- Amazon.co.jp ・本 (240ページ)
- / ISBN・EAN: 9784004317296
感想・レビュー・書評
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領主と百姓は保護と貢納のギブアンドテイク。大名の究極の使命はタテ関係、ヨコ関係の問題解決。対外戦争は、訴訟問題などの万能薬。これまでの専制的な大名観が変わった。
寄船の法や落とし物は神仏からの授かり物、絶対的な正義や悪は存在しないという考えに基づく、中分・折中の法も当時の人々の息づかい、生活が見えてきて新鮮だ。
snsで一方を徹底してたたく。白黒の世界しかないデジタル思考など、現代人の方が見直すべき点、見過ごせない点も多々あるように思う。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
この題名をみて「なんて面白そう!」と手に取る人は少ないでしょう。
でも私の予想したとおり、とても面白い本でした!
ときどき笑いました。
清水克行さんは明治大学で人気の教授。
TVの歴史番組で、ワイドショーのコメンテーターのように面白く討論されるのを見たから、ぜったいに面白いと確信していた私。
〈荒ぶる家臣たちを統制するため、たどたどしいながらも自分の言葉で法を定めようとした結城政勝。
自力救済を抑止しようとしながらも、それを十全に果たすことができなかった伊達稙宗。
家臣たちから突き付けられた法を受け入れることを余儀なくされた六角承禎・義治父子。
最も完成度の高い法典を定めながらも悲運に斃れた今川氏親・義元父子。
家中法から領国法へヴァージョンアップを繰り返した武田晴信。
そこには、みなそれぞれにドラマがあった〉
なぜ、彼らは最終的に織田・豊臣・徳川に敗れてしまったのか?
それを考えさせられ、また納得させられる本。
〈純粋で“先進”的なものが、かならずしも新しい時代を築くとは限らない。
むしろ粗野で“野蛮”なもののほうが、新時代を切り拓くというのは、人類史上に、まま見られる現象である。〉 -
面白かった。先進的な分国法をつくった大名のほうが滅び、そうでない大名のほうが生き残るというのは確かに、と思う。訴訟が乱発する状況のなかで、勝ち残るのは法の整備をするよりも、戦争で勝って領国を広げ褒美を家臣に与える大名、というわけである。
そのうえで分国法の意義は、各地に存在していた民間慣習を吸収して公的な位置を与えたことにある、とする(p.205)。分国法を制定した大名は滅んだが、その方向性じたいは、近世社会に引き継がれていく、という。 -
結城・伊達・六角・今川・武田の5戦国大名の領国だけに通用する分国法を順に取り上げて考察している。分国法のねらいは、①自力救済の抑制(たとえば私闘の禁止)②大名権力の絶対化(たとえば治外法権の極小化)③公共性の体現(たとえば公正な裁判や職権主義の実現)④既存の法習慣の吸収・再編などであるが、結局のところ上手く機能することはなかったようだ。領国の法制度を整えるより、近隣大名との争いに悩殺されたからである。では、分国法というのは無駄だったのか。いや、江戸時代になってこれらの試みの経験は大いに生かされたようである。それにしても、それぞれの大名の面白い実態や、意外と村共同体が強かったことなどが、読んでいて面白かった。清水氏の文章は、そういう細部のところが魅力があっていい。
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結城・伊達・六角・今川・武田の分国法を題材とし、制定の経緯を踏まえて条文を読み解く内容。戦国社会の実情が伺われると共に、中世の法慣習を乗り越えようとした苦闘の有様が見えて面白い。分国法の意義に対する辛口の結論も示唆に富む。
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とても面白かった。
清水先生のゼミが商学部なのが残念で不思議。 -
戦国大名と呼ばれた家々が、家臣と領民を統制するために作った法は「分国法」と呼ばれていますが、その内容をわかりやすく説明した一冊です。分国法には、ゲームや漫画でも身近な戦国大名が抱えていたリアルな悩みが凝縮されていると言っても過言ではありません。近道だからといって生け垣を壊して通るなとか、喧嘩はやめなさいとか、中学・高校の校則と見間違うかのような細かい規定が作られた背景には、荒くれ者たちをなんとか押さえ込もうとする戦国大名の苦悩が透けて見えるようです。
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はじめに―分国法の世界へ
第1章 結城政勝と「結城氏新法度」
第2章 伊達政宗と「塵芥集」
第3章 六角承禎・義治と「六角氏式目」
第4章 今川氏親・義元と「今川かな目録」
第5章 武田晴信と「甲州法度之次第」
終章 戦国大名の憂鬱
参考文献
あとがき -
面白いポイントがいくつかあった。まず先進性。分国法とは、大名が領地に対して適用する法律のこと。それは戦国大名の専制政治を示すものとして理解する向きもあるのだが、実際には自らの権力をも法によって一定の規制を加え、その正当性によって領地を経営するための「武器」であったらしい。つまり非理法権天(非は理に勝り…権力の源は天にあるとする)という近世日本の価値観に対して、戦国時代の分国法には「権(権力)」よりも「法」が優越する。あるいは、喧嘩両成敗法は行き過ぎた法律と思われるかもしれないけれど、これは中分・折中と言って、「両者それぞれに義がある」という考え方に基づく。そんななかで子孫親族らに遺恨を残さぬかたちで紛争を解決するための極めて現実的な方法だった。
そして、法律や法体系として未熟であるがゆえに、その生活の実態を生々しく反映しているということ。「あなたたち(家臣)は老いも若きもどうしようもない方々ばかりですね」など、愚痴が書いてあったり、「ほら貝が鳴ったら、本丸でどこへ向かうのかを聞きなさい。勝手に出撃はしないこと(勝手に出撃とか面白すぎる)」とか。やりたい放題動く家臣に、大名は頭を抱えてたのでしょうねぇ。
分国法の最大の意義は、それまでの慣習法を吸い上げ、再編したことにあるという。そしてそのことを通じて新たな支配のかたちを目指そうとした。これは新しい挑戦であり、偉そうに現代的な観点から言えば進歩した部分があると言えなくもない。にもかかわらず分国法を定めた彼らの大半は、歴史的には「敗者」となってしまう。熾烈な戦国時代においては、法によってかえって混乱が生じてしまうこともあっただろう。先んじたことがかえって仇となってしまったのではないか、と考えられなくもない。因果なことだなぁ、とわたしは思った。
あっ、今川とか、武田とか、有名な武将も出てます、面白いです(言うのが遅い)。 -
戦国大名の法による支配は如何なるものか、知りたくて読んだ。さまざまな