ユダヤ教の一派にとどまらず、世界宗教となりえたのはパウロの功績によるといわれるが、その理由がよく分かる一冊だった。行動力にしても思想の深みにしても卓越した布教者であった。
    イエスもそうであるが、パウロもまた逆説的思想の名手であった。弱さのなかでこそ強く、呪われることで祝福され、何も持たないことですべてを手にする…信仰は理性で割り切れないからこそ、逆説が真理を衝く。
    パウロらヘレニストと、戒律を重視するユダヤ的なヘブライストという、初期キリスト教内の対立というパウロ書簡の背景を知ることができてよかった。戒律の遵守や霊的熱狂による自己救済・自己肯定を戒め、弱さと惨めさの中で十字架の上で死んだイエスを直視し、弱さにおける救済を強調したパウロの思想はとても深みがあって魅力的である。また、親鸞の思想との通底するものがある。

  • 【貸出状況・配架場所はこちらから確認できます】
    https://lib-opac.bunri-u.ac.jp/opac/volume/706067


  • 「聖書学」とはこういうものなのか、というのが素朴な感想。聖書のなかのそれぞれのテキストを書いた人物の特定であるとか、それが書かれた状況であるとか、その人物がどのようにものごとを捉える人であるかとか。それらを踏まえた上で、使徒たちの間に見られる、イエスの死に関する、ユダヤ教的(ヘブライ的)・「悔い改め」的・行為義認的(贖罪論的)な見方と、パウロに代表されるヘレニズム的・「弱さの自覚」的・信仰義認的な見方の対立が描かれ、その是非が論じられている。パウロの行動の軌跡を丹念にたどりながら論が展開されているので、パウロがどんな問題に取り組んでいたのかについて、具体的な像を伴って理解できたような気がする。

  • キリスト教はパウロ教と名乗るべきだ、と言う主張を聞いたことがあった。
    ユダヤ教のカルトであった「キリスト教」を、ユダヤ人以外にも布教し、受け入れられるように変え、世界的な宗教にした、と。

    結局、自分の知っている「キリスト教」はパウロ教なので、
    それがどう本来のキリスト教徒と異なっているのかがわからず、難しかった。
    ナザレのイエスがキリストだと告白はするものの、律法を遵守し宣教の対象をもっぱらユダヤ人とする「ヘブライスト」から、
    律法からの自由を説きエルサレムにおける神殿礼拝を厳しく批判した「ヘレニスト」に主流が代わっていったのは、
    70年のエルサレム神殿の破壊をきっかけだったのはわかった。

    一番の驚きだったのは、
    聖書の中ではおまけ的な存在だと勝手に思っていた「パウロの手紙」が、福音書より早い時期に書かれていたこと。
    福音書はイエスの死後しばらくたってから、書かれたのは知っていたが、
    パウロの活動は思っていたより、イエスの死に近かった。

    それと、興味深いと思ったのは、
    十字架刑が残酷な処刑であり、屈辱的な処刑であったため、初期のキリスト教では十字架を首からさげるということは、考えられなかった、ということ。

    しかも、パウロの旅は献金集めの活動でもあったこと。
    結局、金なのか。

  • パウロがキリスト教を世界宗教にしたことは漠然と知ってはいたが,具体的なことを認識できた.ユダヤ教の律法第一主義の世界の中で,パウロが葛藤した経緯が明確に示されている.読解が難しいパウロの数々の手紙を,原文などを参照しながら的確な訳文を随所に引用していて,理解しやすい.”「不信心で神なき者を義とする神」を信じることによって人は義とされる.”がパウロの信仰義認論を言い表していると感じている.

  • 贖罪論が間違っていたなんて・・・・

  • キリスト教から贖罪論をとったら何が残るのか、今一つピンと来ない。結局それは普及しなかったわけだし。

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著者プロフィール

1942 年生まれ。国際基督教大学(ICU)、東京大学大学院を経て、チューリッヒ大学神学部より神学博士号取得。西南学院大学名誉教授。平尾バプテスト教会協力牧師。2009 年より日本新約学会会長。主要著書は、『「十字架の神学」の成立』、『見よ、十字架のイエス』、『どう読むか、聖書』、『「十字架の神学」の展開』、『「十字架の神学」をめぐって』、『最初期キリスト教の思想的軌跡』、『新約聖書』(共訳、岩波書店版)他。

「2016年 『「十字架につけられ給ひしままなるキリスト」』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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