超デジタル世界 DX,メタバースのゆくえ (岩波新書 新赤版 1956)
- 岩波書店 (2023年1月24日発売)
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感想 : 29件
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Amazon.co.jp ・本 (204ページ) / ISBN・EAN: 9784004319566
作品紹介・あらすじ
誹謗中傷やフェイクニュースがあふれ、詐欺やサイバー犯罪で脅かされる場となりつつあるインターネット。DXやメタバースがこの傾向を助長することはないのか。AIは解決の切り札になるのか。日本がデジタル後進国となってしまった原因は? インターネットを健全な集合知のうまれる場とする道筋を考え、日本のとるべき道を探る。
感想・レビュー・書評
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重鎮の視点とも言うべきだろうか。だいたい、おっしゃるような方向に進むんだろうけれども、感性が古臭くて守りに入っているような匂いが強いんだよね。
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● 2000年代からインターネット内のデータ量は急激に増大していった。この増大なデータを迅速に検索する機能を提供した企業がGoogle。手軽なオンライン商品購入を可能にしたのがアマゾン。人々の相互の情報交換を促したのがFacebook。そしてスマホやパソコンをはじめ、人々に使いやすい端末機能を提供したのが、Apple社やマイクロソフト。
●インターネットは21世紀初め、世界中の一般大衆にオープン化されたのだ。一般の人々がコンピューターのユーザとなることがDXの本質と言って良い。
●クラウドサービスの最大の魅力は、コスト削減にある。
●オープンネットには特有の弱点があることを忘れてはならない。万人に対して開かれたオープンなインフラが、知財を生み、社会を改善すると言う発想は「性善説」に基づいている。
●インターネットは、新聞は公共放送と違って、そこにはフェイク情報に対し、責任を取る主体は存在しない。誰も救ってはくれない。 -
私の勤める会社でも最近はDX経営がどうのこうのと言っている。データがきちんと入っていないと、ちゃんとした評価ができないし、今後の経営に活かすことができないという。データ、データとうるさい。ビッグデータがないとAIもうまくはたらかない。AIを教育に取り入れるということもなんかうさん臭さを感じている。エビデンス、エビデンスと言われるのもまたイラッとする。昔から細かい数字を使ってものを言う人を信用していない。1の位まで細かく見ている割に、桁がずれていても気づかない人がいる。典型的な数字に弱い文系人間だ(これは失礼)。まあとにかく、ICT関連では便利に使えるものは使ったらいいと思うし、決してすべてを否定しようとは思わないが、どこかに落とし穴があるような気がしている。何の根拠もないけれど、自分の嗅覚がそう言っている。で、きっと本書には、その根拠が書かれているのではないかと思って読んでみた。まあ、きちんと理解できているわけではないが、次のような一文を読んで、やっぱりと思ったわけだ。「コンピュータ技術の発達とともに、あまりに情報学が後者の視点(コンピューティング・パラダイム)に偏りすぎており、効率向上のために人間が機械化されてデータ至上主義が横行し、このままでは未来社会が崩壊する恐れがあるので、前者の視点(サイバネティック・パラダイム)も回復せよと言いたいだけなのだ。」コスパとか、タイパとか言っている場合じゃない。「物事をやたらに数値評価し、そのデータを機械的に高速変換すればよいのでもないし、AIに丸投げで最適解を計算させればよいのでもない。衆知をあつめるボトムアップの集合知から、長続きする本物の効率向上が達成されるのである。」そう、目指すべきは本物の効率向上。そのためにも、今後高校で行われる「情報」の教育をもっと真剣に考えて行かないといけないのだろう。ところで、あのゾウの形のカーブ、どこかで聞いたことはあったが、それを見せつけられるとなかなかショックではある。そうなんだ、この20年ほどの間、収入なんて全く増えていない、下手をすると減っているのだ。まあ、物価が上がっていないから良いのだけれど。いやいや、授業料はかなり上がっているのだった。我が家の場合は、子育てから少し手が離れたころ、つまり教育費が増大したころ、つれあいがフルで働き出すようになったから何とかなっているようなものだ。そして、子どもたちが一人立ちするころ、僕は定年を迎える。
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巷に流行るDX推進ではなく、デジタル技術の根本にある思想から読み解いている作品。
筆者は、デジタル技術の推進を性善説として安易に捉えるのは否定的である。 -
ITの話だと思って選んだが、哲学の話だった。
事前の期待は裏切られたのだが、とても興味深く読むことができ、嬉しい裏切りとなった。
この本の中ですすめられている基礎情報学とはどんなものなのか、興味を持った。
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西垣さんの本は1988年出版の「AI――人工知能のコンセプト」を最初に読み、それから数冊ではありますが、読んできています。
そのこともあって、シンギュラリティ否定論や、人間はAIに置き換えられるという見解の否定については想定どおりでした。
DXについて、日本の文化的伝統の根源に遡って考えるというのがテーマになっており、「新実在論」などの興味深い見解の紹介もありましたが、正直にいいますとやや議論に付いていけない部分もありました。
「意味とは本来、『主体である誰かにとっての価値』であり、誰かが生きることと切り離せない。たとえば下戸である筆者にとって、ワインの良し悪しなど『意味がない』のである」(第三章から引用) -
桃山学院大学附属図書館蔵書検索OPACへ↓
https://indus.andrew.ac.jp/opac/volume/1318956 -
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【請求記号:007 ニ】
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大筋としては同著者の「AI原論」で触れたものに近いと思うが
AIや哲学といった題材に優劣つけがたく興味がある人ようなであれば
おおよそ触れられる話題への関心は尽きないものになっているか。 -
デジタル社会の現況と情報学を幅広に捉えた一冊。総花な感じで焦点がぼやけるか?
全5章から成り、1章は新型コロナ以後の日本の官民デジタル社会現況、2章はAIとメタバースの現況、3章は情報学のうち多様な主観性を重視する考え方の概論、4章は分断アメリカ社会、5章がまとめと提言の構成。
1・2・4章に新しい発見や驚きは正直あまりなくて、読むべきは3章と5章か。
とはいえ、3章は情報学素人の私は完全に置いてけぼりをくらった。著者の専門分野で真骨頂発揮の章なのだと思うけど、情報を哲学的に捉える視点・イメージ・理論がさっぱりわからない。これは別の本で学ぶべきことか。
5章は、日本人の気質(保守的でトップダウンのムラ社会)とデジタル社会(変化し続けるオープンな自己責任社会)の相性の悪さは納得。
人もシステムも社会も、ベータ版が許容されない日本の環境と気質のままでは、いつまでたっても国際デジタル社会のフォロワーだろうなと感じた。
巨大IT企業が作り出す金やビジネスに偏重したデジタル社会は、負の側面と格差拡大ばかりが目立っているような気がしてならない。 -
西垣氏の本は数冊読んでいたので本書も手に取りました。新書ということであっと言う間に読了できましたが、著者の本を初めて読むという人は、概念の理解等に時間がかかるかもしれません。本書ではDXを、「オープンデータ」「オープンソース」「クラウド」というキーワードで表現します。そして日本人、日本企業がいかに「オープン」を苦手とするかについて論じつつ、オープン化にまい進している米国も、実はオープン化がもたらす弊害(システムの不安定化、もしくは独裁者の登場)に苦しんでいる、と論じます。これは目を開かせてくれる主張だと思います。現在コンサルタントや多くの有識者が「オープン化」=良いことで金科玉条のように述べていますが、本書を読んで改めて「中道」の大事さを感じました。つまり完全にクローズドなデジタル化も良くないが、完全にオープンなデジタル化も実は良くないのでは、ということです。
また著者が以前から主張している基礎情報学のフレームを使った分析も興味深かったです。これはオートポイエーシス理論に階層構造を持ち込んだフレームワークで、人間個人をオートポイエティックで自律系の存在としつつ、その上位にある社会システムからみると人間個人は他律系として機能していることになるというわけです。日本社会はこれまで指導者層だけが外に対してオープンで、欧米の知識を輸入していたが、市民レベルもしくはコミュニティレベルは極めてクローズドを保っていた、しかしそれがインターネットの登場で崩されつつあるわけです。それ以外にも興味深い個所はありましたが、全編通じていろいろと考えさせられる良書でした。 -
デジタル化が進む社会の将来見取り図として有用な著作。さすが西垣さん、という感じ。
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東2法経図・6F開架:B1/4-3/1956/K
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dx、メタバース、オープン化と、何でも負の側面は存在しそして実際起きているわけで、無批判、無邪気に飛びつくべきではない。デジタルが有する最適化、効率化という全体主義的な発想は危険で、個人の自由意志や自己決定権も配慮すべきという点も納得できる。程々に不透明で多元的な社会が最も安定しているという研究成果の紹介も面白かった。
ただ、デジタルを推し進める人たちを、人間をモノと一緒で全体の中の部品と捉える輩と極端に決めつけて議論を進めるやり方はいかがなものかな、と率直に思った。アメリカのデジタルビジネスが、世界を自分の思い通りに変えたいという宗教的ミッションに基づくものとのことだが、何を根拠に主張しているのだろう?著者の長年の経験の中で色々と鬱憤が溜まっているのかな?と邪推してしまった。
また、だから日本文化にあった方法でという結論に飛びつくのは論理の飛躍があるように思えた。デジタルにはいいところもあるしわるいところもある。極論どおしで否定しあわず現実的な妥協点、解決策を探すということに尽きる気がする。AIの限界も説いているが、chatGPTがローンチした今でも結論は変わらないか気になった。 -
欧米が牽引するDXに乗っかれば日本は幸せになるのか?文明の本質からDXを問い直す本。
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情報について、もっとも新しく述べている本である。政府の提唱するDXとメタバーズについて批判的分析をおこなっている。最後では情報Iで重視されたプログラミング教育について、非常に狭いシャノンの情報概念としてユダヤ=キリスト概念にそったものであることを看破している。
情報メディア論として大学初年度の学生に推薦できる本である。
著者プロフィール
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