近代日本一五〇年――科学技術総力戦体制の破綻 (岩波新書)

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レビュー : 20
  • Amazon.co.jp ・本 (320ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004316954

感想・レビュー・書評

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  • これは、衝撃的です。山本義隆という人物へ僕が持っていたイメージが完全に間違っていたことに気づかされました。こんなに科学技術のもたらした負の側面を微に入り細にわたり、書いている本には初めて、出会いました。結論や主張にどれだけ賛成できるか、というのは難しい問題ですし、実際に解決策を提示できているのか(批判に終わってしまっていないか)、という感じもしますが、それにしても読み応え十分です。大学受験の物理講師をやりながら、こんなことを考えたり、調べたり、している方がいるというのが相当の驚きでした。どうも自分がエリートになれない理由もなんとなく分かったような気がしました。

  • 著者の名前は団塊世代には様々な事象を想起させる.p236に次のような総括がある.「明治から大正にかけての経済成長、すなわち富国化・近代化は、主要に農村の犠牲のうえに行われ、昭和前期の大国化は植民地と侵略地域の民衆の犠牲のうえに進められたのだが、戦後の高度成長もまた、漁民や農民や地方都市の市民の犠牲のうえに遂行されたのである.生産第一・成長第一とする明治150年の日本の歩みは、つねに弱者の生活と生命の軽視をともなって進めてきたと言わざるをえない.」第6章以降は小生の記憶と合致する部分もあり、さらに筆者の筆も佳境に入った感じで的確な視点で問題を暴き出しているのが、非常に面白かった.戦時中に優遇された科学者が他の分野で戦後に出てきた戦争責任の問題を無視あるいは軽視して、そのまま高度成長期に突入したことを厳しく指摘している.このような発想が公害を隠蔽してきた科学者の行動に繋がったという論考は傾聴に値するものだ.

  • 明治から始まる歴史の流れを科学技術に絞って展開
    原発を推進する、核不拡散条約に同意しないスタンスの人達が持っている思想や背景をイメージする助けになる

    経済成長を目指すべきかそもそも違う視点を見出していくのか。
    いろんな意見はあるけど国を国民一人ひとりと見るのか俯瞰して国という記号を見るのかによって考えは大きく変わる。自分は前者でいたいが後者にも共感してもらえる話を展開できるようになりたい

  • この150年、どのような背景で科学技術が発展し、いまどうなっているかがよくわかった。これからどうするべきなのかとても考えさせられる。

  • 第二次世界大戦を挟んで戦前と戦後で変わらず継続されているものとして、官僚制があることはよく知られていたが、科学者も全く変化なく研究を続けていたことに気づかされた。戦争責任などの大義からの追求とは、目的を持った行動なのだとつくづく思った。

  • 力作。
    よく書かれている。
    軍事が科学・技術向上に大きく関係していたことが分かる。
    弱者を犠牲にして発展してきたことも分かる。
    やはり、国や大企業のいうことをうのみにしてはいけない。しっかり自分の考えを持たなければ。

  • 今年2018年は明治維新から150年で、この150年は日本の近代化の歴史でもある。明治の文明開化に始まり、太平洋戦争を挟んで高度経済成長へと科学技術の進歩に支えられ、日本はひたすら邁進してきた。
    明治初期の日本は兵部省、工部省、文部省が中心となり科学技術を振興してきたが、第一次大戦を通じて総力戦体制に科学技術が重要であると分かると、科学者が率先して国力増強へと協力していく。1917年に理化学研究所が創設されるのは象徴的だ。科学者が自らの立身出世に躍起になっている姿が見える。
    太平洋戦争が終結すると、一転して「科学戦の敗北」「科学の立ち遅れ」がさかんに言われ、今度は「原子力の平和利用」が唱えられる。しかしその先に待っていたのが福島原発の事故ではなかったのか。大日本帝国は戦艦大和、武蔵ととともに沈んだが、今の日本は原発とともに沈もうとしているようにみえる。
    明治の科学技術は工学と中心として発達してきたが、それは日本人のモノ作り志向にマッチしている。しかし一方科学を「実学」一辺倒で捉えてきたためにヨーロッパでは科学の背景にあり、それを支えた哲学や文芸を蔑ろにしてきたのではないか。それが今の理系重視、文系軽視の現状にも直結しているし、また理系分野でも数学や物理学といった基礎分野はあまり顧みられないことにも見てとれる。
    科学の背景にある価値判断、何のための科学か、何が人間を幸福にするのか、といった問いかけこそが本来必要なのではないか。
    前半が明治維新以来、政府が科学をどのように振興してきたか、科学技術の各分野が産業、軍事との関わり合いの中でどのように発達してきたのかが詳述されていて、特に興味深かった。

  • 日本の科学技術と日本的経営が行き詰まって行く過程をよく説明していると思う.では,どうすべきかについての著者の説明は,夢があるが,実現することは容易では無い.I habe a dream.それは叶うだろうか.

  • 元東大全共闘代表の著者による、明治維新以降の近代科学技術政策史。

    本書では、科学技術の負の面にスポットライトを当てつつ、科学技術の果たした貢献に対して否定的な論調で150年の歩みが語られている。

    我が国における科学技術の発展は、富国化、近代化、大国化、とりわけ軍事力の整備と密接に関わってきた。国策としての先端兵器の技術導入や国防・軍備のベースとなる資源・エネルギー開発。潤沢な研究開発資金が与えられ発展してきた科学技術。著者は、その陰で農村から駆り出された職工や植民地・侵略地域の住民、漁民や農民、地方都市の市民の犠牲を強いてきた、と説いている。

    戦争に大きく加担しながらその責任を負わず、反省の弁もなく戦後復興・民主化のの担い手として転向したことを痛烈なに批判している。

    かなり左よりの論調だが、頷けることは多い。科学技術に悲観することはないと思うけれども、研究者や技術政策担当者には、本書のような形で過去を振り返り、反省することが必要なのだと思う。

  • 2018年6月13日借り出し。

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著者プロフィール

1941年、大阪に生まれる。1964年東京大学理学部物理学科卒業。同大学大学院博士課程中退。現在 学校法人駿台予備学校勤務。

「2019年 『現代物理学における決定論と非決定論 [改訳新版]』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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