花粉症と人類 (岩波新書 新赤版 1869)

著者 :
  • 岩波書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (162ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004318699

作品紹介・あらすじ

目はかゆく、鼻水は止まらない。この世に花粉症さえなければ——。毎年憂鬱な春を迎える人も、「謎の風邪」に苦しみつつ原因究明に挑んだ一九世紀の医師たちの涙ぐましい努力や、ネアンデルタール人以来の花粉症との長い歴史を知れば、きっとその見方は変わるだろう。古今東西の記録を博捜し、花粉症を愛をもって描く初めての本。

感想・レビュー・書評

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  • 植物生理学者の著者による、花粉症の文化史といった内容の一冊です。
    医学書とは違い、花粉症に関する逸話や歴史が綴られています。
    地域によって花粉症の原因となる植物は異なりますが、欧米では庶民よりも富裕層が罹る“貴族病”として扱われてきました。
    かつての日本では貴族病である花粉症の罹患率が圧倒的に低かったのですが、植林政策によって晴れてスギ花粉症を大衆が手にすることになります。
    大変、光栄なことですね。
    著者は花粉症にも色々あって愛でることもできることを知ってほしくて執筆したようです。
    花粉症患者の一人ですが、寄り添ってくれるスギ花粉を愛せるかどうか不安です。

  • 花粉症の原因解明に向けて、いかに多くの研究者が尽力したかが伝わってくる本でした。
    アメリカの上流階級の間では花粉症に罹患することが一つのステータスにもなっていた、というのが興味深かった。
    花粉症は現代の病気ではなく、古代からあったことにも驚いた。

  • 春は何の季節?
    桃、桜、新緑、せせらぎ。
    いやいや、花粉症に苦しむ人にとっては、何といっても花粉の季節だろう。
    気候もよくなり、外で過ごすのにぴったりな季節のはずなのに、マスクは手放せない。今年はいずれにしろ、コロナ禍でマスク姿の人も多いが、例年、春先にマスクをしていたら、それはほぼ間違いなく花粉症の人である。
    目はしょぼしょぼ、鼻はずるずる。
    夫婦とも花粉症なので、洗濯物も布団も、我が家はこの季節、外干しを避ける。
    春の爽やかな風を思いきり吸い込みたいところだが、そうはいかないわけなのである。

    さて本書。「花粉症と人類」とはなかなか壮大なタイトルである。
    実際、内容も花粉症の人類史といった趣でおもしろい。
    人類はいつ花粉症と出会ったのか。
    ヴィクトリア朝では貴族の病気だった?
    花粉症の原因特定までの道のり。
    イギリス・アメリカ・日本各国の花粉症。
    興味深い話題が続く。

    花粉症の歴史はどこまでさかのぼるか。
    聖書や古代エジプトの記録の中にも、あるいはこれが花粉症かと思われる記述はあるが、確実とは言えない。歴史のロマンとしては深読みできて楽しいところではある。
    ペルシャの医師、ラーゼス(865-923)がバラ風邪として記録しているのが、季節性アレルギー鼻炎の初めての記述と思われる。
    ヴィクトリア朝期には、「夏カタル」として知られた。季節性であることはわかっていたが、原因は暑熱であると考えられた。
    花粉が症状を引き起こすことを突き止めたのはチャールズ・ハリソン・ブラックレイ(1820-1900)で、彼はこれを「実験的研究」によって立証する。実験はすさまじく、80種類以上の花粉を集めて、自分の鼻孔や軟口蓋に塗り込んだり、結膜に点眼したり、傷つけた皮膚に擦り込んだりした。一方、花粉以外の物質が原因でないことを立証しようと、花や草の香気成分を蒸発させて浴びたり、カビやペニシリン、オゾンを吸入したりした。花粉以外のものでは、なるほど「夏カタル」の症状は出なかったが、吐き気やめまいなど相当の副作用があったようである。
    ブラックレイは、スライドグラスにグリセリンを塗って空中の花粉量を調べてもいる。凧を上げて上空の花粉数も調べることに成功した。
    ブラックレイと同時代に生きたチャールズ・ダーウィンは、彼の実験を賞賛し、励ましやアドバイスを記した手紙を送っている。天才は天才を知るというところか。

    ここでダーウィンが助言の中に記していることの1つが、虫媒植物と風媒植物の違いである。植物は大まかに、粘着質の花粉を持つものと非粘着質の花粉を持つものに分けられ、前者は昆虫によって受粉する虫媒植物、後者は風によって受粉する風媒植物となる。花粉症を引き起こす植物は、イネ科にしろ、カヤツリグサ科にしろ、イラクサ科にしろ、風媒植物なのである。なるほど、虫媒植物であれば、花粉を空中に飛ばす必要はないため、花粉症の原因になる可能性は低い。

    イギリスでは干し草、アメリカではブタクサが主因となった一方、日本で花粉症の原因として問題となったのは、初期には特にスギだった。
    あまり古くはなく、最初に論述されたのは1964年のことである。この後、緩やかに広がりを見せ、1984年には、プロ野球の田淵幸一選手が花粉症を理由に引退を表明している。厚生省(当時)が動き始めるのもこの頃。
    今や、ほぼ2人に1人が花粉症と言われる(2016年調査で東京都の推定有病率が48.8%)。

    著者が大学院に進学したのは1990年で、各省庁がスギ花粉研究を推奨していたころだった。学会発表にあたり、スギ花粉が猛烈に飛散している写真を撮ろうとしたが、なかなかうまくいかない。ついには後輩に木に登ってもらい、枝を揺すらせた。写真は素晴らしく撮れたものの、後輩と著者は大量に花粉を浴び、帰り道の温泉で洗い流したが、結局花粉症になってしまったという。
    笑ってよいやら泣いてよいやら、強烈なエピソードである。

    全体にそこはかとないユーモアがあり、なかなか楽しい1冊である。
    花粉症の治療についてはまったく触れられていないので、本書を読んでも症状は軽減されないが。

    ちなみに、私自身の発症のきっかけは、かれこれ20年ほど前、子供を連れて行った高尾山。
    ここは中腹にサル園があるのだが、何と、サルも花粉症になるのだ、とその時知った。周りはスギだらけ。さぞ辛かろう。大変だねぇと苦笑していたら、その帰途、くしゃみが止まらず、涙がぼろぼろ。何のことはない、自分が花粉症になってしまったのだった。他人(他動物)の不幸をわらうまじ。

    ともあれ、今年のスギ花粉はほぼ終わり。ヒノキがあと少しである。
    同士の皆さま、がんばりましょうw

  • 花粉症が、昔は貴族だけしかならず、なったら励まし、讃えあっていたのが面白かった。
    また、高山地では発生しないことから、花粉症バケーションがあったことも面白かった。
    残念ながら、日本人のスギ花粉は誰でもなるし、私も花粉症になるので悲しいが、花粉がないタイプのスギや花粉を絡め取る農薬が開発されていて、嬉しい気持ちになった!

  • 古代エジプトの時代から人類は花粉症に悩まされていた可能性があるらしい。現代病かと思ってた。
    日本の書物で初めて花粉が登場したのは1829年、シーボルト門下で西洋植物学を学んだ伊藤圭介の「泰西本草名疏」とのこと。
    スウェーデンのプラックレイがやった自分自身の人体実験はイヤだなあ。80種の花粉を鼻やノドに塗り込むとかウヘェ。
    都会人、教養人、紳士がなりやすいってことでステータスシンボルだったこともあるらしいが、イヤだね。

  • ●世界各国に花粉カレンダーなるものが存在しているそうだ。南極でも花粉が飛ぶことがあると言う。
    ●スギ花粉は1秒あたり2センチメートルしか落下しない。地球に惹きつけられる重力に比べ、空気抵抗の方がケタ外れに大きく、それを利用して重力を克服し、上昇気流に乗って長距離移動が可能になった。
    ●永久氷土に埋もれているマンモスの歯や胃に残っている花粉を調べると、そのマンモスがいつ頃、どの季節に氷漬けになったのかが推定できる。
    ●クレオパトラが蜜蝋で髪を整え、花粉と蜂蜜で肌のケアをしていたと言う説もあるので、古代エジプトには花粉症に苦しむ人々がいた可能性がある。
    ● 1819年3月「目と胸の周期的な症状に関する症例について」夏カタルと命名した。
    ●イギリスは花粉症誕生の地、アメリカは花粉症の選ばれし家。
    ●アメリカでは「秋カタル」と言う病名
    犯人はブタクサ?
    ●日本国内で実際に花粉症患者が出現したのは、1961年にブタクサ、3年後の1964年にスギ花粉症患者の存在が報告された。しかし1980年頃まで、珍病・奇病とみなされていた。その後爆発的に増加。
    ● 1984年、田淵幸一選手、花粉症のために引退を表明。
    ●近年における花粉症罹患率の上昇に関しては、「衛生仮説」と「消毒思想」という考え。
    ●家庭環境が清潔になった事により、感染症になる機会が少なくなり、それによって免疫の働きが低下したのではないか。ただし衛生仮説は未だ仮説のまま。
    ●抗生物質の乱用や帝王切開、消毒薬の使用などによって、免疫系や病気への抵抗性に重要な役割を果たしているマイクロバイオータ(常在細菌)が消失しつつあることと関係が深いと指摘。
    ●今、無花粉スギ、少花粉スギの植林事業が進められている。まだ全体の1割。花粉がないので通常の種子繁殖ができず、組織培養などによって増殖しなければならないため時間と手間がかかる。また林業従事者が減少して進まない。
    ●パルカット。食品添加物、スギね雄花のみを褐変枯死させ、他の生物にほとんど影響がない。カメムシにも効果。

  • 敵を知り愛着が湧く面白い本。

  • 【貸出状況・配架場所はこちらから確認できます】 
    https://lib-opac.bunri-u.ac.jp/opac/volume/755257

  • イングランドの牧草花粉症、アメリカのブタクサ花粉症、日本のスキ花粉症が世界3大花粉症だそうだ.前の2つは前世紀の話だが、両方とも上流階級の人の患者が多かった由.スギは誰でも容赦しない.花粉の発見から話が始まるが、多くの科学者が研究してきた歴史を知ることができた.ネアンデルタール人が花粉症にかかったどうかは確認できないものの、花粉のことは知っていたようだ.ブタクサに関してアメリカが除草剤で処理を試みたが、ブタクサ自体が除草剤抵抗性を持った話は特に面白かった.アメリカのやりそうなことだ.所々に出てくる何気ない独白、例えばp34の"花を育てる庭もなく、花を買う金もない、..... 私には、シャニダール洞窟の花粉の訴えが聞こえてくるような気がするのである。" このようなセリフが固い内容を見事に和らげてくれていると感じた.

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