哲人たちの人生談義 ストア哲学をよむ (岩波新書 新赤版 1935)
- 岩波書店 (2022年7月22日発売)
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感想 : 16件
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Amazon.co.jp ・本 (234ページ) / ISBN・EAN: 9784004319351
作品紹介・あらすじ
「幸福とは何か」。哲学は、このシンプルにして解きがたい問いから始まり、その問いに身をもって対峙したのがストア派の哲人たちであった。ギリシアからローマにいたる西洋古代哲学の系譜をおさえつつ、エピクテトス、セネカ、マルクス・アウレリウスらのゆたかな言葉から、〈生きること〉としての哲学を手繰りよせる。
みんなの感想まとめ
哲学を通じて「幸福とは何か」を問い直す本書は、ストア派の哲人たちの深い洞察を現代に照らし合わせて考えるきっかけを提供します。エピクテトスやセネカ、マルクス・アウレリウスの言葉を通じて、古代の哲学がどの...
感想・レビュー・書評
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現代は多様性の時代である。SNSや実際に人々の交流を通して国境があいまいになり、地球の裏側まで瞬時にニュースが飛び交う時代である。まさに身近なことが地球規模に影響を及ぼす、あるいは地球規模のことが身近にある、グローバルな時代なのである。しかしそれだけではなく、安定していた豊かな閉じられた世界では感じられることのなかった様々なことが露わとなり、国を超えなくともごく身近な範囲で分かりあうことの難しさを痛感するという意味でも、日々多様性を感じさせられるのではないだろうか。
ストア哲学の思想は多様性の現代にあって日に日に注目度を増している。ストア哲学が生まれた社会というのはまさに国境があいまいになり様々な文化が入り乱れる多様性の世界であった。世界市民(コスモポリテース)としての自覚は、どこのポリスに属するでもなくこのコスモス(世界ないし宇宙)のポリテース(市民)であるという自覚に由来するものである。さまざまな価値観がぶつかり合い、人が入り乱れ、ローカルなルールだけでは上手くいかない局面が増えれば増えるほど、普遍的な思考が求められていく。個々の文化によって変わることのない人間の姿を見定めようとしたのがストア思想の特徴といえるのではないだろうか。分断の社会が進展していく中で、カントの世界市民論が注目され、その根底にあるストア思想はその存在感を増している。そもそも自然法、本性、人権といった言葉の淵源にストア思想は位置しているのである。
しかしそのような重要性をもったストア思想についての学問的案内はことのほか少なく、本格的に読み進めたい人にとって確かな道引きとなるのは、原典を始めとした諸外国の文献案内を含む中央公論新社の『哲学の歴史2 帝国と賢者』であろう。具体的な引用と解説が織りなすこの哲学史は、一通りの概説では得られない深さで哲学的テクストを読み説くことを通して、その奥行きを知らせてくれる。しかし、それよりも簡潔にストア哲学の全体像を示してくれるのが本書『哲人たちの人生談義』なのである。
そもそもストア哲学を学ぼうとして「原典」に当たろうとして読者が容易に手にすることのできる体系的なストア哲学の本というのはなかなかない。というのもエピクテトスにしても、マルクス・アウレリウスにしても、彼らは思想体系の構築ではなく実践に重きを置いていたからである。それでは、実際に私たちが読むべき「原典」とは何なのか。そこから解き明かしてくれるのが本書の特徴なのである。
ストア哲学を読むとは様々な哲学的潮流の中でストア派と呼ばれる人々について語られる言説に触れることを通して、その輪郭を捉えていくことなのである。それは時にディオゲネス・ラエルティオスの『ギリシア哲学者列伝』を読むことであり、キケロやセネカの著作を読むことである。であるからこそ、ある程度はプラトンやアリストテレスといった主流な見解と突き合わせて理解するという作業が求められる。そのうえで読者一人一人が彼らについて残された言葉を精査していくことの内に、その体系を見出していくことが求められるのである。本書はその実例を通して、何を読むべきかの外縁を提示してくれる。
本書を読んで気が付かされることはストア思想に触れることは、あるいはプラトンやアリストテレスをよりよく理解する大きな手掛かりを与えてくれることである。古典ギリシア・ローマのテクストを読むことの醍醐味を感じさせてくれる本書は、古代ギリシア・ローマのみならずヨーロッパ世界に興味のある人にはぜひ勧めたい一冊である。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
ヘレニズム~ローマ期のストア哲学の考え方をキュニコスやエピクロスと比較しながら紹介
人生の幸福は何か?の定義から全然現代人と異なるので、ストア派のテキストを安易に自己啓発書として読むのはどうかと考えさせられる -
ストア派とその周辺の思想をフラットに眺め渡すことができる。第5章のパトスについての解説が特に勉強になった。
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【請求記号:131 ク】
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幸福とは何か。人間らしく生きるとはどういうことなのか。厳格に思いがちなストア派の哲学者が歩んだであろう思考の道筋を辿るようで、楽しく読めた。著者の本はストア派の哲人、から読んだが、こちらの本の方がよりストア派の名言を味わえる。セネカやエピクテトス、マルクスアウレリウスの言葉が心に刺さる。永劫回帰についても、ニーチェがストア派を参考にしたとの考えは興味深かった。
1番心に刺さった言葉は、
“人間各々の価値は、その人が熱心に追い求める対象の価値に等しい。” -
自分ができることに専念するよう仕向けてくれたストア哲学。その系譜や哲学を紐解く内容で、啓発本の類いでは触れられないことが知れて、見方が少し変わった。断片的に語録を味わいながら読むのとは違い、どうしてそういう考え方が出てきたか、幸福を考えることから紐解いてくれている。
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女子栄養大学図書館OPAC▼ https://opac.eiyo.ac.jp/detail?bbid=2000058747
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来年、人生談義を書こうと思っていて、その参考にと読んでみた。しかし、まあ、案の定、ほとんど理解はできていない。そしてどうでもいいことだけ覚えていたりする。甘い飴はおいしいけれど、最近の熱中症対策の塩味の飴もまたおいしい。たとえを読みながらふと思った。それはさておき、本書を読みながらいくつか考えたことはある。怒りについて、アリストテレスが「理性が怒りを支配せねばならない」と言ったのに対し、セネカは、「怒りが理性に従うならば、それはもはや怒りではない」と言う。確かに怒りは抑えることができないから怒りである。怒りによって及ぼす害を少しでも減らすには、時間的な猶予を持たせるしかない。しかしだ、子育てにしろ教育の場面にしろ、怒りにまかせて感情的にしかった方が効果が出る場合もあるように思う。いつでも冷静にというのがいいわけではない。自由について、欲望のままに生きるのが自由と言えるのかどうか。それは欲望に支配されているとは言えないか。理性的に、欲望を抑えて、生きていくのが自由な生き方ではないのか。しかし、食べたいときに食べたいだけ食べ、寝たいときに寝たいだけ寝る。他人の自由を侵害しない範囲においてではあるが。自分の体の声に耳を傾け自然な状態で生きる、これもまたよい生き方ではないのか。我々の生活が、あまりにも人工的な決まりに拘束されているとは言えないか。運命について、自分の人生が既に決まっているというのなら、努力は無意味ではないのか。いや、でも努力すること・努力しないことも含めて運命で決まっているのではないか。人との出会いなど偶然の要素が大きいと思うが、それでも、そのときそこにいなければ出会えなかった、それは必然の出来事ではないのか。などなどといろいろと考えてしまう。さて、本当は人間にとって幸福とは何ぞや、ということに対するヒントが欲しかった。まあ、人によって感じ方、受けとめ方は違うのだということだけはわかる。だから、万人にとっての幸福なんていうものはないと考えるべきなのだろうか。そこは程度差と考えておくべきか。いずれにせよ、古代の哲学をひもとくというのは、まずは残された数少ない文書を読みとく、その当時のことばの意味や歴史・文化を知る、そういう必要があるわけで、一筋縄にはいかない。だからこそ、興味深いものでもあるわけだな。エピクテトスを読むべきか?
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東2法経図・6F開架:B1/4-3/1935/K
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