ネルソン・マンデラ 分断を超える現実主義者 (岩波新書 新赤版 1888)

  • 岩波書店 (2021年7月26日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (194ページ) / ISBN・EAN: 9784004318880

作品紹介・あらすじ

二七年間の牢獄生活の後、アパルトヘイト撤廃に尽力、一九九四年に南アフリカ共和国黒人初の大統領となったマンデラ。不屈の生涯ゆえ「聖人」視されることも多いが、実際は冷静なプラグマティストだった。偏狭な国家主義と分断が再び広がる時代に、想像を超える「和解」を成し遂げた類まれな政治家の人生を改めて振り返る。

みんなの感想まとめ

テーマは、南アフリカにおけるアパルトヘイトの歴史と、マンデラの冷静なプラグマティズムに基づくリーダーシップです。本書は、彼の生涯を通じて、アパルトヘイトの経緯やその終息に向けた努力を客観的に描写してい...

感想・レビュー・書評

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  • 7月18日はネルソン・マンデラの誕生日。マンデラはアンフォコゴ(umphokoqo)というとうもろこしを砕いたものにサワーミルクが好物だという。 - 日本食糧新聞電子版
    https://news.nissyoku.co.jp/today/576145

    話題の本:『ネルソン・マンデラ』 堀内隆行著 岩波新書 880円 | 週刊エコノミスト Online(2021年9月10日)
    https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20210907/se1/00m/020/072000d

    【書評】 『ネルソン・マンデラ ――分断を超える現実主義者』 堀内隆行 - キリスト新聞社ホームページ(2021.10.12)
    https://www.kirishin.com/book/51055/

    ネルソン・マンデラ - 岩波書店
    https://www.iwanami.co.jp/book/b584816.html

  • 自分がネルソン・マンデラを知ったのは、中学の授業で見た映画『インビクタス』でした。

    あの映画を見たときのマンデラのイメージは、黒人であり差別や投獄を経験しながらも、怒りや恨みにとらわれず白人に理解や敬意を示し、南アフリカ初の黒人大統領として国をまとめ上げた聖人というものでした。
    でもこの本を読むと、マンデラの別の側面が見えてきたように思います。

    自分が一番驚いたのが、平和主義者だと思っていたマンデラが若いころは共産主義との合流を考えていたり、武力闘争を辞さない組織に所属していた過去があり、マンデラ自身も武力闘争は仕方ない、と考えていたことがあったということでした。

    そのマンデラがノーベル平和賞を受賞し、人種間の融和を推し進める大統領になったというのは、歴史や平和というのは紙一重の中で成立するものなのだと感じざるを得ません。

    マンデラが武力闘争から平和主義へ舵を切った理由。それは世界の目があり、そして協力を取り付けるためだったように思います。

    人種対立、低迷する経済と問題が山積みの南アフリカ。その状況下で人種隔離の政策「アパルトヘイト」を撤廃させ国を立ち直らせるためには、海外からの協力や外圧が一番効率的。
    そのためには武力ではなく、あくまで平和的に変えていかなければならない。
    そしてかつての支配層だった白人とも協力して、人種間の融和を演出すれば、より海外は南アフリカに目を向けるだろう。

    そんな冷静な打算が、結果として自分が見た映画「インビクタス」に描かれたマンデラにつながっていったように思います。

    理想のために共産主義や武力闘争と、その時代の趨勢を読み行動し続けたマンデラが、最後にたどり着いた最適解が平和と融和だった。この本の副題でもある現実主義者だからこそ、マンデラは立場や考え方を柔軟に変え、対立や恨み怒りすらも、飲み込み、平和主義者に転身したように感じます。

    そう考えると現代の戦争や対立構造が収まらない理由もなんとなくわかる気がします。アメリカをはじめとした民主主義的で(一応は)人種差別を良しとしない国の影響力が弱くなり、中国をはじめとした権威主義の国の影響力が大きくなった世界。

    そうなるとアメリカやヨーロッパの協力を得るために、融和や平和を唱える必要もなくなり、各国の権力者は自国、あるいは自分の実利を現実的に考え行動する。

    その結果が今の世界の分断であったり、グローバルサウスであったり、ロシアのウクライナ侵攻や、イスラエルの民間人を巻き込んだハマスへの報復を止められない世界だったりするのかな、と感じます。

    南アフリカだって、時代が違えば黒人大統領が生まれることも、アパルトヘイトが無くなることもなかったのかもしれません。

    歴史も平和も当たり前のものでなくて、利害が一致してなんとか保たれるものなのかもしれないと、マンデラと南アフリカの軌跡を知り、今の世界のことを考えて思いました。

    だからこそ、今必要なのは平和や融和の思想の押し付けではなく、それらの利点を粘り強く唱えていくしかないのかも、ということを感じてしまいました。

  • すでにマンデラの関連書籍が数多く存在するなかにあって、本書は「マンデラのハンディな評伝」であること、そして「聖人」ではなく「現実主義者」のマンデラを描くことを特色として掲げる。本文は150ページほどで、新書のなかでもページ数は少ないうえに掲載写真も多く、著者自身が宣言するとおりコンパクトに仕上げられている。

    マンデラにとっての時代の節目ごとに全6章で構成される。首長の息子として生を受けた生い立ちに始まり、父の死、家出、はじめの結婚と弁護士としての就職、そして黒人差別に反対する政治活動に携わるまでに2章が割かれる。以降は1963年に国家反逆罪による終身刑を受けて過ごした27年間の獄中生活を描いたもっとも長い第5章を含めて、運動家・政治家としてのマンデラの足跡を順にたどる。

    大統領就任以降のにこやかな好々爺としての外見と、ノーベル平和賞を受賞した事実から博愛主義的な人物を思い浮かべやすいが、若き日のマンデラの姿は脂ぎっている。もともとボクシングをはじめとしたスポーツ好きで鳴らし、弁護士として一時は経済的に裕福な生活も送り、最初の妻とは浮気が原因で別れ、反差別組織内でも武装闘争もいとわない急進的なグループに属していた。終身刑を宣告されるにいたった理由も、マンデラが司令官となった軍事組織MKによる破壊活動によるものであり、温厚なイメージは見事に剥ぎとられる。

    しかしそれ以上に重要なマンデラの性質は、目的のためには相反する要素も併せ呑む融通無下さにある。本来は資本主義寄りな立場でありながらも活動にとって有利であれば共産党と手を組み、非暴力主義を用いた活動の直後には武装闘争を準備し、表向きには信仰を捨てることまでも厭わない。反差別というような正義の旗印を掲げやすい活動においては、どうしても原理主義的な言動に陥りやすいいのではないかと思うのだが、その点でマンデラが非常に柔軟に立ち回ったことを知る。このように本書は、個々の信条や主義ではなく実用性を重んじるリアリストとしてのマンデラの姿を印象付ける役割を果たす。逆に意地悪い見方をすればオポチュニストといえなくもない気がする。

    ありがちな喩えだが、マンデラを戦国時代にトップに登りつめた三人の武将、信長・秀吉・家康の誰に似ているかを考えてしまった。27年の刑に服した忍耐強さからは家康に近しい印象も受けるが、本書を通してみたマンデラはむしろ秀吉に近い人物のようにみえる。敵対する立場の人間とも「人たらし」の才能によって心に入り込み、目的のために手段を選ばない姿勢や、子供たちに対して見せた明確な出世主義の価値観からは、秀吉のイメージと重なる。マンデラが仮に反アパルトヘイト運動に身を投じるような立場になければ、その巧妙な対人能力とこだわりのなさから大きな富を築いていたのではないかと想像が膨らむ。有名人に囲まれて派手に過ごすことを好んだ晩年や、経済政策の不十分さによってのちの南アフリカに大きな分断を残す一因となったあたりにも類似が見られる。本来はもっと功利的な生き方に適正のある人物が反差別に立ち向かった結果、その能力を意外なかたちで発揮したといったほうが真相に近いのかもしれない。

    はしがきに掲げられた「コンパクトな評伝」「リアリスト・マンデラを伝える」という目標は十分に達成されている。そのコンセプト通りではあるのだがページ数が少ないこともあって、人間らしいエピソードの肉付けがあればさらに面白く読めたのではないか思わなくもない。巻末には補足としてマンデラの関連書籍が紹介されている。

  • 牛殺し ノンガウセ
    ヨーロッパ人が持ち込んだ病気で牛が次々と死んだときに、ノンガウセという16歳の少女が、生き残った牛をすべて殺せば忌々しいイギリス人が全滅するとか何とかいう予言をして、それを信じた人たちが牛殺し事件を起こした。その結果、南アフリカでは約4万人が飢餓で死亡したらしい。一体どういうわけでそんなことに?

    ネルソン・マンデラはテンブ族という一族の首長の息子だった。早くに父を失ったが、父の親族の過程で家族同然に育てられ、高い教育を受けて育った。

    アパルトヘイトは、白人の最下層だったアフリカーナ―たちのアフリカーナー・ナショナリストの政党が1948年の選挙で勝利して政権を獲得したことで始まった。
    ナチスと似たような流れだ。ファシズムでポピュリスト政権だったのかな。

    イスラエルとパレスチナ、そしてウクライナとロシアの紛争を解決するには、ネルソン・マンデラみたいな政治家が現れるような奇跡でも起きなければ無理だろうと、図書館で目についてこの本を借りてみた。
    ネルソン・マンデラのイメージがだいぶ変わったけれど、変に聖人のような描き方をされていないところが気に入った。

    若いころに結婚が嫌で養父の牛を盗んで売って、お金をもって逃げ出したエピソードが特に好きだ。
    恵まれた暖かな家庭で育ったが、良い夫にも良い父親にもならなかった。深い思想を持っていたわけでも、もともと政治の世界に興味を持っていたわけでもない。
    必要に迫られて、その時点で最も良いと思われる行動を反射的に取ることのできる頭の回転の速さと、現実と理想のバランスを見極めるバランス感覚が、ネルソン・マンデラを唯一無二の人にした。それと、相手の話に耳を傾ける能力も重要だった。

    https://wedge.ismedia.jp/articles/-/12456
    ウィニー・マンデラが政治闘争を続けなければ、ネルソン・マンデラの名前は世界から忘れ去られていた。でも、ネルソン・マンデラに比べウィニー・マンデラの名前はほとんど語られない。
    どうしてだろうとウィニー・マンデラを調べてみたら、予想していたよりとんでもない人だった。

  • 客観的に事実を中心にマンデラについて書かれているので、ストーリー的な面白さはないけれども、理解しやすい。

  • ネルソン・マンデラ(1918~2013年)は、南アフリカのアパルトヘイト撤廃に尽力し、黒人初の大統領となった、現代第三世界を代表する政治家である。
    マンデラは、若くして反アパルトヘイト運動に参加し、国家反逆罪で終身刑の判決を受けて27年間に及ぶ獄中生活を送った後、1990年に釈放され、1991年にアフリカ民族会議(ANC)の議長に就任、白人大統領のデクラークと共にアパルトヘイト撤廃の活動を行い、1993年にノーベル平和賞を受賞した。更に、1994年に南アフリカ初の全人種が参加した普通選挙を経て大統領に就任し、民族和解・協調政策を進め、経済の復興にも努めた。
    著者の堀内隆行(1976年~)氏は、京大文学部卒、京大大学院文学研究科博士課程修了、新潟大学人文社会・教育科学系准教授を経て、金沢大学歴史言語文化学系准教授。専攻は南アフリカ史、イギリス帝国史。
    私は、現代世界の国際問題、特に南北問題や人種・民族・宗教による対立・紛争には強い関心を持っており、これまでそうしたテーマを扱った本を多数読んできた。その中には、マンデラが一時期自らの活動の目標としたチェ・ゲバラやカストロを扱ったものもある。南アフリカのアパルトヘイトは、今や歴史の一部といえるものなのかも知れないが、その撤廃運動の中心にいたマンデラの生涯については知っておきたいとかねがね思っていたので、本書を手に取った。
    マンデラの一生を扱った本は、『自由への長い道~ネルソン・マンデラ自伝』(1996年)など多数ある(本書の巻末では「読書案内」としてそれらの本も紹介されている)中で、著者は本書について「マンデラのハンディな評伝を目指す。今われわれは、偏狭なナショナリズムが跋扈する世界に生きている。他方マンデラは、そのような分断を超え、誰もが想像し得なかった「和解」を成し遂げた人だった。・・・マンデラは、一貫した思想を説きつづけたわけでは決してなかった。人種差別と対決する姿勢は終生変わらなかったものの、それを実現する方法は時々に変化した。こうした「現実主義者」マンデラを描くことが本書の課題である。」と書いているのだが、第三者が、バイアスに捕らわれずに、マンデラの生涯を評したものとして、本書は意義がある。また、アパルトヘイトに焦点を当てた南アフリカの近現代史として読むこともできる。(ただ、この種の伝記・評伝としてはかなり淡々と書かれており、少々物足りなさが残るのも事実だが。。。)
    現代世界が解決しなくてはならない最大の問題の一つ「人種差別問題」に一つの道筋をつけた男・マンデラを知るためのコンパクトな一冊である。
    (2021年7月了)

  • 南アフリカに旅行に行くことになり、それならばと読んだ本。
    まぁ、南アフリカの予備知識がアパルトヘイトとネルソン・マンデラくらいしかないという乏しい状況だったからなのだけど。

    ネルソン・マンデラ(1918-2013)は、南アフリカの過酷な人種隔離政策(アパルトヘイト)を撤廃し、同国初の黒人大統領として「白人と黒人の和解」を成し遂げた政治家です。27年間の投獄にも屈せず闘い続けた人権擁護のシンボルであり、1993年にノーベル平和賞を受賞しました。

    マンデラについて調べるとこのように記載されており、一言で言うと南アフリカの英雄だと言えると思う。

    世界の偉人については、成し遂げたことを事実として知っているだけでそのため成し遂げるまでのプロセスを知らず、それゆえ英雄視・聖人視、また偶像化してしまう節がある。

    この本ではマンデラを聖人とはみなさず、リアリスト・プラグマティストととしての側面に焦点を当てて描いている。
    マンデラは、人種差別と対決する姿勢は終始変わらなかったものの、それを実現する方法はその時々によって変わった。
    それがこの本を読むとよく分かった。

    共産党との関わり、キリスト教との関係、非暴力不服従主義、M計画(武装闘争)など。
    特に武装闘争の計画があったことには驚いた。平和的解決を望んでいたと思い込んでいた。
    ただ、同じころにキューバ革命が成功したこともその一因であることを知りなるほどと納得。
    マンデラとフィデル・カストロは盟友として長年にわたり強い信頼関係を築いていたらしい。

    また、ガーンディが南アフリカに21年間滞在し活動していたことも初めて知った。ロンドンに留学して弁護士免許を取得した後に南アフリカで弁護士として働くかたわらインド系の権利獲得のために運動をしていたらしい。さらにこの南アフリカでの運動(2,000人以上の指紋登録証を燃やすパフォーマンスなど)がその後の非暴力不服従の思想につながったらしい。
    ガーンディの影響をマンデラも少なからず受けたとのことだが、ガーンディはインド系の権利獲得のための運動をしていた一方でアフリカ系には差別的な発言をしていたという。
    マンデラ自身は僕にとって本当のヒーローはネルーだったと言っており、ここにもリアリストな側面が見えると思った。

    南アフリカでの不服従運動は「大勢のアフリカ人やインド人が故意に駅のヨーロッパ人専用入口を利用するなどして進んで逮捕され、留置場をいっぱいにし、その刑に服する人の多さによって悪法を知る」というスタイルだったらしい。上手くいかないこともあったようだが、結果的には国際的に報道され、国連にアパルトヘイト調査委員会が設置された。

    マンデラの尽力でアパルトヘイトが撤廃されたことは確かたが、やはり国際社会の糾弾の影響も大きかったと思う。この運動やこの手法をとった判断を含め、偉大な指導者だったと言えるだろう。

    本筋とは外れるが、ガーンディの思想は「聖人戦略」と呼ばれるもので、菜食主義や禁欲を実践し、白い布をまとい、杖をついて歩む修道僧のような姿を取ることで道徳的正当性をアピールするもの、らしい。

    本筋に戻ると、この本ではマンデラが釈放され、初代大統領になり、この世を去るまでが記されている。アパルトヘイトを撤廃し、大統領になってからも問題は山積で決して平坦な道ではなかった。アパルトヘイト撤廃という大きな功績に注目してしまうが、やはり解決しきれない問題も多数あったようだ。

    特にアパルトヘイト撤廃後に企業の国有化ができなかったことは多くの黒人への背信行為とみなされている。
    マンデラはRDP(復興開発計画)で富の再分配に取り組もうとした。しかし債務の問題などから国内外の経済界やIMFから理解が得られずRDPを白紙撤回してGEAR(成長・雇用・再分配計画)として打ち出すことになった。
    結果、黒人の貧困解消は遠のき、失業率や犯罪率は高止まりした。
    理想だけではどうにもならないこともあるが、これには多くの黒人が失望しただろう。
    これもマンデラのリアリストとしての側面かもしれない。
    ネルソンが後年慈善活動に力をいれたのは罪滅ぼしであるとともにリアリストとしての行動だったのかもしれない。

    この本の冒頭で「インビクタス」という映画が紹介されていた。クリント・イーストウッドの監督作品で、マンデラ大統領とラグビーの南アフリカ共和国ナショナルチームの交流を描いている。マンデラをモーガン・フリーマン、チームのキャプテンであるフランソワ・ピナールをマッド・デイモンが演じた。
    せっかくの機会なのでこの映画も観てみた。
    映画ではアパルトヘイト撤廃後の白人と黒人の和解が描かれていた。さまざまな場面で人種の分断があった(現在もなくなってはいないと思うが)ことも初めて知った。英国ではラグビーは上流階級に、サッカーは労働者階級に好まれるらしい。南アではラグビーは白人に、サッカーは黒人に、という棲み分けができているようだった。そしてラグビーワールドカップはアパルトヘイト撤廃後の南アにとって特別意味深いもののようだった。
    マンデラはこれまでの白人文化を否定することなく、平和的な方法でお互いの理解を得られるような動き方をした。遠回りでわかりづらい方法だけれど、結果的に南アは優勝し、このことで多少なりとも人種間の壁に少し穴をあけることができたように見えた。
    スポーツは人の心を動かし、人種を超え人々の心をひとつにする力があるのだと思った。そしてそれをマンデラは知っていたのだと思った。
    感動的なストーリーであると同時に色々と示唆に富んだ作品で、南アの文化や歴史を知るために再度みてみたいと思う。

    この本ではマンデラの生涯について描かれているが、アパルトヘイトについて詳しく語られることはなかったので、アパルトヘイトについての別の書籍を読んでみたい。

    これは実際に南アを訪れての感想だが、少し歩くと街のいたるところにマンデラの像や肖像画があり、マンデラと名前のつく場所も多数存在した。
    マンデラ以外にもデズモンド・ツツの像があったり、オリバー・レジナルド・タンボが空港名に入ったりというものも見受けられたが、圧倒的にマンデラだらけだった。
    国民的英雄、解放の父として今も人気があるのだと感じた。そういえば南アの通貨のランドはは片側はどの紙幣にもマンデラの肖像画で、もう一方はライオンやゾウなどの動物だった。
    滞在中にぜひともロベン島、ディストリクト・シックス博物館などを訪れたかったけれど日程の都合で訪れられずそれが心残り。もう一度行く機会があればぜひ訪れてみたい。

    もはやこの本のレビューとは関係ない内容となってきているが、もう一点記しておきたい。

    2013年12月のネルソン・マンデラ氏追悼式において、米国のオバマ大統領とキューバのラウル・カストロ国家評議会議長が歴史的な握手を交わした。この出来事は長年対立してきた両国の関係改善の兆しとして注目された。

    死してなお社会に影響を与える偉大な存在だと感じた。

  • マンデラ氏の全体の流れ。

  • 南アフリカにおけるアパルトヘイト問題について、マンデラを視点にその経緯から終息、その後までについて知ることができる。
    別の書籍でマンデラの赦す心について感銘を受けたことから手に取った本であるが、歴史的事実から彼のプラグマティズム(実用主義)な思考と行動について、知ることができ、また違う印象を持ち、さらに理解することができた。
    置かれている外部環境、その中で何がその国の課題となっているのか、そのためにどうすべきか、様々な団体や立場を持つ人などがいる中で、解決せるためにどのような戦略を取るのか、マンデラが学んできたことを踏まえ、プラグマティズムであったということはなんとなくわかる気がした。

    人は全て時代の所産であり、時代背景が分からなければ理解できない。その上でその人物が偉大であった、傑出している理由について考えることが重要である、と言うことが、この本の最大の学びとなった。

  • 女子栄養大学図書館OPAC▼ https://opac.eiyo.ac.jp/detail?bbid=2000053603

  • 東2法経図・6F開架:B1/4-3/1888/K

  • 289.3||Ma

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