上杉鷹山 「富国安民」の政治 (岩波新書 新赤版 1865)

著者 :
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  • Amazon.co.jp ・本 (244ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004318651

作品紹介・あらすじ

半世紀に及ぶ粘り強い取り組みによって、窮乏する米沢藩を立て直した上杉鷹山(一七五一〜一八二二)。江戸時代屈指の「明君」として知られる彼が目指したのは、何のため、誰のための政治だったのか。改革を担った家臣たちの思想と行動、また鷹山明君像の形成を新たな角度から描き出し、その改革を日本の歴史に位置づける。

感想・レビュー・書評

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  • 【上杉鷹山は、まさしく「民の為にするハ公」という精神を体現しようとした、近世の「明君」と見ることができるだろう】(文中より引用)

    米沢藩における財政立直しの改革を成し遂げた「明君」として、今日に至るまで人気を集める上杉鷹山。何が鷹山をして「明君」たらしめたかを明らかにしながら、近世に芽生えた政治理念をたどっていく作品です。著者は、千葉大学で教授を務める小関悠一郎。

    鷹山の歩みだけではなく、米沢藩全体としてどのような改革を成し遂げたかがわかり興味深い内容でした。日本史の知られざる側面を明らかにすると同時に、現代にも通じる政治哲学を論じているようでもあり、多面的な読み方を許す一冊かと。

    かなり現代的なテーマに迫っていると思います☆5つ

  • 読了 20210815

  • 出羽国米沢藩主・上杉鷹山(1751-1822)よりも、それを支えた3人の家臣に着目した内容である。
    ●竹俣当綱(たけのまた まさつな:1729-93):
    鷹山が当主となる(1767年)前の1761年、会談所奉行・江戸家老に昇進。「第1の改革」=明和・安永年間(1764-81)の藩政改革を主導。積極的で大規模な殖産興業の実施
    ●莅戸善政(のぞき よしまさ:1735-1804)通称・九郎兵衛:
    財政に明るく、竹俣当綱らと共に鷹山に抜擢され、藩政改革に活躍。鷹山の財政改革が失敗したため一時失脚して隠居。後に鷹山の要請により復帰し、寛政期の改革=「第2の改革」。を主導。鷹山の言動を描いた「名君録」として『翹楚篇(ぎょうそへん)』を著す。
    ●莅戸(のぞき まさもち:1760-1816):
    父・善政が奉行職となった(1798(寛政10)年)には、善政の嫡子・政以が補佐となって、中老職となる。父が死去した翌年の享和4年2月6日(1804年3月17日)には、父が就任していた奉行及び郷村頭取、御勝手方などを継承し、「第3の改革」を主導。藩政を担う。

    九州高鍋藩という小藩から由緒ある上杉家に養子入りし、領地返上寸前の米沢藩再生のきっかけを作った鷹山は、「御家」(国家)のために尽くす姿勢を示しながら「人民のため」の君主であるという考えを深く内面化していた。まさしく「民のためにするは、公」という精神を体現しようとした。
    幕末の儒学者・林靏梁(はやし かくりょう)は、「米澤紀行」で「貨物は市にあふれ、領民は農作業や』機織りに勤しんでいる。土地は漆・桑・苧の栽培に適して作物に満ちあふれ、人々の風俗は質実で飾り気がなく人情に厚い。かつての鷹山公の美政が今に続いているのだという思いが浮かんでくる」(p.3)という。
    「富国安民」の理念のもと、藩の借金完済だけでなく領民の心も輝かせた鷹山とその家臣達は、今の時代においてこそ、模範にしたい「名君」「名臣」に違いない。

  • 上杉鷹山について知りたくて購入したが、記載されているのは、上杉鷹山の配下や米沢藩についてであり、期待した内容とは違った。

  • タイトルに(良い意味で)偽りあり、です。
    上杉鷹山に着眼した本ではありませんでした。

    名君鷹山を見出した部下(竹俣当綱)
    鷹山を諌めた部下(莅戸義政)
    引導を渡した部下(莅戸政以)

    この3人の物語です。
    鷹山について初めて読むには、渋すぎる(彼の魅力が伝わりにくい)と思います。まず他の本を読んで、それから彼ら3人の活躍を読んでみてください。

    富国米沢藩の礎は、鷹山だけではなく、その部下たちの活躍も必要不可欠だった。そのことに気づけます。より米沢のことが好きになれますよ。

  • 「為せば成る為さねば成らぬ何事も 成らぬ人の為さぬなりけり」
    出羽国米沢藩9代藩主、「明君」上杉鷹山の言葉だ。窮乏した米沢藩を立て直し江戸時代屈指の「明君」として知られている上杉鷹山は何を目指した政治、誰のための政治を行ったのか。

    本書では、鷹山が政治目標として「富国安民」「風俗教化」という理念を全面に掲げたことに注目し、鷹山の改革と彼の「明君」像の形成について書かれている。

    現代を生きる私たちも鷹山から学ぶべきことが多いのではと感じられる一冊。

    所在:中央館2F 文庫・新書コーナー
    請求記号:081//I95//NR1865
    【OPAC:https://opac.lib.niigata-u.ac.jp/opc/recordID/catalog.bib/BC05032319?hit=3&caller=xc-search

  • 【内容紹介】半世紀に及ぶ粘り強い取り組みによって、窮乏する米沢藩を立て直した上杉鷹山(一七五一~一八二二)。江戸時代屈指の「明君」として知られる彼が目指したのは、何のため、誰のための政治だったのか。改革を担った家臣たちの思想と行動、また鷹山明君像の形成を新たな角度から描き出し、その改革を日本の歴史に位置づける。

    大阪府立大学図書館OPACへ↓
    https://opac.osakafu-u.ac.jp/opac/opac_details/?reqCode=fromlist&lang=0&amode=11&bibid=2000945889

  • 【配架場所、貸出状況はこちらから確認できます】
    https://libipu.iwate-pu.ac.jp/opac/volume/538420

  • 東2法経図・6F開架:B1/4-3/1865/K

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著者プロフィール

1977年に生まれる。一橋大学大学院社会学研究科後期課程修了、現在、千葉大学教育学部准教授。 ※2021年8月現在
【主な編著書】『〈明君〉の近世』(吉川弘文館、2012年)、『上杉鷹山と米沢』(吉川弘文館、2016年)

「2021年 『熊本藩からみた日本近世』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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