シンデレラはどこへ行ったのか 少女小説と『ジェイン・エア』 (岩波新書 新赤版 1989)
- 岩波書店 (2023年9月22日発売)


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本 ・本 (228ページ) / ISBN・EAN: 9784004319894
作品紹介・あらすじ
『赤毛のアン』『若草物語』『リンバロストの乙女』『あしながおじさん』などの少女小説に描かれる、強く生きる女性主人公の物語はいつ、どのように生まれ、広まっていったのか。英国の古典的名作『ジェイン・エア』が与えた衝撃と、そこから始まる脱シンデレラ物語の作品群を読み解き、現代における物語の意味を問う。
感想・レビュー・書評
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『シンデレラ・コンプレックス』という言葉がある。
外から来る何かが、自分の人生を変え、守ってくれるだろう、という女性自身のなかに潜在する無意識の依存願望のことをいうのだそうだ。
イギリス文学研究者である著者は、この願望が『シンデレラ』やそこから派生した物語を読み聞かされた少女の心の内に深く根差すことで生まれるもの、とするが、同時に、少女が試練を乗り越えて自力で幸せを獲得する、という「もう一つのストーリー」も、現在社会で活躍する女性に影響を与えてきたことに注目する。
本書は、この「もう一つのストーリー」の原点として、イギリスのヴィクトリア時代に生まれた少女小説、シャーロット・ブロンテの『ジェイン・エア』を挙げ、その影響を『ジェイン・エア・シンドローム』と命名する。
『ジェイン・エア』は、私が初めて自分のこずかいで買った思い入れのある海外文学作品の一つだが、読んだのがずいぶん前だったため、ストーリーはうろ覚えだった。改めて紹介されていたあらすじを読んで、思った以上にジェインの人生が波乱万丈なのに驚いた。保守的なイギリスでなかなか派生する文学が生まれなかったのもうなずける。
革新的な『ジェイン・エア』の影響は、イギリスよりも海を越えたアメリカ大陸で花開く。『ジェイン・エア』を読んで育った女性作家たちは、不遇な環境にも負けず、自分の力で人生を切り開く少女たちを次々と生み出した。
本書では、オルコット『若草物語』やポーター『リンバロストの乙女』、ウェブスター『あしながおじさん』、そして不朽の少女小説、ルーシー・モード・モンゴメリの『赤毛のアン』を「『ジェイン・エア』の娘たち」として紹介する。
著者はまた、ディズニーアニメの主人公の変容についても言及する。私は最近の作品をほとんど見ていないのだが、「アナと雪の女王」は、いわゆる「シンデレラ・ストーリー」ではなく、主人公が自ら試練に立ち向かう女性として描かれていたことが話題になったことを記憶している。
時代を経て、少女小説は、外部要因によって幸せになるストーリーから、自ら困難に立ち向かい、幸せをつかみ取るストーリーへと変化してきた。では次の時代、少女小説はどのように変化していくのか。
著者は、これからは「少年」「少女」の区別なく、ひとりの人間として苦難にどう立ち向かうのか、という視点で描かれていくことを示唆する。
本書では、イギリスにおける「ジェイン・エア・シンドローム」の影響を受けた小説として、1984年に刊行された、ルーマー・ゴッデン『木曜日の子どもたち』を挙げるが、この小説において、ジェイン・エアに当たる、困難に立ち向かう主人公は少年で、少年と姉との関係、姉と母親との関係の中で少年たちの成長が描かれていくのだという。
本書は、少女小説の系譜を説明しながら、各小説のあらすじを紹介する内容となっており、少女小説ガイドとしても面白く読むことができる。挙げられている小説は、有名どころもあるが、聞いたことのなかったものもあり、すべて読みたくなった。 -
「ジェイン・エア」を源泉として、それに続く女性作家たちは、「若草物語」「赤毛のアン」など、困難を教育で克服し、「シンデレラ」などの童話のように他力本願でない、自分の道を自分で切り開く物語を生み出した、と言う。
”いつか王子様が”・・「シンデレラ」「白雪姫」「眠り姫」、これらは童話という文化遺産として受け継がれ、大人の小説にも取り入れられ、それゆえ、今日においても「他力本願」な傾向は受け継がれてしまう。フェミニズム、男女共生など外側からの変革が声高に言われるのは、逆に社会がそうでないからで、「外側」を変えるのは女性が羽ばたく必須条件だが、劣らず重要なのは「内側」からの自立志向である。
御伽はなしや児童文学は子供向けの読物として軽くみられがちだが、文学は影響力が大きく、未来へと続く子供への影響大である。もっと再評価されるべき領域だという。
19世紀終わりから20世紀初頭ころ、「少女の試練の物語」が生まれた。「若草物語」1868-69.「少女レベッカ」1903、「赤毛のアン」1908、「リンバロストの乙女」1909、「あしながおじさん」1912などである。これらは孤児などの逆境にあっても多くは「教育」を自ら欲し身につけることで自分の道を開く少女の物語だ。この源泉をたどると「ジェイン・エア」1847にたどりつくという。これらの物語の作者は、自身で道を切り開き、それを小説にした。ブロンテのイギリスよりはアメリカで花開いた。
また最近のディズニー映画にも少し変化がみられ、2015年の「シンデレラ」、2014年の「マレフィセント(原作眠れる森の姫)」、2013年の「アナと雪の女王(雪の女王)」などは、いくぶん原作に手が加えられ、100%受け身ではない要素が加わっているとする。
ただ、「ジェイン・エア」がアメリカで花開いた、とするアメリカの状況説明のところが、『コロンブスがアメリカを「発見」したとき、初めて西洋の歴史のなかに登場するアメリカは、それ以前の文化伝統をもたない』と記されている。これにがくっとしてしまった。
アメリカ文学は、旧大陸の文学、主に英文学を元にして発展し、他の国のように民間伝承や詩歌から始まっていないと続く。
「発見」ときちんとかぎかっこをつけて表現したのだから、ひとこと ”先住民の神話などには関心を持たなかった” とか入れて欲しかったなと思った。
2023.9.20第1刷 図書館
メモ 読んでないのをよんでみたくなった
〇イギリスに根を下ろしたシンデレラストーリー
「パミラ」1740サミュエル・リチャードソン 書簡体
「ウェイクフィールドの牧師」1766オリヴァー・ゴールドスミス
「エヴェリーナ」1778フランシス・バーニー
「エメリーン」1788シャーロット・スミス
〇ジェイン・オースティン1775-817
イギリス小説をロマン主義からリアリズムへと方向づけた作家
「分別と多感」1811
「高慢と偏見」1813
「マンスフィールド・パーク」1814
「エマ」1815
「説得」1818
「ノーサンガー・アビー」1818 流行小説のパロディ
〇ブロンテ姉妹
「ジェイン・エア」1847シャーロット・ブロンテ1816-1855
「嵐が丘」1847エミリー・ブロンテ1818-1848
「アグネス・グレイ」1847、アン・ブロンテ1820-1849
「ワイルドフェル・ホールの住人」1848アン・ブロンテ
〇アメリカへ渡った「ジェイン・エア」の娘たち
「若草物語」1868-69ルイーザ・メイ・オルコット1832-1888
「リンバストロの乙女」1909ジーン・ストラットン・ポーター1863- 森林湿地帯の自然とロマンスを結びつけるのが特色 1924映画化
「少女レベッカ」1903ケイト・ダグラス・ウィギン1856-1923
「少女パレアナ」1913エレナ・ポーター1868-1920
「あしながおじさん」1912ジーン・ウェブスター1876-1916
〇自分らしさと強さの肯定~「ジェイン・エア」からの飛躍
「赤毛のアン」1908ルーシー・モード・モンゴメリー1874-1942
〇ジェイン・エアからの変容
・ジョージ・エリオット1819-1880
「フロス河の水車場」1860
「サイラス・マーナー」1861
「ミドルマーチ」1871-72
・フランシス・ホジソン・バーネット1849-1924
「小公子」1886
「小公女」1905
「秘密の花園」1911
〇ルーマ・ゴッデン1907-1998
「チャイニーズ・パズル」1936
「貴婦人と一角獣」1938
「黒水仙」1939 ベストセラー映画化1947
「河」1946 映画化1951
児童文学
「人形の家」1947
「ねずみ女房」1951
「ディゴダイ」1972 ジプシーについての若者向け小説 キジィという題でBBCドラマ化
自身のダンス学校経営の経験から
「木曜日の子どもたち」1984
木曜日の子どもとは、幼いうちから音楽やバレエなどを習い自立の道を歩む子供をさす。少年・少女のジェンダーを超えた「ジェイン・エア」の改変物語と捉えられる。
また、果たせなかった夢を娘に託す母の物語であり、
プリマバレリーナになる夢をかなえられなかった母はその夢を、娘クリスタルに託して生きている。自分には恵まれなかった機会をありったけ自分の娘に与えたならば、きっと娘は成功するだろうという妄想。母となったジェイン・エアがいかに我が子を育てるかという物語が含まれている、とも解釈できる。
「ナイチンゲールの歌を聞いて」1992(邦題「トゥシューズ」) -
いつか王子様が・・・のシンデレラの寓話から、
自ら行動を起こす少女が主人公の少女小説へ。
そのきっかけは「ジェイン・エア」だった。
序 『ジェイン・エア』から少女小説へ
第1章 脱シンデレラ物語の原型
第2章 アメリカへ渡った「ジェイン・エア」の娘たち
第3章 カナダで誕生した不滅の少女小説
第4章 イギリスでの変転とその後の「ジェイン・エア」
終章 変わりゆく物語
・あとがき
参考文献有り。
世界中に異本がある「シンデレラ」の起源と伝播による変容。
イギリスの感傷小説に、ゴシック小説にも「シンデレラ」は
影響を与えた。
そこに登場した「ジェイン・エア」は「シンデレラ」とは
真逆の主人公の物語。孤児の彼女は自ら行動し、
経験とキャリアを積み、波乱の人生を歩む。
対等なパートナーを得、そして更にその先へ。
「ジェイン・エア」はアメリカの女性たちに受け入れられる。
開拓精神と相通じる自己解放は、オルコット、ポーター、
ウェブスターたちに行動力のある少女たちの物語を描かせる。
カナダでは、モンゴメリが赤毛のアンのシリーズを執筆。
「ジェイン・エア」のちのイギリスではジョージ・エリオット。
アメリカとイギリスを行き来したバーネット。
そしてゴッデンの、シンデレラ型とジェイン・エア型が
入り混じった家族の葛藤の物語が登場する。
現代のディズニー映画でもプリンセスたちは変容している。
小学生時代に愛読し、現在も思い返したように読んでる作品が、
多く登場していたのも楽しかったし、
我が道を恐れずに歩む主人公たちの行動する姿には、
「ジェイン・エア」が影響を与えていることも、
新たな発見となりました。
それぞれの作品の内容が分かり易く要約され、未読の
「リンバロストの乙女」と「木曜日の子どもたち」は
読みたくなってしまいました。 -
起立!礼!英米文学論における少女小説の源流と発展に関する講義を始めます!
あくまで文学の見地から「女性が最終的に『内側』から自らを変えていく」物語、即ち「強固な内発的意志」(それぞれp8)を示すようになる物語の起源をシャーロット・ブロンテの英古典『ジェイン・エア』に定め、この作品が後代の米文学へどのような影響を与え、また、現代の‘強いヒロイン像’を結ぶかの流れを主要各作品を例にとりながら解説を交えつつ200ページくらいにまとめられた一冊。
非常にわかりやすく、各作品の紹介もどれもこれも興味を掻き立てられるものばかりで、あっという間に積読が増えてしまいやした。
従来のいわゆる「シンデレラ・ストーリーの型」には「おとなしく従順で、か弱い」「不遇ななかでも美徳を貫いてひらすら耐え抜き」(p26)、これが肝心だけどももちろん容姿は端麗で、最後は資産家や権力者に見初められて結婚して、いつまでも幸せに暮らしました。めでたし。というのが絶対的ヒロイン像としてある訳だが、『ジェイン・エア』は違う。全く違う。
主人公のジェインは容貌悪く気性荒く、遠慮なく憎悪を振り撒いて周囲と衝突を繰り広げるという人物な上に、やがて結婚を意識した相手には隠し妻がいた、という正に踏んだり蹴ったりの人物設定。ただ、彼女が決定的に違うのは主張と研学によって自らの居場所を勝ち得ていく点。王子様が迎えに来るのを待つだけのヒョロい女性ではないのだ。
その後「自らの人生を切り開いていくジェイン・エアの精神は、アメリカにおける『開拓者精神』と相通じるものがあった」(p55)という考察の通りアメリカ女流文学界に受け入れられて進化・発展し、カナダで『赤毛のアン』へとバトンは受け継がれて今なお支持を得ている訳である。
一方で行きすぎた『ジェイン・エア』の精神は「シンデレラ・コンプレックスを乗り越えられない女性への蔑視や優越感、あるいは能力偏重主義を生み出し、競争心を煽るという」(p209)側面があるのではとの指摘を挙げられている事も付け加えておく。そう言われればそうかもしれないけど、そうなのかな?
私個人は『ジェイン・エア』も『赤毛のアン』も恥ずかしながら読んだ事が無かったので大変新鮮に興味深く読む事が出来ました。
1刷
2024.6.15 -
著者も」序章で「ジェイン・エア」や他のいわゆる少女小説といわれている名作群がなければ今の自分はなかったと述べているが、(私は普通の読者にすぎないが)全く同感である。自分もまた親とこれらの文学作品に育てられたと思っている。まだ児童書の中でヤングアダルトという分野がさほどはっきりと意識されていなかったころだがまさに「ジェイン」は私にとって思春期に多大な影響を受けた作品のひとつで、繰り返し読んだ記憶がある。(河出の世界文学全集で)今回著者がとりあげている作品はどれも大好きで、ゴッデンの「木曜日の子どもたち(バレエダンサー)」の解釈には考えさせられる部分が多かった。再読しようと思う。「ジェイン」も新訳で読もう。
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ディズニー的な「いつか王子様が」迎えに来るのを待っているタイプの古典的なヒロインが、いつしか時代の変遷とともに様変わりし、『ジェイン・エア』以降は王子様を待たずして自力で道を切り開く女主人公が現れ始め、やがてジェインの娘たちとも呼ぶべき後継者作家の後継作品が次々生み出されていく過程を、具体的な作品紹介をまじえつつ分析されている大変面白い本でした。
俗にいう「シンデレラコンプレックス」とは、受け身で依存型の恋愛心理。もともとのシンデレラその他の民話の原型にあったメッセージは別にそういうことじゃないと思うので、この場合のシンデレラはやっぱりディズニープリンセス的なやつですよね。とはいえディズニーも最近のヒロイン像は自立的に変わってきてますが、女性は優しく素直で美しければ、おのずと王子様のほうから迎えに来てくれるし、玉の輿に乗りさえすれば勝ち組的な、そういう価値観自体はいつの時代も根底にひっそりあるのではないかと思う。
『ジェイン・エア』は、確かに衝撃作でした。まず主人公ジェインが美人じゃない!お相手のロチェスター氏も、お金持ちではあるけどイケメン王子様ではないし狂人の隠し妻がいたりして。孤児その他の恵まれない境遇(継母ではないが伯母さんと従妹たちにいびられて育つ)から、最終的にお金持ちに嫁ぐという全体の流れ的にはジェインもシンデレラ型ではあるのだけれど、ジェインの誰にも頼らず自ら道を切り開いていくハングリー精神はシンデレラとは全く違う。
さてそんなジェインの後継者たちは、イギリスではなく新大陸アメリカやカナダに現れました。有名どころとしてはオルコットの『若草物語』ウェブスターの『あしながおじさん』そしてモンゴメリーの『赤毛のアン』etc…いずれも女性作家による少女小説で、作者たちはみなジェインエアが大好き。これらの作品の主人公たちは皆作者を投影しているような側面もあり、個人的には主人公が作家になったりしがちなのも共通点だと思いました。女性が自立する=職業を持つことがまだ難しかった時代、ペンで身を立てた女性作家たちが描く女主人公はやはり自立のためにまずペンをとった、ということかしら。
あとこれふと思ったのだけど、日本の昭和の女の子に影響を与えたジェインの系譜の物語は、『キャンディ・キャンディ』な気がします(笑)孤児院で育ったそばかすだらけの女の子が、意地悪にもめげず、王子様にも憧れつつ、自分でどんどん人生を切り開いていく物語。
そして私にとって忘れがたいのは氷室冴子の『シンデレラ迷宮』に登場するジェイン。誰からも愛されず心を閉ざした女の子が、愛読書の登場人物たちに励まされて立ち直る勇気をもらう物語。シンデレラになれなかった女の子の背中を最後に押してくれたのはジェインでした。…とつらつら書いていて改めてジェインエアの凄さを認識。文学史上の転換期としてだけでなく、現代女性の心にも、ジェインの生きざまは響き続けている!
紹介されていた作品群の中で、かなりページを割かれていたルーマー・ゴッデン『木曜日の子どもたち』(検索したら書名は『バレエ・ダンサー』だった)にも興味がわきました。 -
ジェイン・エアを少女小説の元祖として、その系譜に連なるアメリカとカナダ、英国の少女小説を紹介する評論。
美しくて心優しい少女(元々は身分も高い)が周囲のいじめに耐え、若く美しく身分の高い男性に見初められて結婚するというシンデレラ的な従来の少女向け物語に対して、貧しくて美しくもない少女が勉学によって自立し、自分を理解してくれる対等なパートナーと結婚する『ジェイン・エア』は当時としては画期的な物語であり、世界的に大きな影響力を持ったことが分かる。その後『ジェイン・エア』に影響されて数多くの少女小説が生まれた。
本作では、その代表作として『若草物語』『リンバロストの乙女』『あしながおじさん』『赤毛のアン』を紹介する。
少女たちが受け身ではなく自ら道を切り開いていく物語は確かに魅力的だ。ただ、いつも結婚という結末になることには不満も感じる。仕事をすることが出来ても結婚しなければ一人前として認められなかったのであろう当時の社会的な圧力を想像すると、まだまだ真に女性が自立ができているとはいえないのではないだろうか(『若草物語』のオルコットも読者や出版社からの圧力でジョーを結婚させざるを得なかった不満を述べていたが)。そういう意味で、少女小説をテーマにするのなら、古き良き少女小説だけでなくもうちょっと新しい少女小説も取り上げてほしかったと思う。
あと、『あしながおじさん』は現代の感覚で見ると大分気持ち悪くて。学校に行くためのお金を孤児の少女に援助していたおじさんが、少女に恋するようになってあらゆる手段を使って少女と結婚する話…って、そこにエンパワメントされる女子は今の時代いないんじゃないだろうか。
あと4章で取り上げた『木曜日の子どもたち』については、著者の思い入れが入りすぎているようで、本筋とも少し外れるし、うーんと思いました。 -
個人的には著者の『批評理論入門』にだいぶお世話になった。
そういう経緯があるので、本書を読んでみた。
近代英語文学の中の女性像の変遷を主題とする本。
びっくりするほど読みやすい。
取り上げる物語の原型は二つ。
一つはシンデレラ。
言うまでもなく、美しく従順で淑やかな女性が、苦難の末、社会的に高位の男性に見初められ、結婚により階級上昇する物語。
18世紀の大人向けの小説の中にさえ、この影響がみられる作品があるとのことだった。
このシンデレラ型の物語を超えようとするものが現れる。
それがシャーロット・ブロンテ『ジェイン・エア』を祖型とするものだという。
器量に恵まれてもおらず、親が死んだり、無関心だったりして「見捨てられた」子どもが、強烈な自立心により学問にはげみ、精神的にも成長し、やがて成功を収めるというパターンである。
イギリスではこのパターンに当初あまり反応がなく、むしろ新大陸アメリカ、カナダで、ジェイン型の物語が書き続けられていったのだそうだ。
『若草物語』のジョー、『リンバロストの乙女』、『あしながおじさん』『赤毛のアン』。
本書では、これらの小説のストーリーが丁寧に復習され、脱シンデレラ物語であることが確認されていくので、取り上げられている本を読んだことがなくても、それほど不自由しない。
『若草物語』など、私は子どもの頃よく読んでいたので、そうだった、とか、そんなだったっけ、と、ちょっと懐かしい気持ちになりながら読んだ。
今でも学力はその人の社会的・経済的自立に影響があると思うが、廣野さんの引用から、この当時の女性が学問に期待する熱量の違いが感じられる。
と同時に、彼女たちの、体を壊しかねない頑張りぶりに痛々しい思いを感じることさえもある。
4章以降は、ジェイン・エアにダイレクトにつながる作品が見られないイギリスの、19世紀末から20世紀前半での展開を紹介していた。
ルーマー・ゴッデン『木曜日の子どもたち』が中心に取り上げられる。
ジェイン型の女性が毒母になってしまうという、原形の変形、反転が分析されていて、このあたりが本書の中で最も興味深いところだった。
自分の夢を娘のクリスタルに押し付け、バレリーナの道を歩ませるペニー夫人。
末の男の子のデューンは、音楽とバレエの才能に恵まれていながら、母から見向きもされない。
姉のクリスタルは驕慢に育ち、デューンをいじめたりもする。
弟は父(影が薄い!)と周囲の人物に助けられ、才能を開花させ、世に出ていく。
この辺りはむしろシンデレラ・ボーイの物語。
一方、姉のクリスタルは、バレエが校での厳しい競争や手痛い失恋などを経て、次第に精神的に成長していく。
まったく読んだこともない作品だが、こんな風に二つの型が変形して組合されていくさまがよくわかり、とても興味深かった。
最後にディズニーの実写版のプリンセスの変容なども分析されていて、それも面白い。 -
シンデレラからジェーン・エア
女の幸せってまだまだこれから変わっていくのかも
ジェーン・エアを読んだのは中学生の時。
本を握る手のひらがゾワゾワするほど物語に引き込まれたのは初めての経験だった
今も大好きな小説
著者プロフィール
廣野由美子の作品






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