異端の時代――正統のかたちを求めて (岩波新書)

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  • Amazon.co.jp ・本 (272ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004317326

感想・レビュー・書評

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  • 基本的にキリスト教を中心に論を進めるが、「異端たるためには、正統に取って代わるだけの信念、気概が必要」との指摘は鋭い。

    正典、教義は正統から派生するもので、正典から正統は生まれないというのも考えればその通りで、プロテスタントの基盤はむしろ危うい。諸派、原理主義が生まれるのもやむ無しと思える。

    いろいろな点で勉強になった。

  • ・O正統とL正統
    ・異端が正統を作る「異端は弾圧されたから姿をけしたのではなく、姿を消したから異端なのである」P59
     

  • トランプ政権に対する民主主義の論評かと思ったが神学だった。丸山眞男、キリスト教に精通していないとなかなか読み下せないかも。結構難解でした。まずは神学から始めるかな。

  • 序章 正統の腐蝕―現代世界に共通の問いかけ
    第1章 「異端好み」の日本人―丸山眞男を読む
    第2章 正典が正統を作るのか
    第3章 教義が正統を定めるのか
    第4章 聖職者たちが正統を担うのか
    第5章 異端の分類学―発生のメカニズムを追う
    第6章 異端の熱力学―中世神学を手がかりに
    第7章 形なきものに形を与える―正統の輪郭
    第8章 退屈な組織と煌めく個人―精神史の伏流
    終章 今日の正統と異端のかたち

    著者:森本あんり(1956-、神奈川県、神学)

  • 異端とは自らこそが正統と主張すること。
    堀米 [[『正統と異端』>>https://takatakos.blogspot.com/2016/09/196412.html]]

  •  本来の反知性主義は、知性そのものではなく、知性と権力の固定的な結びつきに対する反発を身上としている。つまりそれは、地の特権階級化に対する反発であり、既存の知的権威への反発である。その反発のバネとなっているのは、「神の前での万人の平等」というキリスト教的な信念であった。この宗教的に裏付けられた信念の爆発力が、地上の権威を吹き飛ばし、新たな知への冒険を促すのである。
     そこまではよい。因習の停滞を打ち破って絶えず改革へと突き進む開放性も、アメリカ的な精神の美徳の一つだろう。だが、それが社会の全体的なバランスを突き崩すほどに亢進したら、その先には何があるのだろうか。(pp.8-9)

     異端は、邪悪で不正だったから異端になったわけではなく、断罪され追放されたから消滅したわけでもない。異端は、みずから出て行って異端となる。それが新たな正統となるか、あるいはしばしの興隆を経て衰退し消滅するかは、「世界審判」たる世界史に委ねられている、としか言うことができない。それを、世の多くの人は「歴史の偶然」と呼び、キリスト教徒は「神の摂理」と呼ぶ。(p.62)

     正統とは、人びとがその権威をおのずと承認せざるを得ないような何ものかである。その件に関しては、いつ誰に聞いてもきっと同じような答えが返ってくるだろう、と思わせるような何かである。それは、議論を積み重ねた末に至るような結論ではない。理詰めで相手を同意させねばならぬような結論は、正統ではない。(p.76)

    「異端」(heresy)という言葉は、「選択」(hairesis)という意味のギリシア語に由来する。ある教義体系の中から特定の一部を選び出し、これに不均衡なまでの執着を示すのが異端の特徴である。(p.124)

    「異端」のうちあるものは「異教」へと成長し発展を遂げるが、あるものはそのまま歴史の彼方へと消えてゆく。「異教」すなわち新しい宗教が自己確立を遂げた段階で、そこに新たな「正統」が成立し、今度はその中でまた正統と異端のせめぎ合いが始まる。歴史はこの繰り返しである。(p.135)

     宗教社会学者のピーター・バーガーによると、現代人は生のあらゆる領域において「宿命」から「選択」への移行を強いられている。かつて人は、閉ざされた世界で自分の伝統の中に埋没したまま、そこに安住することができた。しかし今は、否応なく外からの情報が流入してきて、ありとあらゆる選択の可能性を提示してくれる。たとえそれらに手を伸ばさないとしても、従来の世界に留まるのを望むこと自体が一つの決断なのである。(p.200)

     批判者たちは他者攻撃においては仲間意識を共有しても、そのあとに来るべき新たな秩序の形成をともに担うとなると、とたんに腰が引けてくる。その限り、あくまでも個人主義にとどまる宗教なのである。ここには、伝統の意義を否定し、既存の制度を葬り、政党の権威を引き摺り下ろした後に残る空虚さの予感がある。(p.219)

     よく考えてみると、軍隊という組織は、即時的に言えば宗教とは何の関係もない。それが「神聖なもの」と認識されているのは、おそらく人間の生命や国家の運命に直接深く関わるからだろう。宗教的な感覚は、われわれがふだん「宗教」と名付けているものよりはるかに広く存在している。それが、社会の信憑性構造としての正統の在処を示唆するのである。(p.233)

  • 権威が失われつつある今、どうすれば正統が復活するかの処方箋を示していると言える。とはいえ、正統を定義するのは社会が時間をかけて気づいてきたコモンセンスなので、時代の空気との競争ではある。

  • キリスト教の歴史に範を求めながら、現代社会が陥っている信頼性、宗教性の喪失をえぐる。

    個人主義の宗教化という、エマソン、ソロー、ジェイムズの系譜が白眉だが、あまりにその指摘が的確で戦慄する。

    組織に、現代に、社会に生きる人間として、非情に示唆に富んでいた。

  • 東2法経図・6F開架 B1/4-3/1732/K

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著者プロフィール

1956年、神奈川県生まれ。国際基督教大学(ICU)学務副学長、同教授(哲学・宗教学)。専攻は神学・宗教学。著書に『アメリカ的理念の身体‐‐寛容と良心・政教分離・信教の自由をめぐる歴史的実験の軌跡』(創文社)、『反知性主義‐‐アメリカが生んだ「熱病」の正体』(新潮選書)、『異端の時代‐‐正統のかたちを求めて』(岩波新書)など。

「2019年 『キリスト教でたどるアメリカ史』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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