広島平和記念資料館は問いかける (岩波新書 新赤版 1861)

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感想 : 15
  • Amazon.co.jp ・本 (248ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004318613

作品紹介・あらすじ

2019年に開館以来最大規模のリニューアルを行なった原爆資料館。世界中から訪れる人々は、そこに何を見て、どう感じているのか。原爆投下直後から一人被爆資料の収集を重ねた初代館長の信念は、どのように引き継がれてきたのか。被爆者の一層の高齢化が進む中で、「あの日」を記録し伝え続ける「記憶の博物館」の軌跡と課題。

感想・レビュー・書評

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  • 原爆被害の無念 共有する歩み(評 永田浩三・武蔵大教授)
    <書評>広島平和記念資料館は問いかける:北海道新聞 どうしん電子版
    https://www.hokkaido-np.co.jp/article/511507?rct=s_books

    広島平和記念資料館は問いかける - 岩波書店
    https://www.iwanami.co.jp/book/b548867.html

  • 感動した。ただ感動だけでは収まらない感覚。何なんだろうか?使命感に溢れ、何としてもやり切ろうと言う思い。その情熱に打たれた。
    ヒロシマ、ナガサキは風化させてはいけない。しかし自分に何ができるのか…

  • 本の題名のとおり、読み始めた最初からたくさんの問いかけが列挙、つまり、並びたてられる。並ぶのではない。
    最初は今はやりの語られ方かと思ったものの、読み進めるうちにそれぞれ小さな問いかけが大きな問いかけと関連付けられているように、いや、読者の私が勝手に関連付けて読んでいるだけなのかもしれないけれども。

    物が存在しないところにある何かを物を通して考えること/考え続けること、(その人は、その人々は、その街は)もはや存在しない、ということに思いをはせることが記念資料館に求められていることなのか。記憶を残すことが、今、この記念資料館の求められている(現在進行形の)役割といえよう。

    私は広島平和記念資料館には行ったことがない。
    高校生のとき長崎の原爆資料館に行く前に学校で記録映画を見た。そこで見た凄惨な映像や語りを実はほどんど覚えていない。多分、被爆者の方の語りもあったはずだ。ただ憶えているのは友達が泣いていたことだ。私は泣かなかった。高校生なのになぜ泣いているのだろうと思った、ことだけを憶えている。長崎に行って、強く印象に残ったのはバスの車窓から見た浦上の如己堂だ。
    そこに行かなかったことをあとからひどく後悔したのと、偶々図書館で借りた「この子を残して」が重く、かつ、鮮烈だったこととも関連している。
    赤茶けたひどく古い本で、読みながら、なんとも、怖くなって、私にとっては自分の部屋に置いておけなくなるほどだった。

    大人になって石内都さんの写真展を見たことをこの本を読んで思い出した。そして、この本の最後のページにある写真に心打たれた。

  • 広島平和記念資料館が博物館(ミュージアム)と異なるのは、展示物が主に被害に遭った人々の遺品であること、時に政治問題化すること。何をどう見せるかについて、資料館側がどの様に試行錯誤してきたかは、我々が原爆とどう向き合ってきたかを省みるのと、ほとんど同義に感じた。蝋人形展示の是非はよく知られた論争だが、一つ言えるのは、注目すらされないよりは、賛否両論が交わされる方がまだ良いということ。その伝で言えば、本書のような"発信"は、それ自体意味ある事のように思える。

  • 2021年8月10日購入。

  • 広島平和資料館の歴史に関する知識が深まった。本書に触れられている通り、自身の知識不足から来る誤解も整理された。
    コロナ禍で、移動は困難だが、将来的には是非、あしを運び、展示の内容の意味、目的、そして原爆の被害と平和について、考えてみたい。

  • SDGs|目標16 平和と公正をすべての人に|

    【貸出状況・配架場所はこちらから確認できます】
    https://lib-opac.bunri-u.ac.jp/opac/volume/755251

  • ふむ

  • 40年前、中3の修学旅行で訪れた。何の印象も残っていない。6年前、家族旅行で訪れた。強烈な印象が残っている。世界中の人々に見てほしいと思った。14歳と50歳の違いだろうか。展示物そのものの違いもあるのではないだろうか。本書を読んでそう思った。これだけの紆余曲折があって今の展示となった。戦争そして原爆の悲惨さを伝えるのが役割である。しかし、思い出したくない人もいる。気分が悪くなる人もいる。人々のいろいろな思いが交錯する中、いまの形ができあがってきた。今後、記憶を留める人がいなくなる。そんな中でどう語り継いでいくのか。忘れてはいけない過去をどう残していくのか。本書のどこかでも似たようなことが書かれていたと思うが、人は二度死ぬ。一度目は文字通り肉体の死。二度目はその人を記憶している人々がすべていなくなったとき。私の両親は2年前に続けて亡くなった。子ども2人、孫5人が生きている間は、記憶の片隅のどこかで生き続けることだろう。ひ孫3人の顔を見て死んだが、この3人には曾祖父母のことは記憶されていないだろう。とすると、二度目の死はあと7,80年後ということか。世界にも負の遺産を展示する資料館は多いようだ。広島のこの資料館がそれらの中心的な存在であり続けること、そして世界から人々が訪れ、核兵器が根絶される世界がやってくることを願う。

  • 【配架場所、貸出状況はこちらから確認できます】
    https://libipu.iwate-pu.ac.jp/opac/volume/536682

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