五日市憲法 (岩波新書 新赤版 1716)

  • 岩波書店 (2018年4月23日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (240ページ) / ISBN・EAN: 9784004317166

感想・レビュー・書評

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  • 今からおよそ50年前、旧家の土蔵から未発見の自由民権期の憲法草案が見つかった。その時、最初に手に取った色川大吉ゼミ学生の新井勝紘氏は、その後50年ずっとこの憲法の研究に携わることになる。

    明治の歴史を紐解けば、自由民権運動の創憲の時代は、近代日本でも数少ない下からの政治体制創出の時代だったと私は思っている。一年ごとどころか、数日ごとに民衆と政府との力関係は逆転し、最後にはまだ力の差が大きかった明治政府が欽定憲法を作って大日本帝国を築いてしまったのではあるが、ほんの数%は逆転の機会があったのではないかと私は思う。その時に、のちの日本国憲法よりもある意味民主的に徹底していた憲法草案を作ったのが、一つは植木枝盛の私擬憲法草案であり、それに次ぐのがもしかしたら五日市憲法だったのではないか。

    全体の構成は、立憲君主制、天皇と民選議院と元老院で成り立つ三部制の国会、三権分立主義の性格を持つ。これらは他の私擬憲法と同じではある。国民の権利保障と、行政府に対する立法府の優位性、国民の権利を周到に保障するための司法権の規定は、他を圧倒していた。「憲法は為政者を縛るためにある」憲法を作り始めた最初期、現在東京都あびるの市の片田舎で始めた小さなサークルが立憲主義の原則をキチンと法文に落としていた。彼らは、ここまでの高みまで登っていたのだ。現代の政治は、彼らに胸を張ることができるだろうか。文中に憲法草案全葉の写真と、付録として五日市憲法草案全文が載っている。

    現在では名前も知られている起草者の千葉卓三郎の生涯を如何にして発掘していったのかを、回想形式で書いている。とても読み易い。また近代歴史の研究指南にもなっていて興味深い。実際千葉の人生がここまで波乱万丈とは思わなかった。充分に映画化できる。また、憲法草案以外にもいくつかの文章があるようなので、「千葉卓三郎著作集」の刊行も可能なのではないか。

    新井氏の調査によれば、当時の自由民権の結社は全国で2189社である。会員は1万人を超えていたという。もちろん多くはない。しかし、当時の日本の人口が5千万人程度であり知識人は希少だったことを考えると、決して少なくもない。しかるに、現在の「9条の会」の数は7500団体を超えているといわれる。思うに、五日市憲法を現代に再び蘇らせる意義はあると思う。

  • 最近の改憲議論でよく耳にするのが「日本国憲法(以下「現憲法」)はGHQから押しつけられたもの。だから今こそ日本人の手によって新しい憲法とすべき」という論法。
    しかし何だかしっくりしない。本当に押しつけと言い切れるのか?仮に押しつけだと認めてしまったら、現憲法施行後の70数年間の日本の歩みの正当性が揺らぐという矛盾を承知で言っているのだろうか?

    と思っていたところに、ビッグイシューNo.358(2019.5.1号)の「“創憲の時代”に民間人が起草した『五日市憲法』とは?」という、この本の著者でもある新井勝紘(あらい・かつひろ)さんへのインタビュー記事が私の目に留まった。

    1889年の大日本帝国憲法の公布について、新井さんは、明治政府は公議公論で作られた数多くの民間憲法の存在を知りながら、天皇大権的なプロイセン憲法を参考に密室で憲法草案を作り上げ、国民からの“創憲”の意見を一切無視する形で制定されたものとし、『一方的に天皇の名(欽定憲法)で国民に押しつけたものですから、これこそ「押しつけ憲法」と言えるかもしれません』と話している。

    わが意を得た思いだった。
    でもここで「では押しつけでない憲法とは何か?日本の憲法は常に押しつけられていたのか?」という壁に当たり、手掛かりを得たくて本書に手を伸ばした。
    すると、日本でも明治の草創期に千葉卓三郎なる人物がいて、五日市の出身でないが流れ流れて当地に行き着き、日本各地で盛んだった自由民権運動を背景に、集会条例などの政府の規制をすり抜けて民間での議論を深め、ついには自分たちの手で日本国の指針とすべく憲法草案を“創憲”するに至ったというドラマティックな展開に興味をひかれた。
    そして、その憲法草案の内容についても「国民の権利」などに重点を置いたオリジナリティーの高いもので、本書では草案の内容だけでなく、創憲に至る千葉の生涯や当時の時代の熱量についても精力的にアプローチしている。

    この本で書かれた千葉の生涯では、憲法について専門的体系的に学んだという軌跡は認められない。そんな千葉がなぜ「人民の人民による人民のための政治」の理念と言える位置にまでたどり着けたのか?(もちろん形としては不十分であるが)。
    それと私が注目したいのは、五日市憲法では天皇を「国帝」と書いていること。私はこれを「天帝」に対する概念として、天皇の地位を天与ではなく国(=国民)が与えたものと明記したのだと考える。これこそはまさに押しつけではなく自分たちに立脚し自分たちの血肉となるべき憲法ではないか!なるほど五日市憲法を精読すれば、何が押しつけで、何がそうでないかが、靄が晴れるかのように明確になっていった。

    なにしろ現存する史料が少ないなかで、新井さん1人の研究にも限界があってこの本でも推測に委ねられた部分が幾らか含まれるのは事実。しかし学術書として読まなくても、新井さんの頭だけでなく足を駆使したフィールドワークの結果、現代から見ても輝きを失わない五日市憲法の“光源”に辿り着くまでのドラマとして読むのもありえると思っている。

    そして今を生きる私たちは、憲法が求めるべき「理念」について、少なくとも千葉卓三郎と同等以上の熱量でもって、改めて議論すべきというのはわかった。それでなければ、憲法改正などと軽々しく口にすべきではない。

    ちなみにビッグイシューの記事で新井さんは、現憲法の制定前に民間の憲法草案がGHQに提出され参考にされたと記録にあると話している。となると現憲法は押しつけどころか、大日本帝国憲法ではなかった民間での憲法制定にかける熱量が受け継がれていると言え、日本で民意が反映された唯一の憲法でないのかと言い切っておく。

  •  1968年、東京経済大学色川大吉ゼミの調査により、東京都五日市町(現在はあきる野市)の旧家・深沢家の土蔵で発見された自由民権期の私擬憲法草案(いわゆる「五日市憲法」)。その第一発見者である著者による「五日市憲法」の全容と起草者の千葉卓三郎の生涯を改めて総括した書である。深沢家文書発掘の経緯、「五日市憲法」が未知の私擬憲法草案であることが確定される経過、当時学界でも全く知られていなかった千葉卓三郎の履歴調査の回想は、さながらミステリのようで非常にドラマティックで興味は尽きない。

     「五日市憲法」の内容については、色川はじめ語り尽くされた感があり、本書で特に新知見はなかったが、さまざまな歴史的制約はあるものの、自主的な学習と衆議・合議によって策定され、権利保障に重きを置いた憲法草案の存在は、立憲主義が崩壊し、行政主導の恣意的な憲法「改正」がもはや時間の問題となっている現在、横行する浅薄な憲法議論を相対化する上で依然重要な素材である。また、戊辰戦争に敗れた仙台藩出身で、あたかも「自分探し」のように各地を彷徨した卓三郎の生涯は、「挫折した若者」を論じる格好の素材をも提供しているように思われる。

  • <目次>
    はじめに
    第1章  「開かずの蔵」からの発見
    第2章  五日市憲法とは何か
    第3章  憲法の時代
    第4章  千葉卓三郎 探索の旅へ
    第5章  自由権下不羈郡浩然ノ気村貴重番智~千葉卓三郎の生涯
    終章   五日市憲法のその後

    <内容>
    東京経済大で色川大吉ゼミの受講生で、五日市町の深澤家の蔵の中から「五日市憲法」を発掘し、その後町田市の自由民権資料館の立ち上げにかかわり、大学教授になった著者の歩みと、五日市憲法の編纂の中心にいた「千葉卓三郎」を見出し、その人生を解き明かした過程を記した本。著者の人生を決めた資料発掘から研究の歩みがわかり、”千葉卓三郎”という自由民権期に一瞬だけ輝いた人物の人生がわかり、二重に美味しい本だった。

  • 五日市憲法の解説と一緒に、新井先生の研究史も。岩波新書なのでちょっとびっくり。というか、今はこういう書き方なんだな。

  • 近年の安倍政権は憲法改正の意欲を見せ続けている。2012年に発表された自民党の改憲草案は、「公益及び公の秩序」より国民の権利が優先されるなど、国民の権利を制限するかのような内容で、議論をよんだ。大日本帝国憲法への「先祖返り」も指摘された。しかし、日本には大日本帝国憲法ができる前、すでに国民の権利を天皇の権限より優先させる憲法が構想されていた。五日市憲法である。国民の権利を後回しにする考えは、決して日本の伝統ではないことを五日市憲法は教えてくれる。その意味で、この憲法を考える意味は今日においてまったく失われていない。

    本書の特徴は、五日市憲法の内容説明のみならず、著者が五日市憲法といかに出会い、研究してきたかという独白調の文体になっていることである。五日市憲法の起草者・千葉卓三郎を調べる旅の叙述は、歴史研究の醍醐味を感じさせる。また、そういった叙述のスタイルを取ることで、この本がひとつの「物語」として読みやすくなっている。

    とはいえ、気になるところもある。深沢家の調査手法は、今日の史料調査の方法論からいえば、どのような問題を抱えていたのか。現状保存はどれだけできていたのか。そういった部分も知りたかったように思う。

  • 東京の五日市で発見された私擬憲法、通称「五日市憲法」とその起草者、千葉卓三郎を論じた書籍。
    前半は草案発見とその内容について。五日市市憲法は、明治憲法や他の私擬憲法と比べても最も民主的で人権保障を重視した草案であり、国民の権利・国会の職権・司法権の分野には多くのオリジナルの条文も見られる。詳しい内容は第2章で記述されるがここでは省く(*抵抗権や革命権をも認める内容の、植木枝盛による「東洋大日本国国憲按」の方が気になってしまった)。
    後半は明治憲法が公布された時代の憲法観や民権運動、千葉卓三郎の生涯について。経歴もわからなかった卓三郎の履歴書が発見されたことでその生涯が究明されていくのだが、当時こんな人がいたのかと驚いた。12歳で仙台を離れたのち、漢学、儒学、ギリシャ正教、蘭方医、浄土真宗等と幅広く勉強しまくっている。その後いろいろあって教師として五日市に赴任して民権運動に参加した。また卓三郎には草案以外にも著作があり、そのうちの「ジャパネス国法学大博士 タクロン・チーバー」は元老院が発行した『法律格言』を読み替え、国王と国民の立場を入れ替えて格言にするという内容で、これが洒落てておもしろい。

  • 明治期に生まれた民衆憲法の水脈を探る旅。歴史研究の醍醐味が、ビンビン伝わってくる本だった。「開かずの蔵」に入っていく場面、資料の真否を実証するという研究の基本の指摘、歴史の伏流にたどり着いた時の感動、どれもワクワクしながら読んだ。仙台や御茶ノ水などの馴染みの街が登場することも親近感を感じた。コロナが落ち着けば五日市へのフィールドワークもやってみようかな。

  • 1968年東京都五日市町の旧家の土蔵から、明治の憲法草案が発見された。著者は仙台藩の下級武士の子であった。

  • 18/08/21。

  • 本館開架(新書) [あきる野市 -- 歴史] [自由民権運動] [千葉, 卓三郎]
    http://opac.lib.saga-u.ac.jp/opc/recordID/catalog.bib/BB25936586

  • <訪問>新たな憲法草案 探索の記録「五日市憲法」を書いた 新井勝紘さん:どうしん電子版(北海道新聞)
    https://www.hokkaido-np.co.jp/article/193707?rct=s_books

    岩波書店のPR
    「開かずの蔵」と呼ばれた旧家の土蔵.そこで偶然見つけた紙綴りが,ひとりの学生を歴史家に変えた.紙背から伝わる,自由民権の息吹と民主主義への熱き思い.起草者「千葉卓三郎」とは何者なのか? 民衆憲法を生み出した歴史の水脈をたどる.
    https://www.iwanami.co.jp/book/b355597.html

  • 東2法経図・6F開架 B1/4-3/1716/K

  • 323.1||Ar

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著者プロフィール

1944年 東京都生まれ 東京経済大学経済学部卒 町田市史編さん室・町田市立自由民権資料館主査をへて,国立歴史民俗博物館助教授へ転職,2001年度より専修大学文学部教授。
『自由民権と近代社会』(編著)吉川弘文館,2004。『多摩と甲州道中』(共著)吉川弘文館,2003。『近代移行期の民衆像』(編著)青木書店,2000。『戦いと民衆』(編著)東洋書林,2000。「パーソナルメディアとしての軍事郵便」『歴史評論』682号,2007。「軍事郵便の基礎的研究(序)」『国立歴史民俗博物館研究報告』126号,2006。

「2009年 『ケータイ世代が「軍事郵便」を読む』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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