人種主義の歴史 (岩波新書 新赤版 1930)

  • 岩波書店 (2022年5月24日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (270ページ) / ISBN・EAN: 9784004319306

作品紹介・あらすじ

「人種」という根拠なき考えに基づいて、人を差別・排除する。人種主義(レイシズム)は、ナショナリズム、植民地主義、反ユダヤ主義等と結びつき、近代世界に計りしれぬ惨禍をもたらし、ヘイトスピーチや黒人差別など、現代にも深い影を落としている。大航海時代から今日まで、その思想と実態を世界史的視座から捉える入門書。

みんなの感想まとめ

人種主義というテーマを通じて、歴史と現代社会における差別のメカニズムが明らかにされていきます。著者は、著名な哲学者や学者たちが時代の影響を受けながらも持っていた人種観の矛盾を掘り下げ、読者に自己反省を...

感想・レビュー・書評

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  • 壮絶な取材の舞台裏を明かす「何が記者を殺すのか」など三牧聖子が選ぶ注目の新書2点|好書好日
    https://book.asahi.com/article/14633050

    ヨーロッパ文化学科 平野 千果子 著『人種主義の歴史』が刊行されました | 武蔵大学
    https://www.musashi.ac.jp/news/legn3e0000000qit.html

    人種主義の歴史 - 岩波書店
    https://www.iwanami.co.jp/book/b605150.html

  • 大きなテーマ以上に、有名な哲学者や学者の多くも時代の制約からは逃れられないというのがひしひし伝わり震えた。どれだけ先進的なことを言っていても、人種観はめちゃくちゃ差別的だったりする(それはある意味不可避でもあったと言える)
    自分も、今の社会的には許容される(=誰かが誰にも気付かれずに傷ついている)発言を繰り返している可能性だってある。震えながら生きるしかない。

  • ナチの思想には先立つものがあり、ナチ独自のものはないというのが歴史研究では共通理解である。ナチズムのもとに極端に現実化したことはあるとしても、その時代を特殊なものと言位置付けてしまうと、いずれの社会も同じ意味地を歩む危険をはらんでいることに鈍感になる恐れもある。ナチズムを総体佳するのではない。それを特別視する呪縛から解き放たれる必要があると思われる。

  • 【書誌情報】
    『人種主義の歴史』
    著者:平野 千果子 (1958-)
    通し番号 新赤版;1930
    ジャンル 世界史
    刊行日 2022/05/20
    ISBN 9784004319306
    Cコード 0220
    体裁:新書版・270頁
    定価 1,034円

     「人種」という根拠無き考えに基づいて、人を差別・排除する。人種主義(レイシズム)は、ナショナリズム、植民地主義、反ユダヤ主義等と結びつき、近代世界に計りしれぬ惨禍をもたらし、ヘイトスピーチや黒人差別など、現代にも深い影を落としている。大航海時代から今日まで、その思想と実態を世界史的視座から捉える入門書。
    https://www.iwanami.co.jp/book/b605150.html

    【目次】
    目次 [i-ii]

    序章 人種主義を問う 001

    第一章 「他者」との遭遇――アメリカ世界からアフリカへ 017
    第1節 大航海時代 018
    第2節 ノアの呪い――黒人蔑視の淵源 031

    第二章 啓蒙の時代――平等と不平等の揺らぎ 043
    第1節 人間を分類する 044
    第2節 思想家たちと奴隷/奴隷制 062

    第三章 科学と大衆化の一九世紀――可視化される「優劣」 085
    第1節 人間の探究と言語学 086
    第2節 人種の理論書 093
    第3節 優劣を判定する科学 108

    第四章 ナショナリズムの時代――顕在化する差異と差別 127
    第1節 諸科学の叢生 128
    第2節 国民国家の形成と人種 145
    第3節 新らたな視角――黄禍論、イスラーム、反ユダヤ主義 161

    第五章 戦争の二〇世紀に 183
    第1節 植民地支配とその惨禍 184
    第2節 ナチズム下の人種政策 199
    第3節 逆転の位相 210

    終章 再生産される人種主義 225

    あとがき(二〇二二年三月 善福寺川のほとりにて) [242-245]
    主要参考文献/図版出典一覧 [1-21]

  • マイノリティや歴史的背景を鑑みて適用されるアファーマティブ・アクションなどの制度に対して、逆差別だという主張がなされることや、被支配者側でありながら、支配者や宗主国側の思想や論理を内面化してしまう者がいるということがこの問題の複雑さを明示しているように思った。
    近代社会がまだまだ歴史の浅いことにも気付かされる。今では考えられない思想だとしても、それはほんの2、3世紀前なのだ。私たちが今、正しいと考えていることもほんの少し先の時代では全く正しくないとされていることだって不思議ではない。

    いろんな国でポピュリズムが台頭していることも、この問題とは切り離して考えられないのではないだろうか。
    常に物事を批判的に見つめ、さまざまなな問題が絡み合う人種という概念がこの先どのような解釈や理解をされていくのか、自らも願うのみではなく行動しながら、注意深く観察していきたい。

  • 昨日購入した岩波新書の『人種主義の歴史』(平野千菓子)という本を読み始めている。
    冒頭あたりに「生物学的には人間の種は一つであり、複数の人種はないはずである」
    という文言に出会います。
    私が常日頃思っている考えにぴったりの合致するので大変頼もしく頁をめくっております。
    私の教科書ともなっている更科功『絶滅の人類史』によりますと、
    700万年前に様々な種類の人類がいた。ネアンデルタール人もいた。
    しかし、ネアンデルタール人は4、5万年前に絶滅し、
    最後に生き残ったのは学名ホモ・サピエンスとよばれる私たち人類だけなのである。
    ホモ・サピエンスはアフリカを起点に各地に移動した。北欧、アメリカ大陸南端、
    中東、アジア、オセアニアと地上をくまなく覆い尽くした。
    それは細胞、遺伝子分析などによって生物学で完全に証明されている。
    しかしながら肌色、頭髪、目の色、言語、風習など様々な違い種分け、区別、差別化され、
    更に居住地区、政治、国籍、教育、宗教などによって洗脳され、優劣がほぼ制度化されている。
    昔、黒人は普通の人間より劣っているという考えが欧米などで広く信じられていた。
    しかし、あるニューヨーク市長が「アメリカは移民の国である」と断言されたように、
    黒人で、弁護士、科学者などを大勢輩出し、更には大統領までなった人もいる。
    日本人だけが偉いのではない、大部人だけが素晴らしいのでは無い。
    世界に住む各地域の人びとの能力はそんなに差は無いのだと思う。
    ただ、食事、住居、衣服など生活環境の違いによって、
    食べる事にに汲々とし、教育が十分に行き届かない所が多いのは現実である。
    人種主義、差別主義…、
    こうした他の人を見下すことない社会はいつになったら実現するのだろうか?

    ※索引があればな~

  • 正直、「私は人種主義者じゃない、黒人の友達がいるんだ」のどこがマイクロアグレッションに当たるのか、私にはわからなかった、そしてわからないということを怖いを思った。

    1922年ごろ、「人種差別」という意味世界が、世界に誕生してくる。

    人間の種は1つであり、生得的で本質的な性質に基づく他と区別される人間集団というのは存在しないというのが、研究者の中で合意されていること。
    国籍、宗教、地理、言語あるいは文化の面で異なる集団を「人種」と一般に捉えていることが問題。というのがモンタギュの指摘。モンタギュ自身は民族グループという言葉を使ってる。

    本書での定義:
    人種主義:人間集団をなんらかの基準で分類し、自らと異なる集団の人々に対して差別的感情を持つ、あるいは差別的言動をとることを人種主義とする。

    分類された集団が「人種」として認識される。差別的なまなざしが逆説的に人種を作り出している。だから「人種」が示すものも、時代によって変遷する。

    サルトル:ユダヤ人は無前提に存在するのではなく、反ユダヤ主義という思想がユダヤ人を作り出している、と指摘。人種主義はそれぞれの時代で裏付けとなる思想や制度や科学に支えられている。

    コロンブスがアメリカにたどり着き、出会った人たちは、今までのようにイスラム・ユダヤと信仰が違うだけではなく、見かけも生活習慣も大きく違い、野蛮な習性(人食いなど)を持っているとされた。

    疫病、アルコール、銃火器によって、現地の人々は多く死ぬ→アフリカの黒人奴隷が代わりとして使われるように。

    アフリカ国内、イスラームアフリカでの取引は10世紀ごろからあったが、ヨーロッパで黒人奴隷が出てくるのは15世紀ごろ。

    アリストテレスの先天的奴隷人説が奴隷の正当化として利用される。

    18世紀には、ヨーロッパでコーヒーに砂糖を加えて飲む習慣が広まったことにより、サトウキビ栽培への需要が増加し、奴隷の需要も拡大した。
    さらにこの時代には、海外の情報を収集し、分類し、整理するという支配側の営みが行われるように。聖書の教えに沿って世の中を理解する姿勢から、客観的な観察に基づいて世界を理解しようとする姿勢に転換されてきた。

    また南北戦争時のアメリカで奴隷制擁護派によって、旧約聖書のノアの呪いが、人間の奴隷の正当化として使われた。裏切り者のハムの子孫が黒人だ、とされた。

    リンネによる分類、アメリカ人(インディオ)、ヨーロッパ人、アジア人、アフリカ人、という分類。アメリカ人は怒りっぽく頑固で自由好き、ヨーロッパ人は活発・明敏・器用で創造的、、、など。
    地域と肌の色とを組み合わせ、それに性格づけを施したもの。


    ビュフォン
    交配が可能という意味では、人間は1つだが、人間の相貌からは4種類以上の分類が可能とした。そして、最も美しい白人を原型と見做し、肌の色の違うものはそこから退化、したとされる。気候により、退化した、とされた。暑いところにいたから肌が黒くなった、など。


    18世紀、日本で最も一般的な、白人、黄色人、黒人という分類がキュヴィエによって提示された。

    言語分類学が進み、インド・ヨーロピアン語族、アーリア人(高貴な人という意味)の白人を指す言葉が広まってくると、言語と紐づいた分類も行われるように。さらにセム語が分岐してくると、従来は白人に含められていたセム語系の人たちが別れてきて、反ユダヤ主義の元となる。

    また人間展示が行われるようにもなる。動物に近い存在として扱われる。
    一番展示されたのがホッテントット(ケープ植民地)
    かなり汚いところで生活して、生殖器もおかしい、とされていた。人類の中で最も猿に近い、とされた。

    19世紀はナショナリズムの時代、近代国民国家が19世紀後半に形成され始める。徐々に奴隷制が廃止されるのとともに、帝国主義的な海外進出が進み、植民地化が進んだ。
    国民国家の形成の過程では、誰が国民なのか?が規定されていく、社会の多数派が発する誰が国民か?という問いは、自分たちは誰か?という問いであり、アイデンティティの問題と結びついている。

    →1895年ダーウィン種の起源。これで聖書からなる人種差別の考え方や、多元論、単元論とかも無くなったり、するんじゃないか?と思われたが、すぐにはそうはならなかった。社会進化論(優勝劣敗)的に、アメリカへの侵略などを正当化する方向の議論も出てきた。スペンサーなど。
    ダーウィン自身も同様の考え方を持っていたとされている。

    脳の大きさが小さいと劣っていると言うような研究成果も出ている。


    優生思想が登場してくる

    国民国家の成立(アメリカ)
    ・徐々に各地からの移民や精神障害者の移民を制限する法律を作っていき、徐々にアメリカ人の基準は厳しくなっていった。

    混血という言葉について
    本来純血などというものは存在しないのに、それを連想させる言葉になっている

    混血への恐れは元々あったものではなく、時代が下るにつれて顕著になる。
    人間の間に同質化が起こること、異なっているはずのものが混ざるので不安定な個人が生まれる、混血は子孫を残さないとされた。

    反ユダヤ主義
    キリスト教圏において、ユダヤ人はキリストを殺した民とされ、歴史的に差別されてきた。ユダヤ教徒には、セム人という人種的な種別が与えられ、人種として忌避された。
    ユダヤ人は肌の色で差別されているわけではない。だから、人種差別は肌の色の差別とするのは良くない。

    ドイツ人とは誰だったのか?
    祖父母のユダヤ人かどうかで階級をつけてやった、でもそれはユダヤ教かどうか、という結局宗教によったやり方だった。

    現代でも、新人種主義、文化的人種主義のように、文化が違うのだから対応が違っても良い、というように考えている人もいる。

  • 人種っていう線引きは存在しない、だけど人種という概念はつくられた。ではどうやって人種という価値観は、人種という概念は作られたのか。そしてなぜいまだに人種が基準として語られるのか。本書はそのような人種という問題を軸に歴史が語られており、その切り口で歴史が整理されているとかなり理解が捗るなって思った。そしてその概念がいかに自分に染み付いているのかもよくわかる一冊だった。結構今後この本を参照することも多くなるのかもと思った重要な一冊。

  • 筆者は、本書が唯一のあるべき人種主義の歴史ではないと述べていて、やはりどの国の視点からどのような解釈をするかによって歴史や差別というものの捉えられ方は変わるのだなと思った。私自身まさか奴隷制度の被害者側である国の中にも奴隷制度があるなんて思いもしなかったし、中学生の歴史の授業では簡単に学んでいたものがとても複雑なものなのだと理解できた。

  • ナショナリズムや植民地主義、反ユダヤ主義と結びつき、近代世界に計りしれぬ惨禍をもたらし、現代にも深い影を落している人種主義(レイシズム)。大航海時代から今日まで、その思想と実態を世界史的視座からとらえる入門書。【「TRC MARC」の商品解説】

    関西外大図書館OPACのURLはこちら↓
    https://opac1.kansaigaidai.ac.jp/iwjs0015opc/BB40288739

  • 「人種」は生物学的には存在しないが、人類学的には存在するらしい。つまり、社会的・政治的なものであり、「人種」に差別感情が加わると「人種主義」になるとのこと。日本では「人種差別」の方がよく使われるように思えるが、主に肌の色の違いを指す印象が強いため、それ以外の差別も含むという点で「人種主義」を使う方が適当なようである。
    「人種主義」という言葉が誕生したのは19世紀末のフランスのようであるが(ちなみに日本に登場するのは20世紀末)、本書は15世紀末の大航海時代に遡ってその歴史を叙述する。現代的価値観から過去を裁くのは簡単ではあるが、その辺に関しては抑制的であり、全体を通して「人種主義」的な思想が生まれた時代を問うという姿勢が感じられる(尚、「進化論」に関してはダーウィンよりもスペンサーの方が先だったというのは知らなかったので、この辺は詳しく調べてみたい)。
    啓蒙の時代を経て、19世紀になると「人種主義」的思想を裏付けようとする科学の役割が大きくなるが、それを求めた大衆も登場する。そして、国民国家の形成と共にナショナリズムが台頭してくるわけだが、当然のことながらナチスが取り上げられる。ただし、ナチの思想には先立つものがあり、独自のものはなく、ナチを特別視する呪縛から解き放たれる必要があるという著者の主張は傾聴に値する。また本来差別を脱却するはずの文化相対主義が、時代の変化に伴って逆利用されるという指摘も興味深い。
    本書の難点としては所謂「女性差別」の視点が入り込み、インターセクショナリティに足を突っ込んでしまったため、結果として「人種」からやや話が広がってしまい、焦点が少々ボケてしまった点にあると言えるかもしれない。また、著者の専門の影響により日本に関する記述が殆どないのも物足りなさを感じる。とはいえ、歴史を語るひとつの切り口として、とてもよく整理されてまとまっているので、大変読み応えのある一冊ではある。

  • 筆者がフランスを中心としたヨーロッパの植民地史の研究家であるために、本国と植民地の関係での人種の説明である。したがって、アフリカとヨーロッパという関係を強く説明している。残念ながら日本の中における人種、あるいはアメリカ、ヨーロッパ、オセアニアにおける日本人と欧米人の関係から来た人種問題、さらにもっとも大きな出来事であるアメリカにおける人種問題をあまり扱っていない。
     ヨーロッパの植民地史を人種問題とからめて知識を得たい人には役立つ本となるであろう。

  • 【請求記号:316 ヒ】

  • 摂南大学図書館OPACへ⇒
    https://opac2.lib.setsunan.ac.jp/webopac/BB50286560

    「人種」には根拠がないことを前提に、人種主義がいかに構築され、今日に至るのかをまとめている。(食農ビジネス学科 柳村俊介先生推薦)

  • 女子栄養大学図書館OPAC▼ https://opac.eiyo.ac.jp/detail?bbid=2000057769

  • 東2法経図・6F開架:B1/4-3/1930/K

  • 316.8||Hi

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著者プロフィール

武蔵大学人文学部教授。専攻は、フランス植民地史。著書に『フランス植民地主義の歴史』(人文書院、2012年)、『フランス植民地主義と歴史認識』(岩波書店、2014年)など。

「2014年 『アフリカを活用する』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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