暴君――シェイクスピアの政治学 (岩波新書)

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レビュー : 20
  • Amazon.co.jp ・本 (272ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004318460

作品紹介・あらすじ

政治は行き詰まり、人々は裏切られることに慣れ、経済的困窮はポピュリストの怒りをあおり……。なぜ国家は繰り返し暴君の手に落ちるのか。暴君と圧政誕生の社会的、心理的原因を探り、絶対的権力への欲望とそれがもたらす悲惨な結末を見事に描いたシェイクスピアが現代に警鐘を鳴らす。

感想・レビュー・書評

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  • なぜこんな人物が国の首位に就くのか そのメカニズムを読み解く | レビュー | Book Bang -ブックバン-
    https://www.bookbang.jp/review/article/648384

    「暴君」はなぜ生まれるのか、シェイクスピアが教えてくれること(北村 紗衣,髙山 裕二) | 現代ビジネス | 講談社
    https://gendai.ismedia.jp/articles/-/75914

    暴君 - 岩波書店
    https://www.iwanami.co.jp/book/b527920.html

  •  シェイクスピアが好きなので、副題の「シェイクスピアの政治学」という字句に興味を持って、手に取った。

     開巻早々、シェイクスピアは、なぜ国全体が暴君の手に落ちてしまうなどということがあり得るのか?という納得のいかない問題に繰り返し取り組んできた、との魅力的な言明から始まる。
     シェイクスピアの生きた時代には、治世者を暴君と呼ぶ者は謀叛人なりと法で定められており、そうした危険を避けるため、同時代より大分前の時代のイングランドを舞台設定したり、遠い外国を舞台とする芝居を上演した。

     第二章以降が、実際の作品に登場する暴君自体、及び彼を取り巻く人々についての考察となり、第二章、第三章では、『ヘンリー六世』三部作が取り上げられる。戯曲の場面や登場人物のセリフを拾い上げながら、著者は丁寧に考察を進めるが、随所に現代の問題関心が示される。例えば、第三章では、王位を狙うヨーク公が、騒乱を引き起こすことを画策して自らの言うことを聞くジャック・ケイドを利用するのだが、「ポピュリズムは、持たざる者の味方をするように見えるが、実は巧みに民意を利用するものでしかない。」とあるように。

     第四章から第六章にかけては、暴君と言えばこの人、『リチャード三世』についてである。この劇が探求しているのは、リチャードのように悪事や残酷さや裏切り体質を多くの人々が知っているにもかかわらず、そんな人間がどうして王位に就けるのかという問いである。様々なレベルでの共犯関係がある。すなわち、騙されてしまう者、脅されたりして怯え何もできなくなる者、あり得ないことは起きないと信じていて、気づいたときには手遅れになっている者、甘い汁を吸おうと企む連中、面倒を避けたいために、仕方なく従ってしまう者たち、これらが理性的なコントロールの利かない感情的な流れの中で、とんでもない決断をしてしまう様子を、偉大な演劇の力で見事に見事に描いている、と著者は言う。

     第七章は『マクベス』、魔女の予言を契機に、マクベス夫人の唆し、叱咤に乗って、国王を殺し王座に就いたのに、心は休まらない。自分の王位を脅かす恐れのある者を次々に殺し、遂には完全な無意味さを味わうこととなる暴君の運命を描き出す。

    第八章は、最初は正統な支配者であったのに、精神的不安定さのために暴君のように振る舞いだす人たちが引き起こす問題を取り上げた『リア王』、『冬物語』についてである。一旦国家が情緒不安定で衝動的で報復的な暴君の手に落ちれば、普通の調整機能は働かなくなる。分別ある忠告は無視され、重要な異議申立ては払いのけられる。結果として、リア王では完全な悲劇に終わり、冬物語でも調和は計られるが、失われたものは二度と戻らない。

     第九章では、暴君を描く劇では、少なくとも共同体の再生と正統な秩序の回復を示唆して終わるのが常なのに、『リア王』では、秩序を回復し得る主要人物はいない。では全く希望はないのか。著者は、名前さえ明らかにされない召使いに希望を見出す。次女の夫の公爵が両目を抉り出そうとしたとき、見かねた召使いが止めようとする。主人と召使いの乱闘となり、召使いは殺されてしまうが、著者は、この召使いは、命懸けで、黙って見守ることを拒む、人間の品位を保って立ち上がる、シェイクスピアの偉大なる英雄の一人であると褒め称える。
    (リア王の舞台を見ているのだが、ここまで称賛されているのに、記憶に残っていないのが残念。)。


     第十章では、潜在的暴君に備わっている危険な特質は有用な場合がある、この両刃の剣の有用性を描いたものとして、『コリオレイナス』が紹介される。コリオレイナスは、エリート主義の武骨な武人で、平民を軽蔑し、それを隠しもしない。ところが、執政官になるためには、平民の支持が必要である。貴族たちは、その強固な信念は脇に置いて、一時のことなのだから、嘘をついて民衆に迎合し、デマゴーグを演じろという。著者の口調は辛辣である。「生まれついてあらゆる特権を持っていて、自分より下の連中を内心軽蔑していながら、選挙期間の間はポピュリズムのレトリックを口にして、選挙に勝ったとたんに手のひらを返すという、あれである。」
     彼は反対派の策謀に乗せられ、自分の本音を爆発させてしまい、謀叛人として追放されてしまう。

     このように、登場人物の暴君の運命と彼を取り巻く人々の行動を丹念に辿ってきた訳であるが、シェイクスピアは暴君についてどう考えていたのか、希望はあると考えていたのか。著者の総括が、最後の結部に示されている。

     

     この数年、シェイクスピアの史劇が随分上演されてきており、本書で取り上げられた舞台は全部観たし、戯曲も全作読んでいたのだが、「暴君」という切り口で、こうした読み方があるのかと、感嘆しきりである。特に、著者の論旨展開におけるセリフの引用が絶妙であり、さすがシェイクスピア、それらのセリフを読むだけでも、いろいろな示唆が得られるであろう。

     また、本書がどのような関心の下に書かれたかは、読み進めていくうちに、各所に挟まれた著者の見解から推測できたが、謝辞にある本書を著した経緯にあるとおり、同時代的な問題意識に貫かれている。正に、シェイクスピア作品を通して見た政治学である。文学畑、人文畑の人に、広くお勧めしたい。

  • 面白すぎてページを捲る手が止まらなかった。
    シェイクスピアに関する知識は殆ど持っていなかったが、易しい日本語訳なので分かりやすい。
    学術書というよりは物語や小説に近い感じがする。
    とにかく日本語訳が上手い!すごい!

  • あれ?これコメント書いてなかった?おもしろいのでみんな読みなさい。

  • シェイクスピアの作品の中に、まるでトランプ大統領支持者?みたいな?…
    とても読みやすかったです。

  • 人文系の本というと、割合的には歴史学の本ばっか読んでるから(実数としては全然読んでないんだけど)、正直どう読んだらいいのか戸惑ってしまった。
    第7章が読み終わるか終わらないかくらいのところで、読書会に突入したけど、トランプの大統領選勝利を読み込んだ場合の説得力への疑問と、読み込まない場合の読み方という話が出てたな。
    個人的には、今自分が読んでいる時間、グリーンブラットが執筆していた時間、トランプが勝利した時間、本の中のシェイクスピアの生きていたヴィクトリア一世期という時間、そしてシェイクスピアが描いた時間という、何十にも重なる時間的層のうち、どこを中心に読んでいくのがいいのかなーというのが気になった。
    文章自体は非常に読みやすく、すいすい読んでいける。

    数週間前、Twitterで新書を数時間で読んでいく能力が云々というドイツ現代史の先生の発言を見て、一生研究者になれないなと絶望してたけど、線も引かずにただ読むだけなら数時間で読めたじゃん!って勝手に感動しました。

  • アメリカのシェークスピア研究者グリーンブラットが、シェイクスピアの歴史劇が当時のイングランド(=エリザベス一世時代)の政治状況に対する諧謔を含めた批判であることを紐解きながら、実はこの本が書かれた(2018)当時のアメリカの政治状況を痛烈に批判しているという、二重構造。

    つまり、リチャード2世、ヘンリー6世、リチャード3世、マクベス、リア王、シーザー、コリオレイナスという暴君を主人公に据えた演劇はエリザベス朝の暴君性を批判したものであるといいながら、その暴君性についての表現は誰が読んでもそのまま前大統領に当てはまる・・・そして、日本の読者にとっては某首相を想起させる。

    「リチャードのことなど気にかけず、ほかの誰かがリーダーになるだろうとずっと考えているうちに、やがて手遅れの事態となる。ありえないと思っていたことが実際に起こっていると気づいたときには遅いのだ」(P85)

    「ずっと虚偽を連続して浴びせ続けると、疑い深い人たちは隅に追いやられ、混乱を生み、本来なら起こるはずの抗議の声も生まれない」(P100)

    「私たちは、悪党のとんでもない行動に何度も魅了され、普通の人間としての節度などどうでもいいとする態度に魅せられ、誰も信じていないときでさえ効果があるように思える嘘を楽しんでしまう」(P104)

    「どんなに狡猾に頭角を現そうと、一旦権力の座に就くと、暴君は驚くほど無能なのだ。」(P186)

    「シェイクスピアは巧みに描いたのであるー混乱の時代に頭角を現し、最も卑しい本能に訴え、同時代人の深い不安を利用する人物を。激しく派閥争いをする政党政治に支配された社会は、詐欺的ポピュリズムの餌食になりやすいとシェイクスピアは見ている」(P244)

    シェイクスピアの良き読者にとっても再読のきっかけになるだろう。歴史劇は読んでないという私には、本書と同じ河合祥一郎訳で読んでみたいと思わせてくれる。

  • 正直、シェイクスピア作品に明るくない私はあんまりついていけていなかったと思うが、もう10年以上見ている舞台の2幕冒頭シーンがどういう意図をもってつくられた場面なのか、やっとわかった気がして嬉しかった。
    ついていけないながらになんとなく既視感を感じつつ読み進める中で、make England great againとの記述にぶつかり、ああ、そういうことかと。ホワイトハウスに群がる暴徒たち、Twitterという現代のやり方で扇動する暴君よ。結部の最後の一行を読み、この決して穏やかとは言えぬ現代を生きる我々も良識ある人民として襟を正さなければと思わされた。

  • シェイクスピアの各作品での「暴君」の描かれ方をうまく抽出してあると感じた。
    項目立てが絶妙なのか、各論的になりすぎず、一貫した書きぶりで読みやすい。
    シェイクスピア作品に目を通したうえで再読してみたい。
    トランプ政権誕生を明らかに意図しているはずだが、本文に指摘のシェイクスピアのやり方と同様、「直接的な状況から遠くへ想像力を飛ばし」て書かれていたため、自らの政治主張の押し付けめいたものはそこまで感じられなかった。
    暴君を放置、時には支持してしまう民衆らへの指摘についても、なるほどと思わされた。

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